リンの双子の兄は、静岡の猛獣に振り回される 作:ロシアよ永遠に
『ダディアナサーン!ナズェミテルンディス!?オンドゥルルラギッタンディスカー!?ア゙ンダドゥオレァナカバジャナカッタンディ……ウェッ!』
「またブレ◯ド見てる……好きだね、ホント」
「いいじゃん、好きなんだし」
とある秋の日曜日 志摩家のリビング
少し飲み物でも買おうかと二階の部屋から下りてきたランは、テレビに食い入るように見ている弟に呆れた声を出す。
そもそも見ているテレビ番組は、かつて父親であるケンが秘蔵していたDVDで、過去にそれを見つけたレンが強請って見始めたものだ。今なお続くライダーシリーズだが、レトロな世代に入る『剣』にハマるあたり、ケンいわく『通』らしい。
『ゾンナァ……ゾンナァ……ヴェッ!ナヅェダ!ナヅェダ!ナヅェダ!』
「姉ちゃん、どっか行くの?」
「飲み物買いに行く」
「俺、ペプシでよろしく」
「自分で買いに行きなよ……しかもコカ・コーラじゃないあたり、わかってない」
「お?それはペプシ派への宣戦布告だぜ姉ちゃん……そう!それはきのこたけのこ戦争が如く、世界で日夜血で血を洗う争いが……」
『いいセリフだ。感動的だな。だが無意味だ』
「いってきま〜す」
取り替えたDVDからニーサンのセリフが飛び出すのと、ヒートアップする弟を他所に、そそくさと靴を履いて出掛けるラン。流石、弟のあしらい方を熟知しているあたり、姉というべきか。
そうして外に出たラン。暑さが遠のき、少し寒さが出てきたことで上着が必須となってきた。
「お、ラン。お出かけか?」
駐車スペースでバイクを磨いていたケンが手を止め、ランを引き止める。ワックスを塗ったのか、カウルがテカテカになっていた。
「ちょっと飲み物を買いに……」
「ん〜……だったら乗ってくか?少し走りに行こうかと思ってたんだが」
「行くっ」
「お、おう……」
ケンの提案に食い気味かつ即答。そうと決まればと言わんばかりに踵を返して玄関に靴を脱ぎ捨て、ドタドタと二階の自室へ駆け上がると、誕生日に買ってもらった子供用ジェットヘルメットを引っ掴んで戻って来る。
「準備出来た!」
「は、早いな……」
この間二十秒。
恐ろしく早い準備。ケンでなくとも見逃しちゃうくらいだ。
しかも楽しみなのか鼻息が荒い。普段の物静かさが嘘のようだ。
しかもちゃんと自分用のライダージャケットに着替えてプロテクターとグローブもつけてるし。
娘の変貌具合に呆れながらも、作業を終えたケンも家に入り、ツーリング用の衣服に着替え、各種装着物をつけて戻って来る。
……どう考えても、どう急いでも数分はかかるというのに、ランのスピードはどうなっているのだろう?
「んじゃ、行きますか。ラン、準備は「いつでも」アッハイ」
ケンに続いてタンデムに跨り、父親の胴に手を回してしっかりとしがみつく。初めて乗ったときはしがみつくのに精一杯だったのに、今となっては少し余裕を持って手を回している。そんな状況の変化に、子供の成長は早いものだとしみじみするケン。
だが感傷に浸って出発がおくれていては、おそらく後ろの王女様が静かな怒りを浮かべるであろうことは明白だ。急ぎキーを回してキルスイッチをオン。股下から小気味よいエンジンの鼓動が伝わってくる。
スロットルを軽く回し、エンジン音をチェック。……うむ、やはり良いものだ。
「じゃ、出発するぞ」
「お〜」
最早手慣れたもので、二十年乗りこなしてきた父親のスムーズな走り出しで、ランの密かな楽しみであるツーリングが秋晴れの下に棚牡丹の如く始まった。
ランにとって最初に感じたバイクの印象は、『車の方が快適なのに、なんで乗るんだろう?』という疑問だ。
風をもろに受ける。
コケるリスク。
天候の影響を受けやすい。
物々しい装備をしなきゃならない。
積載量がない。
上げだしたら結構出てくるバイクへの負の感情。そんなバイクに、
だからこそ
『なんで車じゃなくてバイクなの?』
過去にそんな質問を投げかけた。
『試しに乗ってみたらわかるよ』
そう言って誕生日にレンとおそろいのヘルメットを買ってくれた両親。
恐る恐る、といった様子でケンの後ろにまたがり、まずはゆっくりながら走った。
そして、ランの世界はそこから変わった。
