剣の街から来た聖女のエロゲ地獄めぐり   作:アキ山

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お待たせしました。

投稿が遅れた理由は一つ、ルビコンが…ルビコンが呼んでいるんですよ!

ああ、ダメだ!

まだ執筆活動が残っているのに……!

鉄の軋みが! 硝煙が! 荷電粒子の弾ける音が誘ってくるぅぅぅ!!

【621・・・仕事の時間だ】

 ワンッ!


瀕死の仲間に回復魔法が間に合わなかった時の絶望感は異常

 ご無沙汰しております。

 

 突然立てられた白羽の矢に困惑しているセシリアです。

 

 エルアラド聖都にある騎士団の詰め所、そこにいる私の前では3人の貴人が三様な表情を浮かべています。

 

 一人は為すべき事を為した風なドヤ顔を顔に張り付けたシルマリル副将軍のエミリーさん。

 

 もう一人は若干蒼ざめた顔に冷や汗を流すセシリィ王女殿下。

 

 そして最後は、そんな主の窮状から気まずそうに目を逸らすグランノーフィス騎士団長です。

 

 ええ、分かりますよ。

 

 私を国の厄介事に巻き込みたくないんですよね。

 

 ゼノバイド討伐遠征の褒章式の後で行われた個別謁見はまさに惨劇でしたし。

 

 あの戦いで子供を戦場へ送り込んだ事にかなり心を痛めていたのでしょう。

 

 ガス抜きとして場を整えてくれたんでしょうが、セシリィ様が『この場においてはどんな発言も不敬には問いません』なんていい格好したのが大間違いでした。

 

 その言葉を得たシグルド姉様は、まるで水を得た魚のようにセシリィ様とグランノーフィス団長に文句を言い始めたのです。

 

 姉様の口撃は凄まじいもので容赦という文字も一切無し。

 

 やり方も罵詈雑言ではなく、理路整然とあの遠征の問題点を指摘してはセシリィ様とグランノーフィス団長をコテンパンにやり込めたのです。

 

 姉様の質問に答えれば粗を指摘され、なんとか反論しても正論パンチでボッコボコにされる始末です。

 

 たしかセシリィ様は『その無駄にデカい胸に行っている栄養を少しは脳みそに送ったらどうだ』って言われてガチ泣きしてましたね。

 

 グランノーフィス団長は『剣の鍛錬をする暇があるなら常識を頭に叩き込め』って吐き捨てられて真っ白になってましたっけ。

 

 姉が心配で乗り込んだ身で言うべきじゃないんですが、8歳児をカルト教団テロ組織殲滅作戦に参加させたんだから残当かと。

 

 そしてトラウマが癒える間もなく今回の件です。

 

 そりゃあ頷きたくないでしょう。

 

 そんなお二人の気持ちは痛い程分かるのですが、その前に私も言っておかなければならない事があります。

 

「エミリーさん」

 

「なんでしょうか、セシリアさん」

 

「私、その話聞いてませんけど?」

 

 小首をかしげながらそう問いかけると、エミリーさんのドヤ顔が微かに引きつりました。

 

「えっと……言ってませんでしたっけ?」

 

「はい」

 

 冷や汗をかくエミリーさんに頷くと、彼女はこちらの方へ向き直りました。

 

「あの…順序が逆になって申し訳ありませんが、私とシルマリルへ来てもらえないでしょうか?」

 

 そしてまさかの土下座です。

 

 というかエルフにもあったんですね、土下座文化。

 

「私が行く理由は例のボルラッドの滴、その解毒ですね?」

 

「はい」

 

「シルマリルにはアレを治療できる術師はいないのですか?」

 

「国の治癒術士が総出で掛かっても治療の手立てがない状態でした」

 

 正直言ってこれは予想外です。

 

 エスカリオではエルフは魔力に長けた種族でした。

 

 なので時間を掛ければボルラッドの滴にも対応できると踏んだのですが……。

 

 あの毒は相当な悪辣さだったし、解毒できなくても無理はないのかもしれません。

 

「エミリーさんの事情は分かります。ですが私にも事情があるんです」

 

「その事情とは?」

 

「実は少し前に無茶をしたばかりでして……。家族に心配を掛けたくはないのです」

 

「それは……ですが、貴方しか我々の窮状を救える者はいないのです!」

 

 そう言って縋りついてくるエミリーさん。

 

 私としても色よい返事をしたいところなのですが、シルマリルは現状仮想敵国であるガルべリアの同盟国、そこへ赴くとなればシグルド姉様やクレセア姉様からの反発は必至です。

 

 前の遠征の時でもクレセア姉様に泣きながら抱きしめられたし。

 

 もうあんな顔をはさせたくないなぁ……。

 

「えっと、セシリアちゃん。凄く言いにくいんですけど……」  

 

 そんな悩める私に声を掛けたのはセシリィ様でした。

 

 なんか冷や汗ダラダラなんですけど、一体何なのでしょうか?

