リンの双子の兄は、静岡の猛獣に振り回される 作:ロシアよ永遠に
西富士宮駅
静岡県の中心付近にある富士宮市。この町の駅の近くの駐車場に一台の黒いフルカウルのバイクが停車する。
時は十一月中旬。
バイクで風を切って走るには厚着が必要となってきた。
そんな中、身延からバイクを走らせて富士宮市までやってきた人物……ケンは、バイクのエンジンを切ってヘルメットを取り一息を吐き出した。1時間近く走らせたので、少し身体が固まってきている。
バイクを完全停車させ、ヘルメット、グローブを片付けて鍵を抜き、固まった身体を解しながらゆっくりと駅へと歩いていく。
時刻は丁度9時50分
待ち合わせの10時には丁度いい時間だ。
というのも、9時55分の電車で待ち人が到着するのである。
(駅前まで行っとくか)
ニット帽をバッグから取り出して被り、ゆっくりとした足取りで。
今日はこの街にあるバイクパーツショップへ出掛ける予定なのだ。
この辺りで品揃えは結構良く、そこまで遠くないのが魅力的な店で、待ち人の購入予定のものを求めてこうしてやってきた。
(さて、そろそろ降りてくるかな)
先ほど電車が到着したので、問題なければそろそろ降りてくるだろう。
と、駅の奥からやってくる特徴的な桃色の髪が目に入る。
向こうもこちらに気付いたようで。
目的のものを見つけたら、彼女は全力疾走。最短時間でと思い、走り出そうとする彼女……なでしこの前に、一人の影が立ち塞がる。
「ねぇカノジョ、一人?」
見るからにチャラそうな男だった。
頭はプリンカラー。肌は秋なのに日焼けしたように浅黒い。
ジーンズにチェーンを付けてチャラチャラ鳴らし、二の腕を見せつけるかのような緩めの半袖シャツ。……寒くないのだろうか?
「一人なら俺と遊ぼうよ〜?いいトコ知ってるからさ〜?ぜってぇ退屈させねーから!」
「あ、あの、私待ち合わせが……」
「いいじゃん!すっぽかして!なんなら相手がオンナノコなら一緒に行ってもいいよ?」
テンプレなナンパだ。まさに定型文をそのまま垂れ流してるような……
横を抜けようにも執拗に通せんぼして進路妨害。見えなくとも男越しになでしこが助けを求めているのが分かる。
これからの楽しい時間に水を刺してくるお邪魔虫の存在に、ハァ、と大きなため息をついて二人の方へと歩いていく。
「ね?行こうよ!いいよね?」
強引になでしこを連れて行こうと、彼女のその手を掴もうとした男。その手首を第三者の手が掴み、それは叶わなかった。
「あ?」
「この子、自分と待ち合わせてるんで。すんませんね、おにーさん?」
青筋を立てるチャラ男。事を荒立てないようケンは努めて穏やかに、笑顔で。だが心には冷たい炎がメラメラと。
黒い笑顔で男を制するも、奴は鈍かった。
「へぇ?オンナノコ2人だったんだ?いいね!じゃ、一緒に遊ぼうよ?ね?」
邪魔されて苛ついた顔から転じてニタニタと嫌らしい笑みを浮かべるチャラ男。
だがケンの心底は穏やかではない。
青筋を立て、男の手首を握る手の力を強めていく。
自分が女と間違われるのはムカつく。だが大切ななでしこを掻っ攫うような事をした事が何よりも許せなかった。
先程の光景を思い浮かべて怒りのボルテージが更に上昇。手の力が更に強まり、ミシミシと嫌な音が聞こえてきてる気がする。
「お、おぉぉ!?」
「悪いね、この子、『俺』の彼女なわけ。ドゥーユーアンダースタン?」
「お、男!?そのツラで!?」
「あ“?」
「ひ、ひぃぃぃ!?」
手を離してやれば、クッソ情けない声を出して足をもつれさせながら駅から逃げていくチャラ男。先程の威勢は何処へやらである。
「ごめんなでしこ。怖かったな?」
「うぅん!ありがと!ケン君!」
不安だった表情から一変。いつもと変わらぬ眩しい笑顔へと変わる。
(やっぱ、なでしこは笑顔が一番だな)
などと少し臭いセリフを思い浮かべながら、連れ立って駅から外へ。
秋晴れが2人を包み、ポカポカと温かな日差しが何とも心地よい。絶好のデート日和だ。
案内するケンが先立って歩き、なでしこもトコトコとそれについて歩く。
「ケン君、お店ってここから遠いの?」
