【ゴブリン・ロード】~人に焦がれて~(完結) 作:GR/フィルン
刻一刻と迫り来るゴブリン達の怒涛の勢いに誰もが絶望の悲鳴をあげる。
男は死の恐怖に、女は死よりも恐ろしい地獄の末路に。
老人や子供にも等しく未来は無い。
遠く、分断山脈の山中で大繁殖したというゴブリン達やそれを率いるロードがいる話しは噂話として誰もが知っていた。
だが、それらには対策が打たれて軍隊が出動していたのでは無かったのか。
何故今、平和であり距離も離れた穀倉都市グレインの目と鼻の先にゴブリンの大軍勢が迫っているのか。
リアルタイムでの戦局という情報を得る事の出来なかったグレインの人々は、無能な自国の兵士達を恨みながら、見渡す限りに広がりつつあるゴブリンの群れに呆然自失となっていた。
「もう駄目だ!! 東に見えるのは稲穂が1! ゴブリンが9だ! こんなのどうしようもない! おしまいだぁ!!!」
低い物見台の見張りに立っていた警備兵は狂気にかられてそう叫ぶと卒倒してしまった。
パニックは伝播する。
都市は迫り来る軍勢への対応も決められずに上を下への大騒ぎとなる大混乱の様相を呈していた。
なにせこの都市はあまりにも守りなど考える必要がなかったが為に、外壁すらろくなものがないのだ。
散発的なアンデッドを防ぐ程度の物はあるが、無数にも見えるゴブリン達の前には障子紙程度でしかないだろう。
嗚呼、このままグレインの無辜の人々はゴブリンロード率いる悪鬼の群れに為すすべも無く蹂躙され、陵辱の限りを尽くされてしまうのであろうか。
そう、誰しもが悲壮な覚悟を胸に宿し始めた、その時。
その時!!
都市の一番の広場に轟く様な大声で、突如現れた男のその名乗りが響き渡った。
「私の名前は、レン・バーランド!! バーランド伯爵家長女の婿にして、冒険者職・特級剣士である! ここに我が友、冒険者職・特級呪術士であるエーデル・イーと共に助けに来た! この都市を守るが為に我在らんと思う者は、共に立ち上がり悪鬼どもを打ち倒そうぞ!!」
鎧装備もいかめしく、短髪黒髪、鋭く険しい眼光は見る者に威圧を感じさせる程の怖さを見せるが、威風堂々と言わんばかりに吠え猛る様は、混乱を極めた都市にあって誰しもが思わず足を止め、そちらを向いてしまうほどの迫力を発揮していた。
年の頃、三十を越えたあたりか。
肩に担いでいたひょろりとした男を降ろすと、腰に携えていた長剣を抜き、空へと掲げる。
「この地は今! 未曽有の危機に直面している!! 幾千にも上る汚らしいゴブリン共が悪しきゴブリンロードに導かれこの地を蹂躙せんとしているのだ! 狡猾なゴブリンロードめは討伐軍の目を欺き、ゴブリンにしてあり得ないことに知恵を使って裏をかいてきたのだ! 討伐軍はこれを知り、この地へと今まさに向かっている最中である! だが、間に合わぬ!!」
朗々と響く声で今がどれほどの窮地に立っているのかを民へと語り始めたレン・バーランド。
それは土煙とゴブリンの軍勢だけを見ていた都市の者に、より絶望を与えかねない事実を突き付けていた。
思わず膝を突きそうになる人々を、しかし彼は叱咤する。
「諦めるな! 絶望に染まるのはまだ早い! 我らは間に合わぬはずのこの窮地を救う為に討伐軍をいち早く飛び出して来たのだ! 我ら特級冒険者二人は相手が何千何万いようとも立ち向かってみせる! だが、さすがにあれだけの悪鬼どもの数。限りがある。ゆえに、我らは共に立ち上がる同胞を求める! 策はある! 我らに従えばこの地は必ず救える! 誰ぞあらん!!」
雄々しいまでの自信に満ちた叫び声。
彼の声・表情・動作、全てに必勝の確信が込められていた。
放っておいても、二人対数千匹という絶望的な戦いに彼らは身を投じるであろうことは疑いようがないほどの決意に彼は満ちていた。
圧倒的な脅威を前にしても死への恐怖など微塵も感じていないかのような堂々とした立ち居振る舞いを彼は見せていた。
その揺るぎない立ち姿だけで、街思いの男衆が思わず数歩彼へと歩み寄りかける。
