来週には正気に戻るでしょうからご勘弁を
「コイツはラッキーだ! こんなエロい身体のくせに初物だとはなぁ!」
「いやぁぁぁぁぁっ!? やめて! 動かないで!!」
「え…エメラダ……! やめてくれ、娘だけは……」
皆さま、ご無沙汰しております。
聖都に着いたのにテンションダウナーなセシリア・アスフォディルです。
「黙れや、ジジイ! テメエの頼みなんざ誰が聞くかよ! そこで娘が孕まされるのを見てろ! 俺がイクまで逝くんじゃねえぞ!」
「お父さん! お父さん!! ふあぁぁぁぁっ!?」
「お! いい声じゃねえか!! 俺の一番槍が気に入ったようだな!」
「違う! ちが…あうぅっ!!」
「すぐに昇天させてやるから遠慮すんな! そら! 昇天! 昇天!! 昇天!!! しょんべっ!?」
まず、お目汚しとなるような不適切な場面があった事をお詫び申し上げます。
下手人たるオークは頭部粉砕および身体消滅を以て謝罪の意を示しましたので、これに免じて少しでも怒りを収められますことを切にお願い致します。
ホーリーライトの残滓を振り払った私は深く深くため息をついた後、被害者である住民の方へ近づきます。
都に足を踏み入れて以来、何度この手の光景を目にしたことでしょう。
御年8歳の娘に対しては超絶的に悪影響だと思うのですが。
「大丈夫ですか?」
「う…あぁ……私より父が…お父さんがぁ……」
あおむけの状態から体を起こした三つ編みにした茶色の髪と豊満な身体が特徴のお姉さんに声をかけると、涙で顔をグシャグシャにしながら父親の事を案じています。
彼女から少し離れた場所でうつ伏せに倒れている老年の男性が彼女の御父上なのでしょう。
槍で貫かれたのか、その脇腹に大きな穴が開いていました。
「安心してください。あの程度なら死にはしませんから」
私はお姉さんにそう声を掛けると、今度はお爺さんへ手をかざして呪を紡ぎます。
「ハイキュア。キュアポイズン」
すると手から白い光が放たれ、それに包まれたお爺さんはゆっくりと体を起こしました。
「か…身体が治った……」
「あまり無理はしないでくださいね。流れた血が全て補われるには少し時間がかかるので」
せっかく治したのに、貧血で倒れた際に頭を打ってポックリなんて勘弁です。
続いてお姉さんに手際よく治癒魔法を掛けて行きます。
「あ……痛く…ない」
「あの化け物に刻まれた痕は全て癒しました。貴方はなにもされていません、綺麗な身体のままですよ」
淫魔は体液に媚薬成分がどうのと言うのがデフォらしいので解毒と、万が一に備えて浄化と解呪も掛けておきました。
あのオーク、割とシャレにならない事を口走ってましたし。
つーか、子供作る気なら最後まで面倒みる覚悟決めろや。
ヤリ捨てとか、男以前に生物としてゴミクズ行為だぞ。
「今の聖都は戦場です。この先に聖騎士が守る避難所があるので、そちらへ向かってください」
「はい、ありがとうございます!」
父親と共に避難所へ走ってくお姉さん。
それを見送る私の眼は酷く遠くを見るような感じになっている事でしょう。
やはりこういう対処は何度やっても慣れません。
子供には重すぎる案件だと皆さんも思いませんか?
