【ゴブリン・ロード】~人に焦がれて~(完結) 作:GR/フィルン
ギギスが怒りに震え、決意した復讐。
その元凶となった、冒険者による蛮行は何故行われたのか。
これは突発的なものでも、偶然でも、運が悪かったわけでもない。
多少勢いに依る所もあったが、正しく人間によって計画されたものだった。
人類を東西に分ける分断山脈奥深くに大繁殖したゴブリンの大集団は人間にとって大問題であった。
東側の国々が気付いたかどうかは分からない。
だが西の国はこれに気付き、大いに憂慮した。
ただ魔物が多いだけであれば大した事ではない。
生息域を変えてまで魔物が溢れることなど少なく、あっても大した規模にもならないからだ。
たが、繁殖した魔物が群れのリーダーの元に団結しているとなれば話しは別だ。
いつ人間に襲い掛かってくるか分からない敵性集団など危険過ぎる。
しかもゴブリンとなれば一度侵食を許してしまった時のその被害、とても看過できるものではない。
よって人間はゴブリン達を討伐あるいは勢力の大幅な撃退を目的として計画を立てた。
谷底が焼かれる前後で、人間側が把握出来ていた情報は次の項目だ。
ゴブリンの勢力規模が万には届かずとも数千を誇ること。
谷底を拠点にし、家や畑を有していること。
群れの中に少なくともゴブリンロードとゴブリンジェネラルがいること。
おおよそこの程度のものである。
人間側の情報源は少ない。
基本的に直接見るしか方法は無いのだ。
そんな人間側が谷底のギギス達に気付けた事自体は偶然に恵まれたものが大きかった。
ある特級の腕のたつ冒険者が分断山脈の奥深くまで探索した際に、妙に身綺麗で統率のとれたゴブリン達の集団をいくつも見かけ、始めはもののついでとばかりに殺していたが、余りにも数が多いことから不審に思い、こっそりと後をつけてみれば谷底に蔓延るゴブリンどもを見つけたという次第だった。
彼はしばらく観察していたが流石に一人では手に負えないと、彼の所属する冒険者ギルドに報告。
その報告は特級冒険者による信用に足る情報として国へとあげられ、国家の知るところとなった。
駆除の必要性はすぐに叫ばれたが、なにぶん場所は山深い人の手の及ばぬ場所である。
大規模な騎士団を送り込むことなどとても出来はしない。
また相手の本当の規模も分からぬままではという事で、幾たびか上級や中級の冒険者が調査の為に送り込まれた。
ゴブリン程度と侮る者がいたことや、当初の想定以上にゴブリンの質が高かった為、いくつかの中級冒険者には運悪く被害がでてしまったりもした。
そういった被害も経て、人間側はゴブリンロードやジェネラルなどの油断ならない相手の存在を突き止め、対策を取ることにした。
幸か不幸か、必ずいるとされていた人間の捕虜の存在は余裕の無い調査でもあった為発見することは出来ず、恐らくは砦の奥などに隠されているのだろうと目された。
代わりに一部ではゴブリンではない人型の種族が谷底内にいることが確認されており、ゴブリンに知恵を与えた可能性があるとして注意事項にあがっていた。
人型ならば人間なのではないかという声もあったが、報告にあった人型は身綺麗に整えられた単独で行動する女性型であったことから、ゴブリンの習性として人間の女性が奴隷以外の扱いを受けることはあり得ないということで一蹴されていた。恐らくは悪魔かそれに類する者であろうと見られていた。
人間達の立てた大まかな計画はこうだ。
まず、ゴブリンロードとジェネラルを谷底の拠点から一度おびき寄せて離れさせる。
そして彼らの食料供給源となっている畑を焼く。
食料が無くなれば飢えてしまうしかないので、彼らは山を下りて人里のある平野に出てくるはず。
そこを倒す。
シンプルなものだ。
とはいえ、この計画は実のところを言うと最初の時点から暗礁に乗り上げていた。
というのも、ゴブリンロードもジェネラルも滅多なことでは谷底から出てくることは無く、いかにしておびき寄せるかという点において有効な策が出てこなかったのだ。
谷底に直接攻撃を仕掛ければ追いかけてくるかもと思い、決死隊を数度送り込んだりもしたが、ロードもジェネラルもそれに釣られることはなく拠点に鎮座したままだった。
よほど慎重な性格であろうことはすぐに推測として挙げられた。
時間が経つほどゴブリンは増えるので直ぐにでも谷底を焼きたかったが、ロードもジェネラルも無視するにはあまりに脅威度が大きい。
