……ぬう、前書きが思いつかぬ。
とりあえず、デンズリ小説が増えたらいいなぁ
ゼノバイドのアジトと化した地下迷宮をエルアラドの聖騎士団が駆ける。
「主! 次はどっちだ!?」
「そこの角を左だ!」
先頭を走るのは並行世界で極光の騎士と呼ばれた最強格のエデンズリッター、リッター・アルシエルことアウローラ。
その脇には自身の召喚主である天才錬金術師、シグルド・アスフォディルを抱えている。
これは運動音痴の自覚がある彼女が少しでも早く妹の下に辿り着く為にアウローラに命じた事だ。
「おい! セシリア嬢は無事なのか!?」
「あの子の魔力反応は健在だ! 取り巻く淫魔共も数を減らしている! だが、それも何時までもつか分からん!!」
並走する聖騎士団団長のノエインにシグルドは怒鳴るように答える。
セシリアがゼノバイドの幹部ルドルフの転移魔法で迷宮の別区画へ飛ばされてから、すでに十分が経過している。
妹の消えた瞬間、シグルドは即座に探査魔法を走らせて彼女の居場所を掴んだ。
その手腕は一流の斥候や術師すら舌を巻くほどだ。
しかし、それでもシグルドには遅すぎる。
転移魔法を放ったルドルフの狙いは、明らかに自分だった。
妹は己を庇って奴の罠に堕ちたのだ。
これを悔やまぬ姉がいるだろうか?
彼女の語った前世が本当ならば、セシリアは自分など足元にも及ばない百戦錬磨の聖女なのかもしれない。
しかしシグルドにはそんな事は関係なかった。
セシリアは目に入れても痛くない程に愛しい妹だ。
生まれた時からずっと世話をしてきた。
何度もおしめを代えたし、家が潰れて両親が蒸発してからは哺乳瓶で乳をやるのは自分の役目だった。
彼女にとってクレセアとセシリア、二人の妹は自らの命と引き換えにしても悔いはない程に掛け替えのない宝なのだ!!
それが奪われそうになっているのだ、ルドルフと不甲斐ない自分に対する怒りと殺意が抑えられなくても当然だろう。
「アウローラ、今から境界門を起動させるぞ!」
人には出せない程の速度で闇の中を駆けるアウローラの腕の中で、シグルドは共に移動している従者へ宣言する。
「新たなリッターを呼ぶというのか!?」
「この状況だ、手の内を隠している余裕はない! シェラ、お前は先行してくれ! セシリアはこの先800mほどにいるはずだ!」
「わかった!」
そしてシグルドの声に一行の中で最も軽装のシェラが風を巻いて洞窟の闇を駆け抜ける。
彼女自身、依頼者をむざむざと連れ去られた自身の間抜けさには憤っていた。
それが守ると決めた子供なら猶更だ。
「ふざけたマネしやがって……! ここの頭とやらには絶対に落とし前を付けさせてやる!!」
殺意を隠そうともせずに風と化したシェラを横目にしながら、シグルドもまた境界門を起動させる。
「宛転たる響音は、車輪のごとく世を回す……」
その意志に従って腕輪からパーツが外れると回転しながら放った虹色の光で洞窟を照らす。
「そこに在ってそこに無く、何者でもあり、何者でもない界神ネメシスよッ!」
シグルドが放つ言霊に応じて回転するリングの中央に強大な力が宿る。
そしてそれは時空すら歪ませ、異なる世界同士を繋ぐ門となるのだ。
「有り得ざる縁の糸を手繰り寄せ、現世にその現身を映し出せっ!!」
そして二つの世界が重なる瞬間、シグルドの脳裏には一つの情景が浮かんだ。
それは淫魔の大軍によって今にも陥落しそうな砦の中、ボロボロになりながらも兵を率いてゼノオーガを前に細身の剣を握るうら若き一人のエデンズリッターの姿だ。
埃と土で汚れた背中まである栗色の髪に折れない意思を宿した翡翠の瞳。
血と傷に塗れながらも美しさを失わない白い肌とその美貌。
セシリィ・エルアラドとは別の方向で王となるに相応しい少女の姿だった。
しかしその美しさは散らされる寸前の華と同じく、儚さによるものだ。
そして少女もまたこの場で殉じる覚悟があるのは、彼女の目と表情を見ればわかった。
「棄てる命ならば寄こせ! 私が有益に使ってやる!!」
だからこそシグルドは叫びと共に彼女の小さな背中へ魔力の手を伸ばす。
聖遺物から伸びた見えざる掌が少女の肩に触れた瞬間、シグルドとのパスを通して滅びの情景を見たアウローラは思わず息を呑んだ。
「アイツは…まさか……」
呆然とする彼女の口から滑り落ちた呟き、それが少女とこの世界を結ぶ呼び水となった。
「…ああ、声が、聞こえる……私を呼ぶ声……そして、懐かしい声音が……」
一層強い光を放つ境界門、その中心から聞こえるのは鈴を転がしたかのような声だった。
「この鼓動……この声、この力は……まさか本当にアイツが来るのか!?」
信じられないと言った呟きで足を止めるアウローラ。
「ここはいったい……? ですが感じる…感じます! あのお方の鼓動を!!」
境界門から聞こえる声は戸惑いから歓喜へと変わる。
それに構わずにシグルドへ召喚を最終工程へと移行させた。
「かくてっ……汝よ現れ出でよっ! 汝……時と世界の狭間に揺蕩う者よ! 境界門ネメシスとの契約に基づき、我が盾となれ!!」
最後の言霊を発した瞬間、境界門は今までで最も強い光を放った。
そしてそれが収まるとシグルドの手首へと戻ったリングがあった場所には一人の少女の姿があった。
「我が名は…セレナ。セレナ・スラフニール……」
それはシグルドの脳裏に浮かんだ光景で抵抗を続けていた者と同じだった。
「私は再び戦います、無辜の民の為に! そして愛する人々を守る為に!! エデンズリッター、ロード・イブリーズ! ここに降臨!!」
少女、セレナは手にした剣を掲げて決意を新たに叫ぶ。
それはシグルドが垣間見た敗残の将ではなく、この世界の可能性たる並行世界で名を馳せた魔法大国スラフニール王国の女王たる姿であった。