 

「実はゼノバイドに対抗するためにエルアラドはガルべリアと同盟を求める事になりまして、その特使に賢者様が立候補されたんです」

 

「これは奴が上げた案でな、ブンドゥスなどの反対を押し切る形で決定したのだ。なので同盟が締結しない場合、奴の地位は大きく下降する。下手をすればこの国を追われかねんほどに」

 

「それって、行くしかないって事じゃないですか!?」

 

 セシリィ様とグランノーフィス団長の言葉に私は思わず叫んでしまいました。

 

 エルアラドの貴族が同盟関係のシルマリルの将軍を奴隷として飼った知れれば、ガルべリアとの交渉は間違いなく失敗します

 

 それは姉様の失脚と同義!

 

 しかもエルアラドの特使として向こうの皇帝に顔を出す以上、この国を追われても向こうには行けないというオマケつきですよ!

 

 こんな未来が待ってるって分かったら断れるかっ!!

 

「わかりました。エミリーさんと一緒にシルマリルへ向かいます」

 

「ありがとうございます!」

 

 ため息交じりにそう答えると、エミリーさんは半泣きで頭を下げてセシリィ様達はホッと息を付きます。

 

「ですが、私の保護者への説明はしっかりして下さいね。私はエルアラド貴族の不始末を補填するんですから」

 

 もっとも、笑顔でそう返すとセシリィ様達は真っ白に燃え尽きましたけどね。

 

 

◆  

 

 

 ガルべリアの首都からこんにちわ。

 

 一週間にも及ぶ長旅を得て、神聖ガルべリア皇国の上空を行くセシリアです。

 

 ええ、ここに至るまでの道程は本当にスリリングでした。

 

 なにせ出発する前から修羅場が待っていましたからね。

 

 エミリーさん救出からシルマリルへの招集の下りを聞いて、『私の所為か!? 私の所為で、またセシリアに無理を……!』と頭を抱えるシグルド姉様。

 

 それから『私が解毒薬を作るから、セシリアが行く必要はない!』と馬鹿貴族から押収した『ボルラッドの滴』のサンプルを調べたのですが、解析と解毒薬の作成には一月は必要だと机に突っ伏してしまいました。

 

 ここで解毒薬作成の筋道を立ててしまうのがシグルド姉様の凄いところです。

 

 アウローラ様は『またトラブルに巻き込まれたのか。なんだったら厄除けとして私秘蔵のさぷぅりでも食べるか?』と蛍光緑に光る謎の物体が入った瓶を取り出し、レオーネ様は『キミってまだ子供なのに、働き過ぎじゃない?』と心配の声を上げました。

 

 イーシャさんが足の蹄を鳴らしながら『ガルべリアって遠いんでしょ? なんだったら、ボクに乗っていく?』と言っていたのは聞かなかった事にしました。

 

 そんな家族の中、なにより怒りを露わにしたのはクレセア姉様とイルヴィナちゃんです。

 

「国の事ならお城の偉い人が解決するべきでしょう! どうしてこの子に押し付けるんですか!!」

 

「そうです! セシリアちゃんはまだ8歳なんですよ!!」

 

 こんな感じで私を抱きしめて涙ながらに訴えるクレセア姉様と、今にも武装である槍と盾を出しそうになっているイルヴィナちゃん。

 

 これにはイルヴィナちゃんが淫魔うんぬんなんてツッコミを入れる余裕もなく、セシリィ様も深々と頭を下げるしかありませんでした。

 

 その光景を官僚連中や教会の人間が見たら、私達一家の首が全員仲良く吹っ飛ぶこと間違いなしです。

 

 あそこにいたのがグランノーフィス団長だけで本当によかった。

 

 その後なんとかクレセア姉様を説得した私は、シグルド姉様と共にガルべリアへ向かう馬車に乗り込みました。

 

 姉様の護衛は特使として箔を付ける為に、聖騎士団からルンシャット様とシャンシャット様が派遣されました。

 

