【ゴブリン・ロード】~人に焦がれて~(完結)   作:GR/フィルン

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3-1 『私がアナタにお出しするのは、人類繁栄の切り札の一つ』

『私がアナタにお出しするのは、人類繁栄の切り札の一つ。文字、です』

『モジ?』

『そうです。人が発展するのに文字による技術の蓄積、伝承は欠かせません。受け継ぐことで一人一人の成果を個人の死によってリセットすることなく、積み上げて行くことができたのです』

『ナルホド。それが文字。確かに、俺は親達からほとんど何も聞けていないカラ、知っているコトガ、少ナイ。ゴブリンとしての常識すら最近覚えた物もあるぐらイダ』

 

 自身の経験を振り返ってギギスが呟く。

 その考え込む仕草を見てセアラは話の主導権を奪えたと確信する。

 

 そう、文字を使えばセアラに足りない知識を補って交渉の一助へと出来る。

 

『そうでしょう。そして、文字を集めた物を本、と言います。本には様々な知識が載せられています。それこそアナタの欲する石の知恵も、鉄の知恵も』

『本!! 素晴らシイ! ソレダ! それが欲シイ!! 本をクレ!!』

 

 案の定ギギスは簡単と言いたくなるほど激しく食いついてくる。

 セアラはそれを片手を出して制する。

 

『ですが、残念ながら私は今現時点で本を持っていません。本は人間社会でもそれなりに貴重品です。特に知恵が乗っているような技術書を手に入れるにはそれなりの手順が必要です』

『……無いなら交渉にならナイゾ』

『いいえ。私と私の仲間を解放してくれれば、人間の街に行って本を買ってきます。そしてアナタに売りましょう。その本を読む為の文字は私が教えます』

 

 これがセアラが咄嗟に思いついた提案だった。

 抜けは多いが、未来の利益を盾に譲歩を引き出す算段なのだ。

 だが、当然ギギスにだって分かる事はある。

 

『フタツ。知りタイ』

『どうぞ』

『お前を逃がシテ、またここに本を持って来るノカ? 逃げたらそれでお前達は十分ダロウ? もうヒトツ。ナゼそこに仲間が必要ナンダ?』

『当然の疑問だと思います』

 

 想定通りの質問にセアラは深く頷く。

 

『私は逃げればそれでおしまい。確かにその通りです。ですから、担保を置いていきます』

『タンポ?』

『代わりになる価値の高い物ですね』

『ホウ。それはイイナ。それはナンダ』

 

 担保の意味まで理解できたわけではないが、ギギスは先を促す。

 それに頷いてから、セアラは自身の右親指にはめていた金の指輪を外し、室内で教材として置いてあった錆びた三つ又の鍬へと指輪についた白く丸い石を押し当てる。

 そして彼女は心の中で父に謝りながら起動の為のワードを口にする。

 

『黄金よ! 在れ!!』

 

 言葉と共にセアラの手元が光り輝く。

 

「グギャッ!?」

 

 その想定外の光にギギスは反射的に杖を手元に引き寄せて身構える。

 だが、光は一瞬だけですぐ収まると、セアラの手元には地金を金色に輝かせる三つ又の鍬があった。

 

『ギャギッ! なんだソレハ!?』

『私にゴブリン語は分かりませんよ。それで、この指輪が担保です』

『その黄金の鍬ではナクテ、カ。つまりその指輪の能力なのダナ』

『そうです。これは小さい欠片ですが人間界でも希少な品、賢者の石というものが中に埋め込まれた指輪です。我が家のまぁ家宝だったんですけど、持ってきてしまってたんですよね。それに家宝と言っても無限に黄金が生み出せるほどではなくて回数制限付きですが』

『フム……』

 

 この世界での賢者の石は金属を黄金に変えるものとされ、ごく小さい物であれば稀少な材料をふんだんに使うことで作り出すことが出来るが、大半は太古の遺跡から発掘されるもので占めていた。

 石の大きさによって生み出せる黄金の量が違うため、大粒の賢者の石などは国が有事に備え大枚をはたいて購入し、確保されるのが常であり、小さくはあっても個人で所有しているなど極めて珍しいことであった。

 セアラから手渡された指輪を触って眺めながらギギスは興味深そうに感心していた。

 

