玄関ホールから伸びる小路の1つの先は、何処までも広がる荒野だった。
この異界はアテルイとドアマースを核としているが、ここに残った悪魔達、
その中でも高レベルのスカアハは異界の管理人としての権限を持ち、
小路の内部を拡張・改造し、訓練用の空間を作り出しているのだという。
本来は侵入者を誘い込んで迷宮や戦闘エリアへと変え、分断して撃破するためのものだったらしい。
「と、言う訳で、お嬢ちゃんらにはこの異界でもうちょっとレベルを上げてもらうで!
安心しぃ、分霊とはいえこれでも幾多の英雄を鍛え上げた影の国の女王や、
一か月もあれば多少マシにはなるやろ!」
「いや、私達そんな長々やってる暇ないんだが……ああんそうか。この空間、時間加速が掛かってるな?」
「おお、よう分かったねえ、えらいえらい。おばちゃんはこれでもこの異界の管理人としての権限持っとるからね。
今このお堂内部の時間経過を加速させとる。数日程度じゃ付け焼刃にしかならんしなぁ。
あ、でもお嬢ちゃんはあっちやで。お嬢ちゃんだけ特別メニューがあるんよ」
そうリンに言って、スカアハは入ってきた通路とは逆にある、この空間の出口を指す。
「特別メニュー?」
「せやで。この通路の先でお嬢ちゃんを待っとる奴がいる。そいつと戦い、力を示すんや」
「……ふむ、そう言えば私を呼ぶ感覚も向こうから来ているな。
ちょうどいい、何者かは知らんが錆び落としに付き合ってもらおう」
リンがゴウラムを引き連れて通路の先へと歩いていき、その背中が見えなくなる。
それを見送り、スカアハは改めて残った面々に向き直る。
「さて、残った面々はおばちゃんと特訓や。あー……そこの太っちょの兄さん以外な?
ショウサニキとか言うたっけ。明らかに非戦闘員やし。
あんたは戻って小鬼ちゃんら*1と一緒に居とき。
資料なんかはジャック達に聞けば案内してもらえるで。パワー、そっちは任せたわ」
「助かるよ……」
「OK、任された。スカアハも程ほどにな?」
「それで強くなれなかったら元も子もないやろ? ま、死にはせんよ、死には」
「不安しかないな……」
そうぽつりとつぶやいたリンクニキの一言が、一同の心中を物語っていたのだという。
その後、一人特訓を免除された少佐ニキは玄関ホールに戻り、ほっと一息ついていた。
元々製造班で戦闘とはほぼ無縁であり、伝承で聞くだに恐ろしいスカサハの特訓など、とても生き残れそうになかったからだ。*2
「やれやれ、レベルを上げる機会を逃したのかもしれんが、戦闘系スキルを持っていない私がいてもな。
元々戦闘力としては期待されていないのだし、全盛期のヤタガラスの資料とやら、拝見させてもらうとしようかな。
ジャックランタン、ジャックフロスト、悪いが案内を頼む。
先生ネキの……ええと、ヒトハ君、だったかな? 君も来るかね?」
「そうですね、ここはフタバ達*3に任せておけばいいでしょう。
元々そう言う補佐をするための能力の方が高いですし」
「
ジャックランタン達に先導され、歩き出す少佐ニキ達。その時、視界の端に階段が、その先にある大扉が映った。
異界の主、アテルイとドアマースがいるボス部屋の扉だ。
「……しかし幼女ネキも、鍵が開いていたからと言って良く即座にボス部屋に殴りこんだものだ。
私にはとても真似できんな……」
「ヒホ? そういえばそんな事言ってた気がするけど、あそこちゃんとカギかかってるホ?
この異界を作ったミブやクズノハの人達しか開けられないようになってるホ。
無理やり開いたら警報が鳴る仕組みにもなってるし、不思議なこともあるものだホー」
「
「……は?」
その頃、リンはスカアハに示された道を進んでいた。左右に折れるでもなく、ただただ真っすぐな道を。
リンを呼ぶ気配は、奥へ行くほどに強くなる。同時に、リンの中の悪魔が活性化しだす。
小路の先、通路を埋めるほどの大扉に行き当たるころには、リンは『何者』に呼ばれていたのかをおおよそ察していた。
「入るぞ」
言いながら大扉を開け、中に入る。玄関ホール並みに広い空間が広がっており、その中央に悪魔が1人。
浅黒い肌に黒い長髪、縄目模様の黒いマントに枝のような冠を被った4mはある巨人だった。
「おう、
「スサノオ……あの時会った奴とは別個体か。
「ほう、俺以外の
ま、スカアハの婆さんが案内したってんなら俺の客だな。婆さんになんぞ言われたのか?」
「かつてお前とは別のスサノオの分霊から力を与えられてな。
私としては呼ばれたから来ただけだが……お前と戦い、力を示せと言っていた。
地脈の活性化によってこの異界から悪魔が溢れそうでな、ここの主をとっちめに来た。
今の私よりも随分と強いが……まあ、やるからには全力だ。
スサノオの力だけで勝てとは言うまいな?」
「はっは、力を示せと来たか! 分かりやすくて助かるぜ!
構わんさ、俺の力だけなんてケチ臭いことは言わねえ、全力……いや、それ以上だ!
