……何故だ?
「慈悲なる神よ、勇敢なる者に失われし光を今一度与えたまえ。───ハイキュア」
包帯に覆われた騎士様の目の前に手をかざし、呪を紡ぎます。
ちなみに前段の詠唱は必要ありません、ただの雰囲気作りです。
こんなのいちいち唱えていたら、戦闘中に治癒なんてできませんからね。
練り上げたマナは言霊によって癒しの光となり、傷を保護する包帯と瞼をすり抜けて患部へと染み入ります。
その先にあるのはグチャグチャに破壊された眼球の残骸。
このヴィ・ラ・エデンの医学では……いいえ、日本でもここまで損傷すれば光を取り戻すのは不可能でしょう。
ですが、聖術による治癒の力はその不可能を可能にします。
私が頭の中に描くのは正常な眼球の構造。
異邦人ギルドで見習いクレリックだった時に、秀夫さんが自身の医学書を使って私に叩き込んだモノです。
彼は人体の構造を熟知する事が治癒魔法の効果を劇的に上げる事を体験から知っていました。
だからこそ大学で医学生相手に教鞭を取っていた経験を生かして、ギルドにいる数少ないヒーラー仲間である私にマンツーマンで医学知識を仕込んでくれたのです。
探索先で生命点が尽きて消滅する前の日まで……。
私のイメージを受け取った癒しの力は患者の現状と正常な眼球を比較し、必要な部分を的確に修復していきます。
水晶体と角膜が復元し、そこへ枝のように生え変わった神経節が伸びていく。
こうして30秒ほどで手の施しようがない程に破壊されていた両の眼球は再生を終えました。
「もう大丈夫です、包帯を取ってあげてください」
助手に付いてくれたシスターさんへ告げると、患者であった30代の騎士様の顔から包帯が外されます。
閉じた瞼をおっかなびっくり開けば、その奥から傷一つない青い瞳が姿を現しました。
「おお……みえる、見えるぞ! 傷を負う前と同じ……いやもっとはっきり見える!!」
「成功してよかったです。ですが数日は激しい運動をせずに眼を慣らす事に専念してください」
歓喜の声を上げる騎士様に私は注意を告げます。
「眼を慣らす?」
「はい。一度視力を失った騎士様の脳は、この数日の間で失明した状況に慣れようとしていたはずです。ですが、そこから再び光を取り戻しました。急な事なので脳が混乱していると思うのです」
「具体的にどうなるんだ?」
「遠近感が掴みにくかったり速いモノに目が追い付かなくなったり、症状は人によって千差万別です。ですが、それも時間が解決してくれます。焦らずに新しい目を自分の体に合わせてあげてください」
事故などが起きないように忠告したのですが、騎士様はまともに受け止めてくれませんでした。
「いやぁ、そうは感じないけどなぁ。今すぐ前線へ出れそうだし」
まあ諦めていた視界を取り戻したのだから、浮かれるのも仕方ないでしょう。
しかし命の奪い合いでは毛ほどの違和感が生死を分かつ事があります。
騎士は死と隣り合わせの危険な仕事、この調子で無茶をされては何時命を落とすか分かったモノではありません。
「ならば試してみるか?」
どうしたものかと頭を悩ませていると、後ろから声がしました。
振り返るとそこに立っていたのは聖騎士団の団長であるノエイン・グランノーフィス様でした。
「団長……」
「ちょうどアウローラ殿もいらっしゃる。リハビリついでに揉んでもらって来い」
「アウローラ様、いいですか?」
「ああ 構わない」
私が確認を取ると、護衛として付いてくれていたアウローラ様は首を縦に振ります。
「前の襲撃で首魁の首を取ったリッター殿と手合わせできるとは光栄ですな! 復帰戦の相手としては不足はない!!」
ベッドから飛び降りると騎士様は壁に掛けていた模擬剣を手に、意気揚々と部屋を出て行きます。
私はその後に続くアウローラ様にペコリと頭を下げました。
「グランノーフィス団長、ありがとうございます」
「いや、こちらこそウチの団員がすまない。浮かれおって、馬鹿め」
