【ゴブリン・ロード】~人に焦がれて~(完結) 作:GR/フィルン
悪意で凝り固まった一言。
エーデルが告げると同時に、それまで魔力が供給されていたことによって維持されていた骨の壁が一斉にガラガラと崩れ堕ちていった。
それは生き残っていた者達にとっては、最後の寄り縋るべき支えであったはずだが、エーデルが魔力を断ったことによりいとも容易くその形を失う。
その突然の出来事にゴブリン達も驚いて暫し動きを止めてしまう。
その隙にエーデルは詠唱を開始する。
「ブー・デル・マー。ブー・デル・マー。闇の聖女よ祝福を与えたまえ。おぉ、汝らは生者を恨む者。生を失いし肉にこびりつく哀れなる魂の残滓達よ。妬みたまえ嫉みたまえ。汝らから命を奪いし生者共は血肉に満ちる熟れた果実。恨みて蘇り、生者を此方へ導きたまえ。生者朽ち果てしその時は、我が言の葉によってみな彼岸へと帰りつかん」
忌まわしい呪術の詠唱が戦場へと染み渡る様に響いていく。
「<屍人召喚>」
エーデルの傍らで魔力を注がれながら仄暗く発光していた魔導書から、詠唱によってあるページに火がついて燃え上がっていく。
同時に魔導書から放たれた魔力のパスが男達が持っていた護符へと通り、それらも一挙に燃え上がらせる。
そしてそれまで男達が地獄だと思っていた戦場が児戯であったかのように、更なる地獄の蓋がここに開かれた。
命を失い倒れ伏していた者達が、次々と起き上がり始めたのだ。
それは一見死者が蘇生したかのような頼もしい光景に見えないこともなかった。
だが、何故か殺したはずのゴブリン達までもが起き上がり、皆一様にふらふらとした定まらぬ様子で、焦点の定まらぬままに、何とも聞こえぬ呻き声をぶつぶつと呟き続けている。
先ほどまで共に肩を並べていた戦友が首の骨を折られたまま起き上がり揺らめく様は、ただただ恐怖を呼び起こすだけのものであった。
それでも味方の、特級冒険者の術によるものならばと、ある男はその戦友だったモノに声をかける。
「お、おい。俺だよ。わ、分かるか……? お前、生きてる……のか……?」
「ああぅぅぅあぁぁ……、OoooOoOOooOOoOo」
「え、な、なんだって!?」
「おい、よせ……っ!」
男は周りの止める声を聴く前に、戦友だった者の言葉を聞こうと身体を近づけてしまう。
「うああらばああっららあまらあああばばばああああああ~~~~!!!」
「ぎぃやああああああ!!!?」
魔力によって呼び起されたゾンビが人間へと掴みかかり、齧り付く。
それが戦場の至るところで起こった事象だった。
もちろん人間達の間だけではない、ゴブリンも同様だった。
護符を持った人間に傷つけられた者、骨の壁に傷つけられた者、どちらのゴブリンもがゾンビとして蘇り敵味方の区別無く生者に襲いかかっていた。
ギギスが骨の壁に死者の呪いは無いと断言していたが、魔術に変換されエーデルの魔術によってのみ発現されるように隠されていた魔力までは読み取ることが出来ていなかった故であった。
かくして戦場には人間対ゴブリンではなく、死者対生者というこの世の終わりの様な更なる地獄が展開されていた。
当然ではあるが、突如訪れたこのような局面においてとはいえ、人間とゴブリンが共闘することなど起こる訳がない。
ゴブリン側は長であるギギスからの命令があったわけではないし、人間側もそもそも術を掛けたのが自分達を保護してくれていたはずの呪術師であるのだから、どうしていいかなどさっぱり分からなかったからだ。
エーデルの周りで防備を固めていたもう最後の集団になっていた兵士達も、狼狽えながらエーデルへと何が起こっているのかを問い詰めた。
「エーデル殿! これは一体!? エーデル殿の術で現れたゾンビ共が街の男衆にも襲いかかっておりますが!?」
「誠に残念な話しであるな。ゴブリンの勢力は想定以上に強力なものであった。レンが一人でジェネラルもロードも殺せれば良かったのだが、あのゴブリンジェネラルは相当な実力者だ。先に時間が来てしまった」
「時間、とは……?」
「この戦場にいる全ての生者の数を死者の数が上回ったのだ。ゾンビは強いぞ。後先など省みない渾身の力で細切れになるまで暴れ続ける。特に死んだばかりであれば沢山の恨みごとが身体に染み付いているからな。少ない魔力でも自らの怨念で良く働いてくれる。これならゴブリン共を駆逐する事も出来るだろう。我らの勝利は目前だ」
淡々と、完璧に予定通りだと言わんばかりの淀みのなさでエーデルは周囲を固める兵士達に種明かしをしていく。
しかし、それを聞かされても、ついさっきまで人間だった物が残り少ない人間達を相手に手当たり次第に襲っているのである。
人間の倫理観からしたら許されることではなかった。
