【ゴブリン・ロード】~人に焦がれて~(完結) 作:GR/フィルン
決戦が始まってから、ギギスはずっと一人であった。
その暴れ様は味方のゴブリン一切を置いていき、まともに相対できる者も無く、ただ倒すべき敵を探して、遥かな格下を殺し続けるだけだった。
それでもコソコソと逃げ続ける骨壁の術師を見つけるのは容易な事ではなく、否応もないままにギギスは魔力の損耗や疲労の蓄積を強いられていった。
戦いの経験の中で、新たなゴブリン魔法の可能性を思いつくような得るモノもあったが、悠長にそれを試すような余裕は彼には無かった。
だが、時間が経つにつれ彼の推測通りに戦場に立つ者はゴブリンばかりになっていった。
当然ギギスの負担は少しづつ楽になっていく。
彼が何十人か目の兵士の頭を杖で陥没させた後、ふと、これなら先にグーギの支援に行った方が確実だったのではないかと気付いた所で、その異変は起こったのだった。
突如として起き上がり始めたゴブリン達と人間ども。
彼らは屍肉を撒き散らし、新たな屍肉を生む為のゾンビとなって周囲の者達を喰らい出していった。
戦況がはっきりとゴブリンに傾いていた程に人数差が出ていた戦場だったのだ。
当然大半のゾンビはゴブリンへと襲いかかっていた。
数という力を与えた彼の自慢の子分達は、今、倍三倍に匹敵するゾンビの群れに貪られていき、急速にその力を弱らせていっていた。
ギギス自身もゾンビの対処に手を取られていた。
四方八方からの数を頼みに、後先を顧みない力で、傷を物ともせずに襲い来るゾンビ達はギギスをして手を焼かせた。
いや、万全であったならいざ知らず、朝から強力な探査魔法と隠蔽魔法を使い、戦場では既に数多くの魔法を放って敵を薙ぎ払ってきていたのだ。
動き続けた中で、一瞬優勢が見えた事後のこの惨事に動揺してしまっていた事も、彼の動きを鈍らせていた。
『エエイ、忌々しい人間どモメ!! これは奴らの策なノカ!? だとすレバ、味方諸共トハ、人間がこれ程卑劣な卑怯者共だったとハナ……! 仲間が大事という認識も改めた方が良さそうダナ』
ギリギリと悔しさに歯軋りながらも、ギギスは近くにいたゴブリン達を手勢として纏めつつ、周囲のゾンビを潰していく。
『このままではジリ貧ダナ。これ以上、敵の策など警戒してはいらレン。早く決着をつけなくテハ』
思考しながらも生き残ったゴブリン達を掻き集めて戦力を整えていく。
その間にも戦局は変化を重ね、ほどなくしてゾンビ達が寄り集まったジャイアントゾンビまで現れ、暴れ出す始末であった。
それは放っておけばゴブリンが全滅してしまいそうなほどに危険な数と力であった。
恐らくはグーギでさえも倒すのには手を焼かされることだろう。
『やはり骨壁の術師をなんとか殺すしか無イナ』
暫し考え込んだ後で、ギギスはそう結論付けた。
となれば、頼るのはいつもの手だ。
ギギスは周囲を子分達に任せて自身は杖を構えて、普段よりは軽めに、それでも戦場全体に届く程の魔力を地に向けて放った。
『ギィッ!』
すぐに右の耳で特級冒険者達の居場所を確認すると、大きな反応の居場所が二つ、即座に返ってきていた。
四方八方に魔力のパスを放っている方はすぐわかったので、ギギスは立ち上がりそちらに向かおうとした。
だが、ギギスは考えるべきであった。
決戦が始まった時に同じ様に術師の位置を探ろうとして何が起こったのか。
その時に何をされたのか。
或いはそれは慢心であったのかもしれない。
或いは魔法という術理の原理を知ろうとしなかった怠慢であったのかもしれない。
何れにしても、探索魔法を使った時に、自分の居場所もまた相手が特級ともなれば知られてしまう可能性を考える事の無かったギギスが、ここまで気付く事も出来なかったゆえの、それは、大失態であった。
ギギスの魔法は、敵の位置を知ると同時に、厄介な敵を呼び寄せてしまったのであった。