私がお礼を言うとバツが悪そうにグランノーフィス団長は顔をしかめます。
「治らないと思っていた怪我が治ったのですから無理もないですよ」
「そうだな。だがアウローラ殿に叩きのめされれば、そんな気持ちも少しは抜けるだろうさ」
たしかに療養生活で鈍った騎士が勝てるほど、アウローラ様は容易くはありません。
治療に携わった者としては、心がヘシ折れないことを祈るばかりですが。
「セシリアちゃん! 患者さんですよ!!」
そんな話をしていると、受付を担当していたシスターさんが駆け込んできました。
「どのような容態なのでしょう?」
「えっと……何時もの案件です」
「ああ……すぐにいきます」
どう言ったらいいのか迷う彼女の顔に、私は全てを察しました。
聞けば襲撃事件の際に侵入してきた淫魔の数は千は下らなかったと言います、
あの手の被害者も多数出るのは仕方がないでしょう。
「重ね重ねすまない。本来なら君のような歳の子にさせる事ではないのだが……」
「いいんです。これも必要な事ですから」
さて、今日も散らされた純潔を復活させるとしましょうか。
◆
どうも、純潔の聖女(笑)のレッテルを貼られたセシリアです。
淫魔の聖都襲撃から一週間が経ちました。
あの事件をきっかけに、私達家族を取り巻く環境は大きく変わったと言えます。
まず、襲撃を食い止めた夜に私は家族へ前世の記憶がある事を話しました。
日本とエスカリオの事を説明するのは骨でしたが、要所要所でシグルド姉様がフォローしてくれたお陰で上手く説明できたと思います。
姉様達は私の話を真剣に聞いてくれて、疑う事無く信じてくれました、
今まで隠していた理由も「皆に嫌われたくなかった」と正直に話すと責める事無く受け入れてくれた。
本当に私は姉に恵まれています。
この話は私達姉妹やイルヴィナちゃんの他にもアウローラ様達、そして偶然遊びに来ていた古い馴染みの冒険家ディアーネ姉様にも聞いてもらっています。
アウローラ様達はこれから同じ釜の飯を食べる家族ですし、放浪時代に何度も助けてくれたディアーネ姉様だってとっくの昔に私は家族と思っています。
なので仲間外れにする理由はありません。
あと、その日は久しぶりに私は姉様達の同じベッドで寝ました。
私を挟んで抱きしめる二人の温もりは私に一つの確信をくれました。
私はもう異邦人ギルドの聖女ではなく、セシリア・アスフォディルなのだということを。
こうして家族の絆を確かめた二日後、私にエルアラド王城から一つの命令が下りました。
内容は聖都に設立した臨時の治療院で、先の襲撃によって負傷した人達を治療せよというモノでした。
一瞬冗談かと思ったのですが、シグルド姉様が苦み走った顔で渡してきたことから偽物の可能性はゼロ。
姉様が言うには聖都襲撃の被害復興の会議でセシリィ様が私の事を言及したのが始まりだそうです。
被害を受けた範囲は少しとはいえ、襲撃されたのは一国の首都。
当然ながら官民含めて多数の被害者を出す事となりました。
その中には前線で戦った騎士や兵士など、一刻を争う状態の患者や障害が残るであろう傷を負った者もいます。
国としては献身を見せた彼等を見捨てるわけにはいかないけれど、かといって教会の神官では治癒できる症状に限界がありました。
そこで卓越した治癒術を使える純潔の聖女セシリア・アスフォディルの手を借りて、未だ苦しむ者達を救済しましょうという事らしいです。
このセシリィ王女の案は襲撃事件で大功を上げた賢者の妹という事や、ゼノバット襲撃時に野戦病院で見せた治癒魔法の効果を憶えていた騎士の報告もあって可決されました。
シグルド姉様はまだ子供という事で反対していたのですが、復興に関する医療負担を切り詰めたい貴族達に押し切られてしまったそうです。
8歳児に過酷な労働を強いるなんて、『王女の無駄にデカい乳をモイでもいのでは?』と考えた私はきっと悪くない。
ぶっちゃけ流れ者で子供な私が正式な診療所で腕を振るうとか、どう考えても嫌な予感しかしません。
