リンの双子の兄は、静岡の猛獣に振り回される 作:ロシアよ永遠に
「いや〜、ほんと偶然ってあんのな〜。アタシもまさかお前等と会うなんて思いもしなかったぜ〜」
「ホントだよ、しかも酒とツマミで腹満たそうって……」
自分のサイトからチェアと酒を補充した千明は、目の前で夕飯を作る志摩夫妻とリン、そして拙いながらもその手伝いをする子供二人を見て、酒を煽りながらケラケラと笑い飛ばす。どうやら晩飯にはツマミしか持ってきていなかったようで、どうせならってことで千明に夕飯をご馳走する流れとなった。
「ねぇ、母さん」
「ん?なにかな〜ラン」
「どうして焚き火をしてるのにこっちのガスバーナー?で鍋温めてるの?」
折角薪や松ぼっくりを集めてきて燃やしているのにそれを使わないのが少し不服らしいラン。確かに焚き火の方がごうごうパチパチと燃え上り、如何にも火力がありそうなのだからそう思うのも仕方のないことだろう。
「そっちの薪でお鍋を温めるとね、ススで真っ黒になっちゃうんだよ。だからこっちで温めるんだ」
「へぇ〜……なんかプロみたいだね」
「でしょ〜?」
『何のだよ』
ランの疑問に鼻高々に答えるなでしこ。その内容に居合わせた誰もが異口同音にツッコミを入れる。リンからしてみれば、初めて会った時も同じようなやり取りをしていたような記憶が蘇り、呆れと共に懐かしさが過る。
「よ〜っし、できたよ〜!」
「うむ、こっちも炊けたぜよ」
なでしこは少し深手のフライパンで、ケンは焚き火でそれぞれ作っていたもの。
あたりに漂う食欲をそそる香り。
それは大人も子供も、誰しもが愛する国民食。
「今日は本格チキンカレーと!」
「飯盒炊飯で炊いたターメリックライスだ!」
白い皿にそれぞれ盛り付ければ……
「「ま、真っ黄色だ……!」」
ターメリックライスの明るい黄色と、カレーの暗い黄色が広がり、それぞれ甘い香りとスパイシーな香りが何とも食欲をそそってくる。
「本格って?」
「うんっ!家でカレー粉とヨーグルトで鶏肉を漬け込んできたんだよぅ!流石にスパイスの調合まで本格的じゃないけどね」
「で、水の代わりにホールトマトで煮込んで……って感じだよな」
「仕上げに生クリームをかけるのがオススメですぞ」
グウゥゥゥ……
そして食欲を刺激しまくる食べ物が目の前にあっては腹の虫が黙っている訳でもなく、なでしこを始め、ラン、ケン、レン。そして千明やリンまでも空腹が最高潮に達していた。
「それじゃ早速!」
『いただきま〜す!』
それぞれのチェアに腰掛け、焚き火を囲んで各々カレーをスプーンで掬い上げて口に運ぶ。
いつもと違うタイプのカレーに子ども達は楽しみ半分、不安半分といった様子で頬張る……
「うまっ!」
「うん……美味しいっ……」
レンは目を見開いて驚き、ランは予想外の美味しさに頬をほころばせる。そんな子供達の笑顔につられ、両親たる二人も自然と顔を見合わせて目尻を下げる。
ヨーグルトに漬け込まれた鶏肉はホロホロと柔らかく、またそこからにじみ出た旨味がルウと絶妙に混ざり合い、スパイスも相まって程よい辛さを演出する。かと思いきや、ターメリックライスのほのかな甘味が加わって程よく中和し、バターの風味がより一層食欲を引き立ててくる。辛すぎず、かと言って甘すぎない。老若男女に受け入れられるものだった。
「いや〜、相変わらずの夫婦飯はうめ〜な!安心と安定の味だぜ〜」
「うむ、ハズレが無いな」
キャンプと言えばバーベキュー、もしくはカレーとイメージが浮かびやすいだけに、せっかく子供のキャンプデビューなのだから、定番ながらもとびきりのを食べさせたい親心か。
何かしらでいい。
楽しかった
美味しかった
綺麗だった
プラスになる良い思い出を作って、次を楽しみにできるキャンプに出来たら。
そんな思いがほのかに感じられるカレーは、外飯効果も相まっていつも以上に食指が進むものとなった。
