【ゴブリン・ロード】~人に焦がれて~(完結)   作:GR/フィルン

9 / 27
3-2 そこからの時間の流れは速かった

 

 そこからの時間の流れは速かった。

 

 ギギスは自分と弟のグーギ、それに彼自身から言葉を教えていた数名に文字を教えさせた。

 とはいえ、慣れない文字という文化にギギスとその子分達は中々に苦労する羽目にはなった。

 

『オイ!! 覚える文字が多すぎルゾ! 同じ音なのに形がいくつもあルシ、この漢字とかいうのは複雑すギル!!』

『仕方ないじゃないですか。それが私達の言葉なんですから。全部覚えないと本は読めないですよ』

『ヌググググ。頭が焼けそウダ……。人間達はこんな物を駆使しているから凄いノカ……。やはり人間は侮れナイ……』

 

 セアラ達の使う東方語は文字の種類が一際多い事でも有名で確かにそれの習得には人間であっても長い時間を必要とするものであった。

 さすがに筆記具がナイフだけでは不便だったので、先の鋭い石で代用したり、石筆に使えそうな石を探したり、濃い色の実を染料として代用できないかなど色々工夫をしたりもした。

 

『まぁ、書き方と音と意味は私と仲間で作った辞書もどきを全部置いていきますから。じっくり復習して勉強するようにしてください』

『そうシヨウ。これを全部覚えるまでお前達を捕まえていては本が遠のいてしまいソウダ』

 

 なんだかんだとゴブリン達が最低限の文字を習得するまで、更に一年近くが経過してしまっていた。

 セアラとしても期限を決めておけば良かったと後悔していたが、ゴブリン達の覚えが想定より悪かったのもありずるずると引っ張られてしまっていた。

 二年という月日は十分過ぎる程に長いもので、セアラの仲間達の何人かはゴブリンばかりに囲まれたストレスから病みかけてしまっていたが、セアラや仲間達が熱心に声を重ねることで命に危険が及ぶほどの状態まで至ってはいなかった。

 

 その間にもゴブリン達は繁殖を重ね、今や末端の数が不明になりつつもおおよそ五千ほどは間違いなくいるだろうという所まで成長していた。

 さすがにこの頃になると農耕や木の家をもってしても谷底だけで暮らすには手狭になり、山脈の中でも山をまたいでゴブリン達の支配エリアは広がっていた。

 安定な食料供給の支えによってゴブリン達は十全な力を保ったまま狩りを行うことも出来たため、他の魔物に比べて優位を築いていた。

 ただ、範囲が広がったことと、さすがに五千もの数となると日々の生活の中では末端まで長としての言葉が行き届いていなかったりすることもあり、冒険者に狩られる者もちらほらと出始めていた。

 

 ギギスは冒険者という言葉に敏感に反応していたが、冒険者達も広い山脈の奥深くまで潜ってくることは少ないのか、ゴブリン達の谷底が襲われることも滅多になく、逃げ出そうという気までは起きなかった。

 また、中には運良く冒険者を返り討ちにする猛者もおり、そうした者達の戦利品によって僅かながらも武器防具が蓄えられていった。

 

 ギギス自身もゴブリンの長として成長を重ね、全体的なバランスは小鬼のまま身体は大きくなり一般的な成人男性より頭一つ分は大きい程まで育っていた。

 使えるゴブリン魔法も鍛錬を続け、日々に使う魔法以外にも攻撃的な魔法をいくつも身に着けることが出来ていた。

 かつて西の古都エレツにて冒険者に見つかった際に切られて失った左の耳はそのままに、険しく重圧感を増したその風格は冒険者達からはゴブリンロードとして扱われるほどに危険な存在だった。

 

 同じく弟のグーギもギギスに倍する程の背丈を持つ程にまで伸び、同時に身体の幅も筋肉で分厚く覆われた戦士の体躯へとなっていた。

 グーギが隻腕で持つ大振りのナタのような武器は砦に残されていた遺物の中に残っていたもので、元はボロボロに錆びた大物用の肉切り包丁だったが錆を取る事で鋭さを取り戻した凶器であった。

 何重にも重ねた分厚い革の鎧を着たグーギは紛うことなき歴戦の戦士であり、冒険者達からはゴブリンジェネラルとして扱われるこちらも相当な魔物へと至っていた。

 セアラ達を谷底で捕まえた時点で並のゴブリンなど束になっても相手にならないほどの膂力を持っていたが、今は数十匹のゴブリンを相手にしても傷一つ負わぬほどの力と巨体に似合わぬスピードを誇っていた。

 

 セアラはゴブリン達に人間の知恵を色々と与えた中で出来るだけ軍事に発展しないものだけを教えようと努めたが、革のなめし方や金属の研ぎ方まで教えずに済ます事は出来ず、またギギス達は教わった知恵を独自に活かそうと頭を絞っていた為、結果的にゴブリン達の武装のレベルはしっかりと成長してしまっていたのだった。

 

 ギギス達が拠点とした谷底は、今や彼らが来た当初とは打って変わっていた。

 鬱蒼としたジャングルだったのだが大半が切り開かれ、ゴブリン達の木の家や作業場、畑、土を固めた道路といったものに変貌を遂げていた。

 

