【ゴブリン・ロード】~人に焦がれて~(完結) 作:GR/フィルン
さて、この後語られる災厄のゴブリンロード・ギギスと防波の英雄となるレン・バーランドの決戦を前に、分かる範囲で状況を整理することとしよう。
まずは、ギギス達の谷を積極的に焼きながらも、後手となって穀倉都市を危険に晒したお粗末な討伐軍の動きである。
人間達は当初、ギギス率いるゴブリン達の動きを把握しきったモノとして高を括ってしまっていた。
斥候としてアテにしていた上級冒険者達がギギス達に消されてしまっていても、それでもなお情報戦においても優勢であると思い込んでいたのだ。
なにせ相手はロードに率いられ、かつて無いほどに数が多いとはいえ、所詮はゴブリンの群れである。
谷を焼かれたゴブリン達が報復に向かってくるとした時、平原に出てくる道は限られているのだ。
自然と、水が高所から流れる様を見るかのように考えれば、ゴブリン達を迎撃すべき地点など簡単な議論で済ませられる程度のものだった。
予測地点以外にゴブリンの軍勢が向かうなど、落とした林檎が空に浮かぶようなものだと、討伐軍の指揮官達は笑いながらゴブレットを傾けて軍議を締めていたのだった。
加えて彼らは谷底を焼いてから数日後に山脈の内部から放たれた強烈な魔力の波動を感知していた。
二人の特級冒険者と一部の上級魔導師がそれに気付いて進言していたからだ。
曰く、アレだけの強力な魔力の波動、デーモンかリッチーか、さもなくばここ最近の情勢からみればやはりゴブリンロードによるものだろう、とのことだった。
それは確かにギギスが放った探索魔法の魔力が観測されたものに間違いなかった。
ギギスが頼りにして頻繁に利用している「人間の居場所が広範囲で分かる魔法」は魔力を地に向けて広範囲に打ち出すことで、その返しから相手の居場所を探る。
軍隊が数日かけて移動するだけの広範囲を探れるこの魔法は、情報という圧倒的優位性を彼に与え続けている。
だが、粗雑なゴブリン魔法は、魔力という不可視のエネルギーを持つ波をただ出鱈目な出力で無理矢理放っただけのシンプルなものだ。
人間が使うように魔力を精密な術式に変換し、確実な結果をもたらすように保護されたものではない。
故に、個人として強大な者や魔力の扱いに長けた者はギギスが放った魔法の波に気付くことが出来た。
単純すぎる魔力の波動はどんな魔法を使った残滓によるものなのかまでは分からなかったが、それほど遠くない位置からによるものだろうとされた。
そして報告された内容から、ゴブリン達は当初の想定どおり平原にまっすぐ向かってきていると推測されたのだった。
討伐軍はこの観測された魔力の波をゴブリンが現れる先触れのようなものとして捉え、数日の内にゴブリンの軍勢が山を降ってくると見当を立て、準備を徹底させた。
用意しておいた大規模なトラップに魔力を充填させたり、兵士達や雇った冒険者達にはいつでも戦えるように準備させ、夜間のかがり火や警戒も十二分に高めて彼らは待ち構えた。
待ち構え続けた。
そしてササっと、数日が過ぎた。
ゴブリン達は一向に現れなかった。
不思議な事に。
ここに来てさすがに違和感を持つ者たちが出始めた。
魔導師達の報告によれば、ゴブリン達はもう一日か二日で到達する程の近場まで迫って来ているのではなかったのか。
何故、三日も四日も五日もたっても、影も形も見えず、数千のゴブリンが迫っているであろう気配すらないのであろうか。
これには流石に事態を楽観視していた討伐軍の司令部も訝しんだ。
そしてここに来てようやく斥候を出し、ゴブリン達の現在地を確認する事にした。
それまではすぐそこに迫っているゴブリン達に向けてわざわざ兵を放ち、あたら兵を無駄にすることもないと、行われていなかったことだった。
直ぐそばまで来ているだろうから、慎重に探るようにと言われた者達が山中に向けて放たれていった。
一日目、彼らはゴブリンの軍勢を見つけられなかった。
二日目、彼らは群れからはぐれたと見られる数匹のゴブリンを見つけて駆除した。
三日目、彼らはその日もゴブリンを見つけられなかった事を司令部に鳥で報告した。
結果として、これだけの時間を使い潰すことでようやく討伐軍は完全にゴブリンの軍勢を見失っている事に気付いたのだった。
北か南か、あるいはこちら側ではなく東に行ったのか、それとも留まったままなのか全く分からなくなってしまっていたのだ。
そうしてゴブリンの軍勢の行方を求めて司令部が右往左往し始めた頃に、特級冒険者であり、秀でた魔術師でもあるところの呪術師エーデル・イーは遠く南方から来たと思われる微かな魔力の流れを感知した、気がした。
通常、魔法を使うことでそれほど大規模の魔力が遠方まで届くほど響くことはない。
最初は大気の揺らぎにも近しいそれを勘違いかと思ったが、翌朝もその次の朝もその波を感じたのだ。
しかもその波動の中心は心なしか西へと移動しているようだった。
ここに来てエーデルはこの不自然な魔力の波動がゴブリンロードによるものである可能性を感じた。
そして相棒であり同じ特級冒険者であるレン・バーランドにその事を話し伝えたのだった。
レンはその話を聞いて深く考え込む。
エーデルの感知が正しければ、ゴブリンの軍勢は南の穀倉地帯に現れ、西へと進軍していることになる。
ずっと西へと行けば、そこにはエレツという国の要所である穀倉都市グレインがある。
