【ゴブリン・ロード】~人に焦がれて~(完結)   作:GR/フィルン

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7-1 五千匹にものぼるゴブリンの大軍は

 五千匹にものぼるゴブリンの大軍は威勢をあげて谷底を出て、西へと進軍を開始した。

 

 出陣の直前にはギギスによる勇ましい演説もあったが、ゴブリン語の分からない者が聞いてもギャーギャーグギグギとうるさいだけなのでここではただ、ゴブリン達の士気は十分に高まった、とだけ記しておく。

 

 だが、ギギスは今、折角羽織ったマントと王冠も外し、一人山脈を西へと軍勢より更に早い速度で疾駆していた。

 

 もちろん彼が一人逃げ出したわけではない。

 今ゴブリン達の進軍指揮はグーギに任せてある。

 

 山脈は南北に長く広く、当然麓へ至る手段はいく通りもある。

 

 ただ、五千匹という大軍が通る事ができ、且つ最も早く西に広がる平野に出られるルートとなるとかなり限られてくる。

 ギギスの見立てではせいぜい二つか、無理して三つといったところと踏んでいた。

 これはギギスの長い山脈生活による経験から得られたものであったが、ゴブリンを警戒しているであろう人間達がそこに手を打っていないとは考えづらかった。

 

 そこで彼は単身、自身の誇る魔法によって人間達の挙動を探るべく突出しているのであった。

 

 本来であれば斥候などに任せるべき場面であるが、ギギスにはまだそれほどの軍事に対する知恵は無く、彼以上に情報収集に長けた者もいなかった為、必然これは彼の仕事であった。

 

 既に群れを離れて二日が経っていた。

 彼は道中で一度山脈内の冒険者達の動向を探る為に、人間の居場所を知る魔法を使ったが、山脈の深いところではめぼしい反応は見られなかった。

 普段よりも明らかにひっそりとしたその反応は人間達の何らかの策略をギギスに感じさせた。

 

 そして、麓まであとわずか、眼下にわずか平野が見え始めたところでギギスは足を止める。

 

 遠くの遠くに小さく見える平原に人の軍隊がいるかどうかはまだ分からない。

 だが、視界よりもはるかに広い情報を得ることの出来るギギスの魔法であれば、平野にいるかもしれない人間達も捉えられるに違いなかった。

 

 相手の居場所を探ることが出来る大変便利なこの魔法であるが、制約は多い。

 

 一つは人間の強者を恐れるがゆえに生れた魔法であることから、人間しか感知することが出来ない。

 加えてセアラ達ほど親しく過ごし魔力の雰囲気を掴んでいる者達ならともかく、ただの村人のような肉体的魔力的な弱者にも気づくことが出来ない。

 ギギスが想定するある一定以上の実力を持つ脅威達の存在しか知ることが出来ないのである。

 

 次の問題は燃費の悪さだ。

 彼はこの魔法でより広い範囲を一度に調べられるように込める魔力をどんどんと強くしていった。

 それはゴブリンロードである彼の桁外れの魔力を強引に注ぎ込んだものであり、実際効率がいい運用法であるともいえなかったこともあり、彼がこの魔法で広範囲の情報を得ることが出来るのは日に二度が精いっぱいであった。

 二度使った後は戦闘にも支障がきたしかねない程消耗する為、彼は使用を日に一度までと決めていた。

 

 他にも、ギギスはまだ気づいていないが、強い魔力を強引に放つことからその手の勘に特に優れた者は、自分がなにかの魔力の波動に当てられたことに気付いてしまうリスクがあるというものもあった。

 上級冒険者達を含むパーティを襲った時に待ち構えられたのも、上級魔法使い達が魔力の波動を感じて警告を発したからであった。

 もっともその魔力の波動が探査に類するものであると気付けるかどうかは個々人の力量に寄るので必ずばれる、というわけでもないようだったが。

 

 いずれにせよ使い方を誤らなければ有用性が高いことは間違いない。

 彼が今使っているようにだ。

 

「グギギギギギッギギギギィィィッ…………!! グギャァッ!!!」

 

 杖が唸りをあげて足元の巨石を打つ。

 同時に身を沈めて巨石に右耳を当てる。

 

 そして長い時間這いつくばった彼の右耳に魔力の波動の返しが遠くも含めた周囲の人間達の居場所を伝えてくれた。

 

 魔法が教えてくれた人間達の情報。

 それはやはりというべきか、待ち構えている人間の軍勢の情報だった。

 数は大よそではあるが、二千人を超えるであろうといったところ。

 

