【ゴブリン・ロード】~人に焦がれて~(完結) 作:GR/フィルン
ギギスが取った作戦はしらみつぶし、だった。
つまり、隠れ蓑になる兵士達の小集団を端から潰していけば、最後かその途中かでは骨壁の術師と遭遇できるであろうということである。
当然そこまでに過度の損耗を掛けることは出来ないので、節約しながら戦わなければいけないが、時間をかければ必ず追い詰めることが出来る。
それがギギスの決めた対応策だった。
遠く戦場の中からは、グーギと特級剣士が激しく打ち合う音が響いてくる。
上手く立ち向かえているのだろう。
少なくともどちらかが一方的に打ち込んでいる様子は聞こえなかった。
ギギスは面倒な相手にイライラさせられながらも、まだこの戦いの勝利自体には疑いをもっていなかった。
それは、骨の壁の後ろでへっぴり腰に農具を構えている人間の少なさだ。
ざっと見渡した感じでみても、5千匹弱の自分達と比べて、半分より少し多いかぐらいだろうという数しかいなかった。
この程度であれば時間さえかければ、骨を守っている人間はゴブリン達の数の力で全て押しつぶすことが出来る。
全員殺してしまえば後に残るのは厄介な特級冒険者二人だけだが、それだって数の力に任せれば押し切る事が出来るに違いなかった。
大将として今一度戦局を思い返したところでギギスは軽く息を吐く。
負けるはずがないのであれば、着実にやればいい。
奇策によって乱された心を落ち着けてギギスは冷静に今すべきことを見据えてから、走り出した。
相手の逃げ口はいずれ追い詰められるまでの悪あがきの時間稼ぎにしか見えないが、特級剣士頼りだったというのならゴブリンジェネラルであるグーギを甘くみていたということなのだろう。
なれば相手の時間稼ぎの策に乗ったとて良いだろう。
確実に勝ってみせるという必勝の信念を持って、ギギスは人垣を薙ぎ払いながら骨壁の術師を探して単身暴れまわって行ったのであった。
この時間稼ぎこそが相手の目的であるなどとは思いも寄らぬまま、彼は魔法を、杖を奮い続けていった。
~ 〇 ~
人が次々と殺されていく地獄のような戦場。
特級冒険者・剣士レン・バーランドの呼びかけに応じた勇敢なる街の人間達。
それは男女の別無く立ち上がり、皆窮鼠の思いを背負っていたが、特級冒険者・呪術師エーデル・イーによって、街の中で守る者と、骨の壁で守る者とに分けられていた。
戦いが始まる前の街の中で、エーデル・イーは言った。
「皆の街を守ろうとする心意気ありがたく思おう。だが、女子供は前には立たせられない。後ろで最後の守りをしていてくれ」
同じ思いをもって立ち上がった者達に対する選別の言葉に、当初軽い反発の声が上がりそうになったが、エーデルの返しはそれを黙らせるに足るものだった。
「相手は醜悪なゴブリン共だ。戦場に女が出てみろ、あいつらは場所の別なく盛って腰を振るだろうさ。そうした時に悲鳴も上げず、無様を晒さず対処出来るのか? またそんな光景を見ても心乱さずにゴブリン達に抗い続けることが出来るか? 訓練された兵士達なら出来るだろうな。だが残念ながら君たちは全員ただの市民だ。善良な、な。本来ならこんな悲惨な戦いに誰一人赴く必要など無いはずのだ。女の悲鳴は戦場に良く響く。皆に動揺をもたらす不確定要素は悪いが排除したい。分かってほしい」
はっきりと、きっぱりと、絶望一直線の中にもたらされた光明をより確実なものにする為の迷いの無い言葉だった。
加えて彼は優しい言葉を選ぶ。
「前に立てぬからと悔しがる必要はない。やれることはある。俺達と男達でゴブリンに立ち向かうが、相手はあれだけの数だ。防ぎ漏れて街中に入って来る奴がいるかもしれない。そうした時に怯えるでなく立ち向かってくれる気概のある者達が後方に残ってくれているならば、俺達も安心して戦うことが出来る。武器を持って4,5人で囲めば普通のゴブリンであれば勝てない事もないだろう。分かってくれると嬉しい。役割分担だ」
ぼさぼさとした長い髪が顔にもかかる陰気な風貌ながらも、街を案じているかのように真摯に語るエーデルの様子に、最終的に反論する者はいなくなっていた。
こうして選別は行われた。
街の外に並ぶ男達の数は実に三千人に及んだ。
子供を除き、老いた者も含めればかなりの数の男達が街を愛する心を持って立ち上がっていたと言えるだろう。
自分達の数を圧倒的に上回る数千匹のゴブリンに対して、死を持って抗う全ての男達にはエーデルが自分の何冊もの分厚い魔導書から裂いた紙片が護符として渡されており、それがこの反抗作戦の骨子であった。
当然百人弱程の街に常駐する警備兵や僅かいた冒険者達も同じように戦いに赴き、同じように護符を懐に持っていた。
そうして呪術師エーデル・イーの加護の元で始まった、穀倉都市グレインの男衆と津波にも見えるゴブリンの軍勢の戦いは血で血を洗うかのような凄惨なものだった。
迫りくるゴブリンは恐れをしらないかのように猛って武器を振るい、男達もまた自分達が負けた時におとずれる今以上の惨劇を防がんと必死の思いで立ち向かっていく。
だが時間が経つにつれ、その趨勢ははっきりとゴブリンへと傾いていったのであった。
それは正しくギギスの読み通りであった。
尽きぬほどに襲い来続けるゴブリンの波、横をみればゴブリンの王がエーデルの姿を探して戦場を縦横無尽に駆け巡り、その嵐に晒されれば木端の如く男達は吹き飛ばされていく。
頼みの綱の特級剣士はどこか遠くでゴブリンジェネラルと、激しい戦いを繰り広げており決着がすぐにつく様子はなかった。
特級呪術師エーデルも骨の壁を維持しながら、ゴブリンの王から逃げるのに必死なのか、それ以上の支援は望むことも出来ない。
自分が頑張らねばと奮起しながらも、数と力の暴力の前に僅かな抵抗を残して散っていく男達。
しばしの時間が戦場で過ぎた後、戦いに赴いた男達の大半は、同数近くのゴブリンを道連れにした代わりに、地に伏せて物言わぬ骸へと成り果ててしまっていた。
ゴブリンロードが暴れまわって殺した男達の数はそれなりに及んでいた為、実際のゴブリンの被害はもう少し少ないかもしれないが、それはこの場では些事であった。
そして、もうゴブリンの波を止める程の数を保てなくなった街の男達が為す術も無くゴブリンに殺されるようになり、その死の間際の瞳に自分の守るべき後方へと駆けていく憎きゴブリンの姿を浮かべて、涙を浮かべる事しか出来なくなってしまっていく。
呪術師が語った、明かすことの出来ない秘策に一縷の望みを託し、死を受け入れていく男達を見ながら、当の呪術師エーデル・イーはニヤリと、悪しき笑みをその口に登らせたのであった。
「機は満ちたり」
(つづく)
今日も読んでいただきありがとうございます。
次回投稿は明日の今頃です。
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