【ゴブリン・ロード】~人に焦がれて~(完結) 作:GR/フィルン
子分達の不満の声を力で押さえつけ、彼は人間達に崩れかけた地下牢を部屋として与えた。
三人を一組として三部屋。
そして彼らの運んできた荷物も明確に武器になりそうなもの以外は全て適当に割り振って渡した。
人間達が与えられた環境で、何をどのようにするのか興味があったからだ。
それぞれの部屋にいれた合計9人の男女。
残りの4人の男達は一目見ただけで小なりとも鍛えられた力を持つと分かる冒険者だった為、子分達に好きにしろと譲り渡した。
冒険者は怖いからだ。
生まれたての頃に洞窟を襲われたこと、人を襲い始めてすぐに冒険者達に襲われたこと。潜った街でも襲われたこと。
それらは
だから彼は冒険者でないと分かる弱い人間達を観察の為に生かすことは出来たが、力を持ちうる冒険者を生かしておくなど考えることも出来なかった。
彼にとって冒険者は未知の恐怖の象徴のようなものだった。
実際、子分達が捕まえた、という報告を最初に聞いていなかったら相手の実力など考えることもなく逃げ出していたかもしれなかった。
それぐらい彼は冒険者が怖いものだと思っていたが、倒された冒険者達を見て、相手が弱くて自分達が多ければ、例え恐ろしい冒険者であっても勝てるということを知った。
とはいえ、それでも冒険者を深く知る為に残そうとは考えられなかった。
なにせ冒険者は彼にとっての恐怖の象徴だ。
冒険者とそれ以外が持つ力の差も彼にははっきりと分かった。
魔力や精気と呼ばれる力の根源への鍛錬と素質とが示す違いを、彼は本能で敏感に感じ取っていた。
万が一を考えれば怖すぎて生かしておくことなどとても出来なかった。
同じ体験を共有していた彼の弟もそれに同意した。
もしここで、冒険者達を生かし、詳細に彼らの能力を調べ上げていたならば、
とはいえ彼はそうはしなかったので、それは訪れない未来となった。
いずれにせよ
三組に与えた地下牢は奥が崩れ潰れていたものの、どれもゴブリン達ならば数十匹は寝て過ごせそうなほど広々としたものを選んだ。
廃砦の地下奥には円形の広場のような場所があり、その壁に沿って放射状に広がる形で何部屋もの地下牢が分厚い壁で区切られて用意されていた。
その為、広場にいさえすれば全ての人間達の行動をつぶさに監視することができた。
そして彼は自らが寝る場所さえも錆びた鉄格子達の前の広場に持ってきて、人間達がなにをどのようにするかを見続けた。
最初、人間達は震え上がっていた。
姿の見えない冒険者達がどうなったのか想像出来ていたのだろう。
次は自分達の番だと思い悲嘆に暮れていた。
しかし、半日も経たないうちに喉の渇きと空腹に耐えられなくなったのか、警戒しつつも返された荷物をそれぞれ開けて飢えを満たそうとした。
だが、不幸なことに一つの部屋の与えられた荷物には水も食料も入っていなかった。
焦った食料無しの部屋の男三人は泣き叫んだ。
食料が与えられないということは次の獲物は自分達だと思ったからだ。
実際には
やがて人間達が荷物からズルズルと毛布を引きずり出し、すすり泣くようにしながら眠ったのを確認したところで、ゴブリンも彼らから奪って点けていた松明の火を落とし、見張りを闇目の利く子分に任せて眠った。
そうして観察一日目が終わった。
二日目になってすぐ、知らなかった事を知る最初の機会に
朝早くから観察しようと、すぐに松明の灯を灯した彼に対して、朝であることに気付いた人間達がのそのそと起き上がる。
すると三組ともが牢屋の奥の方でゴソゴソとなにかをし始めたのだ。
それも何をしているか見えないように広場側を毛布を広げて隠しながらだ。
気になった
牢屋に備え付けられていたボットン式の便所はその先がどこに繋がっているかはともかくとして、牢屋の中に撒き散らすよりは遥かにマシには違いなかった。
とても残念なことに汚物をまとめて遠ざけるというある種の獣でさえ分かっているようなことすら理解していなかった彼は、そんなことでさえ人間の知識だといって喜び、部下達に同じようにするよう命令した。
砦の中にいくつもあった、謎の落とし穴付き小部屋の正体が判明した瞬間でもあった。
三日目になってすぐ、水も食料も無い部屋の男たちがこれまでよりも一層激しく叫び始めた。
渇きがついに限界を迎えつつあったのだ。
ゴブリンを前にしているという恐怖からさえ目を逸らし、鉄格子から手を伸ばして何事かを叫んでいる。その瞳はゴブリンを見ていない。
人間にどれほどの水がいるかを
自分達であればとても限界を迎える様な日数ではないことも無理解に拍車をかけていた。ゴブリンは汚にも粗にも貧にも強い、弱くとも群れ、生き汚いまでの逞しさを持つ魔物であるからだ。
昔人間達を捕まえていた時はそんなこと考える間も無く取り返されてしまったから、そこに考えが及ぶことなど無かった。
泣き叫びこちらに手を伸ばす男達を、
すると背後から女の声が聞こえた。
円を囲うように六つつ並んだ牢屋の左端。
そこから一人の女が皮袋を手に持って、正面の男達のように手を鉄格子の外に伸ばしていた。
そして男達が先程から叫んでいるのと同じ単語を再び口にした。
女は長い栗色の髪を上でまとめ、赤色の吊り目勝ちの瞳に意志を宿らせていた。
着ている服は他の男女と比べても何段か上等なもの。顔にかけた眼鏡は彼女をより知的に見せていた。もちろんそれは
その女が手を震わせながら皮袋を差し出していた。
長ゴブリンは皮袋の存在とその中身を知っていた。
かつて最初に殺した冒険者も同じ物を持っていたからだ。
確かその中には、水が入っていたはずだった。
ここでようやく
目の前の男達は水を切実に欲しがっており、背後の牢の女は彼女達の荷物から水の入った皮袋をなんとか渡そうとしていたのだ。
左端の部屋は女だけしかおらず、彼女達の力では投げても広場を挟んだ反対側まで水の入った皮袋は届きそうもない。
では何故あの女は皮袋を突き出しているのか、長ゴブリンはまた分からなくなってもう一度首を捻ることになった。
まさかゴブリンである自分を介して水袋を渡そうとしているなどとは、容易に想像のつくものではない。
なので、彼はよく分からぬモノを理解しようと、しっかりと観察して調べることにした。
(つづく)
読んでいただきありがとうございます。
次回投稿は夕方ぐらいにさせてもらう予定です。