【ゴブリン・ロード】~人に焦がれて~(完結) 作:GR/フィルン
さくさく投稿していきますのでご容赦ください。
ゴブリンはこれ以上隠れて人に近づくのは危ない事なのだと理解した。
残念ながら人に紛れてこれ以上何かを知ろうとするのは出来ないのだと悟った。
だが、彼は既に沢山の物を見た。
それらが存在する事を知った。
知ることは大事な事だと気付いた。
住処に戻った彼は仲間達に今よりも更に山奥深く、もっと人目につかない場所を目指すことを告げた。左耳の断面を指腹でなぞりながら。
自分達が人間にどのような目で見られているか知ってしまったからだ。
彼らは気付けば百匹を超える集団に成長しており、他の同じような規模のゴブリンの集団が執拗に冒険者に狙われるようになった挙句に、殺し潰されているのを見た事も大きな要因だった。
群れないという選択肢は彼らには無い。
人への興味と好奇心と憧憬は尽きなかったが命には変えられなかった。
だから、安全を求めて人の立ち寄る事などなさそうな山深い奥地へと分け入っていったのだった。
人里から離れる程、凶悪な魔物と出くわすことが増えていったが、一行の長となっていた彼の魔法と彼に付き従う弟が扱う剣は既にただのゴブリンを超えた力を発揮しており、難なくとはいかなくとも数の力を頼りにそれほど大きな被害を出すこともなく秘境へと分け入っていった。
最終的に彼らは急峻な山に囲まれた谷底に立つ、廃墟となった砦を見つけることが出来た。
そこには当然のように先住民たる魔物達がいたが、旅する内に産んで増えたり合流したりして増えた仲間達はいつの間にやら三百を超えており、彼らはその半数と引き換えにオーガ率いる先住民たちを駆逐し、一部をペットや奴隷にすることで廃墟砦を占拠した。
そこは遥かな昔に人間達が建てたと思われる砦だった。
木で出来ていたと思われる砦門や砦内の扉は朽ちて久しく、内部にまともな部屋など一つもなく、どころかその大半は崩れ、雨風をしのげそうな部屋ですらせいぜいが3分の1程度しか残っていないお粗末なものだった。
唯一拠点として優れた点といえば砦の周囲を囲う壁は、ひび割れたり一部が崩れたりしていたがおおよそ機能していると言えるだけの高さと厚みと硬さを保っていたことだった。
後は、彼らにとっては大した価値もないガラクタや崩れた木片や鉄の棒などのゴミばかりが転がっていた。
その程度の、普通に考えれば拠点とするには余りにもボロ過ぎた砦だったが、今や一つの部族と言えるまで膨れ上がったゴブリン達の長である所の彼は興奮していた。
とても興奮した。
なにせ人間の建物なのだ。
人の街で見たそびえたつ創造物。
それが朽ちたりとはいえそのおおよその全容を保ったまま彼の所有物になったのだ。
きらびやかな街、美しい人々、美味い食べ物。
それらをこの地に築こうと彼は決意した。
谷底は盆地のように広めの平地を作り出しており、脇に流れる川と他の魔物を排除したゆえの周囲の安全さは彼らの繁殖を支えるに十分な地域と言えた。
平地に鬱蒼と繁渡る木々がもたらす恵みも彼らの食に十分に耐えうる量であった。
そうしてゆっくりと年月をかけて、ゴブリン達はその数をなんと千まで増やした。
仲間が増えることは本能的な喜びだったが、彼にとって大事なことはそこではなかった。
彼は人間の被造物である廃墟の砦を手に入れることができてとても満足していたものの、喜んでいられたのは最初だけだった。
廃墟はいつまでたっても廃墟のままだったからだ。
ギーギーと叫び、子分達に命じて人間の街のようにしろ、と言ったところで誰もどうやっていいのか分からなかった。
割れた壁の隙間に石を詰めた者もいた。
谷底で取れる幅の広い葉っぱで壁を拭いてみたものもいた。
だが、大きすぎた石は壁の亀裂をより広げ、葉っぱで拭かれた壁には緑色の汚い染みが増えるだけだった。
人間の街を見ただけでは人間の街の美しさを作ることはできない。
そこには彼の、ゴブリンの知らない知識が必要だった。
思い悩む日々が過ぎていく中である日、偶然が起こった。
10人ちょっとの人間を子分達が捕まえてきたのだ。
長であるゴブリンの命令により人間との接触から遠く離れた場所でのみ活動してきたゴブリン達であったが、この捕らえた人間達は彼らの住む谷底のその向こうの山より来て、わざわざ彼らの住んでいる所を通過しようとしてしまった者達のようだった。
地図という概念や周囲の地形に対する深い知識を持たない彼らは知らなかったが、彼らの根城がある山々とその谷底は広い面積を誇りその内部に人間を簡単には寄せ付けぬ厳しさを持っていたが、決して世界の端というわけではなかった。
南北に長く猫の瞳のような形をした山々は人間達から、人の文化圏を東と西に切り裂く「分断山脈」として知られていた。
そんな山脈から距離を置いた周辺には人の国家がいくつも在しており、捕まえた人間達は目的地へと至る為、東から西へ、山脈を迂回するルートではなく山越えを図ろうとした者達だったのだ。
それはハッキリといって無謀な試みで、中級にも満たぬ冒険者を数人抱えたほどでしかない旅商人達が越えられるようなエリアではなかった。
その無謀さの代償として自分達自身を代価として払う羽目になった人間達は、ゴブリンの長にとっての福音であった。
当初子分達は、女を胎に、男を餌にするべくいきりたった。
直接は人間を知らぬ者も多い程にひっそりと膨れあがった彼らだったが、少しは長く生きた者などから人間の噂は知っていたのだ。
曰く、女の胎は極上で、男は肉としては旨くはないが喰えば力や無上の征服感が得られるという。
砦の中の一番広い広場で長の前に引きずり出され、ゴブリン共に取り囲まれた人間達は震え上がった。
自らの愚かさの象徴をこれから身に刻まれようとしているのを、グギャグギャと低俗に響く笑い声によってはっきりと理解してしまったからだ。
男も女も等しく泣き叫んだ。
無様な命乞いをした。
無論言葉の通じないゴブリンと人間の間でそんな命乞いなどが意味を持つはずもない。
無慈悲な運命という名前の、血と鉄錆びの浮かんだ刃がすぐにも振り下ろされようとしていた。
だがその刃は、長たるゴブリンの一叫びによって行き場を失う。
彼は人間に対する強い強い好奇心から人間を肉にも繁殖用にもせずに、彼の人に対する教材へとなってもらうべく、生かす事を決めたからであった。
片耳を失ってもなお身を焦がす好奇心が、身を焼く憎悪すらものり越えて彼を動かしていた。
(つづく)
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