リンの双子の兄は、静岡の猛獣に振り回される 作:ロシアよ永遠に
駆け足で西富士宮駅へ戻った2人。
変な方のドキドキしていたのは走っている内に落ち着き、ポケットからカギを取り出したケンはバイクへと差し込む。
「じゃ、早速準備しますか。着装用意はいいかね?なでしこ隊員」
「おすっ!」
先程の気恥かしさは何処へやら。これも互いに少し耐性がついてきたということなのだろうか。
持っていた紙袋から各プロテクターを取り出したなでしこは、肘と膝、それぞれに意気揚々と装着に取り掛かる。
ケンもケンで自分の愛用プロテクターを慣れた手付きで取り付けていく。最初こそ付けにくかったが、今やあっという間だ。
「なでしこ、そっちは……」
「ぐぬぬ……」
少しばかり付けにくそうだった。複数箇所でマジックテープ固定するわけだが、場所が場所だけにつけ慣れていない様子。変なとこで不器用な子である。
「ほら、なでしこ。貸してみ」
「お願い、ケン君〜」
半べそだった。
伸ばされたなでしこの足にベルトを巻きつけ、程よいキツさまで締めていく。
「なでしこ、痛くないか?」
「だいじょうぶだよ〜」
マジックテープで複数箇所固定し、右足は完成。左足に取り掛かった時、ふとケンは気付いてしまった。
(って俺は何しれっとなでしこの足触ってんだ……っ!)
ホットパンツから伸びるタイツに包まれた健康的な美脚に、何も考えずにプロテクターを着けていた自分が妙に気恥ずかしい。気にし始めたら、ほのかに触れる柔らかな足にドキリとさせられ、顔が沸騰しそうになる。特に太腿から感じるその感触がまた……!
「ふふっ!ケン君っ!くすぐったいよぅっ!」
「ハッ!?わ、悪いなでしこ!」
意識せぬ内にプロテクターをつけながらなでしこの足を触っていたらしい。
何という体たらく!
何たる未熟!
何たるドスケベ!
苦戦しつつも足のプロテクターをつけ終えたケンは一服と言わんばかりに立ち上がると、おもむろに西富士宮駅の壁にゴンゴンと頭を打ち付け始める。
「け、ケン君!?何してるの!?」
(煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散!!)
下心を捨て去り、無の境地。そして明鏡止水からのハイパーモードへ至るため。
痛みによる思考のリセットを試みてひたすら頭を打ち続ける。
「ふう……!よし、一旦はこれでだいじょうぶだろう!」
「全然だいじょうぶに見えないよ!?」
ひとしきり頭を打ち付けた彼の表情は何処までも晴れやかだった。
額から流れるおびただしい血を除けば。
まぁシリアス?な雰囲気はすぐに無くなるので血もすぐに止まるわけだが。
「次は腕だな。ちょっと上げて伸ばしてくれるか?」
「こ、こう?」
言われるがままピンと伸ばされたなでしこの腕にプロテクターをなんなく巻きつけて固定。しかし、改めて見れば細い腕だ。この細さのどこからあのフィジカルを発揮しているのか全くの謎である。
「こんなもんか。どうだ?付け心地は?」
「ん〜、少し動きづらいかも……」
「まぁ、運動する用のじゃないからな。そこは我慢だ。後はヘルメットの顎紐の調整だな」
言うや否や颯爽とヘルメットを被ったなでしこ。仕事が早いことである。
まぁ被ってくれたなら話も早い。早速ヘルメットの顎紐へと手を伸ばし、調整用のストラップラダーに通している顎紐の長さを調整していく。
「キツくないか?」
「だいじょうぶだよ〜?」
ある程度締め、かと言って皮膚に食い込まぬよう、バックルで止めても指が1、2本入る程度に抑えておけば問題ない。
あとはグローブを装着すれば……
「着装完了っ!!キャンプライダーなでしこ!!」
謎の決めポーズと共に、彼女の背後でカラフルな爆発の幻影が見えた気がする。