かくして、特級冒険者としての並々ならぬ知覚により、探索魔法の発信源を特定した剣士がギギスへと飛び込んでくる。
ギギスが身を起こすとほとんど同時にやってきた砲弾の如き速度の特級冒険者・レン・バーランドは、魔法を終えたばかりで無防備なギギスの腹部に向けて既にその剣先を振り抜いていた。
『ガッ!!?』
辛うじて、本当に直前でレンの接近に気付くことの出来たギギスは、起き上がりしなの不意の姿勢ながら無理矢理に身を捩って逃げようとすることが出来た。
しかし、ほぼ完璧なタイミングで振られた特級剣士の剣先は、ギギスに無傷でいられる事を許さなかった。
『ググゥッ!!』
ボタボタとギギスの膨れた腹部から鮮血が飛び散る。
『ちっ』
レンの剣はギギスの腹をかなり深く裂いていたが、まだ死に至るというほどの深刻なものではなかった。
ゴブリンロードの態勢が整わぬ内にと追撃をかけようとしたレンであったが、反射的にギギスが構えた杖を見ると横に飛び逃げざるをえなかった。
『ギッ! ギャッ! グゥッ!』
すかさず杖先から三本の火矢が飛び出てレンを襲うが、レンは危なげなくそれをかわし、剣を正眼に構えて油断なく相手を伺う。
ギギスもまた相手と少しの間が出来た事で冷静さを取り戻していく。
『(何故……。イヤ、そウカ。俺の魔法は奴らに居場所を告げていたというこトカ。せめて後一回早く気付けていレバ……。駄目ダ、今は目の前の冒険者ダ。ン? そういえばグーギはどうシタ!?)』
杖を相手に向けて構えたまま、ギギスは思考をグルグルと巡らせていく。
確かに、目の前の剣士と戦っていたはずのグーギの姿が見えないのは不自然であった。
既にやられてしまったのだろうか。
もしくは手間のかかるゾンビジャイアントに気を取られている間に剣士を見失ってしまったのだろうか。
ありそうな話だったが、今はグーギを呼ぶ専用の魔法を使うことも出来ない。
隙のある魔法など使えば、その間に斬り殺されてしまいそうだったからだ。
『(まずイナ。思った以上に向こうが元気そウダ。このままデハ……)』
それなりに長い時間グーギと戦っていたはずだが、目の前で隙無く剣を構えている剣士は目立った傷も疲労も無さそうに見えた。
対してギギスはそれまでの疲労に加え、腹を切られた出血も相まって荒い息を吐いていた。
そうしてギギスが杖を構えながら、いつ相手が来てもいいように身構えていると剣士の方に少し動きがあった。
もごもごと何か喋っているようだった。
『さて、コレで決着か。あの傷と疲弊の様子になら負けはあるまい。……誰も見ていないが、格好ぐらいはつけてもよかろう』
『!?』
聞こえてきたその言葉にギギスが少し驚く。
セアラから人間の言葉を習った後で、彼女達一行以外から始めて理解出来た人間の言葉だったからだ。
思わず反応を返してしまう。
『人間ノ、言葉……』
『ん? 東方語が分かるのか?』
ギギスがほんの僅か動揺を示したその瞬間に、剣士は疑問を持ちながら瞬間的に踏み込んできてギギスへと斬りつけてくる。
『ふっ!』
『グガッ!』
ギギスの杖を持つ腕が浅く切られる。
反応しきれていないギギスを見て、剣士は斬りつけることで生まれた隙を逃さぬようにそのまま畳み掛けて、ギギスを更に切り刻まんとしてくる。
『ゴブリンの王よ。お前は東方語が分かるのか?』
『グッ! ヌッ、グゥッ!?』
切りながら話しかけてくる相手にギギスは杖を盾に防戦一方になってしまい、言葉を返すどころではなかった。
『ふむ。返事が無いという事はやはり気のせいか? まぁ、ゴブリンが人語を、しかもこの地の言葉でもない東方語を解するなど、不可思議すぎる話しか』
『ヌググゥッ! グガッ! グッ!』
平静に喋りながらも縦に横に激しく剣が走り、ギギスは全てを受けきれず、細かい傷を更に増やされていく。
言葉と剣を同時に振られながらの鬱陶しさに苛立ちを募らせたギギスは、あえて小さくダメージを受けながらも、杖を突きだして暴風のゴブリン魔法を唱えた。