「セレナ、お前と再び会う事が出来るとは……」
「ああ、アウローラ様!」
感動のあまり声を詰まらせるアウローラ、そんな彼女に感極まったセレナは抱き着こうとする。
しかし、彼女達の召喚主には感動の再会を楽しむ余裕は無かった。
「すまんが再会のあいさつは無しだ。アウローラ、先を急げ。そしてセレナとか言ったな、早速力を貸してもらうぞ」
「は…はい」
アウローラの小脇に抱えられたシグルドの有無も言わせぬ迫力に戸惑いながらも頷くセレナ。
再び一行が駆けだす中、アウローラは先頭を走りながら事態が把握できない旧友に説明を始める。
「ここはゼノバイドといって、淫魔を信奉する狂信者集団のアジトだ。そして主の妹が罠にかかって、淫魔の真っただ中へ転移させられたのだ」
「そうだったのですか。わかりました、すぐに妹様の所へ向かいましょう!」
そしてセレナもまたロード級のエデンズリッターとなる器を持つ者、その善性はすこぶる高い。
現状を把握した途端に背中に生えた天使の羽根を羽ばたかせて洞窟内を駆ける。
そんな三人のやり取りを驚きを隠しきれない視線で見ている者がいた。
そう、ノエイン率いるエルアラド聖騎士団だ。
「まさか本当にエデンズリッターを召喚できるとは……」
「流石は賢者様!」
「ええ! これは本気で永久就職を考えないと!」
ルンシャットとシャンシャット姉妹のたわ言は置いておくとして、正直これは由々しき事態と言えた。
エデンズリッターは一騎当千の超人、それを任意に呼び出して従えるとなれば一国の軍を超えるほどの力となる。
それが一個人の手に委ねられているという事は異常というほかない。
「これは是が非でも奴にはエルアラド…いやセシリィへ付いてもらわねばならんな」
万が一賢者と敵対すれば、あの悪辣な頭脳を持った女に従うリッターの軍団が襲い掛かるのだ。
しかも稀代の治癒師による万全のバックアップ付きで。
そんな悪夢に祖国や愛する主君を晒させるわけにはいかない。
ノエインは心の中でシグルドへの態度をもう少し軟化させようと心に決めるのだった。
◆
かつて所属していた異邦人ギルドには日本からエスカリオへ堕ちてくる人間が無作為に選ばれるためか、本当に様々な職種の方がいました。
私のような学生やサラリーマンといった珍しくない人から美容師やニートに経営コンサルタント、消防官や医師といった貴重な経験と技術を持った人達まで。
その中でも一際異彩を放っていたのは、現役自衛官だった洲本秀美さんでしょう。
演習中にヘリの墜落事故へ巻き込まれたという彼女は生粋のミリタリーマニアで、それが高じて自衛官になったという破天荒な人です。
エスカリオに来る際にミグミィ族へ変貌した彼女は、素早い身のこなしと自衛隊仕込みの精密射撃の腕から狩人として後衛の物理アタッカーを担っていました。
そんな彼女が異邦人ギルドの鍛冶師、ドワーフのギリウス氏を巻き込んで執念を燃やしていた事が一つあります。
それはエスカリオ、正確に言えば魔法込みの中世レベルの技術で現代兵器を再現する事です。
銃に始まり手りゅう弾や地雷まで。
マニア時代と陸上装備研究所で培った知識を活かして生み出した道具の数々は、何度も私達の命を救ってくれました。
そんな洲本さんですが、同じミグミィのよしみか研究開発の助手に私をよく使っていたのです。
彼女の道具の有用性は分かっていたので生命点回復の休養の時や遠征の合間に手伝っていたお陰で、私も中世ファンタジー技術を用いた現代兵器の再現方法を覚えてしまったんですよね。
今回私が使ったのもそうして生み出された再現兵器で、名を『聖なるナパーム弾』といいます。
材料は私が聖属性と風の魔力を込める事でガソリン並みに揮発性を高めた油と、シグルド姉様にお願いして作ってもらった増粘剤です。
正直、天才錬金術師の姉様がいなければ製作は不可能でした。
しかし威力は御覧の通り。
恐らくはゼノモンスであろうオーガも問答無用で灰に出来るほどの火力に仕上がりました。
クレセア姉様やイルヴィナちゃんに『臭い!』と文句を言われながら作った甲斐があるというモノです、ええ。
こうして障害物の排除が終わり、聖障壁にものを言わせてまだ燻っている炎を越えると、広間の入り口に見知った顔が現れました。
「セシリア、大丈夫か!?」
「シェラさん」
息を切らせて駈け込んで来たのはシェラさんでした。
かなり無理をしてきたのでしょう、体のところどころに血が滲む傷があります。
「私は無事です。この通り、傷一つありません」
「……よかったぁ。お前に何かあったら孤児院のガキどもになんて言えばいいんだよ……」
傷を癒しながら答えると、シェラさんはホッと脱力します。
ご心配をおかけして本当に申し訳ありません。
そうしていると、再びこの広間に飛び込んでくる影がありました。
「セシリア!!」
「シグルド姉様!」
それはシグルド姉様とアウローラ様です。
「セシリア、無事か!? おい、降ろせ!!」
アウローラ様に抱えられていた姉様は彼女の手から離れると、私に駆け寄ってぎゅっと抱きしめてくれました。
「心配したんだぞ! お前がいなくなったら、私もクレセアもどうやって生きればいいんだ!!」
「ごめんなさい、姉様」
やっぱり、姉様の胸の谷間に顔を埋めるのは落ち着きます……
赤ん坊の時から抱っこされてきたからですかねぇ。
「あの…アウローラ様? あの子が賢者様の妹君ですか?」
「ああ」
「どう見ても子供じゃないですか! どうしてそんな子が戦場に!?」
「あの子は司祭レベルの術者が束になっても叶わないくらい治癒と聖術に優れているんだ。だからエルアラド政府から参戦を要請されてここにいる」