「父さん、今日はどこまで走るの?」
「そうだな……何処へ行きたい?」
「ひいおじいちゃんとこ」
「愛知か。了解」
正直言って、ドハマリした。
風を切りながら眼の前を流れる景色。
車とは違った加速の反動。
200キロ超えのツーリング所望などという冗談はさておいて、ケンとしても娘がバイクの後ろに乗ってくれる、興味を持ってくれる事には正直嬉しいものだ。自身のタンデムシートは自分の専用席と考えていたなでしこも、娘には勝てなかったようだが。
それはさておき、きっと自分がバイクに興味を持ち始めた時、祖父である肇もこんな気持ちだったのだろうか?バイクをリンに譲ってからは、街から離れた山間の家でゆっくりとした隠居生活を送っている祖父。年に何度か会いに行くが、90代と思えぬほどに元気に過ごしていた。
「じいちゃん家に行くのは正月として……ラン、小腹空かないか?」
「ん〜……少し空いたかも」
本栖みちこと、300号線を三十分ほど南下する傍ら信号待ちをしていると、タンデムから
「そうだな……こっからだとあの店に行くのもアリかな」
「あの店?」
「ラン、30分くらい我慢できるか?」
「母さんじゃないから大丈夫」
子ども達の中でなでしこは余程食欲に忠実な猛獣だと思われているらしい。あれでも高校時代に比べてだいぶマシになったほうなのだが。
「じゃ、もう一踏ん張りしたら、俺や母さんがよく行ってたとびっきり美味いものを食べられる店に着くからな。頑張れよ?」
「うい〜」
と、言うことで、信号が青となったことでスロットルを回して加速。更に南下して静岡県へと向かっていく。
さて、父の言う美味いもの。それがとても気になって仕方ない。
というのも、ケンもそうだが、なでしこ側……つまり各務原家はというと、かなりの健啖家だ。時折土産で買ったらしい美味しい物を送ってくれるし、盆や正月に挨拶に行けば、珍しかったり美味な料理を提供してくれる。かといって志摩家は食にこだわりがないのかと言えばそうでもなく、時折祖母たる咲が作ってくれる料理も十分に美味しいとランは感じている。
つまりそんな家で育った父と母が勧めるもの。それを想像するだけで、ランの腹の猛獣が再び唸り声を上げる。
早く着かないかな。
そんな思いを胸に、二人を乗せたバイクは富士宮市を目指して道をひた走るのだった。
そして、
「ここが、俺と母さんおすすめの店だ」
たどり着いた所。それは遠くバックに富士山を構え、赤い看板と青い瓦が目印のお店だ。
「『佐東』……?焼きそばとお好み焼きのお店?」
「そう。富士宮と言ったら焼きそばなんだけど……ここには名物料理があってな?」
「名物……そう言うのもあるのか」
「ま、とにかく入ろうか」
昔とそんなに変わらない、いい味を出すくたびれ具合の引き戸を開く。
昼飯時を過ぎていることあり前のように行列も無く、待たずして入ることが出来た二人。
「らっしゃい」
そして出迎えてくれる相変わらず頑固そうな大将。あれから二十年経つが、変わらずこうして店に立って腕を振るっているようだ。
「親っさん、二人だけど大丈夫ですか?」
「好きなとこ座んな。……なんだい、久しぶりに来たと思ったら、今日はいつもの嬢ちゃんと一緒じゃないのかい?」
「今日は娘を連れてきたんすよ。大将のアレ、まだ食べさせてないからさ」
「そうかい。じゃ、五目二つで?」
「お願いします」
何度か通ううちに顔を覚えられたケンとなでしこ。結婚してから中々ここに足を運ぶことができなかったので、久しぶりに大将の顔を見に来たのもあった。
そして適当なカウンター席に着くケンとラン。座るやいなや、鉄板越しに大将が目の前で二つ生地を焼き始める。いつもと変わらぬ手際の良さ。そして直ぐ目の前出来上がっていく料理にランは釘付けになっており、空腹から来るその目力とオーラはかつてのなでしこと変わらぬものだ。
「へっ、あの嬢ちゃんの娘だけあるね。料理を見る目がそっくりだよ」
「まぁその……妻の血を濃く継いでますから、この子も結構食べ……マ・クベ専用グフッ!!」
「と・う・さ・ん?」
「ナンデモナイデス」
食欲旺盛なことに敏感なお年頃らしい
。隣の席に座る父の足。その小指を思い切り踵で踏みつけたラン。やけに複雑な悲鳴を上げて悶絶するケンの姿に、大将も顔を引きつらせる。
