【ゴブリン・ロード】~人に焦がれて~(完結) 作:GR/フィルン
弱い人間を狙う。
これはセアラ達の様子を見ていれば人間は仲間というのを大事にしているようなので、戦える者でなかろうと痛打を与えれば、翻ってギギス達を害した者達を苦しめることも出来るだろうと考えられた。
一石二鳥にも三鳥にもなるならば狙わない理由などどこにもなかった。
ギギスの言わんとした要点を十全に理解したグーギは続きを促す。
『ソレデ、具体的にはどう動ク?』
『ウム。北か南に避けてカラ、西進が良いだろウナ』
と、北と南の二案をギギスは出すが腹の中では最初から答えは出ていた。
『とは言え北は鬱蒼とした森で移動が不便な上、エルフとか言う連中がいると以前セアラから聞イタ。避けた方が無難だろウナ』
かつてセアラから聞いた地理の授業がここに来て思いのほか役に立っていた。
さすがにこの地で商売をしようとしていただけあって、彼女が齎した情報は中々に有用であった。
単純に面倒を避けようとしたギギスの選択にグーギは違う疑問を持ったようだった。
小さく首を傾げながら聞いてくる。
『エルフといウノハ、好戦的、ナノカ?』
『いや知ラン。知らンガ、温厚だろうと縄張りを侵せば武器を取るのは普通だロウ。人間以外の敵など今更面倒なだケダ』
『それもそウダナ』
ここから更に未知の相手など彼らは全くお呼びでは無かった。
自然彼らの行くべき道は決まってくる。
『俺達は南に行ク』
『南カ』
『南には広い穀倉地帯が広がっているらシイ。そこを経由すれば子分共の腹を十分に満たしながら進む事が出来るだロウ』
『目先の食料が手に入るのは助カルナ』
穀倉地帯を襲えば彼らの当面の問題は早急に解決することが出来るだろう。
そして穀倉地帯を荒らして回ることは、人間への間接的な復讐としてはそう悪くない。
畑を焼かれた報復に畑を襲うのだ。
それは全く正当な反撃だとしか彼らには思えなかった。
『ソシテ、最終的な目標は西の古都ガテドヨルール、ダ』
『フム?』
『あそこは人も沢山いルシ、なにより分厚い防壁がアル。手に入れられレバ、平原にいる軍隊なと楽勝だロウ』
『そんなに簡単に落とせルノカ?』
街を一つ、それもこの西方の国で一番大きな都市を落とすという。
言うほど簡単な事にはとてもではないがグーギでなくとも思えなかった。
それでもギギスは鷹揚に頷いてみせる。
『あの街は防壁に巨大な穴が開いていテナ。スラムが溢れているンダ。そこから雪崩こめば入るのは簡単ダ。昔に俺が潜った時のようニナ』
『なルホド。少なくとも守りも無い平原ノ、ど真ん中よりも余程戦いやスイカ』
『そういう事ダ。それに南の途中には穀倉都市グレインがアル。先にそこを襲って戦力を増強さセル』
西の古都ガテドヨルールから南南東に位置する穀倉都市グレインもまた大きな都市だ。
穀倉地帯を食い荒らしながら西進すれば自然と辿りつくことが出来るだろう。
そこから北に向かえば、西の平原にいる人間の軍隊をかわしつつ、穀倉地帯で食料を補給し、穀倉都市の人間を使用して戦力を増やし、ギギスの憧れでもあった西の古都ガテドヨルールを落とすのに十分であろう戦力を保ったまま、突入することが出来る。
ガテドヨルールが手に入ればそこを拠点に大繁殖を目指すのみである。
完璧な作戦だった。この時の彼が思いつけるものとしては。
山脈の南部は穀倉地帯に流れる太めの河の源流となる沢が多い為、起伏が激しく山脈に慣れた彼らゴブリンでもそれなりの被害を覚悟しなければいけなかったが、リスクを冒すだけの価値のありそうな作戦だった。
『残る危険ハ、人間の軍隊が俺達の動きに勘付イテ、背後から襲われるぐらいだろウカ』
『それは危険ダナ』
『ウム。いつ向こうが対応してくるかは正直分かラン。よって俺は山を降りた後は小まめに周囲を調べるようにスル。そして移動は出来るだけ速やかに進ませるつもリダ』
『後は柔軟に対応しナガラ、臨機応変にやるしかナイナ』
『ウム。任せタゾ。弟ヨ』
二人はそうしてギギスの考えた作戦が互いに共有され、弟であるグーギの目から見ても大きな瑕疵の無さそうな作戦であることを再確認したことで、急ぎ立ち上がり、周りで控えていた幹部でもあるゴブリンメイジ達に号令を飛ばす。
やるべき事が決まればもたもたしている暇など無い。
五千匹のゴブリンの軍勢は、人の罠を避け、南へと大きく転進していったのであった。
木々の生い茂る山脈の奥深くをゴブリン達の軍勢が地鳴りを上げるようにして進む様は敵などどこにもいないように見える。
ギギスとグーギ、二人で確認した作戦は完璧だ。