おや? なにやら聞き覚えの無い声がしますね。
姉様のハグから解放されてみてみると、アウローラ様の隣に栗色の髪と碧眼が特徴の綺麗なお姉さんがいるじゃないですか。
年の頃は18くらい、感じる魔力の大きさからするとセシリィ様と同等レベルのエデンズリッターのようですね。
「はじめまして、セシリア・アスフォディルです。助けに来てくださって、ありがとうございます」
「これはご丁寧に。私はセレナ・スラフニールと申します。よろしくお願いしますね、セシリアさん」
「セレナは私の世界にある大国スラフニールの王女でな、私が武術を教えていた事もある。主が追加戦力としてここへ呼び出してくれたのだ、仲良くしてくれ」
互いに頭を下げ合う私達の様子に小さく笑いながら、アウローラ様が説明してくれます。
むむ……境界門による複製とはいえ一国の王族を呼ぶとは、シグルド姉様は大丈夫なのでしょうか?
「ええと……それでは王女殿下とお呼びすべきでしょうか?」
「いいえ。アウローラ様の話だと、この世界にスラフニールは存在しないそうです。ならば今の私はただのセレナ。普通に接してください」
そう優しく微笑むセレナ様ですが、私はそんな彼女に見逃せないモノを見つけました。
それは胸……いいえ、鳩尾あたりに渦巻く黒い靄のようなもの。
間違いありません、因果か怨恨かは分かりませんが呪詛の類です。
「セレナ様、少し失礼しますね」
「は…はい?」
よく分からないといった風なセレナ様ですが、私は構わず彼女のお腹に手を当てます。
「───邪悪なる意思よ、退け」
言霊と共に練り上げた魔力を送ると、核を縦に両断された呪詛は霞のように霧散しました。
エスカリオにおいて敵から奪取したり宝箱から得た装備や道具の鑑定はクレリックの役目でした。
その中には呪いが掛かったモノも少なからず存在し、その為に私も解呪は千件以上は手掛けているのです。
呪詛の中には暗黒神オル・オーマ由来のモノもあったので、それに比べればセレナ様に纏わりついていた物など可愛いものです。
「……違和感が消えた。それに身体もさっきより軽い」
「セレナ様には何らかの呪いが纏わりついていました。恐らくはそれが身体の不調として現れていたのでしょう」
「お前程のリッターが呪詛を受けるとは、向こうの世界にはそれ程の術者がいたというのか?」
「すみません、アウローラ様。私には呪詛を受けたという認識はないのです。召喚されるまでそのような敵と相対した記憶もありませんし、身体の不調も賢者様に呼び出された反動とばかり……」
心当たりがないのは当然でしょう。
彼女に絡みついていたのは執着と憎悪、そして懇願の念でした。
それは術式として放たれたモノではなく、多くの者の意思が寄り集まり力を持ったモノ。
エデンズリッターの抗呪力が効かなかったのは、一部でもセレナ様がそれを受け入れる意思を持っていたからでしょう。
王族たる彼女へ向けられた悪想念達、彼女が無意識で受け入れているとなればロクな話にはならないのは明白。
シグルド姉様の声に応えてこちら側にきてくれたのです、わざわざそんな事実を知らせる必要はありません。
「賢者! セシリア嬢は無事なのか!?」
そんな事を考えているとグランノーフィス団長を先頭に聖騎士様達も駆け付けてくれました。
「ああ、傷一つない」
「よかった。貴様と違って、セシリア嬢はエルアラドに無くてはならない人材だ。もし何かあったら王女殿下に申し訳が立たん」
「私はお前達の所に妹を就職させると言った覚えは無いんだが?」
大げさに胸を撫で下ろす団長にシグルド姉様は冷たい視線を向けます。
「……ゴホン。それより、よく無事だったな。この部屋には相当な淫魔がいたと賢者は言っていたが」
「シグルド姉様に貰ったお守りがありましたので。それを投げて聖障壁で身を守っていたんです」
「お守り?」
「錬金術で製作した新型の火炎瓶だ。セシリアの協力で聖油にしているからな、淫魔には効果が高い」
そう言いながら姉様は部屋の中で未だに揺らめく純白の炎を指さします。
「なるほど、それは使えそうだな。数は揃えられんのか?」
「原材料が希少だし製法も複雑でな、私でもまだ妹達の護身用に少数作るだけで精いっぱいだ」
「それは残念だ」
姉様の答えにグランノーフィス団長は少し肩を落としました。
姉様の言っている事は間違いではありません。
ただ完成品第一号ができた1年前からコツコツ作っているので、在庫は80本くらいあったりするんですよね。
まあ、軍隊で使ったらシャレにならない被害が出るので卸すわけにはいきませんが。
「皆さま、ご心配をおかけしました。私は大丈夫ですので奥へ進みましょう」
セレナ様を呼び出した以上、境界門という切り札がルドルフに露見したと考えるべきです。
エデンズリッターが増員できるとむこうが考えたなら逃走を選ぶ可能性も十分にある。
奴をここで取り逃がしたらシグルド姉様の命が危ない。
だからこそ、絶対にルドルフにはここで死んでもらわないといけません。
もう我々には足踏みをしている時間は無いという事です。
◆
あれから30分ほど経ったのですが、迷宮の下層へ足を踏み入れた私達の前には地獄の光景が広がっています。
「ぎゃああああああああっ!?」
「食うな! 俺はお前等の餌じゃ……ぐげっ!?」
「が! ががががががっ!?」
ルドルフが放ったオーガやオーク達に群がり、その肉に食らいついているのは生きる屍達。
彼等は私達と淫魔が戦っている最中、突如として地面から湧き出てきました。
本来ならゾンビなど淫魔達に敵う筈がないのですが、獲物を引き倒しハラワタを引きずり出している彼等はただの死者ではありません。
(……あの術式はレゾフュア先生ですね?)