しかし国王が病に伏している現在、王女殿下の言葉は事実上の王命です。
Noと言おうものなら家族全員で牢獄へGOというオチが付くでしょう。
そんな訳で聖都へ初出勤したのが4日前なのですが、事前の予感は見事的中しました。
治療院へ入った途端に神官からはどこの馬の骨と馬鹿にされ、市民や騎士からも子供に治せるものかと大ブーイングを食らったのです。
例の認識阻害ローブを着ていればこうはならないんでしょうが、礼儀だ何だと理由を付けて取り上げられたのは痛かったですね。
本気で帰ってやろうかと考えましたが王命をブッチするのは流石にヤバい。
なにより苦しんでいる患者を見捨てるのは秀夫先生の教えに反します。
なので、私は考えました。
ピーチクパーチク外野がうるさいなら実力で黙らせればいいじゃない、と。
実際のところ、エルアラドの神官たちの治癒に関する腕はお世辞にも高いとは言えません。
ある程度の切り傷に打撲や単純骨折は治せるようですが、四肢切断や欠損に内臓損傷が伴う重傷は手が付けられないようです。
病気の方も同様で、軽度の疾患は対処できても中~重度に病状進行すれば薬を飲ませる程度しかできません。
麻痺や呪い、解毒に関してもベテランの神官が数人がかりでやっとと言った感じです。
なので私は彼等が匙を投げる重傷や病気を複数同時にガンガン治していきました。
神官たちが一人の軽症者を癒す間に私は30人の重傷者と重篤者を癒す。
それを半刻ほど繰り返せば、私を軽んじるモノは一人もいなくなっていました。
お陰で気持ちよく仕事ができるようになったのですが、この行動は思わぬ副産物を生む事に。
なんと補助のシスターさん達が患者を私へ振る様になってしまったのです。
それが一番効率がいいのは確かなんですけど、もう少し配慮というモノを考えていただきたい。
お陰で暇になった神官さん達がメッチャやさぐれてたじゃないですか!
さらに追い打ちを掛けたのが、純潔を取り戻したい女性達が駆け込んできたことでした。
なんでも慰問に訪れていた王女殿下が私の事を広めたらしく、淫魔から性的被害に遭った女性達が殺到することになったのです。
中には妊娠している人もいて、堕胎浄化まで処理させられましたよ!
なんで事件から3~4日でお腹が膨らんでるんですか!
どんな成長速度してんだ、あの豚共!!
あと私が治せるのは純潔の残滓が残っている人だけです!
20年前に自分で捨てた膜が欠片も残ってない人間なんか治せるか!
まあ、全て医療経験と聖術向上の肥やしになるので無駄ではないんですが、私8歳児なんで夜まで働かせるのは勘弁してください。
クレセア姉様がそろそろガチキレしそうですし。
イルヴィナちゃん達を連れて怒鳴り込まれたら、流石にフォローのしようがありませんよ。
そんな私を待つもう一つの厄介事はセシリィ様との昼食会です。
午前の診察を終えると、昼食時にはグランノーフィス団長かセラヴィスさんという王女付きのシスターが何時も呼びに来ます。
連れていかれた先はお城にある王女殿下の私室。
私はそこでセシリィ様と共に食事を取りながら、彼女の愚痴を聞いたりトークで喜ばせないといけません。
なんだ、この接待?
例の件で私を高く買ってくれてるは分かるんですが、流石にコレは無いと思います。
しかも彼女の愚痴はトンデモない内容のものが目白押しです。
例えばエデンズリッターになったのはいいけど聖痕の疼きとかで胸の感度が異様に良くなったとか、ゼノアラクネに襲われた後遺症でお乳が出るようになったとか。
子供相手に何を言っているんでしょうね、あの人は。
というか、エデンズリッターにそんな弱点があるの初めて知りましたよ。
なんですか、その刻まれた箇所の性感を高める聖痕の疼きって!?
そんなの三度の飯より腰を振るのが大好きな淫魔にしたら、猿の前に差し出されたバナナじゃないですか!!
エデンズリッターって神の戦士なんでしょ? なんでそんなイカレた弱点を!?