バイク用装備を手に入れて、テンションがぶっ飛んで高くなっているようだ。
「じゃ、早速乗ってみるか?」
「うん!」
ヘルメットとグローブを装着し、既にバイクに跨ったケン。その左肩と、バイクの左側タンデム用のステップを足で引き出して体重を掛けると、グッと力を入れてタンデムシートを跨ぐ。そのまま反対側のステップも出して足を置き、準備完了だ。以前から少し練習したとあってスムーズに乗車出来た。
「隊長!乗車完了です!」
「よし、じゃあ発進するけど、疲れたり気分が悪くなったら教えてくれよ?」
「了解だよっ!」
「あと、曲がる時はバイクを傾ける事になる。けど絶対に身体を真上に起こそうとかしないでくれよ?重心がズレたら、下手すりゃコケるからさ」
「お、おす!」
「まぁ怖いよな……そんななでしこに気の利いたことは言えないけど……これだけ。『信じて!』」
親指を立ててサムズアップするケンを見て、何故かロボットの姿が見えた気がした。
だがしかし、こうして楽しみにしていたタンデムツーリングだ。楽しむためにはライダーである彼を信じる他ないし、元より信じている。
「うん!安全運転でお願いね!ケン君!」
落ちないように、
離れないように、
しっかりとケンの腰に手を回し、身体を密着させてしがみつく。人の、恋人の温もりが、なでしこの心を落ち着かせてくれた。
だがしがみついた瞬間、ケンの身体がビクっとなったのは謎である。
「じゃ、発進するぞ!」
「おぉーっ!」
エンジンを入れてサイドスタンドを上げ、ギアを1速へ入れてアクセルを回せば、ゆっくりと進み始めるバイク。
自転車や車とは違う感覚になでしこの鼓動が跳ね上がる。
道路に出て、車の流れに合わせて徐々に加速していく。
「わぁぁ……!」
最初こそおっかなびっくり、ケンに必死にしがみついていたなでしこだったが、1分もすれば、風を切りながら目の前を流れ行く景色に魅了されていた。
「すごいよケン君!これが風になったみたいってことなのかな!?」
「はしゃぎすぎて手を離すなよ?」
「わかってるよぅ!……あ!富士山!」
「お〜い、聞いてんのか〜」
相変わらず富士山にお熱で右手にその姿が現れればテンションが更に上がる。はしゃいで暴れないかすら思えてくるのは仕方ないのかもしれない。
「あ……この道って……ケン君!このまま真っ直ぐ走って?」
「お、おう。それは構わんけど」
グゥゥゥゥ!
なでしこの言うようにケンは、今走る道をひたすら真っ直ぐバイクを走らせる。そろそろ左折しないと山梨へはかなり大回りしないといけなくなるが、まぁこれもツーリングデートと思えば悪くない。
そして言われる道を走ることしばし。
「ここ!ここだよケン君!」
「ここって……」
グゥゥゥゥ!
なでしこの言う場所。そこは、赤い下地に『佐東』とデカデカと描かれた店!その傍らにはお好み焼きに加えて富士宮名物の焼きそばの文字が!
とりあえずケンは道路向かいにある砂利の駐車場にバイクを止めて、なでしこの話を聞くことにする。
しかし先程から地鳴りのような音が聞こえるが……
「お姉ちゃんイチオシのお店!そして私もイチオシのお店!美味しかったからケン君と一緒に来たかったんだぁ!」
ケンにはこの店は覚えがある。
かつてなでしこがソロキャンデビューした際、『なでしこ見守り隊』総動員で彼女のいるキャンプ場へ潜入捜査の後、桜の誘いでこの店で晩御飯をご馳走になったのだ。その時の桜による原付の旅語りは若干トラウマになっているが。
故にこの店はケンにとっては初見ではないのだが、上記の潜入捜査はなでしこには極秘。ここに来たことがあるのも彼女は知らない。
「ここには『しぐれ焼き』って名物があってね!それがまた美味しいんだよぅ!」
グゥゥゥゥ!