(そうだ。お前が帰ってくる前、ルドルフ抹殺に力を貸すように奴と話を付けていたんだ)
下でお食事に精を出しているのは至高屍術師たるレゾフュア先生が手掛けたアンデッド、当然基礎能力からしてそんじょそこらのゾンビとは桁が違います。
そんなのにダース単位で襲われればオーガだって碌な抵抗も出来ずに骨となるでしょう。
「え…えげつねぇ……」
「賢者様、奴等コッチに来ないですよね?」
「大丈夫だよ、シャン。賢者様には奥の手があるって言ってたから」
さすがに生きたまま生物が貪り食われる場面には慣れていないのでしょう、シェラさんは不快げに顔をしかめてシャット姉妹は怯えた顔で互いの手を取っています。
私の方は前世でゾンビ映画とか結構見ていたし、先生が実演とか言ってアンデッドに盗賊を貪り食わせたこともあります。
グロ耐性は通常の人より格段に高いですから。
さて、現在私達がいるのは迷宮の基礎を支える洞窟の壁面、そこに出来た岩棚です。
今は死人達のターゲットにはされていませんが、それも時間の問題。
淫魔達が彼等のお腹に納まれば、きっとこちらへ襲い掛かってくるでしょう。
レゾフュア先生は優しく、そして厳しい人です。
他者の助けに寄りかかるような人間は、たとえ弟子でも容赦なく切り捨てるに違いありません。
そして、お姉様はそんな愚者とは異なります。
しっかりと対策を用意していました。
「いいか、淫魔共が全滅し次第コイツを投げ入れるんだ!」
「あの、これはいったい何なのでしょう?」
「これは対アンデッド用の聖水だ。聖属性はセシリアに付けてもらったからな、効果は折り紙付きだぞ」
セレナ様の問いかけにドヤ顔で応えると同時に最後の淫魔の断末魔が響き、それを合図にして姉様は聖水を亡者の群れへ投げ入れます。
すると聖水を浴びたゾンビの体は土塊と還っていきます。
「これはいい! お前等! 奴等へ食後のドリンクをたらふくご馳走してやれ!!」
グランノーフィス団長の号令で一斉に投げ込まれる聖水たち。
それは岩棚の下を埋め尽くさんばかりに増殖していたアンデッド達を次々と浄化していきます。
そんな中、私に天啓が舞い降りました。
そう、私が行き詰まっている聖属性による屍術。
レゾフュア先生の術式を見る事が出来れば、突破口が開けるのではないかという事です。
(姉様、あのアンデッドを一体だけ少しお借りしていいですか?)
口に出して言えることではないので、念話で伝えるとシグルド姉様は意外そうな顔をしました。
(どういうことだ?)
(実はレゾフュア先生の課題に詰まってまして、参考に術式を見てみたいなぁと)
(課題というのは例のアレか。わかった、気を付けろよ)
(はい)
姉様の許しを得ると、私はアンデッドの一体をホーリーシールドを応用した結界に閉じ込めました。
本来は防御壁として使う術式ですが、強度が下がる事に目をつむればこんな使い方も出来るのです。
そして他のアンデッドが死に絶えた後、私は岩棚を降りて確保した一体の元へ向かいます。
「おい、なにやってんだ! あぶねえぞ!!」
「あの一体が気になるんです。少し調べさせてください」
付いてきたシェラさんにそう答え、私は障壁越しに生きた屍に手をかざします。
すると浮かび上がるのは濃い紫で書かれた複雑な魔法陣。
これは後ろのシェラさんには見えません。
目にする事が出来るのは魔術に精通したモノだけです。
(凄い綺麗な術式。……やっぱりネックになるのは嘆きや憎悪といった負の感情を術の核にしている事ですね)
なら、ここを聖術と相性がいいモノに書き換える事が出来れば……
それが愛か希望かはまだ検討が付かないまま、陣へ魔力を込めると紫だった術式は少しづつ白へ変わっていきます。
すると結界内のアンデッドに変化が現れました。
ぶら下がる腐肉を収めるように身体の至る所へ薄皮が張り付き、深淵だった眼窩には意志の光が灯ります。
『う…ぁ……ここ……は?』
「ウソだろ!? アンデッドがしゃべった!」
あ…あれ?
術式を少し弄って私の魔力に書き換えるはずだったのに、もしかして元の魂が降りてきた?
「いたい…いたい……からだが……おれは…どうした…んだ?」
ヤバい! ヤバい! ヤバい!