 一方の私にはエミリーさんに加えてセレナ様が付いてくれました。

 

 そんな訳で聖都を出て一週間ほどでガルべリア領内にある死の荒野と言われる場所へ着いたのですが、そこは名前負けしないくらいに危険地帯でした。

 

 実験にでも使用していたのか、レゾフュア先生謹製のアンデッドの群れが沸いたうえに淫魔化したサンドワームまで顔を出す始末。

 

 こちらは聖騎士二人にリッターがいるとはいえ、百を優に超えるアンデッドと巨大ワームが相手では多勢に無勢。

 

 まともに相手をしているとじり貧になると判断した私達は、聖結界でアンデッドを押しとどめている間に撤退しようとしました。

 

 その時、天から幾十もの投げ槍が振ってきてアンデッドやワームをハチの巣にしたのです。

 

 槍を放ったのはガルべリア現皇帝にしてエデンズリッター、リッター・バルベリトでもあるヒルデガルド様。

 

 そして彼女に率いられた飛竜騎士団でした。

 

 ヒルデガルド陛下は十代後半から二十代の美しい女性で、燃えるような赤い髪に黒い竜の鱗を模した鎧、さらに背には竜の翼と尾を持っていました。

 

 あの翼と尾はセシリィ様達が変身した際に背中に現れる白い羽と同じモノなのでしょうが、どうして彼女の場合は竜なのでしょうか?

 

 私の疑問はともかくとして、聞けば彼女達は死の荒野に蔓延るアンデッドや淫魔の間引きに来ているとのこと。

 

 そんな彼女達に拾われた私達は一足飛びで首都に辿り着く事が出来たのです。

 

「うわぁ……凄い!」

 

 飛竜の背に乗ってガルべリア首都のパノラマを見ると、やはり心が沸き立ちます。

 

 エスカリオでも一度竜の背に乗った事がありますけど、あの時は嵐の塔へ行く為でしたので強風と雲に加えて魔物の襲撃もあったので景色なんて楽しむ余裕はなかったですから。

 

「あまり身を乗り出さんでくださいね! エミリーさんの言う事が本当なら、貴方を落としたらシルマリルのエルフに殺される」

 

 そんな私に注意を促すのは飛竜を操作している副騎士団長のブランドンさんです。

 

 こんな手練れの方を付けてくれるあたり、私もそれなりに歓迎されているのでしょうか?

 

「あっ!?」

 

 魔力で視力を強化して景色を楽しんでいると、思わぬ場面を目撃する事になりました。

 

 なんと、大通りで子供が馬車に轢かれてしまったのです。

 

 被害者の年の頃は私と同じ程度。

 

 歩道の端を歩いていたところを猛スピードで後ろから走ってきた馬車と接触しました。

 

 装飾が服に引っかかったのか、子供は車道へ引き倒されたところを後輪にお腹を踏まれてしまったようです。

 

 馬車は子供を轢いた事に気づいていないのか、そのまま猛スピードで走って行ってしまいました。

 

 今は兄弟と思われる子供が血反吐を吐いて倒れている被害者へ必死に呼びかけおり、その周りには野次馬の人だかりができ始めています。

 

 ……知らねば気にする必要もないのですが、見てしまった以上は無視もできません。

 

「ブランドン様、首都の大通りで事故がありました」

 

「え!? 事故!!」

 

「馬車に子供が轢かれたんです。あの子を治療しますので竜を降ろしてください!」

 

「え…で…ですがっ……」

 

「一分一秒が貴方の国民の命に係わるんです、早くっ!」

 

「わ…わかりました!」

 

 混乱しているところに強い口調で命じると、人って結構従ってくれるものです。

 

「なにをするつもりだ、ブランドン!?」

 

「大通りで事故です! 治癒師殿が被害者を救護すると言ってまして!」

 

 姉様を後ろに乗せて問いかけるヒルデガルド様に応えながら、竜を降下させるブランドン様。

 

「すみません、急ぐので先に行きます!」

 

「あっ! ちょっと……!」

 

 竜が地面近くまで降りたところで、私はその背から飛び降りました。

 

 まだ高さは人間の平均身長の倍ほどはありますが、その辺は足を魔力強化して対応します。

 

「道を空けてください! 私は治癒師です!!」

 

 私がそう言うと騎士団の飛竜がすぐ近くにいる為か、野次馬達はすぐに道を空けてくれました。

 