夕食を終え、各々分担して片付けを終えると、酔っ払った千明と、名古屋から遠路はるばる来たことで疲れが溜まっていたリンは、早々と自身のテントに戻って寝息を立て始めた。
残された四人はと言うと、食後のチルタイムということで、焚き火を囲みながらなでしこの入れてくれたココアをすすりながら、ほんの少し肌寒い夜風を堪能する。
「ん、うまっ」
「寒くなってきたから……あったまるぅ……」
口を、喉を、胃を、そしてじんわりと身体を温めてくれるココアに子供二人は目を細め、寒い中で飲む温かな飲み物というマッチポンプを堪能する。パチパチと焼ける薪の音をBGMに、何気ない会話が不思議と弾んだ。
「それでね、あおいちゃん先生が『お店に出ている【そば・うどん】は元々蕎麦を食べさせて育てた鵜を使った【蕎麦鵜丼】が由来で、それが徐々に【そば・うどん】になってしまったんやで』って授業で言ってきてさ!」
「それを鵜だけに鵜呑みにした子が何人か親に話して笑われたって、次の日言ってた」
「あ、相変わらずのホラ吹きだな……あおい先生……」
「でもそのホラが授業を面白くしてるってママ友さんの間で評判なんだよね」
犬山あおいはなんの因果かレンとランの担任となってしまい、二人にホラを吹き込むべく日々ネタを考えているとかいないとか。
ちなみに、
美術顧問は妹のあかりが受け持っており、あおい程ではないがこれまたホラを吹く授業を展開しているらしい。
それでいいのか小学校教諭。
「そう言えば……今日キャンプに連れてきてくれたけど、父さんと母さんの初めてのキャンプってどんなのだったの?」
「私も、知りたい……」
目を輝かせる子供達に、自分達のキャンプデビューの話が楽しいものなのかは疑問だが、こうして興味を持ってくれるということは、少なくともキャンプそのものを楽しんではいるということだろう。
それならばと、まずはなでしこが挙手して話し始める。
「母さんが高校一年生のときにね?浜松……二人から見たらひいおばあちゃんが住んでる近所の町から引っ越してきたんだ。南部町のおじいちゃんおばあちゃんの家にね。それでね、私昔から富士山が大好きで、この本栖湖から見る富士山が千円札の絵になってるって知って、引っ越した当日に自転車でここまで来たんだよね」
「「じ、自転車で……」」
母方の祖父母のいる南部町から本栖湖までの大まかな距離を知るレンとランは、母親の無鉄砲さに目を店にする。当時の実情を知るケンもそれを思い出して苦笑いを浮かべるしかない。
だがこれがなでしこの大きな人生のターニングポイントだっただけに、懐かしそうに、そして楽しそうに語り始める。
疲れて寝すごして夜になってしまい、そこで出会ったリンと過ごしたキャンプの齧り。
パチパチと燃える焚き火の温かさ
寒い中、外で食べるカレー麺の味
静かで、それでいて引き込まれるような夜の富士山
そのどれもが魅力的で、そして新鮮で。そこから一気にキャンプへとのめり込んで行った。
「で、転校初日に隣の席になったのがお父さんなんだよね」
「うむ……まさかあれから結婚まで行く出会いになるとは……人生とはわからんもんじゃのぅ」
少し温くなったココアを啜り、懐かしい思い出に思いを馳せる。
こういう語り合いもきっとキャンプの醍醐味なのだ。
「今日も富士山、あの時のまんまだ」
振り返れば、透き通った空気と月明かりに照らされて、本栖湖からもしっかり見える霊峰がそこにそびえ立っていて。昼に見たその姿とは違い、静かな佇まいとともに神秘性すら感じられる。
「おば……リン姉ちゃんと母さんにそんな出会いがあったなんて……」
「えへへ……懐かしいなぁ……あの後お姉ちゃんに目茶苦茶怒られたのも忘れられないけどね」
「そりゃそうだ。義姉さんも怒ってたのは心配したからこそなんだから……」
きっとリンや子供達が同じ様な事になれば、桜と同じように心配して、そしてその分叱るのだろう。大切に思うがゆえに。
「よし、年末は取っておきのキャンプ場で取っておきの富士山を見るか!」
