リンの双子の兄は、静岡の猛獣に振り回される 作:ロシアよ永遠に
「じゃ!これから思いっきり遊ぶわけですが!」
「うんうん、ですが?」
「その前に!やっておかなければならないことがあります!それはなんでしょう!」
いざ海水浴を、となった時、なでしこからビシリと問われるケン。お遊び感覚で問うて来たのかと思いきや、当の本人は真剣そのもの。オーラと言うか覇気というか圧というか、そういった物が滲み出ているようにも見える。
「え、えっと、準備運動……とか?」
「ん〜……それもたしかに大事だけども……ここは不正解、かな」
「ダニィ!?」
少し悩ましげに首を傾げたあと、なでしこは自身のポーチからあるものを取り出したのは美容クリーム。
「正解は、日焼け止めクリームを塗る、だよ?」
「なるほど確かに、なでしこの綺麗な肌が焼けるのは勿体ないよな」
「う、ウン……」
正解できなかったケンにドヤ顔していたなでしこだったが、思わぬケンのカウンターに思わずふらついてしまう。しかしそこは桜の浜名湖グルグルブートキャンプで鍛えられた彼女の根性で耐え抜き、ケンにクリームを渡すと、その意味がわからぬケンを置いて、近くに敷いたレジャーシートにうつ伏せになるなでしこ。
その一連の動きで鈍めのケンですら、その後ねだられる事をなんとなく察してしまう。
「じゃ、ケン君……」
「は、ハイ」
「日焼け止め……塗って、ほしいな?その……背中とか、手が、届かないし……?」
尻すぼみになるなでしこの言葉は気恥ずかしそうで。言い出しっぺなのに、いざ実践ともなれば妙な羞恥心がフツフツと湧いてきたらしい。
かく言うケンも、こんなおねだりをされるとは思いもせず、思考停止していた。
日焼け止め?
なでしこの背中に?
塗り塗り?
つまりなでしこの柔肌にクリームを?
1年半以上付き合っていて未だ肌に触れ回ることがなかっただけに、ケンに与えられたショックは途方もなかった。
良いのだろうか?そんな思いと理性がケンの頭の中を交錯する中、
「だめ、かな……?」
恥ずかしがりならも一歩踏み出してきたなでしこの頬を赤らめての上目遣い攻撃がケンをブチ抜いた。
それはもう頭を対物ライフルでブッパしたかのように。
ぶっちゃけると、即死攻撃だった。
「ふ、不肖志摩ケン。各務原なでしこ隊員への日焼け止めクリームを塗る任に就かせていただきます」
「お、お願い、します」
初々しいと言えばそうだが、端から見る者にとってはとんでもなく甘酸っぱい空間が領域展開というか固有結界として広がっていたわけで……
海の家でのアイスブラックコーヒーが繁盛したとかしなかったとか。
知らんけど。
そして
「ぶふおっ!?」
顔面に強烈な一撃を喰らい、弓形にのけぞって吹っ飛ぶケン。以前にもどこかで同じ用な光景を目にした気がするが、気の所為だろう……多分。
そして強烈な一撃の元凶は、とてつもない回転を孕んで砂浜へと落ち、周囲の砂を巻き上げながらその回転を落ち着かせていった。
「あっれ〜?おに〜さんてば、しょ〜がくせ〜にやられちゃってる〜?」
「ごめんなさい、手加減間違えた」
「……クロも美遊も、容赦ないね」
執り行われていたのはビーチバレー。ケンのトラウマ再び。
小学生三人組がやろうとせがんで来て、小学生チーム対士郎&ケン&なでしこチームの変則ルールでの3on3を始めたわけだが……
「最近の小学生は容赦ないでござる……」
小学生チームはというと美遊とクロ、この二人のフィジカルが化け物だった。以前のランサーやアーチャーに及ばずとも、彼女らの年齢にそぐわぬスパイクは、ケンのトラウマを掘り起こすには容易だった。
まずはクロ。彼女は一言でいうと、メスガキそのものだった。その身体能力もそうだがニヤニヤと笑いながら煽ってくるもんだから、少しずつケンの怒りのボルテージが上がってきている。
そして美遊。彼女はクロとは違って口数は少ないのだが、口を開けばナチュラルな煽りが飛び出るだけに、クロよりも少しばかり質が悪い。
イリヤはと言うと……二人の張り切りっぷりに若干引いており、空気になりかけていた。