こんな体に憑依させたのなら、そりゃあ痛いのは当たり前です!!
とりあえず痛覚を遮断して、なんとか未練なく彼には黄泉路へ帰ってもらわなくては!!
「貴方は死の眠りについていたところ、死霊として呼び起こされたのです。祓うつもりだったのですが、私の手違いで魂が呼び起こされてしまったようですね。申し訳ありません」
大嘘ぶっこきながら頭を下げると、アンデッドさんは結界の中で自分の両手を見ます。
「いや、たすけようと…してくれたんだろ。だったら…いい。それより…おしえてほしいことが…あるんだ」
「なんでしょうか?」
「おれたちのくには……エルアラドは……ぶじなのか? ガルべリアに…ほろぼされて…ないか?」
彼の言うガルべリアとは、この大陸中央に存在する軍事国家『神聖ガルべリア帝国』のことでしょう。
聞いた話では私達がこの地へ来るかなり前まで、ガルべリア帝国は覇道を掲げて近隣諸国へ次々と侵略戦争を仕掛けていたそうです。
そしてその標的にはエルアラドも含まれていたとか。
改めて見てみると、彼の纏う装飾はエルアラドで採用されている兵士のモノ。
おそらく彼はガルべリアとの侵略戦争の際に戦って果てた人なのでしょう。
「大丈夫です。私達はエルアラドの聖騎士団、貴方の国は健在ですよ」
「そう…か……よか…った……」
笑顔でそう答えると、兵士さんは安心したように小さく息をついて土塊へと還っていきました。
どうやら私の魔力に屍術で作られた身体がもたなかったのでしょう。
「───勇敢なる戦士に二度と破られる事の無い安寧を」
「コイツは死んでも自分の国が心配だったんだな」
「はい。私の耳に届いたのは、そんな彼の心残りだったんでしょうね」
しんみりとした空気ですが、滅茶苦茶いたたまれないです!
言えない!
術式の実験をしたら大ポカこいて、死体に冥府から呼び寄せた本人の魂を放り込んだなんて絶対に言えない!
ええい! ここはネガティブさを捨てて前向きに考える事にしましょう!
やってしまったモノは仕方がない!
失敗は成功の母と言うではないですか!!
だいたい、この課題にはこっちだって必死なんです。
結果を出さないと先生はマジでこっちの首を取りに来ますからね。
『この程度しかできんのなら、死体にした方が役に立つのぅ』とか言って!
全盛期ならともかく、今の私ではレゾフュア先生には逆立ちしたって勝てません。
それに前衛を作り出せる屍術は私単体で戦う際には必須となる術、動乱の気配が濃くなっている現状を思えば一日でも早く仕上げたいのです。
「セシリア、そろそろ行こうぜ」
「はい」
今回はしくじりましたが、得るモノもあったのは確か。
ルドルフの首を刈り取って再チャレンジです!
◆
「団長! 右からオークの大軍が!!」
「右翼は転進し増援を迎え撃て! 私達もデカブツを片付けたらそちらへ向かう!!」
進路を塞ぐように立ち塞がるドラゴンと通常よりも二回りは大きいオーガ。
その相手をしているグランノーフィス団長に聖騎士の一人が悲鳴に近い報告を上げます。
「聞いたな、お前等! 総員盾を構えろ!! 奴等をここで食い止めるぞ!!」
「食い止めるって、向こうはこっちの三倍は……ぐがぁっ!?」
分隊長の言葉に戸惑いを隠せなかった聖騎士様の脇腹を投擲された槍が貫きます。
「シレーヌ!? くっ! 奴等の好きにはさせるな!!大楯隊、突撃せよ!!」
「よーし、まずは一匹だ!」
「ルドルフの旦那には遊ぶなって言われてるからな、孕み袋はナシだ! 全員ぶっ殺せ!!」
身の丈ほどの盾を前面に押し出して突撃する聖騎士様達を前にして、殺意を隠すことなく槍を構えるオーク達。
この状況で私が為す事は決まっています。
「ハイ・キュア! ホーリーシールド!!」
放った治癒の光は脇腹を串刺しにされた聖騎士様の傷を癒し、そしてホーリーシールドは右翼分隊の構えた盾を覆うように展開されます。
そして強度の増した彼等の盾はオーク達が作り上げた槍衾を真っ向から叩き折りました。
「げ…げぇっ!?」
「一匹残らず首を刈りとれぇぇ!!」
分隊長さんが上げる必死の声に聖騎士の皆さんは死力を尽くして剣を振るいます。
「ぎゃあああああっ!?」
「ぐべぇっ!?」
「ま…まま…まてばっ!?」
そして飛び散るのは淫魔の穢れた血。
「今だ! セレナ、やれ!!」
そしてゼノモンスを相手にしている3騎のリッターの方も決着の時を迎えたようです
「はい! この世に華満ちしこと、これ幸いなるかな。流るる清き水のごとく、今……静かに咲き誇れッ!!」
セレナ様が掲げた細身の剣、その切っ先に詠唱を呼び水に強大な水属性の魔力が収束していきます
「聖櫃の声ぞ聞け! 高鳴る鼓動と静かなる心奥にこそ、天は加護ぞ与え給う! アーク・ヴォーテックス!!」
セレナ様の裂帛の気合と共に放たれるのは高圧力を掛けられた聖水による激流。
「グギャアアアアアアッ!?」
「へべぇぇぇぇっ!?」