 そして人だかりの中心には道の端に寝かされた血反吐で口が汚れた少年と、『兄ちゃん! 兄ちゃん!』と泣きながら必死に声を掛ける被害者より少し幼い男の子の姿がありました。

 

「すみません」

 

「お姉さん、だれ?」

 

 認識阻害のフードを被っているお陰か、私が子供だとは分からないようですね。

 

 まあ、この状況なら好都合ですが。

 

「私は治癒師です。お兄さんの治療をさせてもらえますか?」

 

「兄ちゃんを治してくれるの? お願い! 何でもするから兄ちゃんを助けて!!」

 

「全力を尽くします」

 

 弟さんにそう答えた私は、彼に少し離れてもらった後で被害者の少年の頭に手を置きます。

 

 探査用の魔力で体内を精査すると、症状はかなり拙い事がすぐに分かりました。

 

(踏まれた衝撃で背骨に亀裂有り、その所為で内部の神経も圧迫されているみたい。そして胃と肝臓、それに腎臓の片方が破裂している。血と共に胃や腸の内容物も体内に漏れ出ているから腹膜炎の危険性も高い。なにより出血でショック症状が起きかけているのが危険すぎる)

 

「ハイキュア! ヘルスキュア!」

 

 被害者の損傷具合に内心舌打ちしながらも私はすぐさま治癒魔法を行使します。

 

 背骨と脊椎の神経は後回し。

 

 最優先にすべきは喉や口腔に詰まっている吐しゃ物と血液を浄化して気道の確保、そして破裂した臓器の再生と腹腔内の洗浄です。

 

 これ以上の出血は生命維持に支障をきたしますし、便や未消化の食べ物から細菌が体内で感染したら文字通り命とりになる。

 

 とはいえ、相手は子供です。

 

 大人と同じ出力で治癒の力を送り込めば、魔力の過剰供給で再生した細胞が変質する恐れも捨てきれません。

 

 某ゲーム原作のコミックに出てきた『マホイミ』のような状態は実際に起こり得るのです。

 

 戦場の時のように全力全快というワケにいかないのは歯がゆいところですが、こればかりは仕方がない。

 

 慎重かつ極力急ぎながら治癒を進めていると、私達を囲っていた野次馬達が再びざわつき始めました。

 

 それと共に聞こえる竜の羽音と『皇帝陛下…』『ヒルデガルド陛下』という群衆の声。

 

 どうやら他の人達も城へ向かわずにこちらへ来たようですね。

 

「その小僧の容体はどうなのだ?」

 

 自主的に道を譲った野次馬達のの間を通って現れる、ヒルデガルド陛下を先頭にした飛竜騎士団一行と姉様達。

 

「───思わしくはありません。ですが、必ず助けます」

 

 医療従事者として患者とか関わるなら、最後の瞬間まで諦める事は許されない。

 

 患者が生きようとしているなら、その手を握ってこちら側に繋ぎ止めるのが医師の役割です。

 

 そうですよね、秀夫先生。

 

 恩師の言葉を思い返して再度気合を入れた私は更に魔力の捜査に精妙さを加えます。

 

(腹腔内の浄化殺菌は完了、臓器も肝臓と腎臓の修復もできた。次は潰れた胃に取り掛かる……ううん。これ以上出血させない事が先か)

 

 私の治癒魔法の欠点は傷の修復と失った血液の再生にタイムラグが生じる事です。

 

 出血量が少なかったり騎士や戦士のように日頃から血の気が多い人は大した問題にはなりませんが、治療の際に出血が多い場合や今回のように患者が子供の際には足かせになります。

 

 この少年の体内でも魔力による増血は始まっていますが、今まで失った量を考えると安全域にはまだまだ遠い。

 

 フード越しに額から汗が彼の体に落ちて服に染みを作るのを見ながら、どう対処するか頭を回していると不意に背後が騒がしくなりました。

 

「クラウス! クラウスは無事なのか!?」

 

 女性の大声と共に野次馬をかき分けて近寄ってくる気配、それは歴戦を重ねた戦士のそれです。   

 そして次の瞬間、私の肩に手が掛かると、もの凄い力で引っ張られました。

 

「おい! クラウスは……お前は!?」 

 

 強制的に振り返らされた私の目に映ったのは、驚愕の表情を張り付けたお腹の大きな妊婦さんでした。

 

 年の頃は恐らく30代後半。

 

 背中まである長く赤い髪と鋭い目、そして姉様に負けない程に豊かな胸が特徴の女傑という感じの人です。

 

 恐らくは患者の母親なのでしょう。

 

「おい…あの治癒師、子供だったのか!?」

 

「本当に大丈夫かよ!」

 

 息子さんが心配なあまりの行動なのは理解できますが、彼女の招いた状況は拙い!