「け、ケン君、大丈夫?」
「大丈夫だ、問題ない」
「それって駄目なセリフじゃ……」
再び始まる応酬。スパイクもサーブも、小学生離れした動きに圧されながらも、何とか食らいつく事しか出来ない。
だが試合が進むにつれて徐々に速度に目が慣れ、身体が動き始める。
「いや〜、若いって良いわね〜」
「トオサカ・リン。貴方、あの三人と同い年でなくって?」
「流石になでしこみたく、あそこまで人間離れして動き回るなんて、無理よ無理」
かく言う彼女も太極拳免許皆伝であり、もうフィジカルマシマシなのだが、どうも同類扱いされるのは嫌らしい。
「それに関しては同意ですわね。しかし、ナデシコもそうですが、シマ・ケンという少年……彼も彼で恐ろしいですわね」
「慣れ、と言うには恐ろしいまでの順応ね。前もランサーとアーチャー相手になでしこと結構食い下がってたもの」
これを順応と呼ぶのか、はたまた彼の潜在能力なのか。目の前で勃発するとんでもビーチバレーは、やがて他の海水浴客の目に止まり、いつの間にやらギャラリーマシマシで繰り広げられていたことをここに記しておく。
「いや〜!遊んだ遊んだ!勝利のアイスキャンデーは格別ね〜!」
「これが、アイスキャンデー……ラムネ味……」
一頻り遊び終えて疲れたのか、6人は適当なベンチに腰掛けてアイスキャンデーを頬張る。冷たくて、甘酸っぱいそれが舌を冷やし、夏の日差しをほんのりと中から中和してくれる。
「ん〜、冷たくて美味し〜!」
「しかし、悪いなケン。俺達の分まで……」
「ふっ……言い出したのは俺だからな」
とニヒルチックにアイスキャンデーを咥えるケンの目はどこか遠い所を見つめている……その先は水平線。はるか海の向こうに有る外の国を見据えているのだろう。
彼がこんな状態になった理由……それはビーチバレーの敗北だ。
終盤こそかなり食らいついていたが、それでも僅差で敗北してしまい、負けたほうが何をするか?で小学生チームが悩んでいたところ、
『アイスキャンデー!!いかーっすかー!!!』
などという、重機の音をものともしない程の売り子の女性の声が嫌でも耳に入ったので、それを奢ってもらうことが勝利の証となった。
そして
『よし、ここは俺が出すよ』
正直たかがアイスキャンデーくらい全員分払えると舐めてかかっていた。
アイスキャンデーだけに。
自分のチームを含め、全員分でもたかが知れているだろう。
そう思っていた時期が、ケンにもありました。
『アイスキャンデー!!海の家価格で一本三百円です!!』
想像より高かった。
所謂、お祭り価格に通ずるものがあるのだろう。祭りでなくともこういった人が集まりやすいところ特有の屋台価格は財布には痛く、
岩場に座って黄昏れていた彼の隣に、意外な人物が腰を下ろした。
「その、ケンさん。アイスキャンデー、ご馳走様でした。美味しかったです」
「いや、勝者の特権だからさ。美味しかったなら御馳走した甲斐があったよ」
最初こそやや警戒していたイリヤも、ビーチバレーを通して少しだけ打ち解けたらしい。ぎこちないながらもお礼を言ってくるだけ、かなりの進展だ。
「あのっ、気になってたんですけど」
「ん?」
「ケンさんて、なでしこさんとお付き合いされてるんですか?」
「っ!け、結構直球ストレートだね、イリヤスフィールちゃん」
「イリヤでいいですよ?皆そう呼びますし、それに長いですし。で?どうなんですか?」
打ち解けた、と思ったら存外食い気味にグイグイ来た。
「いや、その……」
言い淀むケンに目をキラキラさせて迫りくるイリヤ。小学5年と言う多感な時期。恋だの何だのに興味が湧いてきてもおかしくない年頃なのだから、気持ちはわからんでもないが……
「お」
「お?」
「お付き合いしておりましたり……」
「おぉ……!」
イリヤの周囲には夫婦は居ても恋人同士といった存在は居ないので、彼女の目にはケンとなでしこはとても新鮮に映っているらしく、目をキラキラと輝かせている。
「ねぇ、ケンさん。恋人がいるって、どんな気持ちなのかな〜?」
