【ゴブリン・ロード】~人に焦がれて~(完結) 作:GR/フィルン
途中にある小さい村々はもののついでのように呑まれていったが、村人達は遠くにゴブリンの軍勢が雲霞の如く見えたところで取るものもとりあえず逃げ出していったようだった。
物資はともかくギギスやグーギが当てにしていた、人間そのものはろくに手に入れる事ができなかった。
彼らは僅かに落胆しながらもグレインで得ればいいかと破竹の進軍を続けていく。
それにほんの少しではあるが、逃げ遅れた者や彼らの進行方向であるグレインに向けて逃げた者はゴブリン達の餌食になっていた。
ゴブリン達が通り過ぎた後に残るのは、収穫を間近に控えながらもゴブリン達に食い散らかされた無残な元小麦畑。
それでも食べきれなかった小麦畑には火が放たれた。
その炎は間違いなくギギスの報復であった。
畑を焼かれた苦しみを畑を焼く事で返すのだ。
南の山脈から始まってグレインに至るまでの全ての畑が喰われるか焼かれるかするであろう人間達の苦しみはどれほどになるであろうか。
自らがその苦悩を味わったからこそ、さぞ人間達は困り果てるだろうとギギスは愉悦に笑みを浮かべていた。
恐らくは人間の街へと降りたセアラ達も同様に困るだろうが、そんなことはギギスには些末に過ぎることだった。
実際この時の彼の脳裏に一瞬でもセアラの姿が浮かぶことはなかった。
彼に取っては最も大事なのは自分で、手段でしかないセアラに配る配慮などどこにも無いのだった。
いずれにせよ食べるならともかく、残りを燃やし尽くすことは全くもって無価値な行為には間違いなかった。
なにせギギスとグーギの計画では、穀倉都市グレインを落とした後は、北上し、古都ガテドヨルールを占拠しこの地一帯をゴブリンの大勢力で埋め尽くすはずである。
であればその時にこの食料溢れる土地を燃やしてしまったのは損にしかならないだろう。
自分達の将来の飯のアテを自ら焼いているのである。
占領を目的とした侵略であれば尋常な判断ではとてもなかった。
だが、ギギスはそこまで分かっていても子分達に指示を出した。
それは半ば直感のような本能のようなもので、冒険者を恐れ続けた彼の人生が、経験として彼に囁き続けるのだ。
このまま何もかもが上手くいくなど、あり得ない、と。
だから、出来る報復は出来るうちにしておくのだ。
後悔などせずに済むように。
この侵略は報復こそが目的、なのだから。
さぁ、穀倉都市グレインへと駒を進めよう。
嫌な予感は実体となってヒタヒタと近付いてきている。
逃げようのない死の運命が。
〜 ◯ 〜
ここは穀倉都市グレイン。
秋を迎える直前の腹を空かせたサイロが立ち並ぶ、エレツという国家の食を支える要所だ。
都市の周辺には畑が広がり、東には大穀倉地帯、西には人も住めぬ古戦場跡から生まれた瘴気の沼地、離れた南は荒漠とした丘陵地がどこまでも続き人の交流も無いに等しい。
唯一北にのみ、古都ガテドヨルールまでの太い街道が繋がっており、大した外敵もいないこの地は長らく平穏な発展を続けていた。
もちろん西に広がる瘴気沼地からは定期的にかつての百年戦争で命を落としたと思われる兵士達がスケルトンやレイスなどになって湧き出してくるが、それは散発的なもので、常駐している兵士や冒険者によって危なげなく処理されていた。
大禍など無い、皆が己の仕事に精を出せば見合った成果が堅実に得られる平和な都市。
西の瘴気沼地を浄化開拓するために聖職者も常駐する上に、国の食料庫ということで王家の直轄領にもなっており保護も手厚かった。
そんな恵まれた都市グレインは、悪意を持って言ってしまえば、こう言い切れるだろう。
平和ボケしていたのだ。
そんな彼らを脅かすように東の彼方から迫り来たのは無数の土煙。
日を追うごとに近付いて来たそれは、当初ただ人々の不安を掻き立てるだけの不明な何かであった。
季節外れの大竜巻か、山からの異例の吹き下ろしが遠くグレインまで届いているのか。
不明でありながらも都市首脳部が出した「調査中」の通達に、動くべき者が動いているのだと不安を膨らませることまでは無かった。
それでも激し過ぎる土煙のせいなのか、穀倉地帯に住む村の者達との連絡は一切取ることが出来なかった。
僅かに片手で足りる程の人数が土煙の正体から逃げ延びたらしく、息も絶え絶えにグレインに駆け込んで来たが、寝る事も食べる事もせずに駆けてきたようで、一言も喋る間も無く寝込んでしまっていた。
人々は常に無い異常事態の一刻も早い解決を切に願っていた。
だが、その願いはほぼ最悪の形で裏切られる。
とうとう今日という日になって、無数に広がった土煙の正体が判明したのだ。
その中にいたのは数え切れない程のゴブリンと、恐ろしい体躯を誇るゴブリンロードとゴブリンジェネラルだった。
それらが姿を見せ、土煙の発生原因が特定された結果、都市は恐慌に満ちたパニックへと陥ったのだった。
突然突きつけられたゴブリンの軍勢の襲撃によって、蜂の巣を突いたようになる街の騒ぎの中、こんな近くになるまで気付く事も出来なかった間抜けた奴はどいつだと問い詰めるような不毛な争いも起こっていた。
もう一日もたたずに押し寄せて来るであろうゴブリンの軍勢に対してここまで警鐘も鳴らすことができなかったのだ。
謗られて当然であろう。
もちろん、鳴らずの警鐘は今や鬱陶しい程に音を立て続けている。
だが、この事に対して都市の首脳部だけを責めるのは酷な事であった。
首脳部は遠く砂煙が彼方に確認されていた時から正体を確かめる為の斥候を放っていたのであった。
しかし、不幸にしてそれらの努力は徒労に終わる。
土煙の正体を確かめる為に毎日送り出した斥候達は、毎日のギギスの探査魔法によって事前に発見され、対処されていたのだ。
そうしてゴブリンの軍勢が都市に近付く頃には斥候に対応したギギスが対策を打ち、更には大規模な「人に見つかりにくくなる魔法」まで掛けて隠蔽していたのだ。
平和ボケしたグレインの官吏官や、都市の治安維持が目的で訓練されて来た警備兵達では、対処出来ないのも仕方の無い話しだった。
どちらも規模の大きな探索魔法と目くらましの魔法の二つを唱えるのはギギスをしてそれなりの負担であったが、その甲斐あって、グレインの万を越す住民達は逃げ出すことも出来ずにただ震えるだけの獲物となってそこにいてくれたのだった。
ただ、この探索魔法のお陰で、ある事実を警告され続けていたギギスは、目前にある成果に驕ることも出来ずに心中を渦巻く不安と戦い続けてはいたのであった。
いずれにしても、都市の民達が今更北に逃げようとした所で、ゴブリン達もそれを想定していたかのように北に向かって広がりを見せて、展開し始めている。
西や南に逃げるのは都市に留まり続けるよりほんの少しだけマシかもという程度には危険な選択肢であるのが実情であった。
(つづく)
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