それはウォーターカッターのようにゼノモンスたちの身体を横一文字に両断すると、続けて放たれた衝撃波がその躯を粉々に粉砕しました。
それを見た私は探査魔法の網に敵意の反応が無い事を確認して小さく息を尽きます。
ですが、まだ気を抜くわけにはいきません。
「シレーヌ、大丈夫か?」
「はい。けれど凄いですね、あれだけの傷があっという間ですよ」
先程負傷した聖騎士様を右翼分隊の隊長が気遣っています。
本来なら治癒した箇所に不具合が起きていないか診るのですが、さすがにその余裕はありません。
不調な人には自己申告してもらうようにはしていますが、やはり心配ですね。
小さく息を付くと私は腰に下げたカバンから取り出した飴玉を口へ放り込みました。
シグルド姉様が調合した薬草で作った魔力の回復を早める秘薬、それをイルヴィナちゃんがチョコ味のキャンディにしてくれたものです。
ルドルフの罠を回避してから約一時間、さらに4つの階層を踏破した私達は奴の喉元まで来ることが出来ました。
それと同時に淫魔による迎撃も苛烈を極め、聖騎士団も外部協力者である私達も疲労を隠せなくなってきています。
「アウローラ、騎士団はあとどれくらい戦えると思う?」
「……彼等には悪いが息継ぎありなら一時間、全力戦闘なら10分が限度だろうな」
小声で相談を行う姉様とアウローラ様。
冷徹に見えるその判断も生き残る為には必要なモノです。
自分の状態や限界を見誤れば死あるのみ。
それは戦闘に従事する者にとっては不文律と言えるでしょう。
「ですが敵の首魁も眼の前です」
「戦ってのは敵の頭を取ったもん勝ちだ。だったら、やるしかねえだろ」
私達の眼前にある複雑な文様が刻まれた鋼の扉、その先にルドルフがいるのです。
探査魔法から感じる魔力の大きさと汚らわしさからも、それは間違いないでしょう。
「ノエイン、お前達に頼みがある」
「はぁ…はぁ……なんだ?」
力の使い過ぎで再び聖痕が活性化しているのでしょう、荒い息を吐くグランノーフィス団長は少し紅潮した顔をこちらへ向けます。
「扉を護衛している奴等を蹴散らして、私達を扉の向こうへ送り込んでくれ。そして挟撃されないように後続の増援を防いでほしい」
姉様の言葉に団長が少し驚いた表情を浮かべた後、その顔を不敵な笑みへと変えます。
「ここまで来て私達の獲物を掻っ攫うつもりか?」
「そんな気は無い。そもそも私には武功など無用だからな。効率の話をしているんだ」
「……たしかに、アウローラ殿達はまだ余力があるようだ。全員で乗り込んで乱戦となるよりもやりやすいか」
「ああ。今までの事を思えばあの扉の先に罠があってもおかしくはない。大人数で乗り込むのは奴の思うつぼだ。犠牲も増やさない為にも頼む」
「いいだろう。もとより何かを護る事こそ、我ら騎士が得意とするところだ。貴様がルドルフの首を取るまでアリの子一匹通さん」
話が纏まったところで、グランノーフィス団長に倣って騎士団の皆さんが抜剣します。
「エルアラド聖騎士団各員に告ぐ! 我々はこれより賢者の為に道を切り開き、奴の隊後の守りにつく!! ここが正念場だ、全ての力を出し尽くせ!!」
「オオオオオオオオッ!!」
そして団長を先頭に大扉を護るオーク達へ突撃する騎士団の方々。
その勢いは凄まじく、防備を担当していた淫魔達は碌な抵抗すらできずに刃の露と消えました。
「進路、確保!!」
「よし、総員反転! 先頭は大楯を構えて防護体勢を取れ!!」
大扉を開くとすぐに防御陣を敷く聖騎士の皆さま。
余裕が無いのはたしかですが、ゼノバイドの幹部にまで上り詰めた一級の術師相手に無策で突入するのは愚の骨頂。
「姉様、こんな時ですが例のモノはできましたか?」
「ああ。一応持ってきているが使うのか?」
「はい」
私が頷くと姉様は自身のカバンから小さなリングを取り出しました。
本体の色は黒で縁に金の文様が入った指輪を受け取った私は、早速それに右の人差し指を徹します。
「あと、皆さんこれを」
「これは……」
「耳栓ですか?」
「はい。奴の前に出た時に初手で動けなくなるのを防ぐ為のモノです。あと奴が現れた際には少し目を瞑ってくださいね」
私はカバンから取り出した耳栓を突入する皆へ配ります。
そしてシェラさんへ渡す時に、ある言伝を行いました。
「おいおい、エゲツない事考えるな」
「これでも修羅場は踏んでますので。卑怯だと思いますか?」
「いいや。戦場は何でもありだからな、引っかかる方が悪い」
私の問いかけにシェラさんは歴戦の傭兵らしく不敵に笑ってくれました。
ともあれ、これで準備は万端です。
「皆さん、後はよろしくお願いします! マルチ・ヒット! マルチ・アボイド! ディバインアーマー!!」
私は置き土産とばかりに騎士団の皆さまへ補助魔法を掛けておきました。
ちなみに最後の魔法『ディバインアーマー』は聖なる加護で対象の防御力を格段に跳ね上げる聖術最高ランクの魔法の一つです。
そう、ついに私は聖術の最終段階へ指を掛けたのです!