◆
自宅への淫魔襲撃から数時間が経ち、私達はエルアラド聖都を進んでいます。
目的はもちろん、聖都を脅かす淫魔の野望を阻止する事。
シグルド姉様的には家を襲った落とし前を付けるというのも多分に含まれているのでしょうが。
そんな私達が行動するにあたって、最初の問題は自宅の警備状況でした。
あんな事があったばかりなのでクレセア姉様やイルヴィナちゃんが心配でしたが、その辺はシグルド姉様が手を打ってくれました。
境界門を使って、アウローラ様の他に並行世界の騎士様を呼び出してくれたのです。
姉様の呼びかけに応じて現れたのは2人、軽装の少女騎士のレオーネ様とスピアを使うケンタウロスの女性騎士イーシャさん。
お二人ともアウローラ様のお知り合いで、レオーネ様の方は彼女の従騎士を務めていたそうです。
もちろんその実力も高く、クレセア姉様達を任せても大丈夫とアウローラ様が太鼓判を押してくれました。
こうして後顧の憂いも無くして乗り込んだ聖都ですが、予想以上に酷い有様でした。
聖都の名が示す通りこの街はエルアラド聖王国の首都であり、高く強固な城壁に加えて王城の中にあるという神樹セフィロトの加護によって邪悪を跳ね除ける結界が張られています。
この二段構えの防備のお陰で、本来なら街中まで淫魔が侵攻する事はあり得ない筈なのです。
ですが淫魔側の策は狡猾でした。
なんと奴等は人間に協力者を作って街へ送り込み、内部に転移結界の魔法陣を敷いたそうなのです。
その結果、淫魔達は城壁や結界をすり抜けて攻め入る事ができました。
当然この襲撃はエルアラド側からすれば完全な奇襲。
精強で知られる聖騎士団も対応が後手後手に回り、規模はまだ小さいながらも住民や建造物に少なくない被害が出ているというワケです。
この情報は被害地域を広めない為に隔離警備している兵隊さんや騎士様から聞きました。
彼等の話では事態の元凶は街の中心にいるらしく、そこに聖騎士団が向かっているそうです。
私達もシグルド姉様に探査魔法を掛けてもらいながら、中央区画へと向かう事にしました。
もちろん、私も姉様とは別で索敵魔法は掛けてますよ。
エスカリオでバックアタックや不意打ちの怖さは嫌という程味わいましたからね。
隣にいた仲間の首がいきなり飛んで彼の血飛沫でようやく透明化した敵がいる事に気づいたり、洞窟で横穴からゾンビの大群が現れて生きながら食われた仲間もいました。
私だって背後から頸動脈を咬み千切られたり、死霊騎士の槍で心臓打ち抜きからの串刺しのコンボ。
他にも溶岩の中から飛び出したサラマンダーに一口で上半身を持っていかれた事だってあります。
ええ、本当にバックアタックは恐ろしい。
後衛がくたばると連鎖で前衛も崩れるのはお約束ですし、阻止に全力を傾けるのは当然と言えます。
そんな訳で姉妹協力の探査魔法ですが、どうも効きが良すぎたようです。
行く先々で淫魔に襲われている一般市民を捕捉してしまったわけですね。
アウローラさんの手前知らぬ存ぜぬという訳にもいかず、救出して回っていたらかなり時間が掛かってしまいました。
そんな感じで十数回目の救出作業を終えて一息ついていると、覚えのある気配が近づいてきます。
「主、上からくるぞ」
「ああ、分かっている。お前はセシリアを護れるようにしろ」
私の傍らでそんな打ち合わせをするアウローラ様とシグルド姉様。
過保護とは思いますが、これが付いてくる条件なので文句は言えません。
そうしている間にも屋根から私達の前に降りてくる影、彼女は開口一番私へ声をかけてきます。
「セシリア。お前、こんなところでなにしてるニャ?」
「ミャーマオちゃん、こんにちわ」
褐色の肌と発育のいい身体を惜しげもなく晒す際どい衣服を身に着けたネコ娘。
彼女はスラムを拠点にして悪徳貴族から盗んだお金で自分と孤児や力無き人達を養う義賊のミャーマオちゃんです。
そして、この街で出来た私の最初の友達でもあります。
「セシリア、コイツと知り合いなのか?」
「はい。彼女はミャーマオちゃん、スラムで知り合った私の友人です」
「ミャーマオ盗賊団の団長、ミャーマオにゃ! セシリアは盗賊団の医療係ニャ!」
そう胸を張るミャーマオちゃんですが、シグルド姉様達が向ける視線は何とも胡散臭いモノを見る時と同じです。
ここまで堂々と盗賊団を名乗ったんだから仕方ないですね。
さりげなく私も団員にカウントされてますし。
「団の人を治療するのはいいですが、さすがに盗賊にはなれませんね」
「むむ……あれだけ勧誘しているのにダメにゃ?」
「家族に迷惑が掛かるので。それより、スラムの方は大丈夫ですか?」
