【ゴブリン・ロード】~人に焦がれて~(完結)   作:GR/フィルン

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2-1 そうして一カ月が過ぎた

 そうして一カ月が過ぎた。

 

 その間、群れの長であるギギスは七日の内の五日を牢屋で人間達を観察しながら暮らし、残りの二日は得た知識を子分達に活用させるために使っていた。

 

 人間の知恵は有用だった。

 

 汚物の臭いはまとめて隠すことで大分綺麗になったし、樽桶のお陰で水を得る苦労も減った。

 子分達に身体を洗わせるようにすることでゴブリン特有の悪臭も大分かは薄らいでいった。

 もちろんゴブリン達は自身が放つ悪臭に今まで無頓着でいられただけあって、それほど気にしていたわけではないが、悪臭がないことによって獲物から逃げられ辛くなり食糧事情は更に好転し、ゴブリンの人口増の助けとなったのだ。

 

 女主人セアラは出来るだけ出し渋ったつもりであったが、結果的に様々なことを彼に教えていった。

 火を使った調理、繊維質の植物から麻布のようなものを作り簡素な服にする原始的な裁縫。

 暫くしてセアラだけが、ギギスと同行するならば外に出るのを認められるようになった。

 

 そして彼女はギギスに、木を切って建材として家を建てるやり方や、果ては木の無くなった平地を耕して植物を育てることまでもちょっとした呟きの結果から聞き出されて教えてしまった。彼女は裕福な商家の出であった事が幸いして見識が広く、また彼女の仲間たちの知識も大いに役立った。

 砦の中には工作道具として使えそうなものがまだ数多く残っていた。

 初め、ゴブリンが砦の中を見てガラクタだと思っていた物はこの谷底で暮らしていくのに必要な工具の残骸だったのだ。

 それらの修理の仕方、錆の研ぎ方も彼女はゴブリン達に求められ教えていった。

 もちろん彼女が教えた中に武具の作り方などの戦いに関するものは含まれていない。

 セアラとしても、ゴブリンの文化レベルがあがっていくのはまだ良かったが、人間を脅かしかねない武器装備の発展は見過ごすことが出来なかったからだ。

 

 幸い、ギギスが好んでそれを望むことはなかった。

 彼にとっての興味は人間の綺麗で、美しく、きらびやかなその姿や生活にあったからだ。

 元より人間そのものを恐れて今の様な山奥深くの谷底に住んでいるのだ。

 人の知識が得られるならば、わざわざ争いに行くなど今の彼には必要のない事だった。

 

 こうしてゴブリンとその部族は、人の手の届かない深い山脈の奥の谷底を開拓し、粗末ながらも家を建て、繊維で繕った簡素な服を着て、あまつさえ簡単な農耕まで行い、それらを調理して生を育んだ。

 

 ゴブリンの人口はセアラの助力のお陰かあっさりと二千まで増えた。

 

 その間、捕えられていた人間達に害が及ぶことは無かった。

 女の貞操にも危険は無かったし、男も誰一人喰われてはいなかった。

 

 長ゴブリンであるギギスが人間達からの知恵を重用したことで、彼に絶対服従の子分達は同じように彼に従ったのだった。

 

 表面上は落ち着いた発展の日々が一年ほどもかけて続いていた。

 もちろんその裏では人間達としてはゴブリンに従うことを強要される、屈辱や悔しさが常にあったし、人里への逃亡は願い果てぬ夢でもあった。

 ゴブリン達にとっても、若い者は本能的な人間に対する攻撃欲求の抑圧を強いられたし、年かさのものは逆に人間への恐怖から自分たちの生活圏内で囲われながらも暮らしている人間に言い知れぬ不満を抱えていた。

 

 長ゴブリンはそれらの不平不満の空気を感じてはいたが、彼にとってみれば人間は捕まえた所有物にも等しく、子分達は命令に絶対服従の配下であったので、彼が目を向ければそれらを黙殺出来ていたこともあり、大きな問題を感じていなかった。

 加えてグーギからのゴブリンとしての本能に対する忠告や、セアラからの人間を人間として扱う為の配慮の仕方などには耳を傾けていた為、谷底以外の山脈内部への積極的な狩りや人間達を陽の当たる場所に移すなどの住環境改善を行うことによって全体としては悪くない統治を彼は行えていた。