 過去の経験からゴブリン2体と並の兵士1人が大よそ対等であると考えれば、正面からならゴブリン達にも勝機はありそうに見える。

 だが、ゴブリン軍勢の出現地点を囲むように半円形で広がった陣形は露骨になにがしかの罠を予見させるものであったし、ところどころには上級相当の反応があった。

 中級相当であれば結構な数もいる。

 それだけではなく、ギギスやグーギでさえ手こずりそうな特級クラスの反応が二つもあるところに気付ければ、このまま進むことがどれほど危険であるかを、ギギスははっきりと理解した。

 

『やはり待ち構えられていタカ。俺達が真っ直ぐ進んだ時ニ、何処に出てくるかナド、人間どもには御見通しというわケダ』

 

 目を瞑り、得られた情報を脳内で反芻しながらギギスが、今後の方針をゆっくりと思案する。

 幸いにも彼の脳裏に広がった情報は、ただ人間達が待ち構えている場所を教えてくれただけではない。

 更にその後ろ、西や南に広がる村々と思われる場所に僅かに在している冒険者達の存在も教えてくれていた。

 

 そちらは簡単に相手どれそうな数がまばらに各地にいるだけだ。

 

 加えてギギスが昔こっそりと巡った人間達の町や村の情報と合わせれば、そういったところには戦いに向かない人間達が沢山いるであろうことは明白だった。

 つまりは餌場、というわけである。

 

 人間の軍隊と真正面からぶつかるような愚策よりもよほど得られるものが多い。

 

 ギギスは自分の中でそう結論を出すと、踵を返して元来た道を戻っていく。

 帰りは行きほど気負う事もなく山脈を走り、翌々日には群れに合流することができた。

 

 子分達に迎えられると、ギギスはすぐさまグーギを魔法で呼び寄せた。

 彼の兄弟であるグーギだけに対して、どれほど離れていても呼びかけられるこの魔法は、ギギスが自然と覚えていった専用魔法である。

 ゴブリン語で一言二言しか伝えることは出来ないので、利便性は低いが、どこにいても呼べるので谷底ではかなり重宝していた魔法だった。

 今は、グーギに軍勢を任せるのによく役立っている。

 

 群れの中央に向かって歩く途中ではゴブリンメイジ達に進軍を一度止めるように声を掛けた上で、大声で号令も自ら飛ばしていく。

 五千匹のゴブリンの群れというのは動きに始末が悪い。

 ギギスが魔力を込めて響かせるように声を大きくしても末端は勝手に動いたりするせいで統率がとりにくく、山道を歩いているせいか比較的進みやすい道だというのに既に十数匹は行方が分からないと、担当のメイジ達がぼやいていた。

 実の所、先日の村を焼いた上級冒険者パーティへの対応で放った子分達の一部は未だ拠点にすら帰っておらず、どこにいるのか行方知らずになってしまってすらいた。

 

 人間の軍隊が進軍を躊躇する程の道のりが、いかに山に慣れたとはいえゴブリンにとっても容易でない事なのは自明のことであった。

 

 とはいえ、ギギスはそのような些事に構うことなく、やってきたグーギに座る様に勧める。

 自分も適当な木の根に腰を下ろすと走りづめだった身体を労わる様に水袋から水を飲み、喉を潤す。

 そうして一心地つくと、雌ゴブリン達から王冠とマントを受け取りながら状況をグーギに説明し始める。

 

『降りる予定だった西の平原を見て来タガ、やはり人間達の軍隊が待ち構えてイタ』

『ギギス兄の読み通リカ』

『狡猾な人間達だかラナ。谷底を焼いたのは間違いなく奴らだロウ』

『ならばその人間共に雪崩れコンデ、打ち倒スカ?』

 

 戦うべき目標を示されグーギが鼻息荒く戦意を露わにする。

 グーギもまた尊敬する兄ギギスが渾身の思いで作り上げた谷底を焼かれたことではらわたが煮えくり返っているのだ。

 誰よりも人間と戦うことを望んでもいるだろう。

 

 だが、そんな弟を見てギギスは静かに首を横に振る。

 

『イヤ、奴らとは戦わナイ。戦いの準備が出来ている人間など厄介極まりナイ。恐らく罠は張られているだろウシ、それに随分と強そうな冒険者の反応もあッタ。あれらと戦えば少なくとも俺達は他の事は出来なくなる程の激戦になるだロウ』

『そんなに危険な冒険者がいルノカ。有利を取らないと厳シイナ』

 

 ギギスの説明をグーギはしっかりと理解し、状況の難しさを認識する。

 

