【ゴブリン・ロード】~人に焦がれて~(完結)   作:GR/フィルン

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6-2 今にも解き放たれようとした特大の一撃

 

 今にも解き放たれようとした特大の一撃。

 

 しかしギギスがそれに焦る事はなかった。

 淡々と杖を振りかぶり、未だ復帰途中だった槍使いの首元に杖を叩きこんで絶命させる。

 その優先順位の明らかに違う行動に女魔法使いが訝しげな様子を見せつつも、詠唱を完成させ特大の魔法をお見舞いして華々しく散ろうとした。

 

 その瞬間。

 

 彼女の身体を丸ごと吹き飛ばす勢いで、人体が彼女に激突する。

 そして肉が混じり合うような不快な音と共に、ここまで練りあげた魔法の全てが霧散し、消えていく。

 

 目の前の敵のみに集中していたお陰で、ギギスよりも一拍早く剣士を打ち倒したグーギが、兄に倣うかのように剣士の死体を女魔法使いへと投げつけたのだ。

 前衛たる槍使いでさえ耐えられなかったのだ。

 華奢な魔法使いがその質量と速度に打ち勝てるはずもない。

 勢いよく彼方へと飛んでいき樹に激突して彼女も絶命した。

 

 グーギの動きが見えていたギギスは特に驚く事もなく戦いの終わりを確信する。

 

 何の文句も無い上々の結果だった。

 ギギスはかすり傷を、グーギは最初の一人目の魔法使いを殺すために多少無茶をした為いくつか切り傷をもらっているが、それほど大きなダメージではない。

 後で唾でもつけておけば治るだろう。

 

『用意していた子分共は無駄だっタナ』

『アア。ダガ、恐らくあいつらだけでは荷が重かったダロウ』

『そう思ウカ?』

『アア。最後の女の魔法。あれは十分に危険ダッタ』

『そうダナ』

 

 今回は攻勢に回れた為、余裕があったが、守勢に回った中であれをぶつけられたらギギスもグーギも油断ならない状況に追い込まれるであろうことは間違いなかった。

 

『良い勉強になッタ』

『アア、あれ級の危険な魔法はもらわないように十分警戒せネバナ』

『セアラの授業も為になっタガ、こういう勉強も大事ダナ』

『全クダ』

 

 ゴブリンである二人からすれば、セアラが座学で教えてくれた勉強も、冒険者達と命を賭けあって得られる経験も、どちらも人相手に得られる価値あるもの、として同価値であった。

 相手の都合などもちろん関係なく、自分たちにとって益があるかどうか。

 自分達に敵対する強者の命を慮ることなどありえない。

 どれだけの益あるものを相手から奪えるか。

 それこそが彼らにとっての人間の価値であった。

 もっとも本来であれば、恐ろしい冒険者と立ち会うなどごめん極まる事であったが、今はそんな段階などとうに通り越した戦争状態である。

 恐怖も躊躇も命をドブに捨てるだけの行為だった。

 

『それに死体も存外使い道があるものダナ』

『思ったよりも動揺してイタナ』

『今後に活かせるかもしレン』

 

 ゴブリン達と人間達は敵対種族、なのであるのだから当然の事であった。

 

 前回取り逃がしたのと同じ小鳥が三羽、今回も鞄から飛び立とうとしたが、二度も続けば無意味だとは思うことなど出来ないギギスが逃すことなく飛び上がって叩き落とす。

 一羽だけ杖の猛撃から逃れることが出来たが、ギギスが唱えた精密さなど関係のなくなるほどの太い火矢で逃げる隙間も無く焼かれてしまい、その鳥もまた塵へと消えたのだった。

 ギギスとグーギは手早く冒険者達の身ぐるみを剥ぐと、谷底の拠点へと来た時と同じような速度であっという間に戻っていく。

 

 こうして、人間への警戒心ゆえに情報という先手を打つことにギギスは成功した。

 明確にどれほどの戦果が得られたのか、ギギス自身が知ることはないが、動向を探る為の冒険者達を潰され、その冒険者達の壊滅のハッキリとした情報が伝わるのに時間がかかったことはギギス達を大きく利することとなった。

 

 谷底に戻ったギギス達はすぐさま全ての子分達に出立の準備をするように号令を掛ける。

 

 残す者はいない。

 

 なにせギギスが一番守りたかった谷底の街は、彼自身は街と自称しているが規模を除けば雰囲気は村のようなものであるが、既に焼かれてしまって無いのだ。

 次に大事なものといえば自分の命しかない。

 命を守るのに必要なものは子分達の数の力だ。

 個々で他の魔物達に劣るゴブリン達は群れているからこそ強さを誇示していられるのだ。

 

 ならば、守る物も無い場所に、自分の命を守る盾にもなれぬ場所に、置いて行く者など誰もいない。

 幸いゴブリンの成長は早い。

 一カ月もたたぬうちに立派な戦士になる。

 なればこそ全員連れていくことこそが道理。

 

 ありったけの焼け残った荷車に用意できるだけの食料を積ませる。

 後は力の弱い者や比較的戦闘の不得手な雌ゴブリンなどに荷物を持たせる。

 戦いにより向いた者は得意な武器を持つのだ。

 人の地へと攻め入る前に、移動しながらも食料を取りつづけなければならない。

 

 ここからは時間の猶予の無い、尻に火がついた総力戦になるのだ。

 ギギスも砦の自室から手早く自分の荷物を纏め、出発の準備をする。

 