 

 そんな日々の中には女主人から教わる人間の歴史や地理、算術、道徳などの座学の授業も含まれるようになっていた。

 今やセアラからの教育によって人間の言葉を流暢に、発声器官の都合から音は多少カタコトであるが、話せるようになった彼はより人間を知るために女主人の知識を頼った。

 ちなみにギギスは当初セアラが話すままの女言葉を覚えそうになったが、セアラの懸命の説得によって理由はよく分かっていないながらも男言葉で喋るようになっていた。

 いずれにしてもセアラも徐々に教えられることが少なくなりつつある中で、何も教えられることが無くなれば殺されてしまうのではないかという恐怖から歴史などの座学による授業は良い時間稼ぎであった。

 

 実際、石工や鉄工、武具防具の知識はゴブリンを今以上の脅威にしてしまうのではないかという恐れから彼女は概念に至るような言葉は極力伝えないままでいた。

 ゴブリンの命令系統や指示の厳しさは目で見て知ってしまった上に、実際に長に反しようとして簡単に殺されたゴブリン達も数多く見ていた。

 それらに対して取り繕うでも気にするでもない様子のギギスを見ると、彼女は彼に文明の力は与えられても武器を与えることだけはしてはいけないと一線を引いて接していた。

 

 ギギスもセアラが明かそうとしない最後の手札があることを感じてはいた。

 それは彼の支配権である谷底を見れば明らかであった。

 砦は多少綺麗になったが、崩れた部分は片づけられただけで立て直されたわけではない。

 砦の外には木で出来た家と、森を開墾して作った畑が広がっているが、それは彼がかつて見た都市の石造りの整然とした豪華さ、遠くにそびえたつ城の威容さからはほど遠いいっそ牧歌的な田舎感のあるものだった。

 食糧も安定したものがあるが一辺倒であり、火も使えるようになったとはいえ無知故の創造性に乏しいゴブリン達ではいずれ飽きが来る程度のバリエーションしかなかった。

 

 つまりは、石で出来た建物、鉄で出来た武器防具、豊富な食材から来る千変万化の創造性に富んだ料理。

 

 彼が望んだキラキラとした人間への憧れの体現は、未だ為されているとするには乏しかった。

 

 とはいえ、石を削ること、鉄を鋳ることなどは彼の想像できる範疇からはかけ離れて遠い。

 一人で思いつくにはあまりにも縁遠いことだった。

 結果として、彼はもやもやとした何かを抱えながらも具体的な要望としての言葉を示すことが出来ず、無理に聞き出してこじれるよりはと、女主人が話したがろうとしている歴史などの授業をそのまま受け入れた。

 

 歴史の授業の中には周辺の国々の名前、地理も含まれ、女主人たちが来た国がどのようなものだったのか、彼女達が行こうとした国はどのような国なのか、そういった仔細なものも含まれていた。

 

 風の抜ける砦の上層階の一室でゴブリンの木工によって作られた机と椅子を向かい合わせ、その授業は行われていた。

 

『ここから西の国エレツは歴史も深く、広い国土に様々な土地を有しています。代表的なのは南部に広がる穀倉地帯と古戦場跡地ですかね』

『ホウ。西の古都の南側カ。アチラ側にはあまり行った事は無かっタナ』

『西の古都、ガテドヨルールと言いますが、から見て距離を置いた南西側は瘴気の漂う浅い沼地がずっと広がっているらしいです。そこは大昔の百年戦争で人々が延々と殺し合った古戦場で、数十万人の死者が今も弔われることなく眠りつづけ、その怨念によって深く濃い瘴気が常に漂っているという話です』

『ムムゥ。アンデッドカ。アレは俺達ゴブリンにとっても敵ダ』

『あ、やっぱりそうなんですね』

『当然ダ。殺された者もまた不死者となって此方に襲いかかって来るナド、最悪ダ』

 

 ゴブリンとして伝え聞いたアンデッドの話しを思い出して身震いするギギスに、新しい知見が得られたとばかりにセアラは少し満足そうに頷いた後に話しを続ける。

 