やはり命懸けの戦いというのは成長率が違いますね。
この件が片付いたら、ファイナル・キュアが使えるようになるまで傭兵業でも始めようかな。
そうして薄暗い通路を駆け抜けると、奇妙な台座が置かれた広間に辿り着きました。
その中心にいるのはオールバックにしたグレーの髪に同色の口髭が特徴の厳つい顔をした老年の男。
ローブや杖など一級品の魔道具に身を包んで悠々と振り返ったこの爺さんこそ、ゼノバイド教団幹部である魔司教ルドルフです。
「ほう? たかが錬金術師が───」
姉様に視線を向けたルドルフが舌を転がしている最中に、私はカバンから取り出したものを奴に投げます。
それは一見すればラベルの無い小さな缶詰のように見えるでしょう。
しかし奴の目の前に来ると缶は一気に膨張し、聞く者の鼓膜を破りかねない程の音と膨大な光を放ちながら弾け飛びました。
あらかじめ耳栓をして目を閉じていても耳鳴りと共に目の前が真っ白になるほどの光、私はその中で隣の人に手を当てながら一つの魔法を発動させます。
「ヘルスキュア!」
「よっしゃあ!!」
複数の状態異常を一気に癒す魔力を受けて気合と共に駆けだすシェラさん。
彼女は呆けたように立ち尽くすルドルフの懐へ飛び込むと、その喉笛へ向けて短剣を振るいます。
頸動脈と気管を断ち切りながら右から左へと抜ける鋼の刃、血の糸を引きながらシェラさんの剣がルドルフの喉から離れると同時に、私は銃の形に立てた右手の人差し指を奴の顔面へ向けます。
そこから放たれる魔力の弾丸は無色にして音は無し。
音速で宙を駆けるそれはルドルフの額と眉間へ食らいつき、奴の脳を完全に破壊します。
そしてオマケの三発目は奴の心臓を的確に穿ち、奴の体は傷口から赤い生命の源を吐き出しながら垂直に崩落しました。
かつて魔王アルムメデルに止めを刺した魔弾です。
魔司教を名乗っている男への冥途の土産には十分でしょう。
「く…目が……」
「いったい何が……」
アウローラ様とセレナ様の方を見ればしきりに目を擦っています。
私は二人へ駆け寄るとすぐに状態異常治癒の魔法を掛けました。
事前に説明はしましたが、敵を前に目を瞑るなんて普通は出来ません。
この辺は万が一にもこちらの手の内が漏れないように説明を省いた私に非があります。
後でしっかり謝っておきましょう。
「なるほど、ああいう使い方をする道具だったのか」
一方の姉様はしっかりガードに成功していました。
流石は製作者、抜かりはありませんね。
「ええ。上手く使えば一方的に対象を処理できます」
「家に帰ったら少し数を増やしておこう。使い方を教えてくれ」
姉様の言葉に私は笑顔で頷きます。
さて、今回私が仕掛けたのは前世に洲本さんから教わった戦術の一つです。
内容は出会いがしらに先手を取って相手を無力化し、そのまま止めを刺すというもの。
その為に私が投げつけたのは、姉様と共同で再現したフラッシュグレネード。
性能はさすがに本家には劣りますが、顔の前で炸裂すれば閃光と爆発音によって視界と聴覚を奪う事が出来ます。
さらには方向感覚の喪失や見当識の失調、つまり現在の年月や時刻・自分がどこに居るかなど基本的な状況把握が出来なくなるので相手は数秒は完全な木偶の棒に早変わり。
これは生理現象なので、まず耐える事はできません。
その隙を突けばこの通り、強敵だろうと一方的に処理する事が出来るのです。
あと魔弾はエスカリオにいた頃にホーリーライトを下地に、洲本さんのアドバイスを得て作り上げた奥の手の一つです。
本来手のひらサイズの光を弾丸サイズにまで圧縮するので発射台になる指に負担が掛かりますが、無茶をしない限りは折れたり吹っ飛ぶ事はありません。
ちなみに姉様から貰った指輪は魔力の流れを他者に悟られなくするもの、頭に二発入れたのは洲本さんからの教えです。
『確実に止めを刺すなら脳幹に二発』
ゲームかマンガの受け売りらしいのですが、この方法は確実性があって前世から愛用しているんですよね。
「しかし、こんなに簡単に首魁を倒してしまうとはな」
「呼んでもらったのに、あまり役に立ちませんでした」
「セレナ様、あまり気にしないでください。今回は反則みたいな形で倒しただけで、普通に戦っていたら私達姉妹はセレナ様達におんぶに抱っこでしたから」
視界が戻ったアウローラ様は感心し、セレナ様はがっくりと肩を落とします。
やった事に後悔はありませんが、こうも落ち込まれると罪悪感が……。
二人への説明やフォローは後にして、今は為すべき事を行いましょう。
「シェラさん、ソレの首を落として内臓を切り裂いておいてください」
「あん? そこまですんのかよ」
「相手はゼノバイドの幹部、自分を淫魔へ改造している可能性もありますから」
「万が一を防ぐ為、か。しゃあねえな」
私の言葉にシェラさんが短剣を振り上げたその時でした。
「クふふふっ。相変わらず容赦がないのぉ」
レゾフュア先生の声と共にルドルフの死体の回りの床から無数の腕が生えました。
そして腕達はルドルフの身体を掴むと、地面の中へと引きずり込んでしまったのです。
「な…なんだ!?」
「アウローラ様! この邪悪な気配は!?」
突然の事に驚いてその場から飛びのくシェラさんと、邪悪な魔力を感じて警戒を強めるセレナ様。
「信じられんだろうが敵ではない。主とセシリアの魔術の師匠だ。とはいえ、奴は何を考えているか分からん。くれぐれも警戒は怠るなよ」