死力を尽くせ! でなきゃあアテルイの野郎になんて勝てやせんからなぁ!」
スサノオが七支刀を掴んで立ち上がり、リンは油断なく構えながら【アナライズ】をする。
(スサノオ、Lv70……レベルだけならアテルイに匹敵する。本来より強いのはライドウに使役されていたからか。
体色と経緯から察するにライドウ仕様だろうから魔法は使ってこないだろうが……
【蛮力の結界】*4【鷹円弾】*5あたりが怖いな……【破壊神のゆえつ】*6は持っていたか? くそ、うろ覚えだな……)
『デビルサマナー葛葉ライドウ 対コドクノマレビト』。
ライドウシリーズ第2作『対アバドン王』のその後を描いたWeb漫画であり、
秘密結社コドクノマレビトの暗躍にライドウと仲間達が立ち向かう……というのが大まかな筋書きである。
スカアハやクー・フーリン、そしてスサノオはこの作品において召喚され、最終決戦で獅子奮迅の活躍を果たした。
レベルにして10以上も開きがある相手、『力を示せ』とは言われたが『勝て』とは言われていない。
しかし、日本神話に名だたる荒神、生半可な戦いでは満足しないだろう。そしてリン自身もその程度では満足できない。
基本的に死ぬほどの実戦を死ぬほど繰り返すことで己を鍛え上げているリンであったので、
今ここですべての力を持って戦う事に否やは無い。死ぬ気はないが、そのつもりで臨む。
「先手は譲ってくれんのか!? ありがてぇなぁ!」
頭上から降って来る巨大な斬撃を避ける。ひやりとした寒気が背筋を通り、ぶるりと身震い。
(今避けなかったら死なないまでも深手を負っていたな。――――――
リンは内心で血が湧きたつのを感じる。これだ、アテルイ達に一当てした時に感じた怖気。
スサノオの攻撃を避けた時に感じた寒気。これだ、これなんだ、こうでなくてはならない。
安全を最優先してほどほどの依頼を受け、ほどほどに稼いで暮らすことを否定はしない。
だが、それでは満たされない。戦いとは、綱渡りのようなものであるべきだ。
ギリギリの死線を越え、生をつかみ取るような。真っ暗闇の中で、ほんのわずかな光を掴み取るような。
そんな戦いでなければ、胸の奥にくすぶる闘争心を抑えられない。
この夏休みの間、県外の依頼を受けることを禁止されていたためまともな依頼などほとんどなかった。
昂る心を抑え込み、ノワール達を潰れるほど抱いてもおさまらなかった。
心配してくれているレン子ニキには悪いが、これが自分なのだ。偽る気も、抑える気も、もはやない。
ざわり、と、リンの中で何かが蠢いた。
(ほう、戦力差を理解してもなお闘志が消えてねえ、いいねえ、
しかしこいつのMAG、俺の力だけじゃねえな。いくつかの悪魔の力を宿してやがる。
それに……)
スサノオは目に闘志を燃やすリンに、間違いなく自分の力を宿すものだと笑みを深くする。
そして思い出すのは、かつて十四代ライドウと共に戦った、秘密結社コドクノマレビトとの決戦。
スサノオが対峙したのは大幹部、倉橋黄幡が悪魔変身した悪魔、蛇頭黄幡神。
幾多の悪魔を喰らい、莫大なMAGを宿し、一時はスサノオの両腕をもぎ取った蛇神。
スサノオはそこから、かつて相対した蛇神にも似た、暴力的なMAGの波動を感じ取っていた。
(確かに強ぇが、俺に及ぶほどでもねえ。しかし、今の一瞬感じたMAGは
あいつは最終的にライドウが殺ったはずだが……まあいい。
スカアハの婆さんの仕切りだ、悪いようにはなるめえ。
それに……俺を前に折れるどころか奮い立つ相手なんてなあそうはいねえ)
スサノオを中心に、広間が高く、広く広がっていく。
スカアハ同様に異界の管理人としての権限を持つスサノオにより、戦闘領域を大幅に拡張。
広間は今、スサノオの巨体が大暴れしても問題ないほどに広がり、スサノオの全身に力がこもる。
「ちょいと小突いて鍛えてやるつもりだったが、気が変わった! 殺しはしねえが……全力だ。
神の試練ってやつよ! 乗り越えて見な、チビ助!」
「いいだろう! こんなに奮い立ったのはいつ振りか……
私の全力をもってお相手させてもらおうか!」
拡張された広間を揺るがすような威圧感を放ち、スサノオはズンと床を踏みしめる。
只人であれば恐怖で心折れても仕方がないような、圧倒的な戦力差。
しかしリンは沸き立つ心を抑えようともせず、哄笑を上げながらそれに立ち向かっていった。
そんなわけでまだまだ続く悪路王異界。後三話ぐらいあれば終わるはず……たぶん。
□解説
・幼女ネキ
色々と出自に謎があるらしいようじょ。
闘争心旺盛な性格なので正直のんびりばっかりしてると欲求不満になる。
のでスサノオとの殴り合いが出来てテンション爆上がり。
互角以上の相手と殴り合うなんてここ暫くなかったことなので。
・少佐ニキ
なんとか地獄の猛特訓を免除してもらった製造部。
地味に幼女ネキの秘密にちょっとだけ迫った。
・スサノオ
コドクノマレビトのスサノオと同一個体。
豪快で荒っぽい性格のようなので幼女ネキとは気が合う模様。
なお倉橋黄幡においてはライドウと共に倒しており、
その時に死んだ、という認識。(実際は辛くも命を繋いでいたが、その後の動向は不明)