「お前が張ってくれた結界とかいうののお陰で、化け物たちは入ってきてないにゃ。地面を掘ってきた奴もいたけど、それはミャーがブチのめしておいたにゃ。奴等が入ってきた穴もうんこ詰めておいたから大丈夫にゃ」
いとも容易く行われたエゲツない行為は兎も角として、スラムに淫魔の手が及んでいないのなら一安心です。
ミャーマオちゃんはこう見えてマフィアの強面が束になっても勝てないくらいに強いですし、結界と彼女はいるなら事態が収束まで大丈夫でしょう。
「それでミャーマオちゃんは何をしていたんですか?」
「スラムが落ち着いたから、街の様子を探っていたニャ。もしヤバかったらガキ共を連れてトンズラしなきゃニャらんし」
「それなら大丈夫ですよ。私や姉様、それにアウローラ様もこの事態を収める為に動きますから」
そう答えるとミャーマオちゃんは怪訝な顔をしました。
「前にお前の姉ちゃん、病気で動けないって言ってなかったかニャ?」
「ええ。それは二番目のお姉様です。ここにいるのは一番上のお姉様ですから」
そう返すとミャーマオちゃんは納得したようにうなずきました。
「なるほどニャ。そこの二の腕プニプニ女はともかくとして、なんだか強そうな騎士とセシリアが動くのなら一安心にゃ」
「───誰が二の腕プニプニだ。私はセシリアよりも腕力はあるぞ」
「子供と比較してどうするんだ」
シグルド姉様は基本的に学術書以外は持てない人です。
研究資材もイルヴィナちゃんに運んでもらっていますし、二の腕が柔らかと言われても仕方がないのかもしれません。
ああ、勘違いしないでくださいね。
姉様は太っているわけではけっしてありません。
研究に没頭すると寝食を忘れがちなので小食ですし、仮にお肉がついてもそれは全てお尻とお胸に行くので。
淫魔であるイルヴィナちゃんをして『エッロ!』と言わしめるボディは性犯罪に巻き込まれないか、妹ながらに心配です。
そんな訳で少し落ち込んだシグルド姉様を『研究者は鍛えてないのが普通だから』と宥めていると、ミャーマオちゃんは猫顔負けの身のこなしで再び建物の屋上へと昇って行きます。
「それじゃあミャーはスラムに戻るにゃ。セシリアも無理しないようにニャ!」
「はい。ミャーマオちゃんも気を付けて」
そうしてミャーマオちゃんの姿が見えなくなった後、アウローラ様が口を開きました。
「セシリア殿、君はいったいスラムで何をしているのだ?」
「聖術の上達と医療技術の向上に協力してもらったんです」
クレセア姉様を救う為に私が定めた方法は、前世のように再び聖術を極める事でした。
聖術の奥義であるファイナルキュアなら、完治は出来なくてもクレセア姉様の足を動かせるくらいは出来るかもしれないからです。
それに加えて中世然としたこの世界で身体が弱いという事は死に直結するハンデ。
様々な病気の治療法を学び、それを実践するのは病魔からクレセア姉様を護るうえで必要不可欠でした。
そこで私は聖都へ出向いてはスラムの人達に治療させてもらえるようにお願いしました。
スラムには他国からの流れ者や貧しい人々、さらには脛に傷を持つ方などが多くいます。
そういった環境なので教会の治療院を資金面や前歴の問題から使用できず、多種多様な病や怪我を持った人たちが放置されていました。
ここで治療を行えば聖術の技能もメキメキと上がるし、治療法の確認も出来て実践も十分に経験が積めます。
もちろんお願いする際にはこちらの事情を全て話していますし、練習をさせてもらう身なので代金など取れる訳がありません。
そのうえでOKしてくれる方に治療を行っていました。
クレセア姉様の為とはいえ、人様を練習台にするんですから誠意は見せないと駄目でしょう。
異邦人ギルドで同じクレリックとして、私に聖術のイロハを教えてくれた外科医の石橋秀夫さんも言っていました。
『医に係る者は身体を任せてくれる患者へ真摯に向き合い、その期待を裏切ってはならない』と。
生まれ変わったこの身ですが、だからと言って師の言葉を蔑ろにするつもりはありません。
「なるほど。君が言っていた友人や世話になった人というのはスラムの人間なのだな」
「はい。私の聖術がここまで伸びたのは、あの人たちの協力あってのことですから」
しかしそれもミャーマオちゃんのお陰で杞憂だったことが分かりました。
ならば今回の侵攻事件の解決へ全力を向けるように舵を切るべきでしょう。
「ああ。あの盗賊とどういう関係なのか、帰ったらじっくりと説明してもらうからな」
「うっ!?」
決意を新たにしたところで、シグルド姉様からツッコみが入りました。
まさか盗賊団発言がこんな所で尾を引くとは……おのれ、ミャーマオちゃん!