「「取っておき?」」
取っておき。
そんな心惹かれる単語に、幼い二人は目を輝かせて食いついてきた。
「うむ。俺と母さんとリン……後はさっきの千明とあおい先生、恵那との思い出の場所でもあるんだよ」
「ん〜……あっ!あそこか〜!いいねぃ!」
「うむ、母さんにはわかったようだな」
「もちろんだよ〜!あそこは皆との思い出の場所だけど、お父さんとの特別な場所なんだから……」
そう目を細めて愛おし気にケンを見つめるなでしこの頬はほのかに紅く染まり、まるで恋する乙女かのような表情になっており、子供達は不思議そうに互いの顔を見合わせる。
「そこって、父さんと母さんに何かあったの?」
「えっ!?いや〜……それは……」
レンの問いに、ケンは慌てながら顔を背けて言葉を濁す。その頬は心做しか母親と同じく紅くなっていた。
「……アヤシイ」
「ほ、ほら!もう十一時だ!そろそろ休まないと、明日起きれないぞ!」
「「はぐらかした」」
焦る父親に、ますます怪し気なものを見る目を向ける双子。いよいよを持ってそのキャンプ場に何があるのかが気になって仕方なくなってくるのは子供ゆえの好奇心か。
渋って中々テントに戻ろうとしない二人。
そんな二人を寝かせるべく、なでしこは一つの案を出す。
「あのキャンプ場で何があったかは、年末のキャンプに教えてあげる。だから今日はもう寝よっか?」
「「は〜い……」」
少しばかりの不満を残しつつも、年末の楽しみにと言うことでテントへ戻っていくレンとラン。
そんな子供達の背中を見ながら、ケンは少しばかり肩を落とす。
「なでしこや、マジで言っちゃうの?その……プロポーズのこと……」
「うん。あと結婚式も、かな?」
「そこまで!?」
「二人も十歳だし、そろそろ親のそういうとこを知りたくなってくる年頃だと思うよ?だったら丁度いい機会なのかもね」
「そういうものか……」
やれやれ、年末は赤裸々なカウントダウンになりそうだと少しばかり気が重くなるケン。なでしこは、そんな彼の隣にローチェアを移動させて隣り合って座り直す。
こうすることで夜の富士山を振り返ることなく、しっかりと視界にとらえることが出来る。
「もうすぐ結婚して十一年になるんだよね」
「そうだな……あっという間だったよ。子育てしてたらさ」
「うんうん。私達のお父さんお母さん達にはホントに頭が上がらないよ〜」
二人が生まれて、初めての子育てに四苦八苦するケンとなでしこを、時には見守り、時には手を差し伸べて手助けしてくれた互いの父母。夜泣きや病気、ご飯やおむつ交換等々、あげだしたらキリがない。お陰で二人共こうして健やかに成長出来たと言っても過言ではないのだ。
「でもこうして、二人っきりの時間も久しぶりな感じだね……」
いつかのように、ケンの方に頭を乗せて寄り添って、焚き火の向こうにぼんやり映り込む本栖湖と富士山を眺めるなでしこ。
かつて二人で行ったキャンプ。その夜のチルタイムでの彼女のルーティーン。
「まぁ……子供が出来たら、二人の時間よりも子供を優先しないといけなくなるからな……仕方ないさ」
二人の時間を持ちたかったのは、ケンもなでしこも同様だ。でも親という立場である以上、子どもの存在は何よりも大きい。それだけに二人でこうして過ごす時間が尊くて、そして愛おしくて。
気付けばケンもなでしこの肩を抱いて、少しばかりその体を引き寄せるようにしていた。
伝わってくる焚き火と、そして愛しい人の温もりが、山梨の晩秋、その夜の寒さを忘れされてくれる。
「ケン君……」
「ん〜……?」
「これからも、皆で行こうね。キャンプ」
「そうだな……これからも沢山行って……沢山の楽しい、作っていこう」
静かに、パチパチと爆ぜる焚き火に照らされて重なった二人の影は、やがてその影を更に深く重ね、本栖湖の夜は静かにゆっくりと更けていった。
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