「はいよ。五目しぐれお待ち」
「お、きたきた」
鉄板を滑って眼の前にやって来たのは、見た目はお好み焼きといった具合の五目しぐれ。ケンにとっては時折食べに来たくなる味の料理。そしてランは、名物料理と言うにしてもお好み焼きと変わらぬ風貌に、インパクトのある見た目を期待してたのか目を丸くする。
「じゃ、食べるか?」
「う、うん。いただきます」
用意された小さなコテで切り分け、一口大にしたしぐれ焼きを意を決して口に運ぶ。
瞬間、熱々のしぐれ焼きが舌の上で熱を発し、ハフハフと口を細めて熱を外へ送り出す。お好み焼き系あるあるである。程よく冷めた所で咀嚼すれば、さっぱり目のソースに肉カス、キャベツ、削り節の旨味が口いっぱいに広がり、あまりの美味しさにランの眼が大きく見開かれる。
「美味しい……!」
「だろ?やっぱ大将のしぐれ焼きはこうでなくちゃなぁ」
ケンもケンでしぐれ焼きを頬張り、昔と変わらぬ旨さに妙な感動を覚える。初めて食べたあの日から二十年。あの時から立場も何もが変わってしまったけれど、こうして変わらない物があることがここまでありがたいとは思わなかった。
「ちなみになんだけどさ、ここを教えてくれたの、桜義姉さんなんだよ」
「桜さんて……お母さんのお姉さんの?」
「あの人も結構グルメなとこあるから色んなとこ教えてくれてさ。よく母さんと行ってたんだよ」
「ふ〜ん……」
たしかに美味しい。皆が称賛しているのも納得の味だ。その旨さに取り憑かれたランはケンの思い出話を聞く傍ら、あっという間に食べ終えてしまった。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま!大将、美味かったです」
「おう、また来なよ。今度はあの嬢ちゃんも連れてな」
「はい、そうさせてもらいます!」
会計を済ませて外に出れば16時半。西の空が夕暮れに染まりかけていた。
「んじゃ、ツーリングもしたし、小腹も満たしたし、そろそろ帰るか」
「ん、わかった。……あ、そうだ。途中コンビニに寄ってね?元々ジュース買う予定だったから……」
「了解っ」
そして出発する二人を乗せたバイクは、ゆっくりと富士宮市を駆けていく。
予想外のツーリング。
けれどこうして昔に両親が行った場所で美味しいものを食べる、というのも得難い経験で。
「ねぇ、お父さん」
「ん〜?」
「お母さんとデートしたお店、また連れて行ってね」
「……お、おう」
明らかに動揺した父の返事に、ランはどこか楽しげで。
次はどこに連れて行ってくれるんだろう?
そんな次への楽しみが、幼い少女の中で芽生えていた。
「ほんとにもーっ!ジュース買いに行くって言ってたって聞いたのに、中々帰ってこないから心配したんだよ!ラン!」
「ご、ゴメンナサイ……」
志摩家に帰宅した二人を待ち受けていたもの。それは怒りと心配の表情をありありと浮かべるなでしこの姿だった。
今現在二人はリビングのフローリング、その座布団もカーペットもない所で正座させられており、眼の前には腰に手を当てて怒り心頭と言った様子のなでしこ。
「ケン君もケン君!ランと出掛けるなら連絡とか伝言残していってよ!余計な心配しちゃったでしょっ!?」
「面目次第もございません……」
普段温厚でニコニコしている分、怒った時の圧が半端なかった。さしものケンも、借りてきたネコのように縮こまっている。
「しかもしぐれ焼き食べてきたなんて……!私も最近食べれてないのにっ!」
多分これが本音かもしれない。
そして、なでしこの癇癪はしばらく続き、今度はちゃんとなでしこもレンも連れてしぐれ焼きを食べに行くということで何とか収まったとか。
食い物の恨みはかくも恐ろしいものである。
備考
なでしこと結婚するにあたり、志摩家は増築しています。
アニメでリンのビーノや渉のフォレスターが停車していた所に家を延長する形で建てて、一階部分は車庫。二階部分は双子の部屋となっています。元の家の二階からは廊下で繋がる形で、双子の部屋は道側に窓とベランダを設け、自分で布団を干したりするようにできています。
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