◆
その後、襲撃してくるオーク達を蹴散らした私達は中央地区へ辿り着きました。
道中にアウローラ様がこの国の王女であるセシリィ様のことをシグルド姉様に訊ねて少し不穏な空気になりましたが、今はそう言った雰囲気は霧散しています。
それにホッと胸をなでおろしたのもつかの間、鎧兜に身を包んだ騎士たちが行き交う中央区に足を踏み入れると酷い匂いが漂ってきました。
「随分と瘴気が濃いな」
「それにこの死臭……アンデッドが発生しているのか?」
お二人が言う通り、最前線の中央地区は随分と空気が澱んでいました。
姉様達が上げたもののほかに血と臓物、そして腐肉の匂いが鼻に付きます。
私は前世の経験とシグルド姉様の師であるレゾフュア先生の授業で慣れていますが、普通の人なら嘔吐はもちろん下手をすると気を失いかねませんね。
それに探知魔法に引っかかったこの反応……ここにはひと際強力な淫魔が潜んでいるようです。
恐らくはコイツが首謀者でしょう。
「シグルド姉様」
「ああ、この先に大きな反応があるな。私が帰宅する前にセシリィが相手をしていた奴だ」
セシリィですか。
王女殿下と同じ名前ですが、国王が病床に着いている今は殿下が国の最高決定者です。
そんな人間がまさか戦場などに出ているはずがありません。
きっと同名の騎士と知り合いなのでしょう。
「あれだけ時間を掛けても倒せんとは、随分と狡猾な個体らしい。アルシエル、これまでの敵と同列には考えるなよ。相手はゼノモンス、ゼノバイドの秘術である「受肉召喚術」によって召喚された異端の怪物だ。奴等との戦いは一瞬の油断が命取りになる。心して掛かれ」
シグルド姉様が厳しい顔で忠告しますが、それを受けたアウローラ様は涼しい顔のままでした。
「それは誰に向かって言っているんだ?」
不敵に笑うその表情からは余裕と自分の力への自負が溢れています。
「……そうだったな。お前は百戦錬磨のエデンズリッター様だったな」
それを見たシグルド姉様はへそを曲げてしまったのか、少し投げやりに言葉を吐きます。
「姉様。そのゼノモンスというのは、そんなに危険なのですか?」
シグルド姉様とアウローラ様は主従であると同時に、それぞれ頭脳と武力を担当する相棒な関係です。
こんな事でチームワークが拗れては堪りません。
「ああ。淫魔の本体は本来魔界にあり、術者の召喚などで人間界に来た奴等には仮初の肉体しか与えられない。それゆえに奴等は人間界で完全な力を発揮できん。しかし受肉召喚によって世界へ適応すれば、奴等は魔界にある本体と同じく強力な力を振るう事が可能となるんだ」
なるほど、それは警戒が必要ですね。
「心配は無用だ。私はリッターの中でもロード級の爵位を持つ者だ。例え異なる世界であろうと、淫魔ごときに遅れは取らん」
それでもアウローラ様の自信は崩れる事はありません。
それはきっと慢心などではなく、実力と戦歴に裏打ちされた確かなモノなのでしょう。
とはいえ、相手を侮るのは愚の骨頂。
開幕の即死ブッパでタンク役とアタッカーが溶けるなんて悲劇は、往々にして起こり得るものなのですから。
「では姉様。少しでもこちらが有利になるように、環境作りから始めましょう」
なので私は言葉と共にマナを集束させると、それを右手に込めてを大きく振り払います。
すると右手の軌跡をなぞる様に白い魔力光が宙に線を描き、次の瞬間には風となって周囲へ吹き抜けました。
レゾフュア先生曰く、私はその魂の在り方ゆえに何もしなくても高い退魔の力と神聖なオーラを放っているそうです。
実際、先生の作ったアンデットを触れただけで成仏させてしまい小突かれた経験もあります。
あの失敗から普段は意図的に抑えているそれ等をマナに乗せて周囲へ振りまけば……
「なんだ……さっきまでの鼻が曲がりそうな匂いが消えたぞ!」
「淀んでいた空気が……」
「副団長! 城壁外のアンデットたちの動きが鈍くなっています!!」
周囲を行き交っている騎士様達の言う通り、害のある空気は換気されるわけです。
