【ゴブリン・ロード】~人に焦がれて~(完結)   作:GR/フィルン

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1-4 長と思われる偉そうなゴブリン

 長と思われる偉そうなゴブリンが男達から視線を切り振り返って彼女の方を見た時、水袋を鉄格子から伸ばしていた彼女は思わず身がすくんで別の叫び声をあげそうになった。

 

 身構えていても心身を襲う本能的な恐怖は、振り絞った理性を簡単に消し飛ばしてしまうような受け入れ難い拒絶をその身に感じさせた。

 興味を惹けるだろうとは思っていたが、こちらの方をしっかりと向いたゴブリンが次に何をしでかして来るのか。

 弱き者として感じる未知への恐ろしさは、ゴブリンと見つめ合うたった数秒を何倍にも何十倍にも感じさせ、彼女の細い足を震えさせた。自分たちを閉じ込める錆びた鉄の格子の硬さは、今すぐにでも崩れ落ちたい女主人のむしろ支えとさえなった。

 

 そうしてゴブリンの次の行動を怯えながら待ち受ける、人間の彼女にとっての長い長い数秒が経過した。

 

 だが、ゴブリンは彼女の突き出した水袋を見て不思議そうに首を傾けているだけだった。

 それを見て彼女はここ数日で持っていた疑問の答えが得られそうだと思った。

 この時彼女は勇気を多分に必要とする賭けに出ていたのだ。

 ゴブリンは騒ぎ立てる男達を鎮圧するわけでもなく、小首を傾げるようにしてじっと男達を眺めていた。

 それはつまり男達の様子を見て愉しんでいたわけではなく、純粋に状況が分かっていないのではないかと思ったのだ。(ゴブリンにとっての小首を傾げるという行為が何を意味するかすら彼女は知らないが)

 更に言えばゴブリンにしてはやや大柄に成長した目の前の個体が自分達を見る目は、餌を見るような他のゴブリン達とは違い、人間達をひたすらに観察しているかのようにも見えた。

 こちらのことを知りたいが言葉も通じず常識も合わない為、見ていることしか出来ないのではないかと彼女にはそう思えたのだ。

 

 それゆえの賭けだった。

 

 はっきりと言って囚われた環境で不必要に目立つのは悪手だ。

 目立ったことでゴブリン達の生贄に真っ先に選ばれる可能性が高くなりかねない。

 向かい正面の部屋の男達が叫んでいるのはどっちにしても死ぬならという形振りの構わなさによるものだからだ。

 実際、間の部屋にいる他の者達は牢屋の奥の方に固まってガタガタと震えるばかりで出てくる様子はない。

 危険を少しでも避けようとしているのだ。

 

 だが、彼女の考えは違った。

 

 見るばかりのゴブリンに対して何もしなければこのまま飢えと渇きで殺されてしまいそうだと感じていたのだ。

 彼女には座して死を待つわけにはいかない理由があった。

 そもそもからして彼女はこの今は9人に減った隊商の女主人であったから、捕まっている全員に対しての責任があった。

 皆の同意を得た上で山越えを選び、このような結末に至ったわけだが、一人でも多く一日でも長く彼らを生き延びさせることは、彼女がしなければいけない義務だった。

 

 加えて、彼女自身こんなところで死ぬわけにはいかなかった。

 

 彼女は東の国の裕福な商家の娘であった。

 父の仕事は彼女の誇りでもあった。

 自分も同じように商人になりたいと子供心に彼女は願っていた。

 だが、彼女のいた国は女性が表だって働くことを許される国ではなかった。

 女は家にいるものと決めつけられていたからだ。

 もちろん女性の中には家から夫を操って強かに生きる者も少なくは無かったが、それは言ってしまえば裏の話しだった。

 彼女は表に立ちたかった。

 

 そして自分が商売で為した証というものを作り上げたかった。

 父親に相談しても、彼は娘には甘く優しかったが、常識を捨て去ってまで機会を与える程の蒙昧ではなかった。

 

 彼女の前にチャンスは転がっていなかった。

 

 果てなき幻想のような夢だけが彼女にはあった。

 

 最終的に諦めきれなかった夢は彼女に家を捨て、国を捨てさせるという決意をもたらした。

 自分と同じような考えに同意してくれた人間達を集めて隊商を作り、父親に見つからぬようにこっそりと国を抜け出した。

 目指す先は最初から決めていた。

 

 広大な山脈を越えた古くから歴史を重ねる遠い西の大国では、その悠久の歴史に比べて女性の地位が高かった。

 女性の店主、女性の貴族当主、そして過去には女王の歴史すら。

 もちろん半数に至る程多いわけではなかったが、その古い国において女性が表に立つことはなんら不思議ではないらしい。

 彼女にそれを教えてくれたのは激しい遠距離恋愛の末、彼の古い西の国へと入り婿として旅立っていった幼馴染の貴族の坊ちゃんだった。

 彼女はそれを頼りにしようとしたが、広大な山脈を迂回するルートは半年近い長旅を強要される過酷なものだった。

 駆け出しの隊商。

 それもそもそも商売すら認められていない素人集団が乗り切れるような距離ではなかった。

 悩む彼女が方々に聞いて回り見つけ出したのが、山脈越え、というルートだった。

 遥かな昔、山脈を越え人々は行き来をしていたらしく、今は閉ざされたに等しいが道行としては存在しているらしい、とのことだった。

 当然、その道中に何が潜んでいるかなど分からないと言い含められたが、彼女は矢も盾もたまらなくなって仲間達と話し合い飛び出していった。

 多少の無謀ぐらい越えられなければ商人になることなど出来ないという若さ故の過ちもあった。

 結局無謀を越えられなかった彼女は仲間達と共に、ゴブリンに捕まってしまうという悲劇に陥ってしまった。

 だが、彼女はまだ生を、その先の未来を諦められなかった。

 

 この世界には輪廻転生という概念があり、死した人は生まれ変わってまた新たな生を得るとされているが、当然死ねば今生は終わりだ。

 生き返って前世の記憶と共にやり直し、など普通の人間が願ったところで出来るわけもない。

 歴史上にはそんな記録もあるらしいが、普通は子供向けのお伽噺でもなければ聞いたこともないような荒唐無稽なお話だった。

 だから足掻いた。

 

 言葉も通じない、人間の敵でしかない魔物であるゴブリンとでさえ渡り合おうと決意して。

 彼女は同じ言葉を再び叫んだ。

 

『水です!』

 

(つづく)




読んでいただきありがとうございます。
まだ短いのですが、4話目にしてようやくセリフが出せましたので区切りは良いものとさせて下さいお願いします。
次回投稿は明日日曜の午前ぐらいの予定です。
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