【ゴブリン・ロード】~人に焦がれて~(完結)   作:GR/フィルン

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会話です! ようやく会話を出せました! やったぁ!
なのでちょっと長めです。なお、長ゴブリン(ながごぶりん)ではなく、長ゴブリン(おさごぶりん)です。


1-5 少しの間、牢屋と広場には男達の叫ぶ声と

 少しの間、牢屋と広場には男達の叫ぶ声と、女が水の皮袋を出して『水です』と声を上げる時間だけが続いた。

 (おさ)ゴブリンは暫くそれを見守って思案した後、彼女の目の前へと近づいていく。

 そして、すぐ前へと立ってさえ震えながらも水袋を突き出す事をやめない女へと手を伸ばし。

 

 水袋を取った。

 

 取られる際に彼女の身体は恐怖で一層震えたが、なんとか鉄格子を片手で掴んだまま立ち続け、すぐそこにいる(おさ)ゴブリンを見下ろした。

 (おさ)ゴブリンは水袋を手に持つと、チャポチャポと何回か揺らして中身があるのを確かめた上で、それを反対の手で指差しながら首を傾げた。

 

「グギャ?」

『水です』

「ギャ?」

『彼らに、水を、あげて、ください』

「グギャ?」

 

 全く通じ合っているように見えなかったが、彼女は(おさ)ゴブリンの瞳の奥にあると見た知性を信じて言葉を続けてみた。

 そうした言葉を(おさ)ゴブリンはじっくりと聞いているようであった。

 少しして(おさ)ゴブリンがもごもごとさせながら口を開いた。

 

『……ンン、ム、ギィ。ミ、ミィ、……ズ、ギャ』

『!!』

 

 はっきりと、というにはたどたどしく不明瞭極まりなかったが、(おさ)ゴブリンは彼女と同じ水という単語を発音してみせた。ギャとかグギャとかギャウといったこれまでの叫び声とは違う、明らかな人の言葉の単語であった。

 自分が促したに等しい結果のこととはいえ、人語を話すゴブリンなど聞いたことは無かった。彼女の驚愕はそれまで感じたことが無い程に強烈なものとなる。

 それは彼女に一縷の希望と、それ以上に取り返しのつかないことをしてしまったのではないかという今の現状すら越えかねない恐怖を与えたが、彼女は引くことは出来なかった。

 

『そ、そうです。水です。彼らに、水を』

『ミ、ズ。ガエア』

 

 (おさ)ゴブリンは水袋を持ったまま、反対の部屋で狂ったように叫び続ける男達を指差した。

 彼女はそれにこくりと頷いて見せる。

 (おさ)ゴブリンは更に暫く思案した様子の後、水袋を男達へと運んで行った。

 (おさ)ゴブリンが再び近づいて来たことで、男達の叫びは流石に一瞬止まり、(おさ)ゴブリンが差し出した水袋を見て顔色を青ざめさせる。

 もちろんさきほどの(おさ)ゴブリンと隊商の若い女主人のやり取りは見ていた。

 (おさ)ゴブリンが手に持っているのは女主人から渡されたそのままであることも分かる。

 だが、果たしてゴブリンから物を受け取るなどしていいのか。

 激しい葛藤が男達の顔を引きつらせる。

 そこに鋭く女主人の声が届く。

 

『大丈夫です! そのゴブリンはきっとまだ私達を殺したりしません。今はまずその水で生き延びてください!』

 

 彼女も恐怖や嫌悪感といったものを押し殺しているのだろう。

 右手の親指にはめた金の指輪を不安を押し殺すかのように撫でている。

 だが、声だけは毅然として鋭いものだった。

 それを聞いて男達は素直に女主人の言葉に従うことを決め、(おさ)ゴブリンから水袋を受け取った。

 

『ミズ』

『あ、あぁ』

『お礼を! 彼に礼を告げてください!』

『ですがリーダー! こいつらは俺たちの部屋だけ水も食料もいれなかったんですよ! それに護衛の冒険者だってきっと!』

『いえ、先程の様子を見るに彼らはそれすら分かっていないのかもしれません。ですがこちらを知ろうとしています。礼を尽くせばきっと応えてくれるはずです。冒険者さん達は残念でしたけど、捕まるまでに何匹か殺してますから仕方ない、のかもしれません』

『わ、分かりました……。そう言うなら……』

 

 そこには女主人の願望や希望的観測や妄想すらが多分に含まれてはいた。

 だが、男と女主人が牢屋越しに大声で話す間もゴブリンはじっとそれらを見ているだけで妨げることは無かった。

 男もそれを見て、女主人の言い分にも一理ありそうだと理解したのか(おさ)ゴブリンを嫌そうに見て一言礼を口にした。

 