思わず『セフィロト様って頭おかしいんですか?』と言ってしまって、セシリィ様から怒られてしまいました。
あとブンドゥスとかいう大司教のセクハラがウザいとか、あのハゲを平手でスパーンと行きたいとか、そのオッサンに融資してもらわんと国が回らないなんて事も言ってましたね
それって外部の人間に漏らして大丈夫な情報ですか?
そんなの私に言われたってどうしようもありませんよ。
というか、やり手の商人で地位も金で買いましたって、その大司教って権力狙いの奸臣じゃないですか。
今の内に適当な罪を被せて財産没収の上で首を落とした方がいいと思いますけどね。
◆
さて子供にはあり得ないスケジュールで動いている私ですが、エルアラド聖王国はまだブラックさが足りないと言いたいようです。
「私をゼノバイド教団討伐隊に、ですか?」
「ああ。とはいっても君が担当するのは後方での負傷者の治療だ。前線に出す事は無いから安心してくれ」
本日の業務を終えてシスターさん達に片づけを任せて帰ろうしたところ、私はグランノーフィス団長に呼び止められました。
そして騎士団長室へ連れてこられて、告げられたのがこの話です。
ゼノバイド…ゼノバイド……
何処かで聞いた事があるような気がするのですが……ダメですね、思い出せません。
「そのゼノバイド教団というのは?」
「ああ、そこからだな。順を追って説明しよう」
団長のお話ではゼノバイド教団とは世界の暗転を目論む暗黒魔導結社で、その目的は淫魔王とやらを復活させて、この世界を淫魔界と化すことらしいです。
彼等は様々な国の中枢へ密かに食い込んでいて、人心を惑わせて紛争や災禍の種を巻く事で世界に混乱をもたらしているのだとか。
また、先の聖都襲撃もこのゼノバイド教団が黒幕だそうです。
「なるほど、それは厄介ですね」
前世におけるカルト宗教テロ組織といったところでしょうか。
このヴィ・ラ・エデンにもそんなのがあるのか……迷惑極まりないですね。
「それでこの討伐は聖騎士団だけが動くのですか?」
「いや、賢者も参謀として参加する。王女殿下の推薦でな」
シグルド姉様も行くのか。
というか、どうしてそんな苦々しい顔をしているんですかね、グランノーフィス団長?
「家族が参加するのであれば私としては否はありません。ですが、この件は保護者である姉様に許可は取ってあるんですよね、団長?」
そう問いを投げると、グランノーフィス団長は何故か顔を背けました。
そして頬には一筋の冷や汗が……。
「こ…今回の要請はセシリィ王女殿下たっての頼みだ。引き受けてもらわねば困る」
少し震える声でそう答える団長に私は深々とため息をつきました。
「団長、それは悪手です。私達家族は流れ者ですので、この国に対する忠誠はまだ多くありません。シグルド姉様が王女殿下の下で仕事をしているのも、先の襲撃で助太刀したのも個人的事情で動いただけ。義理を通さずに強権を振るっては愛想を尽かされますよ」
「う……」
「特にシグルド姉様にとって私達妹は逆鱗です。下手に突くと本気でこの国を見捨てる事だって十分あり得ます」
より正確に言うなら、国の過失で私やクレセア姉様に何かあった場合、姉様は持てる知能と錬金術の業を駆使してこの国を潰しにかかるでしょうね。
それこそ手段を択ばずに。
まあ、この辺は言わぬが花ですかね。
「この件に私が参加するのは姉様の許可が出てからです。まず姉様に話を通してください」
そう言って団長室を後にした私は詰所の前で待っていたアウローラ様と共に帰路へ付きました。
しかし自宅へ帰りついた私達を迎えたのは、奥から漂う濃密な邪気でした。
「これは……セシリア、下がれ!」
「大丈夫です」
異変を察知したアウローラ様が盾となってくれますが、私はそれを制しました。
何故ならコレの持ち主が私達に害を及ぼす事は無いと知っているからです。
「ご無沙汰しております、レゾフュア先生」
私は姉様達と向かい合いながら、リビングの椅子に腰かけて優雅にお茶をすすっている影へ頭を下げます。
それは抜けるような白い肌を濃紺のフードが付いた煽情的な衣装に包んだ十代前半の美少女。
彼女は鈴を転がすような声で私に笑いかけます。
「うむ。息災のようでなによりじゃ、セシリア」
張り付けたような笑みとは裏腹に鋭い光を失わない紅玉の瞳。
彼女こそ私とシグルド姉様の師である稀代のハイ・ネクロマンサー、レゾフュア先生です。
「しかし随分と帰ってくるのが遅かったの。お前はまだ子供なのじゃから、夜に出歩くのは感心できんぞ」
「聖都で治癒術師のお仕事がありまして……」
私が経緯を説明すると先生は呆れたようにため息をつきます。
「余裕が無いのは分かるが子供まで駆り出すとは、エルアラドの上層部は無能ぞろいか?」
「あはは……」
「私としても早急に辞めさせたいんだが、王命を使われてはどうしようもない」
「気に入らなくとも現状ではお前は国を捨てられんしの」
先生の言葉に私は首を傾げます。
私達は流浪の身、その気になればどこへでも行けるはずなのですが。
「どういうことですか、姉様?」
「忘れたのか? そ奴はゼノバイドの団員じゃ。ワシが引き入れたの」
「元、だ。もう奴等とは袂を分かった」
「…………ああ!」
思い出しました!