 一方、この頃になると、西の古都エレツ、かつてギギスが潜入し羨望の眼差しで見上げたあの街、を中心とした西方国家の間では東の国々との間を広く遮る分断山脈の中にゴブリンの大軍が育っているという話が広がり始めていた。

 余りに深い所に生息している為、はっきりとした数の観測はされていなかったが、人間達からすればいつ襲ってくるのかと懸念する程度には増えていることがいく度かの調査によって明らかになっていた。

 ギギス達は人の力、冒険者の恐ろしさを避けて山奥で人に触れない場所で繁栄を得ようとしていたが、大きく膨れ上がったゴブリン達の部族は人に既に危険視されるほどにまでなってしまっていた。

 

 そうとは知らず、ギギス達はセアラから教えられた文字をある程度覚えた所で、セアラ達隊商の一行を逃がすことに決めた。

 隊商とはいっても、荷物の中でゴブリン達の欲しがる物は最終的にほとんど取られていたので、荷物といえばゴブリン達から渡された食糧と水、山中で見つけて持ち帰りを許された金になりそうな奇病に効くという薬草類、それに東方から持ち込んだゴブリン達には価値の分からない美術品の類だった。

 ちなみにギギスは美術品に多少の興味を示してはいたが、本の為に必要だということで彼は素直に諦めた。

 

『デダ。人に見つからぬ山の麓までは送って行コウ』

『いいんですか?』

『当然ダ。この山は冒険者でもない人間に越えられる程優しく無イ。お前達には本を持ってきてもらう必要があるかラナ。勝手に死なれては困ル。冒険者と出くわす危険はあルシ、恐しいが本の為ダ』

『ゴブリンの護衛ですか。不思議な感じですね』

『利害の一致ダ』

 

 ギギスが自身の左手小指に嵌めた金の指輪を撫でながらぼやくように呟く。

 それは本心からの言葉で、彼の中ではいずれ合いまみえるという本への夢でいっぱいだった。

 石と鉄。そして人間達が作ったような華やかな街。煌びやかな美しい服。飽きることの無い美味い飯。

 彼の胸に描かれた憧憬は未だなおキラキラと輝いたままであった。

 着実に夢へと近づいているという実感が、今のギギスの原動力であった。

 人間達を送り届けた後は、文字の勉強と教わった人間の知恵の周知や自分達なりの工夫もしてみたいなど、本を待つ間にもやりたいことは沢山あった。

 もちろん彼らが本当に本を持ってきてくれるかなどそう信じきれるものではない。だがそれでも彼には他の選択肢を思いつくことはここに至っても出来てはいなかった。

 そういうわけで一刻も早く面倒な送迎を終えたいギギスはセアラ達一行を急かす。

 

『よし出発すルゾ。忘れ物はなイナ? ちゃんと金になる物は持ったんだろウナ』

『はい。大丈夫ですよ。本の為、私の商売の為、ですから』

『そうダナ。そレト、これをつけてオケ』

 

 そう言って、ギギスはセアラ達に赤い実を染料にして染めた木綿のスカーフを人数分手渡した。

 

『これは?』

『目印ダ。麓まではお前達の足では十日間はかカル。その間にはぐれたら困るだロウ。俺の子分達には伝えていルガ、連中に人間の区別がつくとは思エン。だカラ、その赤いスカーフをつけたやつには危害を与えずに捕まえるようにシタ』

『あぁ、なるほど』

『それにまた来るのだロウ? その時目印がなければお互い困るだろうかラナ』

 

 スラスラと自然に告げたギギスの言葉には確かな知性があった。

 とにかく人里に帰れることで頭がいっぱいであったセアラにとって、ギギスの先を見据えた行動は少なからず衝撃的であった。

 

『……先の事まで、しっかり、考えているんですね』

『生き残る為に必要だと学んだからダナ。無軌道に奪い暴れるだけではいつか破綻が来るのを教えてくれたのは冒険者どもダヨ』

『う、それは、なんかそのすいません』

『ハッ! 冒険者でもないひ弱な人間に謝られても何の気分も晴レン。時間の無駄ダ』

 

 吐き捨てるようにしてギギスはセアラの謝罪を一蹴する。

 

『時間を無駄にしタナ。では行クゾ』

『分かりました。じゃぁ皆行きましょう』

 

 話に区切りがつき、セアラが仲間達に声を掛けると三々五々に声が返ってくる。

 嬉しさは当然あるが、背中に虫が入ったようななんとも言えない返事だった。

 自分達を襲って二年間も捕まえていたゴブリン達に守られながら当初の目的地に向けて下山していく、というのはセアラ達一行にとっては相当に奇妙な感じであった。

 それはある意味でセアラの交渉が上手くいったという証でもあった。

 逆にこの深い山中で放り出されても生きて逃げることは出来なかっただろう、とは道すがらで誰もが思ったことだった。

 

(つづく)

 




読んでいただきありがとうございます。
次回投稿は明日の今頃です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。