【ゴブリン・ロード】~人に焦がれて~(完結)   作:GR/フィルン

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2-2 『逃がシテ、やってもイイゾ』

『逃がシテ、やってもイイゾ』

『えっ?』

『モチロン、条件がアル』

『……聞かせてもらいましょう』

 

 ゴクリと女主人の喉が鳴る。

 彼女の夢は人間社会で商人として財を為し、己の証を刻みつけることだ。

 女として抑圧されたまま人生を終えることなどできないという強い思いから来るものだ。

 

 今の状況は自分達の招いた結果から考えれば遥かに良いものだった。

 ゴブリンに捕えられているというのに、綺麗な身体のまま、衣・食・住がそれほど悪くないレベルで満たされている。

 その上、自分の言葉によってゴブリン達の文化レベルが成長していくというのは余興として考えればそう悪くないモノだった。

 

 だがこのままでいることが彼女の望みかと言われればそれは間違いなく違う。

 彼女はまだ目指した場所へと足を踏み入れることさえ出来ていないのだ。

 であるならば、この場からの脱却というのは聞かずに捨てるには惜しい選択肢だった。

 

『石と鉄ヲ、教エロ』

『……うっ、それはつまり……』

『お前がそこだけは隠しているノハ、分かってイル。人の街に至るのに木だけでは足リナイ』

『西の古都を見たことがあるならば隠しようもありませんか……』

『ソレト、仲間は諦めてモラウ』

『えっ!? ど、どうして!?』

『子分達の不満もそろそろ限界が近くテナ。最近は目立った変化も乏シイ。早晩、誰かが犠牲になるダロウ』

 

 実際女主人の仲間達は全くとは言わないまでも、ギギスが目をかけてやろうと思うほど役に立ってはいない。

 元々が国で何かを為すことも出来ず、不満だけを持って抜け出したような者達だった為、才気煥発とはいかず、魔物であるゴブリンに取り囲まれ、捕えられた環境では鬱々と捕らわれたままでいるに過ぎなかった。

 適応し、長ゴブリンと半ば対等にやりあっている女主人の方が異常であると言えた。

 勿論、セアラの頑張りが無ければギギスは早々に彼らに見切りをつけ、子分達の不満解消の為に処分を下していたであろうが為に、仲間達も彼女の助けになろうとしてくれてはいるが、いかんせん大した結果にはつながっていなかった。

 少なくともギギスにはそう見えていた。

 

 それらの結果として出てきたものを見て、ギギスとしてはセアラ一人ならば今までの代価として見逃してもいいと勝手な算段を付けていた。

 深い考えがあるわけでもない。彼のその考えの中身に情も助けも憐れみも無い。

 ただ、セアラが決して口にしようとしない物と、彼女が妙に大事にしている仲間と、彼女自身の願いの、それぞれを天秤にかけた時にどうなるのか知りたかっただけだ。

 結局は人がどんな時どのようにするのかをどこまでも彼は知りたがっていた。

 

 対して、セアラの表情は暗かった。

 

 当然だろう。

 彼女からしてみれば祖国から自分の無茶に付き合ってついてきてくれた者達なのだ、見捨てるなど出来ることではない。

 苦悩の様子がはっきりとその顔に浮かんでいる。

 

『難しソウ、ダナ』

『さすがに……、それは……』

『ナルホド』

 

 長ゴブリンは女主人をじぃっと見つめ続ける。

 その変化を、表情を、人の機微を。

 

 彼にとってみれば仲間というか子分一匹一匹にそれほどの価値はない。

 奪われたり殺されたりするのは当たり前のことであったし、減ったら増やせばいいのだ。

 ただ、群れたり数を増やすのは、数の暴力こそが身を守る力だと知っているからだ。

 冒険者は少数でも恐ろしい力を発揮するので、それに対抗する力は欲しいが彼らの理解不能なまでの強さはギギスに考えるのをやめさせるに十分なものだった。

 二千匹のゴブリンを支配する今でさえ、冒険者が六人来たと聞けば彼自身は逃げてしまいかねなかったほどには彼は冒険者が恐ろしかったのだ。

 

 ともあれ、セアラの様子やこれまでの授業の内容をを見聞きするに仲間に対する価値観が自分達ゴブリンと違うのは明白だった。

 

 彼はここで常々より用意していた言葉を口にする。

 

『デハ、交渉をしヨウカ?』

『へ?』

『交渉ダヨ。始めの頃に俺に言ったダロウ? 交渉をしまショウ、ト。俺の欲しい物ト、お前の欲シイ物。取引しようじゃナイカ』

『わ、分かりました……』

 