『これは確かに凄そうダガ、担保? にこれがなるノカ?』

『あれ、ダメですか?』

『俺は別に黄金には興味ハ、無イ。キラキラしただけの物に知恵はないカラナ。マァ、綺麗だとは思ウガ』

『そうですか。それなら好都合ですね』

 

 ギギスの指輪を眺めながらも熱に浮かれた素振りの無い様子に、むしろセアラは安心したかのように溜息をつく。

 それは彼にとっても多大な価値があれば奪われて終わりになりかねないという懸念だったが、今までの彼の反応から考えられた通り、ギギスはただ眩いだけの黄金には対して興味を示さなかった。

 

『それは、私にとってはとても大事なものです。貴方にも話していたとは思いますが、私の夢は商人として身を立て、その証を残す事。そして国の慣習に呑まれ私に機会を与えなかった父に結果を見せつけること。その時に家宝を盗んだままではさすがに弁解の余地なくマズイので、失うわけには本当はいかないんです。命の次ぐらいには間違いなく大事なモノです』

『フゥム。マァ、今はその命がかかってイルナ』

『ですね。ですから私はこれをアナタに預けるということは必ず取り返さなくてはいけないんです。分かりますか?』

『フム、マァ、いいだロウ。お前は逃げてもこれを取り返しに戻ってくるのダナ』

『そういうことです』

 

 更にセアラは本を持ち帰ってくるためにはお金が必要なこと。

 それを一人で稼ぎ出すことはとても難しく、仲間達がいれば、より早く本を届けることが出来るだろうと付け加えた。

 

『フム。大体分カッタ。俺が本を得るのに全て必要というわけダナ』

『そういうことです。それに文字が使えれば色々なことを記録として残したり、仲間に伝えたり出来ますよ』

『文字自体も使い道があるのダナ。そういえば始めの時に木の板を持ってイタナ。あれは文字用カ』

『そうなります。木の板があれば後はそこにナイフかなんかで刻めば文字は書けますから』

『ナルホド。それなら出来ソウダ』

 

 筆記具の方の知識はセアラは口にしていない。

 話が長くなりそうだったので後で話せばいいかと省略したのだ。

 

 そんなセアラの裏の考えは置いて、ギギスは頷く。

 彼としても本当に彼女が戻ってくるなどとそれほど大きな期待をしているわけではない。

 情の欠片も無いというのは彼の心中としての事実だが、彼女の生への執着をこの一年の間ずっと見ていたし、ここまでの発展が彼一人で為せなかった事を考えれば、逃がしてしまうぐらいはしてもいいだろうかぐらいには考えていた。

 人はこれを情と呼ぶのかもしれないが、彼個人としての素直な気持ちでもあった。

 オマケで他を逃すのもまぁいいだろう。人を贄にすることには僅かなデメリットもあるので執着も薄かった。

 とはいえ、逃がした彼らが冒険者達を引き連れて襲いに戻ってくるのではないかという考えまで至れないあたりが、彼のアンバランスで未熟な点でもあった。

 なにより彼はこの交渉を楽しんでしまっていた。人とお互い求めるものを出し合い言葉でぶつかり合うなどまるで人間のようだと。

 

『分カッタ。文字を教エロ。そうすれば全員を人のいる所まで逃がしてヤル。そしてこの黄金を作る指輪と引き換えにする為ニ、石と鉄の本を持ってコイ』

『ええ、それでお願いします』

『楽しみが増エタ』

『それは良かったです。では、交渉成立、ですね』

『アァ。ダガ、必ず持って来イ。もしそのまま逃げたりシタラ、何処にいても探し出すカラナ』

『ひっ! わ、分かってますって! 決めた事はちゃんと守りますよ!』

 

 そうして、ギギスとセアラ、ゴブリンと人間は手を取り合ったわけではないが、口約束とはいえ契約を取決め、交わした。

 実際の所で言えば、ギギスはもっと乱暴に事を進めることも可能だっただろうし、セアラもギギスの興味を上手く誘導する事で家宝の指輪を渡さない道もあったかもしれない。

 だが、お互い経験値から言えば商売においてのド素人が交わしたにしては悪くない落としどころに結果的に収まってはいた。

 二人ともが後になってからもっと上手くやれたかもしれないし、抜けていたことも沢山あった、と思い直すこともあったが、それはどちらにとってもいい経験として蓄えられたのだった。

 

(つづく)




読んでいただきありがとうございます。
次回投稿は明日の今頃予定です。
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