「こ、こんなのが必勝の策だとでも仰るおつもりなのですか!? あの演説は、街を救うという言葉は、ゾンビになってまで殺し合いをさせようという思惑からだったのですか!?」
「そうだが?」
「幾ら何でも、こんな酷い仕打ちはないはずです!」
「他に手があったのかもしれないと?」
「そ、そうです! これだけの力をお持ちなら戦わずとも街の者全てを逃がすことだって出来たはずです!」
眼前で繰り広げられる惨劇を兵士は全身で示してエーデルに詰め寄る。
他の兵士達はそこまでの余裕は無い。
周りから押し寄せてくるゾンビの群れと戦いながら、二人の言い争いを背で聞くのが精一杯であった。
だが、エーデルは平然としたものだった。
「それでは俺達の得られる功績が低くなってしまうではないか?」
「は?」
「この場で皆を逃しガテドヨルールへと一万の民と共に逃げたとしよう。ゴブリン達の方が足が早いから全員が逃げ切ることは難しいだろう。足の遅い者から犠牲になるだろうな。そうした者達を踏み台にしてゴブリンは更に増えるだろう。下手をしたら万を超えるやもしれん。そうなれば二千の討伐軍では手に負えん。近衛も貴族の私兵も国境兵まで呼び寄せて古都にて争う事になるだろう。分かるな?」
「は、はい」
「古都は守るには余りにも状態が悪い。なにしろここ数百年の安寧の間にスラムが食い破った城壁のお陰で、防衛力はお粗末極まるからな。そんな中で万まで膨れ、討伐軍を出し抜く程に巧緻に長けたロード率いるゴブリン達と戦うのだ。勝てたとしても総力戦だろう」
「た、確かに」
「その中で我等がどれほど頑張ったとしてどれだけの戦果が得られる? 評価はされるだろうが他の者と比べられながらの程度しかないだろうな」
「そ、それはそうかもしれませんが」
周りの阿鼻叫喚さなど意に介さずに長々と話し続けるエーデルに、詰め寄っていた兵士は完全に呑まれてしまっていた。
「であれば、今だ。討伐軍もこれぬ、今。街の者と共に立ち上がった特級冒険者は、民兵にも満たぬ民を率いて倍する程のゴブリンの軍勢に立ち向かい、見事ゴブリンロード諸共これを撃滅。哀れ戦いに赴いた男達は”全員”が激戦の末、命を落としてしまうが、街や女達を守ったことでその栄誉は讃えられるだろう。良かったな皆英雄として末代まで誇られることだろう」
「!!? 全員!?」
「そうだ。流石に民をゾンビにしたというのは醜聞が過ぎるだろう? 自らゾンビを使役しておいてなんだが、死人に口無しという訳だよ。安心したまえ、諸君らの健闘は私が間違いなく喧伝しておこう」
「な、まさか、私達まで!?」
「言った通りだ」
直後、エーデルは魔導書に魔力を注ぎ、短く詠唱を行う。
「<骨の槍衾>」
エーデルの足元から放射状に伸び渡った骨の槍は、彼を守るようにしてゾンビと戦っていた兵士達の背を次々と貫いていった。
咄嗟の事に為す術も無く倒れ逝く兵士達。
ほどなくして、辺りに動くものはエーデルと呻くゾンビだけとなった。
もちろん術者であるエーデルにゾンビが襲いかかる事はない。
「まぁ実際。申し訳ないと思わないでもない。だが、討伐軍が失敗した時点でここが最大の妥協点なのだ。いかな俺とてあの数のゴブリンと同数のスケルトンを何の準備もなしに呼べるわけもないし、スケルトンはゾンビに比べて弱いからなぁ」
誰も聞くことがなくなった戦場でエーデルは懺悔するかのように一人ぼやく。
「さて、俺はもう一働きしなければな。ここでロードやジェネラルを討ち漏らせば折角の彼らの死が無駄になってしまう」
そうして魔導書の新たなページを開き、ゾンビ達に対して別の呪文を詠唱し始める。
静かに唱えられた魔法を受けると、ゾンビ達は寄り添い合い十数体がまとまるようにくっついていき、一つの巨大なゾンビジャイアントへと変貌を遂げた。
「<屍人巨大化>」
エーデルが魔法を唱え続けると戦場の至る所でゾンビが集まり出し、ゾンビジャイアントへと変化していった。
「これで、多少は時間稼ぎになるだろう。街に残った者達はサイロや大きな建物に隠れて身を隠し外には出ないように言い含めてある。こんな醜悪な姿を見られることも無いはずだ」
かつて勇敢に立ち上がった男達は、敵であったはずのゴブリンの死体とともにまとめて屍肉の塊として扱われ、巨大なゾンビとしてこの凄惨な戦場に生者を残さぬ為に暴れ始める。
少しして戦場のどこかでずっと響き続けていた剣戟の音が小さくなっていき、やがて聞こえなくなる。
戦況が次の段階に進んだことを知ったエーデルは静かに目を閉じるようにして、自身の放った術の制御に集中する。
「……この作戦を決めたのは、レン、お前だ。後は任せたぞ」
そして闘争は最終局面を迎える。
(つづく)
今日も読んでいただきありがとうございます。
次回投稿は明日の今頃です。
2