方針だけは決まりつつも有効策が出ないまま、山脈の出口である裾野に薄く広く冒険者と兵士とを配置し万が一の警戒網とすることだけは行なった。
だが、それ以上の具体策については喧々諤々とした論争の中ではっきりとしたものが出ないままいたずらに日にちだけが過ぎていったのであった。
山を丸ごと焼くなどの斬新なアイディアも出たが、山の浅いところを生業とする狩人などもいることから被害が想定しきれないと取りやめになったりもしていた。
そうして危険度の高い谷底への直接の調査の頻度さえ下がりだすほどの実に数ヶ月が浪費されたある日、とびきりの朗報が飛び込んでくる。
決して谷底から出てくることのなかったゴブリンロードとジェネラルの二体ともが、捕まえたばかりと思しき人間達の一団を連れて山の麓近くに突如現れたのだ。
薄く張ったとはいえ警戒網のかなり深いところに来られるまで何故気付けなかったのかと驚くばかりのそれは唐突さだった。
だが最初からこのような時の為の牽制と警鐘用として配置されていた兵士と冒険者達が戦いを挑むと、ゴブリンロード達は驚くほどあっさりと捕虜の人間達を手放し、山奥へと逃げ帰り始めてしまったのだった。
当初警戒網にて五十匹目ものゴブリン達へと戦いを挑んだ者達はすわ大侵攻の先触れかと思い、震えたつような思いで彼らに立ち向かったが、一当て二当てもしないうちにゴブリン達は逃げ出してしまった。
辺りを急いで探索しても他のゴブリンの姿はサッパリ見当たらない。
なぜ彼らが五十程度という中途半端な数でしかもどこで捕まえたのか分からぬ十人弱もの人間を伴って急に現れたのか、皆目見当がつかなかった。
だが、国の上層部は原因の如何を魔物ゆえの不可解な行動として一旦脇に置き、これを千載一遇の好機と捉えてかねてより計画されていた作戦の発動を命令する。
すなわち、足止めと谷焼きの同時作戦である。
ちなみに救出された人間達は、非常に珍しくもわざわざ東側から山越えをしてきたと見られる商人達の一団であった。
ゴブリンに捕まっていたにしては随分と綺麗でさっぱりとした恰好をしていた為、山脈を抜けてあと少しで平野に抜けられるという所で捕まったのだろうと推測がされた。
護衛となる冒険者を連れていなかったことや、どうやって山脈を抜けここまでこれたかなど若干不審な点はあったが、冒険者達は恐らくゴブリン達に殺されたのだろうということで、そこから考えれば東から山脈を抜けてくるほどの冒険者と相対するのに50匹という数のゴブリンは異常というほどでは無いとも見られた。
結果として西の国は、このゴブリンロード達の突然の突出の理由を東側から商人達が特殊なルートで抜けてきたのを追いかけて来た為ではないかと結論づけた。
であれば、殺された冒険者達は残念であったが、これからの西の国の作戦にとっては大手柄である。
念の為、ゴブリン達について何か知っていることはないかと聞いたが、東方語と西方語で言葉が違うので会話が通じにくい上に、やはりというべきか、皆一様に何も知らないと言いつのった為、商人達は護衛をつけられて山脈の西側に広がる平野の中にある大きめの街へと送られていったのであった。
ちなみに西の古都はその街よりも更に西に位置している。
セアラ達商人がゴブリンの情報について黙していたのは、なにもギギス達に義理だてしたわけではない。
はたから見た時に、二年間もの間ゴブリンに捕まっていれば、その間に何が行われていたかなど、実際がどうあれ人々が想像するのは容易なことだ。
これからゼロスタートで商売をして顔を売っていかなければいけないのに、魔物の汚濁つきの商人などイメージが悪すぎる。
それにゴブリン達から解放されるという事も常識的にはありえない為、納得してもらえるような説明をする事も出来ない。
まして彼らの発展に協力してしまっていたなどと知れたら反逆者扱い間違い無しである。
必然、セアラ達は何も知らない振りを突き通すしかなかった。
どうやって東から抜けて来たのかなど、問い詰められれば苦しい点もあったが、西の国の人達はそれどころではないらしかった。
簡単な質問だけで早々に開放されたセアラ達は、当初の頼る先であった彼女の幼馴染の元へと向かっていったのであった。
さて、セアラ達が一度物語から離脱したところで、話しはゴブリン達への足止めと谷焼き作戦に戻る。