「ど、どんな気持ちって……?」
「やっぱり、ドキドキしたりするの?」
「……します。すごく……」
改めて問われ、そして答えるとなると妙に恥ずかしくなってしまい、顔を赤らめながらその声も尻すぼみに小さくなる。
好きだからこそさり気ない事がとてもドキドキして、そして新鮮で。そして一緒にいれることがとても幸せで。
「……そっかぁ。私もいつか、恋人ってできたりするのかな〜?」
「出来るさ、イリヤちゃんなら」
「どこからその自信が出て来るのかわかんないよ……」
「なんとなく、じゃよ。それに昔のからいうっしょ?『命儚い 恋せよ少女よ』って」
「それ、何かの歌の歌詞でしょ?昔の言葉なら正しくは、『命短し人よ恋せよ』前田慶次って人の言葉だよ」
「おぉ……」
小学生に修正される高校生、ここにあり。己の浅学ぶりを何とも思わず、存外歴史に精通しているイリヤには素直に称賛の声がケンの口から漏れ出た。
「なでしこさんをどんなふうに好きになっていったの?」
「それは……、そうだな。学校の部活が一緒で。っていうのも、皆で一緒にキャンプに行く活動なんだけど、それを通してもそうだけど、友達として一緒に過ごすうちに、なでしこの底抜けの明るさとか、キャンプに向ける熱意とか、あとは月並みだけども気遣い上手で優しいとことかに触れて、そういったとこがいつの間にか好きになった要因になるのかな?」
もっと情熱的な恋への落ち方なのかと思いきや、存外スタンダードな感じだった。だがそれはイリヤにとっては落胆するところではなく、むしろ二人の普通の恋が何よりも輝いて見えた様子だ。
だからこそ、更に食い込む。
「あとはそのぅ……」
「???」
「は」
「は?」
「はつちゅ〜、は……したの?」
そこまでぶっこんで来るとは思わず、さてどうしたものかと内心頭を抱えるケン。正直此処から先は勘弁してほしいというのが本心だが、目の前で思春期を迎えんとしている少女に、先達(大袈裟)として経験談を語り、何某かの役に立てればと思わなくもないわけで。
「その、ですね」
「うんうん!」
「初チューは……「ケン君ッ!」はひっ!?」
とうとう嬉し恥ずかし初めてのキスの話が出ようかとした時、顔を真っ赤にしたなでしこの大声に遮られた。
「さ、流石にこれ以上は恥ずかしいから駄目だよぅ!」
どうやらケンとイリヤの恋バナ?を聞いていたらしく、自分達の付き合いたての話の暴露に羞恥心が吹き出てしまい、とうとうストップを掛けたようだった。確かに自分のファーストキスの話など、恥ずかしい以外の何物でもないだろう。
「そ、それもそう、だな、ウン。ってことで……この話はおしまいっ、な?」
「ちぇっ……」
なでしこに気圧されてケンが話を中断した事で、イリヤからしてみれば不完全燃焼以外何物でもない。少しぶうたれながらも、恋人がいるケンの話を聞くうちに恋、そして恋人がいる事への思いを少しばかり知ることが出来た。
恥ずかしそうにしながらも恋人の話をする彼は、ずっと優しそうに微笑んでおり、なでしこといる時間が幸せな時間なのだと見ただけで感じられた。
(でも、恋……かぁ……)
イリヤは目を閉じて思い浮かべる。
自分も恋をしている。
思い浮かべるだけで恥ずかしくて、
でも一緒にいて笑ってくれたらとても心が暖かくなって、
他の女の人と仲良く話してたら胸がきゅっと痛くなって。
向こうは自分の事を恋愛対象として見ていないだろう。それでも恋い焦がれてしまうのは、惚れた側の性なのか。
たとえ彼が他の人を好きになっても、この思いだけは否定したくない。
「イリヤ、そろそろ昼にしようか」
「うん!お兄ちゃん!」
自身を呼ぶ大好きな声が聞こえた。
ドキッとした。
でもそれ以上に嬉しかった。とたとたと、呼んでくれた
こうして一緒にいられる。
片思いでもこの幸せは噛み締めていたい。
そんな小学5年生の夏。
番外編を書くにあたり、こーゆーのを読みたい!っていうリクエストを募集します!
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