「徒歩でそんなに掛からないよ。ゆっくり歩いていっても10分ほどかな」
「結構近いねぃ」
「なでしこはどんなの買うか、目星付けてきた?」
「ふっふっふー。バッチリだよ!……でも実際にお店にあるのかわかんないけどね」
「こればっかりは仕方ないな。神頼みって奴だ。何ならナマゾンで注文しても……」
「それはやだ」
時間はかかれどほぼ確実に手に入るケンの提案に、なでしこはちょっぴりむくれた表情で拒む。
「初めて買うのはケン君と一緒ってきめてるの!」
「そ、そう」
妙なこだわりがあるらしく、結構食い気味である。まぁ何にせよ、今日は3ヶ月前の河中湖キャンプで約束したバイクパーツショップデート。なでしこも相当楽しみにしていたらしく、先日もやけに興奮気味に電話してきていた。そこそこ遅くまで話してたものだから、明日なでしこは起きれるのか?と不安にすらなったが。
「それにね?」
「???」
「ケン君とこうしてデートするの、やっぱり好きだもん!」
テンションが上がってきたのか、勢い良く腕に抱き着いてくるなでしこに少しよろけるが、しっかりと受け止めて一息を吐き出す。
ケン自身もデートは嫌じゃないし、むしろ行きたいほうだ。互いにバイトをしている身であるし、バイトが無くとも野クルのキャンプで土日を使うこともある。こうして2人きりで出掛けられる時間というものは貴重なので、デートは寧ろウエルカムな感じで。
「じゃ、バッチリしっくりくるヘルメットを求めて、店を漁るぞ!」
「お〜!!」
そう、今日のデートの目的
ケンのタンデム解禁に合わせてのなでしこのヘルメット購入であった。
「ふぉぉぉぉっ!!」
入口をくぐった瞬間、なでしこの興奮の声が周囲を支配する。
ケンにとってなんてこと無い、見慣れたような景色だ。
だがなでしこは違う。
初めての景色、初めてのお店、初めての……
「これが……バイクパーツショップ……!」
驚きとともに感動にも似た感情が孕んだ声だった。
入り口にモデルとして展示されているレーシングバイクがお出迎えし、左を見ればマフラーと言った大きなものから、細々としたギアやシフトチェンジペダルと言ったパーツの羅列。少し奥にはライダージャケットやブーツ、グローブと言った身にまとうバイク関係のもの。更にはパニアケースやリアボックスといった拡張収納関係。
カリブーとは違ったキラキラとした空間がなでしこの目を支配し、そして魅了していく。
「ヘルメットもそうだけど、他にもいるものがあるからな。それも後で見ようか」
「うん!まずはヘルメット、だね!」
土曜だけあってそこそこ混んでいるので、はぐれないように互いの手を繋いで店の奥へと足を進める2人。今でこそこうしたスキンシップにはあまり抵抗がなくなってきた。時折嫉妬を孕んだ視線を向けられるが気にしない。
「ここがヘルメットコーナーだけど」
「おぉぉぉっ!!すごい!こんなにたくさん!」
棚にはケンの使用しているフルフェイスを始め、フリップアップ出来るシステムヘルメット、軽量でリンも使っているジェットヘルメット、ジェットヘルメットに大きな風防の付いたシールドジェットヘルメット、特徴的な形をしたオフロードヘルメット、開放感が大きい半帽ヘルメット、女性や子供向けの軽量ヘルメット。
あらゆるヘルメットが所狭しと並べられ、同じジャンルといえども形状、色は様々で、そのカラフルさに目が少しチカチカしそうになる。
「とりあえずはどんなヘルメットにするんだ?まずそこから方向性を決めていくか」
「うん!えっとね?私、リンちゃんみたいなヘルメットがいいなぁって思ってるんだぁ。なんか丸っこくて可愛いなって主って」
「リンと同じ……ってことはジェットヘルメットか」
なでしこの要望のジェットヘルメットが展示されている棚へと向かう。
確かにジェットヘルメットならフルフェイスとかに比べて軽量だし疲れにくいだろう。
辿り着いたそこにも大小様々なヘルメットが棚を占拠しており、ここから探すのには少し骨が折れそうだ。
「ん〜……リンが使っているのはこのメーカーの奴かな」