『ギイャッ!』
『ぬっ!? 小癪なっ』
ギギスを中心に吹き荒れた殺傷力のある烈風に押され、レンがさすがに距離を取る。
その隙にギギスは溜まった鬱憤をそのまま言葉にして相手にぶつけていった。
『なンダ! なんなんだ貴様ハ!? 戦うノカ、喋るノカ、どっちかにシロ!! ギヤッ! ゴブリンだとてこんな事はしなイゾ! 人間の常識はどうなってるンダ! 非常識な奴メ!! ギッ!』
『ふむ。やはり喋れるのか。しかもかなり流暢な上に堪能だな』
怒ったギギスが相手の非常識さに文句を言いながら、合間に牽制の火矢を放っていく。
レンは油断なくそれらを躱しつつも、非常識さを咎められた事など意にも介さずに、ギギスの様子を分析しているようだった。
何発かの火矢を躱した後にレンは立ち止まり、レンは剣を握っていない方の腕を伸ばして手を広げ、ギギスに待ったをかけた。
『よし、ちょっと待て。言葉が通じるなら会話が出来るということだろう。少し聞きたいことがある』
『ハーッ……、ハーッ……! 何を言ってるンダ、お前ハ?』
突然相手が動きを止めた事に警戒したギギスは火矢を止め、相手の言葉に首を傾げる。
剣も下向きに下げられて浅く地に刺した相手の動きで、すぐに切りかかられることはなさそうと判断して、ほとんど無駄打ちに等しかった火矢を続けて打つのを中断して、息を整える。
相手が時間をくれるというのならギギスとしてはありがたかった。
連戦で疲弊してるのもあり、回復できる時間が少しでも欲しかったのだ。
魔法を続けて撃ってこない様子のギギスを見て、レンは会話が出来ると判断したのか、再び口を開く。
『よし。まずお前に名前はあるのか? 俺は特級冒険者・剣士 レン・バーランドだ』
『……ギギス。俺がこの群れの王ダ』
『ギギス、という名前か』
『そウダ』
ギギスの返しにレンは一言、『そうか』とだけ呟くと続けて口を開いた。
『ではお前達の親玉の名前はなんだ?』
『……? 何を、言ってイル? 俺が王だと言っただロウ』
『自覚が無いのか? それとも協力者がいると感じたのは気のせいか? 悪魔あたりが一枚噛んでるのかとも思ったが、本当にこいつらだけなのか?』
『ぶつぶつと気味の悪い奴ダナ。フゥーッ……』
会話と言いながらも不審な相手の様子に訝しみつつ、ギギスはゆっくりと息を吐いて呼吸を落ち着ける。
休む暇のない戦いの中からのレンの猛撃によって磨り減った精神が、少しづつ回復していくのをギギスは確かに感じ取っていた。
万全からは程遠いが、もう少しこのまま休めれば多少はまともに戦えそうだった。
腹につけられた傷はジクジクと痛むがもう血は止まっていた。
『……単独であるならもう殺せばいいだけか。いや待て、もう一つ確かめる事があったな。おい、ゴブリン』
『なんだ人間』
『お前は輪廻転生による生まれ変わり者か? 前世を覚えている希少なタイプか?』
『ハ?』
『だから、前世で人間だったりしてそれを覚えているのか? それなら東方語を覚えている説明もつく。それ以外なら別にどうでもいいが』
『ハァ? 何を言ってるんだ貴様ハ。聞いた事はあるぞ輪廻転生。魂は巡リ、再びこの世に生まれるというのだロウ。ぬカセ! 俺の生は俺の物ダ! 過去だか前世だか知らンガ、俺の生き方に口出しなどさせるもノカ!』
『ふむ。案外博識だな。だがその様子なら、前世を覚えているということはなさそうだな』
ギギスが輪廻転生という言葉の意味をキチンと理解した上で返して来た言葉に興味深そうにしながらも、レンは下げていた剣の切っ先をほんの僅か持ち上げる。
『だロウ。流石にん……』
ギギスはセアラから得た人間の知識を誇ろうとしていた為、レンのその小さな動きに気付くことが出来なかった。
(つづく)
今日も読んでいただきありがとうございます。
次回で最終話になります。
最終話投稿は明日の今頃です。