「こんな事まで出来るのか」
「何時もはクレセア姉様に悪影響があってはダメなので、極力抑えているんです」
感嘆の声を上げるシグルド姉様に苦笑いで答えを返します。
クレセア姉様の聖痕は未だに未知な事が多いですからね、シグルド姉様が診る以外は地雷になりそうなモノは極力排した方がいいでしょう。
これもレゾフュア先生に怒られて気が付いたんで、大きな顔は出来ないんですけどね。
戦場に一つ手を入れた私達は、周囲の騎士から情報収集を行いつつ中央区の中心へと向かいます。
その際に大型の淫魔は誰も見たことがないという証言を受けた姉様は、アウローラ様と話し合って一つの策を組み上げてくれました。
この頭の回転の速さは天才錬金術師の面目躍如といったところでしょう。
「守備隊は前進せよっ! 崩れた城壁に代わって亡者共の流入を阻止するのだ!!」
「おおおおおっ!!」
「行くぜぇ! 淫魔どもは跡形もなく全滅だぁ!!」
そんなこんなで最前線へ辿り着くと女性の声と勇ましい雄たけびが聞こえてきました。
見れば、背に翼を生やした紫色の髪が特徴的な女性騎士が甲冑に身を包んだ屈強な男達へ指示を飛ばしています。
「非戦闘員はすぐに城へ避難を!」
「は…はい!」
「天使様だ! 天使様が来てくれた! これで助かる!!」
そんな女性指揮官の横は逃げ遅れた避難民へ指示を出す天使の翼を持つもう一人の女性騎士。
私はそんな彼女に見覚えがありました。
長い金髪に特徴的な鎧、そして何よりシグルド姉様を越えるアホみたいに大きなお胸!
あれは見間違い様がありません!!
「あの人は……」
「リッター・ルシフェル、この世界のロード級エデンズリッターだ。知り合いか?」
「はい。前に少しご縁がありまして」
シグルド姉様の問いかけに小さくうなずいて答えを返します。
あの方はルシフェル様というのですか。
しかもアウローラ様と同じくロード級……。
そこまで考えて私は思わず首を傾げます。
その割には覇気というかオーラは感じませんね。
それにアウローラ様と同じくらいに強いのなら、あんな事にはならないような……
まあ、その辺はそっとしておくのが吉ですね。
そんな彼女達を少し離れた場所で見ていると、今度は女性指揮官さん。
この人もエデンズリッターでリッター・アシュタロスというらしいです。
彼女の背後に巨大な盾を持った屈強な騎士様達が現れました。
「あれがエルアラド聖騎士団か」
「この国最強と言われる騎士団、看板に偽り無しですね」
たしかに強いです。
甲冑に覆われた身体から発せられる覇気、そこから感じる実力はエスカリオ王宮を護っていた精鋭騎士たちにも負けないほどでしょう。
「聖騎士団! 仕事の時間だ!!」
「ようやくですか。いくら俺達がハンサムだからって、出待ちには長すぎますよ」
「舞台に飛び出たところで聞くのは女の歓声じゃなくて、亡者の呻きだけどな」
「何がハンサムだ、馬鹿者どもめ。兜の中は全員潰れたパンのようなツラだろうが」
「まあ仕方ありませんよ。なにせ団長が麗しい容姿とは裏腹にメスゴリラのパワーを備えていますからな。そんな野獣に日夜シゴかれるのです、美形を保つなどとてもとても……」
団員達の軽口にアシュタロス様がツッコミをいれると、ひと際大きな体躯の騎士様がかなりひどい返しをしました。
「め…メスゴリラ……」
「貴様は本当にムカつくな、ドゥークロイ。そのゴリラパンチを食らいたくなかったら、亡者の中に突っ込んで死んで来い」
ルシフェル様が絶句する中、アシュタロス様が更なる辛辣な言葉をドゥークロイ様に浴びせます。
しかし当のドゥークロイ様はビクともしません。
「ははははっ! 生憎とこの程度の亡者で全滅する程、我々は軟ではありません。なので、その命令を遂行するのは不可能ですな」
呵々大笑すると、背中から巨大な剣を抜き放ちます。
「なので、全滅するのは奴等という事で勘弁してもらいましょう!! 行くぞ、貴様等ぁ!!」
「おおおおおおおっ!!」