完璧の、はずだ。
作戦通りに進めば必ずやゴブリン達の大繁栄を彼らにもたらしてくれる、はずなのだ。
だが、ギギスの心の裏側には言いようのない不安がべったりと、取れない汚れのように張り付いていた。
本当にこの作戦で大丈夫なのだろうか。
見落としは無いのだろうか。
あれほど手強い人間や冒険者をきちんと出し抜けるのであろうか。
現状、彼にこれ以上の策は思いつけない。
それでも大きく口を開けて待ち受ける人間の軍隊へと真っ直ぐ進むよりは遥かにいいはずなのだ。
向かう先にあるのは人間の育てた豊穣な大地、そして餌となるひ弱な人間どもだ。
だというのに、ギギスには今、目の前で気炎をあげて進みゆく子分達の足取りが、まるで奈落へと進む死の行軍のようにも見えた。
そんなものがあるはずがないが、誰の顔にも死の間際に見えるという死相が貼りついているような、そんな気がしてしまうのだ。
この行軍には後が無い。
全てを持って出てきたのだ。
帰るべき谷底に戻ってもどうにもならない。
ただ、進むしかない。
崖から雪崩れ落ちるように、ただ、下へと。
作戦の全てを自分で考えたギギスが、わざわざグーギに相談したのも、この拭いきれぬ不安があったからだ。
誰かの賛同が欲しかった。
例え、自分の意見に絶対賛成な弟グーギのものであったとしても。
自分の命より軽いとはいえ、五千匹の子分達の命、ここまでやってきた弟グーギの命、囲っている雌ゴブリン達の命。
全てが彼の命令の上に乗っかっているのだ。
失敗した時にやり直せる再チャンスは、無い。
かつて、セアラ達は分断山脈を越えるという無謀の代償を命で払う直前まで陥った。
冒険者以外は運良く変わり者のギギスによって救われ、今再び人間の街で機会を得ていることだろう。
だが、ギギス達ゴブリンに気まぐれでも手を差し伸べてくれるものなど、この世界にはいないのだ。
頼れる者は自分達しかいない。
ありもしない奇跡を願う事すら許されない。
自分達の手で、生活を、運命を、未来を切り開かなければならなかった。
そしてその全てをギギスは背負っていた。
彼以上に賢い者はこの集団にはいないし、彼以上に物事を推測できる者もいないのだ。
無形の重圧がギギスにはずっしりと圧し掛かっていた。
だから反射的にこれまで命を共にしてきた弟に尋ねたのだ。
見せるわけにいかない不安の代わりに、作戦の確実性を問う為に。
今、再び軍勢を指揮する弟グーギの顔を見れば、不思議と他の者達のような死相は感じられなかった。
それは実力から来る自信によるものなのか、兄ギギスへの絶対の信頼から来るものなのか。
分からないが、それは少しの安心をギギスに与えた。
ホッと、ギギスが誰にも見えないように溜息をつく中で、兄の視線に気づいたのかグーギが近づいて話しかけてくる。
『どウシタ、ギギス兄?』
『あぁイヤ、何でも無イ。大丈夫ダ』
『ソウカ。まるで"死にそうな顔色"をしテイタ。疲れていルナラ、誰かに運んでもラウカ?』
『!!!?』
ゾッとした冷や汗がギギスの背中を流れる。
先ほどまで子分達の顔に死相などと、あり得もしない事を考えていたのに、まさか弟グーギに『死にそう』などと言われてしまうとは。
それまで内面で抱えていた不安が全て噴き出してしまいそうな悪寒を無理矢理押し込めながら、ギギスは精いっぱいの虚勢を持ってグーギに言い切る。
『イ、イヤ……。大丈夫、ダ……。少シ、考エ、事ヲ、ナ……』
『ソウカ。大丈夫ならイイガ、ギギスが俺達の長ダ。倒れてしまったら俺達はもうどうしていいか分なラナイ、烏合の衆になってしまうカラナ』
『アァ、分かってイル。お前モ、気を付けロヨ』
『もちロンダ』
力強いグーギの返しに幾分か余力を取り戻したギギスは止めていた歩みを戻して、南へと進み始める。
グーギが何気なく呟いた言葉は正しい。
ギギスはこの集団の頂点に君臨している長だ。
彼が倒れればいかに五千匹の大集団とはいえ、統率を失い、瓦解してしまうだろう。
もっと小さな集団であればかろうじてグーギでも纏めることが出来るだろうが、グーギの本質は戦士であり、統率は彼の得意とするとこでは無い。
だからこそギギスの命は誰のものよりも重く、大事なのだ。
分かってはいたことだが、改めてそれを心にとめたギギスは不安を払拭するかのように力強く一歩一歩を踏みしめて歩いていく。
極限の時に迷わず動けるように。
その時まで走り続けられるように。
命尽きる、その時まで。
(つづく)
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