『勉強になりました。そして対照的に南東部には大穀倉地帯が広がっています。ここは西の国の食糧庫にもなっていますね。本来は古戦場跡地まで含めてずっと一帯が穀倉地帯だったと言われていて、その規模は他国に売り歩くほど豊富だったとか』

『売る程に食い物があるというノハ、随分と羨ましい話シダ。サスガ人間』

『大昔の話しらしいですけどね。それで西の古都の南南東の位置には、穀倉地帯から得られる食料を集積し古都に売買する為の穀倉都市グレインという大都市があります。なんでも古戦場の一部を少しずつ浄化しながら穀倉地帯に変えようと頑張ってるとか』

『ホウ。人間はそんなことも出来るノカ』

『聖職者の力らしいですね。お陰でたまに湧き出て漏れてくるアンデッドを除けば外敵も無く、とても平和で活気に満ちたとてもいい街らしいですよ』

『羨ましい限リダ』

 

 ギギスが頻りに人間の持つ色々な物に関心を寄せる。

 人は多才で多様で、常に彼を魅了するのだ。

 冒険者さえいなければセアラ以外からももっと色々学んでみたいと思うこともあるが、それが現実的でないことを彼はよく知っていた。

 

『他には古都の遠く北に目を向けると鬱蒼とした森林地帯があるそうですね。噂によると森の奥深くには聖なる霊樹があり、それを守る様に排他的で危険なエルフ達が暮らしているとかなんとか』

『フゥム。恐ろしい話ダナ』

 

 割と自分のことは棚にあげつつギギスが頷く。

 人間からしてみれば数千まで成長した敵対種族の長になっているのだ。

 ギギスに人間を攻めるなどという無駄を行うつもりが無いとはいえ、エルフなどよりゴブリンの方がより危険視されるであろうことは間違いない話しであった。

 

 そして歴史と地理の話しは上辺を掬うようにしながらあちこちへと飛び、最後にセアラの出身国である東の国の話しにもなる。

 それは出奔するほどの鬱憤の溜まった多少批判的なものであり、無意識による女性差別を嘆いたものであったが、情報だけが欲しいギギスには割とどうでもいいものとしてスルーされていた。

 

『ということで私達は女性に将来のない東の祖国を捨て、未来ある西の国へと旅をしていたのです』

『人にも色々いるのダナ』

『そうですね。貴方も接することが出来れば自ずと分かると思いますが』

『フン、そうはいっても俺では無理ダロウ。ゴブリンが人に嫌われている事は良く知ってイル。俺も人間には憧れルガ、人間自体を好きにはなれナイ』

『家族を冒険者に殺されているんでしたっけ。まぁ、ここら辺はお互い様なので私からはなんとも言えませんね』

 

 ここ一年にも及ぶ付き合いによるものなのか、セアラはゴブリンにも出来るだけ公平に聞こえるように会話を合わせてくれている。

 決してゴブリンに友好的になったわけではないが、言葉を交わせるということから、険しい態度を取りたい気持ちを飲み込んで相手をしてくれているようだった。

 人間の敵に対してもこれほど腹芸が出来るのであれば、人間社会でも彼女はそれなりにやっていくことが出来そうだった。

 とはいえ捕らわれの身ではその芽も無い。

 そんな思いからなのか言葉がセアラから漏れる。

 

『いつか私もあの国で商売が出来ればいいんですけどね……』

『逃げたイカ』

『あっ、と。まぁ、悪いですけど思わずにはいられませんね』

『所詮は人間だかラナ。俺も人の中で暮らすナド、ゴメンダ。分からんでもナイ』

『寛大な理解を有りがたく思いますよ』

 

 溜息を吐くようにして応えるセアラを見てギギスは少し思案する。

 彼女が最後のカードを切るならば或いはその願いを叶えてもいいかもしれないと考えたのだ。

 

 その時彼はゴブリンでは無く、ギギスという個人として、人への抑えきれない興味だけに突き動かれていた。

 

(つづく)




読んでいただきありがとうございます。
次回投稿は明日の夕方ぐらいにしようかと思います。
明日からは毎日1話投稿ペースの予定です。
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