そうですよ、ゼノバイド教団ってレゾフュア先生の職場じゃないですか!!
何年か前に姉様から入ったって報告を受けた事があります!
「そういえば、そんなのに入ってましたね。クレセア姉様の治療に専念して、そっちの仕事は全くやってなかったので完全に忘れてました」
「実は私も忘れてたんだよね。けど、夜中に通信で変なおじさんにお姉様が怒られてたのを見て、それで思い出したの」
「あの人って一応ご主人様の上司って事になってるみたいですよ」
クレセア姉様とイルヴィナちゃんの言葉に私は首を傾げます。
そんなことあったかな、と。
「セシリアは知らないと思うよ。よく寝ていたもん」
「そうそう。私がクレセアちゃんを起こしても気づきませんでしたしね」
「むぅ……」
のけ者にされたのは気に入らないけど、こればかりは仕方がありません。
私はまだまだ小さいので十分な睡眠が必要なのです。
「……でも、それが本当ならあの襲撃事件って姉様のマッチポンプだったりするんじゃないですか?」
「全くの無関係とは言えんが、あの日襲撃が起こったのは私の想定外だ」
姉様の説明ではこういう事でした。
まずシグルド姉様はレゾフュア先生のコネで幹部待遇という形でゼノバイド教団に入りました。
しかし姉様の目的はあくまでクレセア姉様を治す知識を得る事、教団の目的や教義に興味なし。
なので教団の依頼や仕事をブッチしまくっていて、幹部(笑)になっていた。
業を煮やした教団によって首を切られかけた姉様に与えられた最後のチャンスが、エルアラド聖王国を陥落させる事だった。
しかしクレセア姉様の治療と境界門の研究の為に、セシリィ様から聖痕の治療と騙してエデンズリッターのエネルギーを採取していたシグルド姉様。
今、エルアラドを滅ぼされるのは困る。
なので、自分で設置した転移魔法陣を自分で消したり、人気の無い地区に設置したりして時間を稼いでいた。
けれど姉様を信用していなかった上司は、姉様に秘密で聖都に転移陣を多数設置していた。
そしてあの日に陣を一斉起動して淫魔が聖都を強襲。
さらに教団はあわよくば姉様も襲撃のどさくさに殺す気だった、と。
「その上司はルドルフといっての。鳴り物入りで入ってきたのにロクな成果を上げんこ奴の首を斬る機会を狙っておった。そこに来て聖都襲撃の妨害じゃ。奴は嬉々としてシグルドを裏切り者と認定しおったわ」
「私とて境界門が起動した以上、ゼノバイドに残る意味はない。むしろ奴等が目指す淫魔の世界など害悪だ」
「それは百も承知よ。だが如何に境界門があろうと相手は複数の国に影響力を持つ秘密結社、エルアラドの力が無くば対抗などできん。そうじゃろ?」
レゾフュア先生の言葉に姉様は悔しげに唇をかみます。
なるほど、だから賢者として王族とコネを築いたここから逃げるわけにはいかないのですか。
現状がようやく呑み込めました。
となれば、私も肚を決めないといけませんね。
「シグルド姉様、ゼノバイド討伐遠征に同行するのでしょう?」
「ああ。ノエインから聞いたのか?」
「はい。私も参加するように要請がありました」
「なんだとっ!?」
私の言葉に家族やアウローラ様達がいきり立ちます。
まあ、内容を考えればいい感情を抱かないのは当然ですね。
「馬鹿な! そんな命令は却下───」
「先方は要請と言っていましたが、出したのは王女殿下です。事実上王命と同じ、拒否はできません」
感情のままに叫ぼうとするシグルド姉様の言葉を私は途中で遮ります。
このままヒートアップしては、今までの事全てを投げ捨てて逃げかねませんからね。