いかにもゴブリンはそこに向かっているかのように見える。
それはゴブリンに狙われる場所としては極めつけにまずい場所だった。
守りの薄い場所にある、人間と食料。
ゴブリン共がそれらを手に入れてしまうことがあれば、どうなるか。
端的に言ってエレツという国家の終焉さえ呼びかねない劇物が生まれてしまうのは間違いないことだった。
状況の致命的なまでの危険性に気付いたレンの背中を冷や汗がどっと流れ落ちた。
どうして山の中に引きこもっていたはずのゴブリンがこれほど的確にエレツの地理を把握して動く事が出来るのか、恐るべき戦略的判断に不可思議な感じがしたが、彼は自らが山脈の奥深くにある谷まで行き、遠方から覗き見た時に見た、詳細は全く分からなかったが人型の何者かの存在を思い出していた。
人間にギギス達の存在を伝えた特級冒険者はレンだったのだ。
そうして彼は危険な入れ知恵が入っていると見た方が良さそうだと考えた。
いずれにせよ、エーデルの感知が正しければ由々しき事態である。
こんなところでボンヤリと軍隊に無駄飯を食わせている場合ではない。
可及的速やかな処置が必要だった。
そこまで一気に考え、状況を整理しようとした中でふと彼は気が付いてしまった。
古戦場跡、呪術士、穀倉都市、ゴブリン、未曽有の危機。
これらのカードは上手く使えるのではないのかと。
レンの方をじっと見つめたままの呪術士に対して、彼はニマリと口角を上げて笑う。
それはゴブリンの敵である人間としての笑いには違いないが、人の味方とは言い難い邪悪さのある笑みだった。
「これは、楽しい事になりそうだぞ」
「ほう?」
レンの笑みにエーデルも何か勘付いたようだった。
陰気な呪術師もまたニヤリと笑ってみせた。
そうしてレンはくつくつと笑いながら計画を立てる。
「なるほど。ピンチはチャンスとはこの事だな」
「なにか思い付いたんだな。立案は任せるぞ」
「あぁ。これは頑張りがいがあるというものだ。クハハッ」
「それは楽しみだ。クヒヒッ」
愛国心からではなく、功名心を持って二人の特級冒険者は笑いあった。
喉の奥で、口角を吊り上げながらも声を上げぬそれは、決して善なる笑みとは呼べない酷く濁った感情を思わせるものだったが、ゴブリンを誅するという正義を基にしたものには違い無かった。
かくしてエレツという国家単位においても僅か数人しかいない特級冒険者の内である二人は、腹に一物をかかえたまま討伐軍司令部に確度の高い可能性としてゴブリンの軍勢の位置と推測される彼らの目的を進言をした。
特級冒険者の報告は信用あるものとして、司令部を震撼させた。
確認を取れば確かに上級魔導師達の一部は微弱な違和感を感じていたが、気のせいかと思っていたと証言したことで、事態は一層深刻に捉えられた。
更にいくつかの確認事項を経た後に、ゴブリン達が南にいることを確信した討伐軍は穀倉都市グレインへと救援に向かう事を決定する。
もちろんエレツには他に軍が存在しない事も無いが、貴族の所有だったり、王の近衛だったり、国境警備だったりで、臨機応変に召集や予定外任務に着けさせる事もできない。
なにより討伐軍が与えられた役目もこなせずに終わったとあれば、討伐軍に参加した全ての者にはこの先消えぬ汚点が残り続ける。
討伐軍司令部はここにきて楽観的な甘えを捨て、討伐に全身全霊をもってあたることを決めたのだった。
だが、不幸にも特級魔術師エーデル・イーの告げた情報は、今から討伐軍がどんなに急いでグレインに向かっても、到着できるのはゴブリンの軍勢がグレインに到達した数日後になってしまうというものだった。
それでは何もかもが遅い。
そこで特級剣士であるレン・バーランドが自分達二人で先行し、迫り来るゴブリンの強襲に対して防波の盾となることを告げる。
特級冒険者であれば軍の進みよりも遥かに早くグレインにつく事が出来る。
初級冒険者は一般人より10倍強いと言われている。
中級冒険者は初級冒険者より10倍強いと言われている。
上級冒険者は中級冒険者より10倍強いと言われている。
そして、特級冒険者は上級冒険者より更に10倍かそれ以上に強いと言われているのだ。
単純に一般の民草一万人分の戦闘力があると評価されているのである。
それは何も技術の巧緻や魔力の高さだけではなく、肉体的な強度の高さも常人を遥かに上回っている事を指す。
ゴブリンロードであるギギスが、山脈の中を他のゴブリンと比べて遥かに素早く軽快に動いていたのと同様に、特級冒険者も他の人間を圧倒する程の身体能力を有していた。
そんな彼らであれば、エーデルは肉体的にはレンより多少貧弱であるので彼の助けを必要とするが、今から動けばゴブリンの軍勢よりも早くグレインに到達することが出来る、とレンは語った。
そして幾千ものゴブリンを相手にたった二人で時間稼ぎをすると、確かに彼らは宣言したのだった。
そこに加えて、グレインの住民から協力を得られるならば、彼らと共にことに当たっても良いという言質を書面付きで出してほしいと二人は要求したので、討伐軍司令部はその程度のことならばと大喜びで一筆したためたのであった。
こうして、討伐軍はギギス達ゴブリンの動きに対して遅きに失ししながらも、対抗策としてレン及びエーデルという強力な特級冒険者をグレインへと送る事が出来たのだった。
(つづく)
今日も読んでいただきありがとうございます。
次回投稿は明日の今頃です。