 砦を出て、指令を出しにいったグーギと落ち合う為に谷底の入り口に向かおうとした所で、ギギスは雌ゴブリンの一団に呼び止められた。

 

「ギギス。グギ……。ギィーア。ギャウッ」

『どうし、……そウカ、まだ人の言葉を教えて無かっタカ。フム。そレヲ?』

 

 雌ゴブリンは雄ゴブリン達と比べて人間ほど雌雄の外見にそう違いがあるわけでもない。

 一般的なゴブリンが持つのと同じ特徴として、低い背丈に反して多少大きめの腕と手、突き出た特徴的な鼻と長い耳、ギョロリとした大きな目玉、剥げた頭、ギザギザとした尖った歯並び、緑色の皮膚、とほとんど大差はない。

 だが、長い耳の先端は少し丸くなっていたり、全体的に細めでごつごつとしたというよりは丸みを帯びており、あまり目立たないが乳房もある。

 もちろん裸などではなく、身体は普段から洗っていて清潔であるし、木綿で編んだ服をちゃんと着ている。

 

 ギギスは人間に興味は持っていても人間の雌にはあまり性欲が湧かなかった為、繁殖などはゴブリンの雌と行っていた。

 かといって他のゴブリン達が人間の雌を相手にしていたかといえばそういうわけでもない。

 冒険者でない人間が谷底付近まで来る事など他に全く無かった為、他のゴブリン達も自然と繁殖相手は同じゴブリンばかりに限られていたのだ。

 では女の冒険者はどうかと言われれば、先ほどの戦闘でもそうであったように冒険者は捕まえても必ず殺してしまっていたせいで、人間の捕虜という存在は谷底にはずっとセアラ達しかいなかったのだった。

 

 いずれにせよ今、ギギスに向かって大きな毛皮を赤い染料になる実で丁寧に染めたマントと、三本の金色に輝く角を持った王冠を差し出しているのは、ギギスが繁殖用に囲っている雌達であった。

 恐らくは燃え盛る工場から必死に引っ張り出してきたのであろう。

 マントは多少ススはついていたが一番上等な物だった。

 黄金の三つ又を持つ王冠は、かつてセアラが賢者の石によって金へと換えた三つ又の鍬を使ったものだ。

 冠の部分は修繕できずに余った樽の帯鉄で出来ている。

 

「ギャゥ……!」

「ギ」

 

 雌達の瞳に宿る復讐の炎を見てギギスは小さく頷く。

 彼女達も憤っているのだ。

 特に雌や力の弱いゴブリンの個体は、ほんの少し前までの谷底において最も恩恵を享受していたといっても過言ではない。

 なにせ通常であれば、自分で食料を取る事も出来ないゴブリンが生き抜く事は難しい。

 運良く集団の規模が大きかった場合は下働きとして食いつないでいく事ができるが、環境は奴隷と比較出来そうなほど過酷なものだ。

 だが、谷底ならば動物の解体や、繊維質の植物からの縫製、木の建築物の建造、畑の管理など仕事が沢山あった。

 不思議と力の弱い個体はとりわけ手先の器用な者が多く、そういった仕事に向いていたのも相乗効果となっていた。

 

 ギギスが囲っていた雌達も普段は縫製工房などで働いたりしていた。

 賃金という概念はなかったが、それらの仕事は命を懸けて山脈で食料を狩るものと同価値であるとギギスが認めたことで、キッチリとした衣食住を与えられていた。

 谷底でギギスが積み上げた物は、彼自身の意図とは関係なしに種としてのゴブリンを確かに潤していたのだ。

 

 人間が燃やしてしまったのはそういったものだった。

 

 今後、ゴブリン達が食料不足となり飢えて細っていくようになった時、真っ先に淘汰されるであろうのはこうした力弱き者達である。

 そしてギギスがかつての貢献だけで、この追い詰められた状況の中、弱者を生かすことなどあり得ないと、どのゴブリンも分かっていた。

 早晩、ゴブリン達の数が減っていった時に真っ先に死んでいくのは彼女達であろうことは間違いなかった。

 

 であればこそ、この雌達の怒りは真っ当なものであった。

 生きて行く為の場を直接奪われたのだ。

 なんとしても大将であるギギスには、大勝利を上げてもらわなければならない。

 そうした必死の想いが彼女達の瞳には熱く仄暗く宿っていたのであった。

 

 ギギスは雌達の決意を読み間違うことなく確かに受け止め、頷きを返した。

 

 その場で雌達に背を向けるとギギスは少し屈み、彼女達はいそいそと彼の背に群がっていく。

 ギギスもグーギほどではないが、一般的なゴブリンと比べれば倍するほどに大柄な為、雌ゴブリン達は協力してギギスにマントを纏わせ、屈んだ彼の頭に王冠を乗せた。

 

 王とは王冠を被ってマントを羽織り杖を持ち群れを治める者である、とゴブリン達に教えたのはセアラだ。

 

『人間はそうしていますし、やってみると多分格好いいんじゃないですかね』

 

 などと多少無責任な発言が付いていたが、試してみると確かにギギスはそれを気に入った。

 

 普段はそれらが汚れるのが嫌でしまっていたが、これから自分達ゴブリンの存亡をかけた戦いに挑むのだ。

 子分達から格好よく派手に見える見映えも大事だろう。

 

 そしてグーギはゴブリンの王として、左耳をさすり左手の小指につけた金色の指輪をひと撫ですると、マントを翻して谷底を出立した。

 

 人間に、復讐する為に。

 

(つづく)




今日も読んでいただきありがとうございます。
次回投稿は明日の今頃です。
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