ケンが探すそこには、確かにリンの使うジェットヘルメットに似たモデルのモノが並べられており、この中からなでしこのお眼鏡に叶うヘルメットが見つかることを祈るばかり。
端から端まで、並べられたヘルメットを見て回ることしばし。
「あ……これ……」
なでしこが手にとったヘルメット。
それはリンの使っているモデルと酷似しているものだった。白く丸みを帯びた形状に、縦に分断する3つのラインの両側はピンクのものだった。リンのものは青なので全く同じものというわけではないが、色違いとしてはなでしこによく似合いそうである。
「可愛い……かも!」
「確かにそれならなでしこの要望にかなり近いかもな」
「うん!こんなに早く見つかるなんて思わなかったよぅ!」
「後はなでしこの頭のサイズを測って、そのサイズに合う在庫があるかだな」
流石にサイズが合わなければ、いざ何某かの衝撃を受けても、ヘルメットが吸収仕入れずに頭にダメージが通りやすくなってしまう。そのためにもサイズはしっかりと合わせておかねばならない。
近くにいた店員に声をかけて事情を話して、メジャーでなでしこの頭囲を測定する。伴って、在庫確認してもらえば、ラスイチ残っているとのこと。
「ハハッ、まさか最後の一つが残っていたとは、ラッキーガールだぜぃ☆」
「うん!あとは……グローブとプロテクター……だっけ?」
「だな、とりあえず無難に……」
グローブはこれから必要となる冬用、プロテクターも肘膝セットのものを選択。少し試着で物々しさが感じられたが、備えあれば憂いなしとも言う。万一転倒ともなれば、防護が物を言うのだ。
そして
「お会計、3点で21400円になります」
「じゃあこれで」
「あっ!け、ケン君!」
いざ精算となった時、なでしこが財布からお金を出すより早く、何食わぬ顔でケンが諭吉3枚を颯爽とカルトンに置いてしまったのだ。
恐ろしく早い会計……なでしこだったら見逃しちゃうね。
「わ、私払うよっ!私のなんだもん!」
「いいからいいから。ここは俺に払わせてくれよ、なでしこ」
「でも……」
「恋人からのタンデムデビューをプレゼントしたいだけなんだからさ。な?」
「むぅ……ズルいよケン君。そう言われたら言い返せない……」
むくれるなでしこ。しかしケンからしてみれば、彼氏として良いカッコしたいだけである。この日のために夏休みは最低限の休み以外はしこたまシフトを入れてもらってガッツリ稼いだのだから。
「じゃ、また今度手作りお菓子を食わせてくれたらいいさ。……それはそうとなでしこ」
「???」
「このあと早速乗るんだよな?」
「うんっ!」
「じゃ、店員さん。タグや箱無しでいいですか?」
「わかりました〜」
いくらケンのバイクにボックスやケースを付けているとはいえ、ヘルメットの箱は潰さないと入れて帰れないのが現状だ。なら外箱は無しでそのまま持ち帰れるようにしておけば、余分な荷物も減らせる。バイクの積載の限度は如何ともし難いものである。
お釣りを受け取って店を出て、なでしこにグローブとプロテクターが入った袋、そして開封されたばかりのピカピカのヘルメットを手渡す。
「これでなでしこもタンデムながらバイクデビューだな?」
「うんっ!……その、ケン君」
「ん?」
「ありがとっ!」
ちゅっ
そんな音とともに頬へ柔らかな心地よい感触が走る。
伊豆キャンのときにも感じた柔らかなそれは、唇に触れたときとはまた違うこそばゆさがあって。
加えて少し照れくさくもあった。
そんな二人の光景を見せられた通行人は、可愛いカップルだの、リア充爆ぜるべし慈悲はないだの、あらあらうふふだの、様々な視線を向けてくる。
「……な、なでしこ!早いとこバイクに戻るぞ!」
「わっ!け、ケン君!そんなに急がないでよぅ!」
恥ずかしさでいたたまれなくなったケンはなでしこの手を取ると、駅へ向かって全力で駆け出す。少しでも、少しでも早くこの場から離れたくて。そんな彼の顔が朱に染まっていたのに気付いたなでしこの顔もどこか赤く、晩秋の寒空など気にならない程に熱く感じた土曜の昼前だった。
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