国際的カルトテロ組織から逃げ続ける生活なんて、私はごめん被ります。
「私もただ利用されるだけで終わるつもりはありません。国の命令で子供を戦場に送り込むんですから、せいぜい高い貸しにしましょう」
エルアラドの後ろ盾があればゼノバイドも大っぴらに手は出せない。
私はスラムには顔が効きますし、今回の診療行為で一般市民にも名が売れました。
シグルド姉様は政治的に、そして私は草の根的にとあの国に食い込んで、絶対に切り捨てられないようにしてやりますとも。
まずは姉様を敵視するルドルフとやらを消してもらおうじゃありませんか。
「いい心がけじゃ。ルドルフの奴を葬ったら、教団に関してはワシが何とかしてやろう。適当にやってるフリをしておけば、ある程度の時間は稼げるからの」
「ありがとうございます、レゾフュア先生。ところでお話があるのですが」
「……なにやら込み入った事情のようじゃの。河岸を変えるか」
私の目を見た先生は玄関の扉を潜ってくれました。
皆も知ってるのでここで話してもいいのですが、同じ話を二度するのも恰好が悪いですからね。
辺りが夜闇に覆われた庭先で私は先生に前世の事を話しました。
「なるほどの、お前の技術は地獄で練り上げたモノというわけか。どうりで年不相応なはずよ」
「地獄…そうですね、エスカリオでの生活はたしかに地獄でした」
さすがは先生、言い得て妙です。
「それで、何故ワシにそれを話した? 転生などという特異な例をワシが利用するとは考えんかったのか?」
「私はレゾフュア先生を家族だと思っていますから。姉様達に話して先生に話さないのは違うでしょう」
そう答えると先生は虚を突かれたような表情を浮かべた後、呵々と大笑いしました。
「お前はシグルド以上に分からん奴じゃな!外道の代名詞たる屍術師のワシが家族か!!」
「いや、笑いすぎでしょう」
3年とはいえ、私から見れば人生の約半分です。
それだけの期間お世話になったからこその信愛を込めたのに……酷くないですか?
「すまんすまん。じゃが、そう呼ばれるのであれば相応の事をせねばなるまいな。まずは例の課題の採点かの」
ニンマリと笑う先生に私は思わず顔を引きつらせました。
「う…あれはまだ完成してないんですよね……」
「そうであろうな。なにせ聖の魔力による死霊術なぞ、今まで誰も為し得た事は無い。急かすつもりは無いから腰を据えてやれ」
「はい」
よかった。
タイムリミットなので、できていない代価に首を出せとか言われたら泣くところでした。
「それと異界のリッターよ、警戒は無用じゃ。ワシはこ奴等に手を出すつもりはない」
「……気づいていたのか」
そして先生が庭の一角にある茂みに声を掛けると、そこからアウローラ様とレオーネさんが現れました。
「それだけ聖なる波動を出しておいて気づいたも何もあるまい。どうせシグルドの指示であろう」
「ああ」
「まったく、あの一番弟子は師を疑い過ぎではないか? 一度クレセアやセシリアの爪の垢を煎じて飲めばよいのじゃ」
ぶつくさと姉様の文句を呟く先生。
まあ、姉様は放浪時代の経験から簡単に他人を信じない人ですから。
「そういえば貴様はシグルド達と共に、ルドルフを討ちに行くのか?」
「ああ、主を護るのは私の使命だ。それに人に仇為す外道は放っておけん」
「ならば一つ忠告じゃ。あの娘を色眼鏡で見るでないぞ」
私を指さして告げる先生の言葉に、アウローラ様は訝しげに眉根を寄せます。
「どういう意味だ?」
「あ奴の戦いへの心構えは騎士はもちろん、普通の人間からも少々外れておる。お前たちの間に無用な軋轢を生まん為の老婆心よ。アレがどのような事をしても目的は家族を守る為。それだけは心に留めておけ」