『あ、ありがとよ』

『ア、イガ、トヨ?』

『ひっ』

 

 人の言葉を真似するゴブリンに本能的な恐怖を覚えた男は、すぐに牢屋の奥へと引っ込んでいってしまう。

 そして残りの二人の男と水を分け合った。

 同じようにして、女主人の牢屋から言葉と引き換えに幾つかの食糧が反対の部屋へと渡された。

 

 数日が経ち、(おさ)ゴブリンは女主人の動きに一番興味を惹かれていた。

 彼女は色んな物を指差しては人間の言葉を教えようとしてくれているのだと分かった。

 試しに谷底で取れた食糧を弟が持ってきたので見せてみると、それぞれに名前がついているのか読み方を教えてくれた。

 今まで食い物の呼び方の違いなど、マズイものか、ウマいものかの違いしか持たなかったが、それぞれに違いがあるのだと彼にも理解が出来た。

 そこで彼は思う。

 人の街で拾って食べた"アレ"は、舌が爆発したのかと思うほどに美味かった。

 

 もしかすると自分達ゴブリンと同じ物を前にしても、人間は食べ方からして違うのではないか。

 並のゴブリンからは逸脱した彼の知性がそんな仮説を立てる。

 

 手元にあるのは眩しい派手な色の丸い木の実だ。この谷底ではウマイモノとして彼に献上されてきている。

 

 もしやと思い渡してみると彼女はそれを『オレンジ』と言いながら、取り上げてはいなかった小さいナイフで皮を剥き、器用に中だけを取り出して仲間達と分け合って食べてみせた。

 他の人間達も同じようにするのか気になって同じように渡してみると、ひどく怯えながらも少し嬉しそうに『オレンジ』を受け取ると同じようにナイフで切って中だけを食べていた。

 表面だけを切って中だけ食べることにそれほど違いがあるのかと思い、砦のガラクタの中にあった錆びた小ぶりのナイフで見たままに皮を剥こうとしたが上手くは出来なかった。

 人間達はそんな彼を見て少し楽しそうに笑っていたが、途中で諦めた彼がムシャムシャと『オレンジ』を皮ごと食べてしまうと、見かねたのか先程彼女達が切り分けた『オレンジ』を差し出してくれた。

 食べてみると美味かった。

 それまで食べていた皮の苦みやエグみが無く、さっぱりとした甘さと酸味だけが口に広がる味わいは彼を驚かせるに十分なものだった。

 

「ゲギャ!」

『美味しい、と言うんですよ』

『オイシ……?』

『そうです。美味しい、です』

『オイシ、イ』

『それと私の名前は、セアラ、と言います』

『セア、ア』

 

 新たな言葉を教えると共に、女主人セアラは自分を指差して自分の名前を(おさ)ゴブリンへと教えた。

 (おさ)ゴブリンはそれを見て聞いた上でじっくりと思案した。

 そして応じるように自分を指差して口を開く。

 

『セアラ』

『はい?』

 

 (おさ)ゴブリンはもう一度自分を指差して単語を重ねる。

 

『セアラ』

『はっ。ち、違います! 私がセアラです! セアラというのは"私"と言う意味ではありません! あなたには別の名前があるのではないのですか!?』

 

 セアラの慌てた様子に何か気付いたのか、ゴブリンは更に少し思案するとセアラを指差した。

 

『セアラ』

『そうです! 私はセアラです!』

 

 それを見て、長ごぶりんは再び考え込む。

 すると、自分を指差して今度はこう言った。

 

「ギギス」

『ギギス? それがあなたの名前ですか?』

「ギャ」

 

 頷いた後、(おさ)ゴブリンであるギギスは隣でずっと静かに立っていた自分より大柄の弟を指差した。

 

「グーギ」

『そちらの名前は、グーギ、ですか?』

「ギャ」

 

 お互いに通じているのか半信半疑のままだったが、恐らくそうだろうとお互い思ってセアラとギギスは名前を告げあった。

 ギギスに名前を交わす習慣があったわけではない。

 

 ただもしかしたら、という推論を元に同じようにしてみた時の反応を見てみただけだ。

 そもそもからしてゴブリンが名乗る名前など、極まれに個体を区別する必要がある時になんとなく呼んでいるものにすぎない。

 (おさ)ゴブリンのギギスとその弟グーギは谷底のゴブリン達を束ねている為、個体を識別できる程度という意味での名前を持っていた。

 結果として得られた反応から彼は凡そを理解出来たらしかった。

 知性を感じさせる行動を取るゴブリンに対してセアラは決意した。

 例え捕らわれていたとしても、相手の欲する物を提供し対価を得ることが出来ればそれはすごくすごく広いある意味での商売だ。

 このゴブリンの欲する物を探り、それと引き換えに自分と仲間達を救う。

 それがこの時彼女に取れた最善の選択肢に思えた。

 セアラは自分にそう信じ込ませ、縋った。

 

