【ゴブリン・ロード】~人に焦がれて~(完結)   作:GR/フィルン

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8-1 『オオ……』

『オオ……』

 

 ギギスの口から思わず洩れた感嘆のため息が聞こえる。

 

『素晴らシイ……。見えるかグーギ。一面の見渡すばかりの稲穂ダ。圧巻ダナ』

『アア、流石人間ダ。これ程の物を作り出ストハ……』

 

 今、ギギスとグーギ、それに彼らに付き従う無数のゴブリン達は分断山脈の南部から広がる大穀倉地帯の前へと出たのであった。

 

 ここに至るまでの道は険しいものだった。

 

 細い獣道、人の通った事など無いかのような狭く荒れた尾根、落差の激しい幾つもの沢。

 それはいかに山岳のみを根城にしてきたとはいえ、五千匹ものゴブリンの大群が容易に越えられるわけもなく、実に数百という全体の一割にも届きそうな脱落者をその行軍は生んでしまっていた。

 ギギスもまた子分達を失わないようにするために多数の魔法を駆使する事を強いられ、山脈を南下する際には探索魔法を使う余裕も無く、対応に追われ続けていた。

 生きる為に、戦わずして失われたそれらの命は決して軽いものではなく、残った者の中にも大小の怪我を負った者が多数いた。

 

 致し方のないこととは言え、険しい分断山脈の中を抜けるのに通りやすい西への山道を使わず、危険に満ちた南を通った事は確実にゴブリン達を疲弊させていた。

 

 だが、その対価としてギギス達の前には無防備で実りに満ちた穀倉地帯が広がっていた。

 

 念の為、山を降りる前と降りたばかりのついさっき、人を広範囲に探る魔法で周辺を探ってみたが、辺りに冒険者やそれに匹敵するような人間の気配は殆ど無かった。

 恐らくここからは北に位置する平原に陣取っているであろう人間達の気配も、数日以上をかけた南進のお陰かほとんど感じられない。

 かろうじて意識のごく端の方に、なにかウゾウゾといるような気がする、といった程度のフワッとしたものだ。

 

 現在地より西に気を向ければ、遠い所にかすかに引っかかるような冒険者や兵士達の気配が感じ取れた。

 恐らくはソレが穀倉都市グレインであろう。

 

 人間の軍隊の位置と自分達の位置をギギスは脳内で簡単に比較する。

 それぞれがおおよそ同じ行軍速度だとして、いや、例え向こうの方が多少早かったとしてもゴブリン達が穀倉都市に着くほうが圧倒的に早い。

 

『最初の賭けには勝てたようダナ』

 

 その後の展開を考えても猶予のありそうな位置取りに成功した事をほくそ笑む。

 見張りのようなものがいるかもと思っていたが、山中からの索敵魔法で位置を把握したギギスが先行して叩いた小規模な見張り台が2、3あっただけで大したものではなかった。

 これまでの人間達の狡猾さを考えて少し警戒するか迷ったが、南部もそれなりに広く、縦に長い分断山脈の全てを監視するにはかなりの人員が必要になるであろうと思い、潰した見張り台の数は妥当だろうとギギスは一人判断した。

 

 さてそろそろ限界である。

 目の前に広がる稲穂の海に感動するあまり子分達全員を制止してしまっていたが、もう糧食は底を突く寸前だった。

 喰うや食わずやの中でふらふらとしている者もおり、長の制止で動きを止めつつも皆の目ははっきりと眼前の麦畑に釘づけになって血走っていた。

 

 ゴブリンの大群の先頭に立っていたギギスは背負った赤いマントを子分達に見せつけながら、頂点に昇った陽の光を金の王冠で受け、高く、その右手を掲げた。

 

『ヨシ、お前達! 食い荒ラセ!! ギィヤギギヤ! グギギャー!!』

「ギギ──ッ!!!」

 

 ギギスの合図でゴブリン達が我先にと飛び出していく。

 稲穂の海に飛びついてかぶりつく。

 谷底が焼かれてからここしばらくの間、満腹でいられた者などいない。

 とにかく食える物を腹に入れたくて誰も彼もしょうがないのだ。

 麦の調理法は知っていたが、そんな上品で美味しい食べ方など今は二の次三の次だった。

 誰もが生えてるままの小麦にかぶりついて咀嚼している。

 