そしてこんな事を言い残すと、先生は夜闇に熔けるかのように家から去って行きました。
「セシリアちゃん、あの人は何が言いたかったの?」
レオーネさんの言葉に私は苦笑いを返すのみ。
たしかに自分でも戦い方がアレだという自覚がありますが、少し言い過ぎだと思いますよ、先生。
◆
あれから二日が経ち、ゼノバイド討伐遠征の出発日がやってきました。
「ったく、上の奴等はマジで何考えてんだ。この国大丈夫なのか?」
私の横で不機嫌を隠す様子もなくボヤいているのはシェラさん。
白銀の長い髪を一本結いにして、褐色の肌にスタイル抜群の身体をバトルスーツで包んだ格好の良いお姉さんです。
彼女はダークエルフと人間の混血で、魔剣士の異名を持つ名うての傭兵なのです。
シェラさんとはスラムにある彼女が経営する孤児院で治療を子供達を治療した縁で知り合いました。
その時に子供の一人が悪戯でローブのフードを取ってしまったので、彼女は私が子供だと知っているんですよね。
お陰で私の生い立ちや何やらを話す事になって、「こんなに小さいのに姉ちゃんの為に……偉いなお前」と酷く同情されました。
それからはスラムに行くたびにさりげなく私の事を気に掛けてくれるようになったんです。
今回はその縁を使って彼女に護衛をお願いしました。
この話を持って行った時は「子供に従軍を命じるって、ふざけんな!」とえらく怒ってくれて、「お前も上の姉ちゃんもちゃんと家に帰してやるからな!」とも言ってくれました。
聖騎士団の皆さんを信じていないわけではないのですが、往々にして万が一の事態は起こり得るもの。
例えば空中から強襲してきたハーピーに連れ去られるとか。
嵐の塔では本当によく持っていかれました。
鳥に啄まれるのってなかなか死ねなくてキツいんですよ、ええ。
そういう地獄への入り口を潰していくのは人として当然だと思うんです。
「セシリア、出発するようだ。落ちないようにしっかりしがみ付いてくれ」
「はい、姉様」
私は戦場まで姉様とタンデムで馬に乗ります。
この身体では仕方ないですね。
「来たぞ、聖騎士団だ! 先頭にグランノーフィス様のお姿が見えるっ!!」
「てことは、敵の本拠地へ反撃に出るって噂は本当だったのか……」
「キャーーー! ノエイン様、頑張ってぇぇぇ!!」
国民の期待を乗せた声援が聖都の大通りに響き渡ります。
普段であれば、この声に後押しされて騎士達は威風堂々と出陣するのでしょう。
しかし、今回はそうではありませんでした。
「あれ……?」
「どうした?」
「あのグランノーフィス団長の隣にいる人、子供連れていないか?」
「本当だ!」
「あの子、知ってる! 臨時診療所の凄腕の治療士よ!」
「そうだわ! 私もお世話になったモノ!!」
「もしかして騎士達が負傷した時の為か?」
「けど子供だぞ。俺の娘と同じくらいじゃないか! それを戦場になんて……」
出陣の様子を見に来ていた民衆から次々と溢れる戸惑いの声。
今の私は認識阻害のフードを被っていないのですから当然ですね。
騎士様達も少し肩身が狭いような感じですが、その辺は仕方がありません。
こうして民衆に刻み付けておけば、今回の件をエルアラドの上層部はシラを切れないでしょう。
セシリィ様がそんな事をするとは思えませんが、他の連中は狸ぞろいと姉様は言います。
今回の事をはした金程度で終わらされては堪ったモノではありませんし。
取り合えず掴みはOKです。
では、シグルド姉様の命を狙う邪魔なモノを排除しに行きますか。