ドゥークロイ様の号令の下に、すでに街へ入り込んでいるアンデッドの一団へ突撃する聖騎士団の皆さま。
さて、これはチャンスです。
道中に組んだ敵の首魁であるゼノモンス、シグルドお姉様曰く蝙蝠ベースのゼノバットという個体に対する策。
それを遂行する為には、ここで戦場に介入するのが吉と見ました。
「シグルド姉様!」
「行くぞ、アウローラ!」
「ああ! 主たちはタイミングを見誤るなよ!!」
タンク役を買って出てくれたアウローラ様を先頭に最前線へと踊り出た私達。
「な…なんだ!?」
「あの女、見た事あるぞ! 王女殿下の所を出入りしている賢者だ!」
「じゃあ、あのリッターはなんだ!? あんなの知らねえぞ!!」
周囲の騎士様達がこちらを見て驚きの声を上げる中、私は練り上げたマナを呪に乗せて放ちます。
「レクイエム!」
私の声に応えるように暗雲に覆われた空から幾条の白い光が降り注ぎます。
それはアンデッドの群れへ突き刺さると哀れな亡者達を浄化しました。
数にしてざっと300、まあ上々といったところでしょう。
なにせ、このレクイエムという魔法は人間にも効きますからね。
直撃しようものなら生者の魂でも天国へご案内です。
王国最強の精鋭まで昇天させてはシャレになりません。
「最前線の騎士様、失礼します! ホーリーウエポン!!」
そして次に放ったのは味方の武器に破魔特攻を付与する魔法です。
「なんだ、武器に白い光が!」
「それは魔を討つ加護、アンデッドの相手がしやすくなります!!」
「その嬢ちゃんの言う通りだ! 亡者共がスパスパ斬れるぞ!!」
そう言って大剣の横薙ぎ一つで3体のアンデッドの胴を斬り飛ばしたのはドゥークロイ様です。
というか、いくらエンチャントを付けたからって一発で三匹倒すとか凄いですね!
そんな彼の雄姿を見た騎士様達は我先にとアンデッドへ突撃を掛けてきます。
「これで最前線の方は問題あるまい。セシリア、次は後方への支援だが大丈夫か?」
「このくらい全然です!!」
そうして私達が向かったのは、騎士団の最後尾にある野戦病院だ。
「いてぇ! いてぇ!! 俺の右腕がぁ!!」
「……ごふっ!?」
「コッチはダメだ! ハラワタが食い荒らされてる。ポーションを飲ませたところで気休めにもならん」
そこでは兵士や騎士、そして被害を受けた一般市民が石畳の上に敷かれた布の上にゴロゴロと転がっています。
「凄まじいな……」
「最前線の医療施設などこんなものだ、どこでもな」
濃い血や膿の匂いに顔をしかめるシグルドお姉様と厳しい表情を浮かべるアウローラ様。
ここで私がやる事は決まっています。
「ハイ・マルチキュア!」
言霊と共に私の両手から放たれた光は、負傷者たちを包み込むとその体をまるで時を巻き戻すかのように修復していきます。
「すごい! こんな治癒魔法は見たことがない!」
「なんて回復速度なんだ!」
その様子に歓声を上げる医療担当の騎士様達。
喜んでいるところ申し訳ないんですが、ぜんぜん遅いですよ。
四肢欠損や内臓破裂を治すのに十秒も掛かってるじゃないですか。
これでは1秒を奪い合う最前線のヒーラーとしては使い物になりません。
前世だと調子が良ければハラワタをブチ撒けても0.5秒で全快させられたんですけどねぇ。
私の聖術が冴えを取り戻すのはまだ先という事ですか。
こうして負傷者たちの傷を癒し、毒などが残る人に解毒魔法を掛けようとしたその時でした。
「けぇぇぇぇぇぇぇっっ!!」
人間の男性と獣の甲高かさが混じったような声を上げて何者かが天から降ってきました。
顔を上げると目に映るのは、どこかで見た覚えがある蝙蝠と人間を悪意を以て混ぜ込んだ醜悪な化け物。
奴は両足に生えた鋭利な爪を私の頭へ振り下ろそうとしましたが、その一撃は重厚な盾によって防がれました。
「ようやく釣れたか」
平然と呟きながらナイトランスを化け物、ゼノバットに突き付けるアウローラ様。
「ぐ…テメエ等! 俺が来るのを読んでたってのか!?」
「セシ…リッター・ルシフェルから逃れて姿を眩ませた時点で、貴様の企みなどお見通しだ」