 

 彼の為にも今ここで治療を邪魔されるわけにはいきません!!

 

「ガタガタ騒ぐなッ! 患者を死なせたくなかったら黙ってみていろっ!!」

 

 作業を中断させられた苛立ちや医師としての信念など全てを込めて一喝すると、親御さんはもちろん周囲の野次馬も黙り込みました。

 

 こんな姿でも私は医療従事者の端くれ、患者を救う為なら命を掛ける覚悟はできています。

 

 そして命を掛けるとなれば、モノを言うのはエスカリオで踏破した数多の修羅場が育んだ覇気。

 

 他者の命を救うという大義名分がある以上、私が子供だろうとなんだろうと親でも文句は言わせません!

 

 そうして再び治療へ入った私ですが、再度患者の状態を調べた瞬間背筋に冷たいものが奔りました。

 

 なんと彼の呼吸と心臓が停止していたのです。

 

 心の底から湧き上がる焦りを必死に抑えながら、私は対策を考えます。

 

 恐らく原因は失血によるショック症状。

 

 ですが心停止からまだ一分も経っていない為、精査すると酸素不足による脳細胞の壊死が始まっていない事が分かりました。

 

 つまり手遅れには程遠いという事です!

 

 自分の頬を両手で叩いて気合を入れ直し、私は彼の胸と額に手を当てます。

 

 流し込むのはハイキュア相当の治癒魔力。

 

 額は脳細胞が崩壊しないように保護し、そして胸の方では治癒の魔力を手のように変化させて直接患者の心臓を掴みます。

 

 治癒の力を与えながらゆっくりと握り込み、そしてある程度の所で力を抜く。

 

 思い出すのはエスカリオで実際に秀夫先生が行った開胸しての心臓への直接マッサージ。

 

 あの時、先生はゴムボールを握るような感覚と言っていました。

 

 力を籠め過ぎても足りなくてもダメ。

 

 焦らずゆっくり、一定のリズムを保って心臓に刺激を与え続けます。

 

 こうして血流を保てば、次に行うのは再びの気道確保。

 

 完全に意識を失った人が仰向けに横たわった場合、舌根という舌を動かす筋肉と脂肪の塊が重力と筋肉の緩みによって喉に落ち込んで気道をふさいでしまう。

 

 これを舌根沈下と呼びます。

 

 なので救命救急を行う際には頭部を後屈させてアゴ先を挙上させる事で、喉の奥を広げて空気の通り道を確保しなければなりません。

 

 症状が浅い場合はこれで自発呼吸を取り戻してくれる事もあるのですが、やはり彼の吐息が吐かれる事はありません。

 

 それを確認した私は額に当てていた手で患者の鼻を塞ぐと、自分の口で相手の口を覆って呼気を中へ吹き込みます。

 

「な…何をしているんだ、セシリアぁっ!!」

 

 シグルド姉様の悲鳴が聞こえたような気がしますが、今は構っている余裕はありません。

 

 そのまま心臓マッサージを続けながら二度三度と人工呼吸を行うと、患者の胸が私が呼気を吹き込んだ時よりも膨らむのが見えました。

 

 そして───

 

「こほっ!? けほっ!」

 

 大きくむせると彼は呼吸を取り戻したのです。

 

 同時に心臓も確かな鼓動を刻み、青白かった顔に少し赤みが差し始めます。 

 

「……蘇生確認」

 

 そう確認事項を唱えながら大きく息を付いた私は、ローブの袖で額の汗をぬぐいます。

 

 気を抜きたいところですが、まだやるべき事は残っている。

 

 最後に大ポカなんて情けない真似は避けないと。

 

 それから再び患者のお腹に手を当てた私は胃の修復と背骨の整形、そして脊椎の内部にある神経節の治癒を行いました。

 

 表皮や筋肉の損傷は臓器治療の余波で癒えていますし、増血作用によって血液も危険域から回復しました。

 

 これで患者は大丈夫でしょう。

 

「先程は失礼しました」

 

 私は親御さんの方へ行くと、呆然としている彼女に声を掛けました。 

 

「あ…ああ」

 

 戸惑いながら半ばから返事を返す彼女に私は伝えるべき事を口にする。

 