 ゴブリンは人間よりもよほど粗食に強い。

 小麦をそのまま食べたとて消化不良で身体を壊すことなど無い。

 もちろん美味しく食べられているかと言われれば残念なところだが、大事なのは飢餓から救われることだからこれは仕方の無いことなのだった。

 

 そんな子分達の様子を半ば呆れながらも、内心では子分達を食わせてやれたことに少しホッとするギギス。

 これで戦力のこれ以上の低下は免れそうだった。

 

 人間の育てた小麦畑に埋もれるようにして飛びついていく子分達を見ながら、ギギスは後ろに律儀に控えたままのグーギに話しかける。

 

『全ク。仕方の無い奴等ダナ。人間の育てた小麦ならきっともっと美味く食えるだろウニ』

『空腹は耐え難い苦痛ダ。 致し方無いだロウナ。マァ、出来るならもう少し上品にして欲しい所ダガ』

 

 グーギは子分達の状態に理解を示しつつも苦笑する。

 

『サテ、折角食糧にあり付けた所で残念ダガ、ここで食い続ける訳にもいかナイ。管理してる人間に直ぐ気付かれるだろうシナ』

『そウダナ』

『馬鹿騒ぎは日が天頂に昇るまデダ。そうしたら各自持てるだけの麦を刈って進軍するよウニ、メイジ達を通じて伝えてクレ』

『分カッタ』

『この先はずっと穀倉地帯ダ。飯に困る事は無イ。焦らず指示には必ず従えと厳命シロ』

『もちロンダ。進む頃合いになッタラ、俺が最後尾になって残ろうとする奴等全員を追い立てるようにシヨウ』

『任せタゾ』

『アア』

 

 食糧は大事だが、時間はそれ以上に貴重だ。

 ここよりかなり北に展開している人間の軍隊も遅かれ早かれいずれギギス達の方針に気がつくだろう。

 その時にいつまでも山脈から出たばかりのこんな場所に陣取っていては、何の為に無理を押し通して分断山脈の南部を越えて来たのか分かったものではない。

 

 今の戦力を減らさぬ為に食糧は代える物など無い大事な物だが、人間達に打ち勝つ為の更なる戦力もまた必ず手に入れなければならなかった。

 

 穀倉都市グレインとそこに至るまでの小さな村々。

 それらを襲うことはこの先の未来の為に必ず必要な事だった。

 

 ギギスの命令を聞いた後のグーギが自身の腹を満たす為に、他のゴブリン同様に麦穂の群れに飛び込んでいく。

 それを見ながらギギスは地面に寝そべって身体を楽にする。

 

 自分達の身を隠していた山脈を出る際に慎重を重ねて二回の探知魔法を放ったが為に、ギギスにはそれなりの疲労が溜まっていた。

 昼まで休めれば大分楽になるだろう。

 周辺に脅威になりそうな人間の気配もないので、安心して目を閉じることができる。

 

 彼の分の食べ物は彼の囲いの雌ゴブリン達が用意してくれる手筈になっている。

 潰して煮て、山から持ってきた岩塩を入れれば生で食べるよりは遥かにマシな物が食べられる。

 そこにグーギが先日取ってくれた鹿肉でも煮込んであれば、脱穀もしてない小麦とはいえ、彼らの食事としては文句はないだろう。

 幸い水は分断山脈の南に多数ある沢から流れた水が河となってすぐ近くを流れており困ることはなかった。

 この水は穀倉地帯を潤す貴重な水源でもあった。

 長であるギギスには、このゴブリンの群れで一番上等なその食事を自らが作らずしても食べる権利がある。

 だからこそ彼は誰よりも強く、群れを守れる程に強大であらねばならなかった。

 

 そうして、ギギスが僅かの休息を取り、肉入りの麦粥を食べた後にゴブリン達の軍勢は西への進軍を再開した。

 一糸乱れぬとまでは到底いかないが、強い統率力を持つギギスとグーギの指揮の下、彼らはこれ以上散って数を減らすこともなく、真っ直ぐに穀倉都市グレインへと向かっていく。

 

(つづく)




今日も読んでいただきありがとうございます。
次回投稿は明日の今頃です。

オリジナル日間ランキングの20位とか21位とかに乗れた瞬間があったみたいです。
ありがとうございます。
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