集団での戦闘や哨戒任務などを中心に鍛えられた小回りの利かぬ騎士や兵士達では今回の作戦には間に合わない。
その為、冒険者ギルドを通じて近場に展開していた冒険者達のパーティから希望者が募られた。
すぐに応じてきた上級を含む3パーティと、中級のみで構成された血気盛んな2パーティとに仕事が割り振られた。
当初は上級冒険者もゴブリンロードとジェネラルの足止めに加わろうとさせたが、血の気の多そうな中級冒険者達が足止め程度なら自分達でも出来ると言い張った為、議論による時間のロスを懸念した現場の指揮者によって希望通りの配置となった。
まともに対峙するならば特級冒険者が必要と言われるゴブリンロードとゴブリンジェネラルの足止めを行うことと、分断山脈の山奥深くまで一週間以上を最大速度で駆け巡り数千匹のゴブリンが蔓延る谷底の村へと火を放つこと。
どちらも難易度としては並大抵なものではない。
冒険者達には達成の暁には昇級のチャンスと多額の報酬が約束されていた。
ゴブリンロード達が谷底に帰還してしまえばこの好機は失われてしまい、またいつ雪崩れ込んでくるか分からぬゴブリン達の脅威に神経を細らせる日々が来てしまう。
集められた冒険者の数は命惜しさの者達が多数辞退したことから十分と断じるには些か不安が強かったが、絶対に不可能と言い切れるほど頼りにならぬわけでもない。
作戦の推移を共有する為の連絡用に調教された魔法の小鳥を、それぞれのチームは持って山へと分け入っていったのであった。
後の結果は既に語られた通りである。
足止めを任された中級冒険者達は最後慢心しつつも見事に7日の道のりを10日に引き延ばすことに成功した。
だが、代わりにゴブリンロード達の突然の反撃を受け全滅してしまった。
上級冒険者を含むパーティは中級冒険者達が稼いだ時間のお陰で、谷底を徹底的に焼くことができた。
中級冒険者達と違ったのは、想定以上にゴブリン側が逃げ腰で反撃が少なかった為、幸いにも無事に谷底から離れることが出来た点であった。
今、上級パーティ達は谷底から十分に距離を取った場所で待機している。
ゴブリン達がすぐに動き出すか、それとも暫く停滞しそうかを見極める為であった。
国の方ではいつゴブリン達が出てきてもいいように、既に山脈からゴブリン軍団が現れるであろう地点を覆うように軍隊を展開し始めている。
ゴブリンの出方を伺う冒険者達の役割は大きい。
斥候や情報は極めて大事な価値を持つのだ。
生き残っていれば中級冒険者達もまた同じ任務に引き続き起用されていただろう。
上級パーティは情報から遮断された山中にいたが、中級冒険者達が全滅したことは小鳥によって既に知らされていた。
中級冒険者達がギギスによって殺された時、飛び去って行った二羽の小鳥はそれぞれゴブリン対策本部と上級パーティへと飛び、彼らの全滅を伝えたのだった。
ゴブリン達がこのまま谷底で座して飢えを待って数を減らすなどという選択肢が、ありえないことだけは人間側の誰でもが分かっていた。
幾千匹ものゴブリンが食っていけないのであれば外に出るしかない。
それが東側に向かうようであればそれはまた仕方のない事。
東側との関係は、縦に長い山脈を迂回して陸路で往復に丸一年もの月日が掛かる為、細々とした付き合いのものだが特段仲が悪いわけではない。
だが、魔物の大軍に気付かず備えが出来なかった事は東側の責任であり、即時の連絡を取る手段もない西の国にはどうしようもないことだからだ。
もちろん西の国からしてみれば東側の国々が気付いているかどうかすら分からない。
もしかしたら彼らもなにがしかの準備をしていたかもしれないが、知る術が無い以上どうとすることも出来ない事であった。
いずれにせよ、ゴブリン達の拠点は広い分断山脈の中でもどちらかといえば西側寄りになる。
来るとすれば西の国に来るだろうというのが大半の者の意見であった。
はたして、人間達の予想通り、ギギスは飢えから子分達を守る為と自らの報復の為に杖を振り上げる事を決意した。
その怒り猛る決意が山脈の外、平原にて待ち受ける人間達の想定範囲内に収まるものであったのかどうか。
それは全てこの後のギギス次第であった。
(つづく)
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