一方のアウローラ様は2度目なのか、気は抜かないもののほかの二人よりリラックスしています。
「こ奴の死体はワシが引き取ることになっておってな。これ以上の損壊は勘弁してもらうぞ」
そうして広間の暗がりからヌルリとレゾフュア先生が現れます。
「ワシはお前の戦い方は嫌いではないぞ。相手の性格も事情も信念にも一切目を向ける事はない。ただの障害物として排除する、容赦も無駄もなく一方的にな」
「戦いとはそういうモノでしょう」
「そうじゃな。───シグルド、そしてセシリアよ」
私の言葉に頷くと、レゾフュア先生は私達姉妹の前に来ました。
「ようやったのう」
そして私たちの頭を撫でたのです。
私は大丈夫でしたが、シグルド姉様を撫でる時は背伸びして必死に手を伸ばしてギリギリでしたね。
「アンタに褒められても嬉しくない。どうせ結局は自分の為なんだからな」
「私は嬉しかったですよ。ありがとうございます、先生」
「まったく、ワシとて損得無しで弟子を褒める事もあるわ」
フンと鼻を鳴らしてそっぽを向く姉様と素直に頭を下げる私、そんな正反対な態度を見てレゾフュア先生はぷぅっと頬を膨らませます。
「実際、お前たちはようやった。ここに来る途中、リッターや聖騎士の死体があると思って見て回ったが、ただの一つもなかった。これだけの戦闘で味方側に犠牲者を出さんのは本当に大したものよ。流石は我が弟子と感心したんじゃぞ」
「そうか……」
「ありがとうございます」
普通なら先生の手放しな賞賛に警戒を緩めるのでしょうが、生憎と私達は普通の師弟ではありません。
「例のアンデッド、あれは私達も殺す気だっただろう。弟子を抹殺しようとしていた師匠がどんなに感動的な言葉を並べても『何言ってんだ、このアホは?』という感想しか湧かん」
「私は感謝していますよ。お陰で例の課題もなんとか山を越えられそうですし」
「クヒヒヒヒヒっ! いいのう、いいのう。師が相手でも決して心を開くことなく警戒を持ち続ける、その太々しさも用心深さも実にワシ好みじゃ。それにセシリアのアプローチはなかなかに面白かった。そのまま進めれば大化けするかもしれんの」
そう言うと先生は踵を返します。
「ではワシはルドルフの蔵書でも漁るとするかの」
そう言い残して広間の奥へと去っていくレゾフュア先生。
しかし彼女は思い出したかのように足を止めて私たちの方へ振り返ります。
「分かっておると思うが、今回の事は一つ貸しじゃ。いずれ返してもらうぞ」
「何を言っている。ルドルフの死体を始め諸々くれてやっただろう」
すかさず姉様が反論しますが、先生はその意見を鼻で笑いました。
「馬鹿を言うでない。この屍術師レゾフュア様の手を借りようとするなら、本来であればもっと高くつくわ。それを愛弟子達の為と、この程度で手を打ってやったのだ。貸しの一つくらい喜んで背負わんか、馬鹿者」
こう言われてはさしもの姉様もお手上げだったのでしょう。
「アンタの貸しは利子がトンデモないことになりそうで怖いんだが、まあいい。今回は助かった。また何かあったら頼む」
素直に先生の意見を呑むことにしたようです。
「可愛い弟子の頼みじゃ。余程の事ではない限り手を貸してやるわ」
そんな姉様の態度にレゾフュア先生は楽しそうに笑います。
「そして、何時かその境界門とやらの秘密も教えるのじゃぞ? ───その脳に直接聞く前に、の」
そう言い残すとレゾフュア先生は今度こそ闇の中へと消えていきました。
「ふぅ……毎度のことながら心臓に悪い奴だ」
「私はあんまり怖くないですけどね、先生のことは」
「アイツはお前とクレセアには甘いからな」
「姉様が素直じゃないからだと思いますよ」
そんな事を話していると、出口の方が不意に騒がしくなった。
「貴様等、無事か!?」
「グランノーフィス団長!」
最初に駆け込んできたのはグランノーフィス団長。
「賢者様!」
「セシリアちゃんもご無事ですか!?」
それに続いてルンシャット様、シャンシャット様。
さらに聖騎士団の皆さんが次々と駆け込んできました。
「皆さん、お怪我はありませんか?」
「みんなかすり傷程度だ。突然淫魔が消えたので、急いで確認に来たんだが……やはり」
「ああ、ルドルフは倒した。淫魔は召喚主が消えた事で魔界へと送還されたんだろう」
団長の問いに姉様が頷くと、ルンシャット様とシャンシャット様が姉様に飛びついてきました。
「うわっ!?」
「あれほどの淫魔を召喚する術師を容易く倒してしまわれるなんて……」
「流石は賢者様! 私、一生ついていきます!! いえ、いかせてください!!」
二人してしなだれかかるシャット姉妹に姉様は必死で踏ん張っています。
やめてください!
姉様は筋肉に縁が無いインドア派なんです!
鎧で武装した騎士を二人も支えられる訳がありませんよ!!
「おい、貴様等は聖騎士だろう! 何を馬鹿な事を言っている!!」
シャンシャット様の言葉に驚きながらも止める団長ですが、当の本人はまったく気にした様子もありません。
「ええ~、私もそろそろ身を固めたいと思ってるんだけどなぁ」
「上が詰まっているから無理っしょ」
「あ、そっかぁ」
「……何故、そんな残念そうな目で私を見る?」
姉妹揃ってアレな視線を向けられてコメカミに青筋を浮かべるグランノーフィス団長。
そんな感じで姦しい聖騎士様を姉様が何とか統率し、私達は帰路に付きました。
これからの事を思えば問題は山積みですが、今日は考えるのは止めましょう。
あぁ……家に帰ってイルヴィナちゃんのご飯が食べたい。