 この時、ギギスとセアラの考えていたことと言えば、真反対に違いなかった。

 ギギスからすれば、相手がどうやっても仲間全員で逃げたいという気持ちを抑えられないのであれば、彼の欲しい物は必ず引き出せるだろうと思っていた。

 加えて、どうしても気に食わない結果になれば殺してしまえばいいのだ。

 それは交渉を仕掛ける側として圧倒的に優位な中で進められる勝ち戦に等しいものであったが、ギギスにはそのいつでも殺せる、という優位ゆえの相手に与えるプレッシャーまでは知らぬままに、彼はほくそ笑んでいた。

 

 反対にセアラといえば脂汗が吹き出しそうなほどの重圧の中にあった。

 当然決裂した時の運命など容易に想像出来ていた。

 彼女にはその最悪の結末は回避しながらも目標を勝ち取らなければいけないのだ。

 それは思考を鈍らせかねない程の苦しさを生む。

 加えて都合が悪い事もあった。

 彼女にはギギスの欲するカードが1枚足りていなかった。

 

 鉄に対する知識が浅いのだ。

 鉄鉱石を探して、炉を使って溶かし、鋳型で成形する。

 そこまでは知っている。

 だが、どうやって鉄鉱石を探す? どんな炉を作ればいい? 温度の上げ方は? 鋳型はなにから作る? 

 所詮出自は金持ち商人のぼんぼん娘だ。

 ギギスの質問に答えられるだけの深い知恵など持ち合わせていない。

 これまでだって実際は仲間からも色々聞いたりしながらなんとか生き延びてきたのだ。

 石ならばまだ削り出して成形するだけだ。そのはずだ。

 合う石切り場を見つけるのに時間を掛けるぐらい手伝えない事も無いはずだ。

 木よりも遥かに重い重量物をどのように持ち上げ、運ぶかなどは彼女の想像の範囲外だ。

 だが、鉄器は更に難易度が違う。

 

 命が乗っている交渉に、相手が求めるカードが一枚足りない。

 

 目の前で優位を確信して口角を上げるゴブリンの知性は既にこちらの表情を読み取るところまで来ている。

 セアラの事情を探ってきた後で開く交渉のテーブルなど、いっそ老獪ささえ伺わせるほどだった。

 ゴブリンだからとどこか相手をみくびっていた自分の甘さにほぞを噛む思いだった。

 

 相手のペースで始まった交渉において、セアラには何か起死回生の一手が必要だった。

 

 ぐるぐると思考を巡らせるセアラを見て、ギギスは淡々と自分の要求を突き付ける。

 

『デハ、石と鉄を教えてもらおウカ。代わリニ、お前だけは人里まで逃がしてやロウ』

『う』

『まずは石からカナ? 石の家、石の道、どうすれば作レル。人間はどうやって作ってイル?』

『ま、待ってください! まだ私はアナタの条件を飲んだわけじゃないですよ!』

『ホウ?』

 

 ギギスにとっては意外なことに、セアラは抗って見せた。

 相手をどうにかして上回らねばと思考をぐるぐると回転させるセアラの脳裏に、ある考えが運良く浮かぶ。

 

『はっ……!!』

 

 咄嗟に出てきたそのアイディアにセアラは無我夢中で飛びついた。

 他の選択肢を考えている余裕は無かった。

 

『デハ、どうスル? 教えないのナラ、いつまでも飼ってやるつもりもナイゾ』

『い……、いえ……、いえ、そうではないです。もっと。そう、もっと払う、と言ったらどうしますか?』

『ナニ?』

 

 途中から確信を含み始めたセアラの言葉に、今度はギギスが疑問の言葉を返す。

 

 ここにきてセアラは慌てながらも自分の引き出しを確認する。

 まだ見せてないカード。持っていないものを持っているのと同じ価値まで引き上げられるカード。

 ケダモノが決して持っていない人間の知恵の結晶。

 

『分かっているノカ? 俺はお前がもっと持っていると言うのナラ、それを奪うだけダゾ』

『えぇ、そうでしょうね。貴方は私達の命を握っている訳ですからその選択肢が取れるでしょう。ですが、私だけ逃がした所で、貴方は本当に必要な物を得ることは出来ませんよ』

『どういう意味ダ?』

 

 ギギスにはセアラの持っていこうとする論点が見えずに首をひねる。

 持っていない概念という武器に対してギギスは抗うことができない。

 

『まず、私の仲間も逃してもらうことは譲れません。彼らが私には必要ですから』

『フム。デハ、それに足る代価を聞こウカ』

 

 セアラに取って引けない条件を出したところで、ギギスが淡々と応える。

 交渉を得手とするものなら、ここで相手に主導権を渡さずにゴリゴリと話を進める者もいただろう。

 そこはいかんせんギギスは未だ未知の方が多いゴブリンに過ぎなかった。

 知りたいもの、興味があるものを目の前にぶら下げられては好奇心を抑える事は出来なかった。

 

 そしてセアラがカードを切った。

 堂々と。虚勢だけを支えにして。

 

(つづく)




読んでいただきありがとうございます。
次回投稿は明日の今頃です。
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