この都市を指揮する官吏も守備兵長も碌な指示が出せずにいた中で、明確に示された反攻の光。
自分の身近な者達がゴブリンに嬲られるなどという最悪の未来を回避できるならと、自然身体が動いてしまうような者達をレンと名乗った特級冒険者は惹きつけていた。
そんな空気の変わった周りの様子を確かめたのか、レンの傍らに蹲っていたローブ姿の男がひょろりと立ち上がって口を開く。
「クッヒッヒッヒッ。よーしよしよし。いい感じだ。俺の名前はエーデルだ。呪術士をやっている。時間が無いのでな、手短に策を教えてやる。これは味方の数が多い程チャンスがあるものと思ってくれ」
陽光を浴びたが如く仁王立ちするレンとは対照的な、陰気を集めたかのような男だったが、口元の笑みはやはりレンと同じように怯えや震えなど微塵も感じさせることの無い自信を覗かせるものだった。
「皆知っての通り、この地はかつての古戦場跡から生まれた瘴気沼地を改善しつつ、開墾が進んでここまで来た。大半は浄化され無害な死骸となっているが、この地の広い範囲には未だ無数の骸が眠ったままなのだ。これを利用する」
エーデルと名乗った呪術士は脇に抱えた分厚い魔導書を開くと、あるページを開いてビリリと破き、それをひらりと翻す。
「俺の魔法<骨の壁>を都市の前に防衛線として張る。それを壁にして都市を守るのだ。骨の壁は襲い来る相手へ反撃する強力な壁だ。しかも俺が魔力を注ぎ続ける限り自動的に壊されても元に戻る。これを死守すれば討伐軍が来るまで持ちこたえることも出来る」
そして言葉を継ぐようにしてレンが声を張る。
「そしてゴブリン共を足止めしている間に私が、ゴブリンロードを討つ。恐らくはゴブリンジェネラルも出てくるであろうから、そっちが先かもしれんがな」
「言っておくが、そこから更に策は三つある。一つ目はこれから参加してくれる同胞に配る俺の魔導書から切り取った護符だ。紙片だが、骨の壁の周辺で戦う時には骨が味方をしてくれる。残りの二つは悪いが今は言えん。だが、それこそゴブリン共を撃退する必勝の策だと言っておこう」
「当然のことだが、街を守る者達には死を覚悟してもらう必要がある。我ら特級冒険者は駆け出しを終えた初級冒険者千人分に匹敵すると言われているが、相手のロードやジェネラルもまた我らに比肩する危険な者どもだ。私がロードを討ったとて、都市を守る者がいなければ、汚らしいゴブリン共がお前達を蹂躙してしまうだろう」
それは都市の者達にとって絶望に射した光明だったが、何もせずに全てを得られる安寧の光ではなかった。
先ほどまでの、諦観にも似る死を覚悟した心に炎を灯し、共に立ち上がらなければ勝ち得ることの出来ない正に一筋の光に違いなかった。
都市を扇動せんとする男は腕を振り上げて一際大きく吠え猛る。
「だから立ち上がるのだ! 我らと共に!! 貴様らの妻を、娘を、母を、愛する者を守らんとする勇敢なる者達よ! 立ち向かえ! これぞ試練! これぞ克服すべき男の本懐!!! 来るのだ! 我らと共に!! 立ち上がれ!!」
ドオオオッ、っと都市が震える程に人々が呼応するように叫び、声を張り上げる雄叫びが鳴り響いた。
広場からも離れた都市の至る所から雄叫びが聞こえるのは、声に魔力を乗せていたからだろう。
レンとエーデルのそれぞれの手元には魔導書から切り離されたページがあり、それらは端から燃え散っていく。
かくして、突如、と言っていいほどに忽然と現れた二人の特級冒険者達は、混乱の中で蹂躙されようとしていた穀倉都市をその威風を持って掌握し、僅か数時間後におとずれるであろうゴブリンの軍勢との決戦に備えるべく、大急ぎで都市の外、エーデルの決めた防衛線へと民達と共に溢れだしていくのであった。
(つづく)
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次回投稿は明日の今頃です。
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