明らかに焦っているゼノバットを鼻で笑うシグルド姉様。
「アシュタロスが合流したことで勝ち目が薄いと考えた貴様は、亡者の軍団をぶつけて二人の消耗を狙ったのだろう。如何に聖騎士団でも万に及ぶ亡者を相手にしては損耗は避けられん。なにより奴等は部下を死地に追いやって自分だけふんぞり返るタマではないしな」
「そして消耗して聖痕の疼きによって二騎が動けなくなったところを始末するつもりだった。何とも淫魔らしいセコい手だ」
シグルド姉様の説明をアウローラ様が引き継ぐと、ゼノバットは牙をガリリッと音がする程噛み締めました。
「ああ? せこくて何が悪い! 真正面から戦うなんざアホのするこった! 勝ち組ってのは頭を使うんだよ!!」
アウローラ様にそう怒鳴るとゼノバットは再び翼を羽ばたかせます。
その進行方向は今までのような上ではなく前方。
奴は羽ばたきを推進力に変えてアウローラ様へ襲い掛かったのです。
「テメエみたいな雑魚リッター! 秒で這いつくばらせてやるぜぇ!!」
加速に乗りながらイキリまくるゼノバット。
ですが、そのセリフはただの音ではありません。
蝙蝠を現身にしている奴は、声に乗せて超音波らしきものをアウローラ様へ飛ばしたのです。
これで怯ませたところで、奴は彼女の喉元へ牙を突き立てるつもりだったのでしょう。
しかし百戦錬磨のリッターは甘くはありませんでした。
「───下らん手だ」
アウローラ様は左手に持った盾を石畳が割れるほどの踏み込みで前に突き出し、その衝撃波でゼノバットの初手を相殺したのです。
「なにぃっ!?」
予想外とばかりに驚きの声を上げるゼノバット。
その口が閉じるよりも早く飛び込んだのは黄金に光る鋭利な穂先でした。
神速で突き出されたナイトランスは一撃でゼノバットの頭部をスイカのように粉砕。
自らの加速とランスの威力に晒された奴の身体は目標から大きくそれて民家の外壁へ激突すると、無様な恰好のまま砂のように崩れていきました。
「そんな小細工など見飽きている。頭を使ってこの程度では、貴様は勝ち組になど永遠になれん」
一粒の汗をかくことなく、悠々とランスの血振りをするアウローラ様。
それはまさに強者の貫禄です。
こうして淫魔達の首魁を倒した事で、私達は聖都襲撃を止める事が出来ました。
やる事も終わって引き上げようとしたところ、天から降りてくる影がありました。
それはリッター・ルシフェル様とアスタロト様です。
彼女達は野戦病院の入り口近くに着地すると、武装状態から普段着へとその姿を変えます。
「賢者様! それに貴方は!!」
「何故貴様がここにいる? その子供は…それにそちらにいるのはエデンズリッターか?」
ルシフェル様はシグルド姉様と私を見ると喜色満面でこちらへ駆けてきます。
彼女の後ろではアスタロト様が驚きと困惑が混ざった何とも言えない表情を浮かべています。
そんなアスタロト様のセリフに、私はある事に気づきました。
「あ…フード!」
そう、街へ来るときには常に被っているローブのフードが外れていたのです。
実はこのローブはシグルド姉様お手製で、フードを被ると認識阻害の魔法が掛かる様にできていて、私の顔や年齢が分からないようになっているのです。
スラムへ行くときに姉様がせめてもの護身にと用意してくれたのですが……外れたのはゼノバットの襲撃をアウローラ様が防いだ時でしょう。
慌てて被り直そうとしましたが、それより早くルシフェル様が私の両手を満面の笑みで掴んできました。
「二度にわたって淫魔から助けてくれた事、本当に感謝しています! けれど、あの聖女様がこんな小さな女の子だとはおもいませんでした!!」
「あの…えっと……」
「あ、名乗りがまだでしたね。私はセシリィ・エルアラドと申します」
「ええっ!?」
なんと彼女の正体はこの国の第一王女でした。
それを聞いて内心で某漫画の『ショーグンかよぉぉぉぉっ!?』と同じ感じで驚いた私を誰が責められるでしょうか?