「お子様ですが、馬車の下敷きになった影響で胃と肝臓、そして腎臓の片方が破裂。背骨にも亀裂が入っていました」

 

「なっ!?」

 

 正直言うと臨月間近な妊婦さんに伝えるのは酷な内容なのですが、万が一にも患者の容態が悪化した場合に知らない事が取り返しの付かない事態になってしまう可能性があります。

 

 なので、ここは救命医の役割を担った者として心を鬼にして告げねばなりません。

 

「ですが、ご安心ください。彼の傷は全て治癒に成功しました。現状では命の危険はないはずです」

 

「ほ…本当なのか!?」

 

「い…いたたっ!?」

 

「す…すまない」

 

 勢い余って両肩へと掴みかかってきたご母堂。

 

 この人、力がもの凄いから骨が砕けるかと思いました。

 

「いえ。ただ息子さんはまだ子供なので、何かの拍子に容態が急変する可能性もあります。万が一を考えて数日の間は医師を付けていただいて、安静にしている方がいいでしょう。あと患部は消化器官なので、調子を取り戻すまで食事は消化の良いモノにしてください」

 

「ありがとう…本当にありがとう」 

 

 そう説明をすると、親御さんは私の両手を掴んで泣きながら頭を下げてくれました。

 

 彼女の頬を伝うのは悲しみではなく喜びの涙。

 

 こういう時は医療従事者として、やり遂げたなぁと達成感を感じます。

 

「よかったな、フランシスカ。お前の息子は強運の持ち主のようだぞ」

 

「陛下……何故ここに?」

 

「淫魔討伐の帰りに拾ったエルアラドからの特使殿の一人が事故を見つけてな。治療すると降りてしまったのだ」

 

「エルアラドからの?」

 

「うむ。ゼノバイドの企みを潰した例の賢者よ。お前の息子を助けたのはその妹だ」

 

「ボルゾイに不覚を取り奴隷へ堕とされた私を救ってくれたのも彼女なんです、フランシスカ将軍」

 

「お前はシルマリルのエミリー副将軍。行方不明と聞いていたが、そんな事になっていたのか」

 

「ええ。セシリアさんは薬漬けにされていた私の体を癒してくれ、そのうえ『ボルラッドの滴』も解毒してくれました」

 

「皇国の治癒師が総力を結集しても敵わなかったあの毒薬を……」 

 

「私も眉唾物と思っていたが此度の事でそれも覆った。ルーティアの奴も喜ぶだろう」

 

 エミリーさん達が私の事を話しているみたいでしたが、生憎と私にはそれに耳を傾ける余裕はありませんでした。

 

「セシリア、どういうつもりだ! 初対面の相手にあんな破廉恥な真似を……! お前の唇は私に捧げるものだろう!!」

 

「落ち着いてください、姉様! あれは人工呼吸といって純然な医療行為です!! というか、姉様となら毎晩しているじゃないですか!!」

 

 錯乱したシグルド姉様にこうして詰められているからです。

 

 姉様は私達姉妹の事になると本当に見境が無いんですからっ!!

 

 そんな風に両肩を掴むシグルド姉様へ必死に言葉を返していると、ふと生臭い匂いが鼻をつきました。

 

 いったい何だろうと思って視界を巡らせてみると、親御さん……フランシスカ様でしたっけ。

 

 彼女の股間から足元に掛けて、ロングスカートがぐっしょりと濡れているのです。

 

 アンモニア臭がしないという事は息子さんが心配のあまり失禁という訳ではないでしょう。

 

 そしてお腹の膨らみ方からして彼女は恐らく臨月……まさか!

 

「フランシスカ様! 貴方、破水しているんじゃないですか、破水!!」

 

「な…なにっ!?」

 

「ええっ!?」

 

「ああ……本当だ。クラウスが心配で気づかなかったな」

 

 私が指摘すると驚いたのは陛下とエミリーさんだけで、当の本人は何故かケロッとしています。

 

「6人も産んでるからって、いくら何でも落ち着きすぎじゃ!」 

 

「セシリアさん! なんとか…なんとかして下さい!!」

 

「いや、私堕胎経験しかありませんよ!」

 

 随分とバタバタしましたがフランシスカさんと息子さんは、紆余曲折を得て飛竜で王城の医務室へ運ぶという事になりました。

 

 王城へ着く前からドッと疲れる事になりましたが、本番はこれからです。

 

 来た以上はそれなりの結果を出すように努力しましょう。

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