『そこデダ。山脈を長く進むノハ、損耗も多イガ、ココは北か南に迂回シテ、冒険者や兵士の少ない街や村を襲おうと思ウ』

『ナルホド。弱い人間達を餌ニ、コチラの戦力を更に増やすわケダナ』

『そういうこトダ。今まで俺達は使ってこなかっタガ、人間を使うと”早い”かラナ』

『俺達は元の数も多イ。すぐに万を越す事も出来そウダナ』

『ウム』

 

 飲み込みの早い弟の返しに満足げに頷きながらギギスがニンマリとした笑みを浮かべる。

 強者をかわし、弱者に噛み付き、自分達をもっと強固にして、人間達に復讐する。

 その計画が彼の中にはあった。

 

 ここで簡単にゴブリンの生態に触れておこう。

 

 ゴブリンは魔物の中では比較的力は弱いが、知恵があり繁殖力が強いということによって忌避される魔物である。

 特にこの繁殖力が強いという点に置いてゴブリン達には特筆すべき特徴があった。

 

 通常の雌ゴブリンは妊娠から一か月ほどで子供ゴブリンを産み、半年もしない内にその子供は成体として次の子を雄であれば孕ますことも、雌であれば産むことも出来る様になる。

 もちろん戦えるようになるには産まれてから少しもあれば十分だ。

 これだけでもそのライフサイクルは十分に早いものであるのだが、ここに人間が彼らの胎として加わるとその人口の増加速度は爆発的なものになる。

 

 なんと驚くべきことにゴブリンに孕まされた人間は僅か三日でゴブリンを産み、産まれたゴブリンはまた三日と立たずして成体になるのだ。

 そして母体は当然弱っていくが、ゴブリン達はすぐに次の子供を人間に孕ませることが出来る。

 人の生理周期など御構い無しだ。

 一月かかって一匹増えるゴブリン達が、10倍の速度で増えていくのである。

 しかもこの時産まれてくるのは、より力が強く、凶暴性のより高い雄だけである。

 ゴキブリも驚きの繁殖能力である。いやゴキブリの方が凄いには違いないが驚くぐらいはしてくれるだろう。

 

 十分な人間の胎さえあれば、ゴブリン達はあっという間に増えるのだ。

 そしてこれこそが大抵のゴブリンが人を襲って奴隷として捕え、繁殖に用いようとする最たる理由であった。

 

 もちろん人間達がゴブリンを忌み嫌う理由も全く同じところが原因である。

 

 女を攫われ、少し見つけられなかっただけでその女は穢され、ポコポコとゴブリン達が増えてしまうのだ。

 数という力を身につけたゴブリン達は本当に厄介で、集団が村を飲み込むほどになるとその危険性は加速度的に増していく。

 次々と産みだされるゴブリン達の波が次から次へと村や町を襲い、その度にゴブリン達は倍増していくのだ。

 まるでイナゴの群れのように襲い来るゴブリンの軍勢は、災厄や津波とも呼ばれる早急に対処が必要になるものだった。

 

 だからこそ人間達は育ち始めたゴブリンの集団を見つけると執拗に徹底的に潰すのである。

 何よりも人間自身の安全の為に。

 

 そして五千匹のゴブリンの集団というのはその危険性の中でも既に末期といってもいい規模である。

 もちろんギギス達の集団はゴブリン達だけで繁殖してきている為、同じ規模の津波に比べて圧倒的に雌の割合が多い。

 多いがそれらが人里を襲った時の危険性はと言われれば、やはり歴史に爪痕を残しかねないほどの災禍を産めるに違いなかった。

 

 ギギスもグーギも性癖的な都合から正直人間の胎など御免であったが、 他のゴブリン達は大いに盛り上がるだろう。

 

『俺は犯る気にはとてもなれんガナ』

『同感ダ。勃つ気がシナイ』

 

 二人とも谷底でセアラ達と自分の囲いの雌ゴブリン達を比べた時の本気の感想であった。

 一般的なゴブリンの習性がどうあれ、二人からしたら人間の雌など造形は綺麗だと思うが、身体のバランスが違いすぎて欲情するにはちょっと違うな、という感じだったのだ。

 性癖的に合わないのだから仕方のない事ではあるが、セアラ達にとっては類稀なる幸運であったことだろう。

 

『マァ、子分達は喜ぶだろうカラ、いイカ』

『ウム、奮起してくれるに違イナイ』

 

 いずれにせよ、士気があがり、数も増えれば待ち構えているであろう人間の軍勢にもより容易く勝てるようになるだろう。

 そう考えれば一か八かで平原に討って出て、戦準備の整った人間達の罠に自ら飛び込むよりもよほど勝算が見込めるというものだった。

 

(つづく)




今日も読んでいただきありがとうございます。
次回投稿は明日の今頃です。
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