本当に口に出なくてよかったと思います。
「あのセシリィ様。妹と知り合いなのですか?」
「まあ! 賢者様の妹君なのですね!!」
「ええ、まあ。セシリア、王女殿下にご挨拶を」
「あ、はい。私はアスフォディル家の三女、セシリア・アスフォディルと申します。王女殿下にお会いできて光栄です」
シグルド姉様に促された私は王女殿下へペコリと頭を下げます。
両手を掴まれているので何とも不格好になってしまいましたが、それは仕方がないでしょう。
「それで妹が聖女というのはどういうことなのでしょうか。というか、この国の聖女は貴方様では?」
戸惑いがちに問いかけるシグルド姉様に王女殿下は笑顔でこう答えます。
「実は私がエデンズリッターとして戦い始めた頃、セシリアちゃんに淫魔の手から助けてもらったことがあるのです」
「そうなのですか?」
「まさか、この子が殿下が話していた謎のシスター!」
そして彼女のカミングアウトに姉様も殿下を追って来たアスタロト様も驚きの声を上げます。
というか、いきなりセシリアちゃん呼びなんて思ったよりもフレンドリーですね、王女様。
「彼女は今回と同型の大型淫魔との戦いに助力してくれて、聖術で淫魔を倒し兵士を人質に取られて動けなかった私を窮地から救い出してくれました。そしてゼノアラクネという蜘蛛の淫魔と対峙した時も、糸に囚われた私を結界で護り反撃のチャンスを与えてくれたのです。なにより、淫魔に散らされた私の純潔を治してくださった! 本当に何度お礼を言っても言い足りないです!!」
当時の事を思い出しているのでしょうか、自分の言葉にテンションを上げながらブンブン私の手を振る王女殿下。
あの時は私も驚きました。
助け出した彼女の姿があまりに痛々しかったので治癒魔法を掛けたのですが、まさか内部の傷と一緒に処●膜まで再生するとは。
決して悪い事ではないのですが、あの何とも言えない感覚は未だに憶えています。
「あれ以来、私は貴方にお礼を言いたくてずっと探していたんです! 純潔の聖女様!!」
「なんですか、その呼び名!?」
殿下、目はちゃんと見えてますか?
それ、どう考えても子供に使っていい呼び方じゃないでしょう!!
私がドン引きしているのが分かったのでしょう、シグルド姉様は『まだ家の方も片付いていませんし、もう一人の妹も心配ですので!!』と、適当ないい訳を付けて撤収してくれました。
あの王女殿下は私をお城へ招かれかねない勢いだったので、本当に助かりました。
まあ、帰ったら帰ったで心配やら何やらでご立腹モードなクレセア姉様の説教第二弾が待っていたんですがね。
本当に今日は散々な一日でした!
セシリア・習得魔法
聖術
キュア・味方1人の傷を癒す
アボイド・味方1人の素早さを強化し回避率アップ
キュアポイズン・味方1人の毒状態を回復する
ヒット・味方1人の動体視力を強化し命中率アップ
マルチキュア・味方全員の傷を癒す
マルチアボイド・味方全体の素早さを強化し回避率アップ
マルチヒット・味方全体の動体視力を強化し命中率アップ
ハイキュア・味方1人の四肢欠損レベルの重傷を癒す
ヘルスキュア・味方1人の毒・麻痺・混乱・沈黙・呪詛状態をまとめて治療する
フォースアボイド・味方全体の素早さを強化し回避率を長時間アップ
ホーリーライト・敵1体を聖なる光で攻撃する
フォースヒット・味方全体の動体視力を強化し命中率を長時間アップ
デバインライフ・仲間の誰かが死亡した際、死亡者の全魔力と引き換えに蘇生するようになる
レクイエム・鎮魂歌を響かせる事で魂を昇天させて浄化する
ハイマルチキュア・味方全員の四肢欠損レベルの重傷を癒す
ホーリーシャイン・敵の広範囲を聖なる光で攻撃する
フルキュア・味方1人を息があれば如何なる損傷からでも完全に回復する
フォースガード・味方の強化を打ち消す攻撃を1度だけ防ぐバリアを張る
魔術
ファイア・炎の初級魔法・敵1体に激しい炎が襲いかかる
スロー・敵1体を魔力で拘束し、素早さを低下させる
アイス・氷の初級魔法・敵1体に氷の刃が襲いかかる
マルチスロー・敵全体を魔力で拘束し、素早さを低下させる
サンダー・雷撃の初級魔法・敵1体に雷を落とす