『交渉を、しましょう』

「ギ?」

『交渉です。私はアナタが欲しがるものを差し上げますから、代わりに私達を生かしてもらいます』

「ギ? ギャ?」

『……まぁ、伝わらないですよね。地道に頑張ってみましょう。交渉、させてくださいね』

『……ギ、コショ、ウ?』

 

 セアラが口にする単語の意味そのものはこの時のギギスにはまだ分からなかった。

 だが、捕らえられているというのに臆する様子の無いセアラは、他の人間とは違いギギスの願いを叶えてくれそうであった。

 彼女の望みを聞けば、人間の言葉や知恵を教えてもらうことが出来そうだと。

 

 直感がそう告げていた。

 

 それは奪うという感覚しか持っていなかった(おさ)ゴブリンにとっては初めての体験だったが、他の食糧などでも同じように言葉を教えてもらえそうな予感から、手始めに彼は人間達に食料を定期的に運ぶようにし始めた。

 幸い、谷底の食糧事情は非常に豊富で、川からは魚も取れたし、動物も木の実も十二分に量があった。

 ゴブリン達の人口を増やしながらも人間の分を余分に運ばせるぐらい何の問題もなかった。

 そうして彼は女主人から言葉と簡単な調理を教わりながら、代価として彼らにたっぷりとした餌を与え続けた。

 水が定期的に必要な事も分かったので、最初は子分達に水袋を使って運ばせていたが、その内、『桶』か『樽』はないかと聞かれた。

 どちらも分からないものだったが、持ってきていた木の板にセアラが図を書くと似たようなものに見覚えがあった。

 早速、彼の弟にそれを運ばせた。

 

 (おさ)ゴブリンの弟グーギは冒険者から拾った数少ない剣を振り回すうちに身体が次第に大きくなっていき、今や人を見下ろすほどの巨躯になっていた。

 左腕のない隻腕であっても彼の持つ力は強く、並のゴブリンの7~8匹は既に一撃で薙ぎ払えるほどになっていた。

 群れを率いる兄を尊敬しているようで、弟は常に積極的に兄を助けようと動いていた。

 そういうわけで、グーギは砦の中に残っていた樽をいくつか纏めて運んできた。

 どれも古いもので壊れてしまっていたが、人間達にそれらを纏めて渡すと彼らは樽を修理し始めた。

 帯鉄を外し、側板をバラして、使えそうなものと朽ちたものを選り分けていった。

 そして使えそうな部分だけを組み合わせて、桶を完成させた。

 出来上がった桶を見てもギギスは不思議そうに首をひねっていたが、セアラがそこに水袋から水を注ぐと、桶から水は一滴も零れ落ちなかった。

 

『ステキ!!』

 

 彼は女主人から教わった言葉で快哉をあげた。

 これぞ人間の知恵! 人間の力! 彼が欲してやまなかったもの!

 彼は砦中から朽ちた桶や樽の残骸を集め、全て運び込ませた。

 女主人は仲間と共にこれの修理を請け負い、代価として広く浅いタライに常に水を張って欲しいと要求してきた。

 そして水が無くなっていなくても二日に一度はそれを交換して欲しいと。

 (おさ)ゴブリンは意図が理解できなかったが、これも人間の知恵なのだろうと思い快諾した。

 三つそれぞれの牢屋に置かれた水タライは人間達が身体を洗うのに使われた。

 最初女達は毛布で視界を遮った向こうでそれをやろうとしたが、ギギスはそれを許さなかった。

 羞恥という感覚は全く理解できないものだったからだ。

 セアラとは一悶着あったが、最終的にギギスが魔法や武器を使おうとまでした所でセアラが折れた。

 (おさ)ゴブリンは人間の要望を出来るだけ聞こうとしてくれていたが、それは彼の人間への好奇心を満たすものだった為、隠されるというのは許容できないことだったのだ。

 セアラも相手が所詮は魔物であり、一見話が通じるように見えても彼らの理屈で動く脅威であったことを思いだしたようだった。

 いずれにしても、ギギスはここからも身体を清潔に保つことで臭いを抑えられることや、布を使って水で拭くことで掃除が出来ることなどを人間達から学習していった。

 そうして瞬く間に一カ月という時が過ぎた。

 

(つづく)




読んでいただきありがとうございます。
次回投稿は本日夕方ぐらいにさせて頂こうかと思います。
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