(なでしこの腹の虫……いや、猛獣の鳴き声か)
「だから今日はここでお昼にしよ!」
「そうだな。時間もいい位だし、食ってくか」
「やったー!!」
案の定、お昼時+人気店のために出来ていた行列に並ばなければならなかったのは余談だが。
「お次の方どうぞ〜!」
「「やっと入れた!!」」
並ぶこと十数分。
ゆっくり進んだ列を経て、ようやく店内へと入ることができた二人。中は相変わらずの少し古めの装い。四角くデカい鉄板を囲うような客席におでんの仕切り鍋。そこで焼かれる焼きそばやしぐれ焼きの音とソースの焦げる何とも食欲をそそる香り。そして相変わらずの大将。
2人並んで空いている席に座れば出てきたお冷を一口飲んで一息を吐き出した。
さて注文は……というのも既に決まっていた。
「五目しぐれ2つお願いします!」
「はいよ!五目しぐれ2つ」
なでしこ絶賛の名物五目しぐれ。
そして注文を受けて目の前で焼かれるその光景はまさに飯テロ。
生地が、
キャベツが、
麺が、
肉が、
卵が、
そしてソース!その全てが合わさり、そして一つの芸術たるしぐれ焼きへと変わりゆく姿。
「お……おぉぉぉ……」
そして食欲魔神と化したなでしこはというと、目の前で出来上がっていくしぐれ焼きを穴が開くほど見つめ、前回と同じく大将を圧するオーラを放っていたのは言うまでもない。
そして……
「しぐれ焼き、お待ち!」
「うわ〜あああ……!」
(相変わらずウマそうだ)
出来上がったことで鉄板を通して目の前へスライドしてきたしぐれ焼きに目を輝かせるなでしこ。ケンも声には出さないが、前回滅茶苦茶旨かったのが脳裏に焼き付いており、空きっ腹にぶっ刺さっていた。
「じゃ、ケン君!食べよう!」
「うむ」
「「いただきます!」」
手元にあった小さなコテで程よい大きさに切り、箸で口に運べば……
「「う〜まぁぁ!!」」
至福の時である。
頬張れば口いっぱいに広がる削り節とソースの風味。噛めばキャベツの甘みと、もちもちとした麺の歯ごたえ、さらに肉かすの旨味。
「どう?どう!?ケン君!」
「ん、確かになでしこイチオシなだけあって美味いな」
「でしょ〜!?」
同意を得られたことでなでしこのテンションがさらに上がり、自身も五目しぐれをさらに堪能していく。
初見という設定で話を合わせるのも少し気が引けるが、これも必要な嘘だということでケンも五目しぐれを堪能する。
やはり空きっ腹にソースは抜群の効果をもたらす。なでしこ程ではないが、次から次へと口に運び、あっという間に二人の五目しぐれは胃袋へと消えていった。
「ケン君!焼きそばも食べる?」
「そうだな……まだ入るけど、一人分は……」
「じゃあシェアしよう!シェア!」
「シェアか。それなら入り……」
「焼きそばもお願いします!」
「はいよ!」
ケンが答えを言い切るよりも早くなでしこは注文を通す。
判断が早い
「ふふふっ」
注文が通ると、腹の猛獣がひとまず鳴りを潜めたなでしこがにこにことケンに笑いかける。
「どした?」
「ううん。実はね、前に来たのはソロキャンの行きがけだったんだ〜。その時は何だかお一人様の外食って大人な気分で楽しかったんだけど……でもこうしてケン君と一緒にご飯を食べれて、あの時よりもっと美味しく感じられて、何だか嬉しくなっちゃった!」
一人ご飯も良かったけれど、みんなとのご飯もまた違った良さがあって。
それはキャンプにも通ずるものがあるのだろう。
ソロキャンとグルキャン。
一人ご飯とみんなご飯。
それぞれの楽しさ、美味しさはきっと別の意味がある。
「そうだな。だったらまたこうして色んなとこに食べに行こうか?せっかくタンデム出来るようになったんだしさ」
「うん!伊豆の方にもまた行ってみたいね!」
「前とは違うルートでいくか。行ったことないジオスポットも見てみたいしな」
「あとわさび丼!」
「覚えてたか……」
2人でバイクで出掛けられる。
それは同時に夢が広がるということ。
これから沢山一緒に出掛けて、沢山の思い出を作って。
いつか思い出して『楽しかった』と言える日々。
「焼きそばお待ち!」
「でもまずは目の前の焼きそば、だね!」
「だな。食べますか!」
「「いただきます!」」
その大半は『美味しかった』に繋がりそうな……そんな気がしなくもないケンだった。
た、とりあえずアンケートのデートはこれで大丈夫っすかね……?ビクビク
番外編を書くにあたり、こーゆーのを読みたい!っていうリクエストを募集します!
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