リンの双子の兄は、静岡の猛獣に振り回される 作:ロシアよ永遠に
時間は6時を過ぎたところ
福田海岸
寒空の下、初日の出を見ようと暗いうちから人々がこぞって訪れている。寒さに凍えぬように、町内会か何かが大きな焚き火を用意してくれているのが救いだ。
志摩兄妹もその例に漏れず、初日の出を見るためにやってきたうちの二人だった。
「ホントに鳥居が建ってる」
「たしかに不思議な光景だな」
注連縄も賀正の飾り付けも、全て正月の為だけに設置しているのだろうか?
とりあえずウッド賽銭箱があるのでお賽銭を忘れずに。
「リン、寒くないか?」
「平気、身延に比べたらこれくらい」
「無理すんなよ。寒かったら焚き火にあたってこい」
「その時はそうする」
未だ白む気配のない水平線。まだまだ時間がかかりそうだ。
「野クルのメンバーも、今頃身延山あたりで日の出見てるのかな?」
「かもな。あそこがあの辺りで日の出を見やすいとこだろうし……なでしこもそろそろ年賀状配達が始まるくらいか」
遡り一時間ほど
身延町 大垣のマンション前
「オッス、イヌコ〜あけおめ〜!」
「あけましておめでとうアキ!むっちゃ寒いな〜」
「雪降ったしな〜。先生もあけおめっす!」
「あけましておめでとうございます、大垣さん」
「いや〜!車出してもらって、サンキューです!」
「特に予定もなかったので構いませんよ」
リンたちが予想したとおり、今日は折角なので鳥羽先生の車で身延山へ初日の出を見に行くことになったのだ。
挨拶を終えて、車に乗り込むあおい。
「アキはこのあとバイトなん?」
「まぁな、そっちは高山か?」
「昼からな〜」
そんな他愛もない話をする千明の背後に怪しい小さな影。音もなく忍び寄るその姿は、まさに隠密の如く。そしてその手に持つは
「アキちゃん!あけおめ〜!!」
「ぴやぁぁぁあ!?」
オーバーの裏にぶち込まれた雪玉。その冷たさにつんざく悲鳴を上げる千明。
隠密の正体……それは!
「ち、ちびイヌコ……!」
あおいをサイズダウンしたと言うにふさわしい小学生の女子、彼女の妹である『あかり』だった。
「初日の出見に行く言うたら一緒に行きたい言うてな〜」
「アキちゃん!お年玉頂戴!」
「ンなっ!?」
「たくさんバイトしとるって、あおいちゃんから聞いたで!」
「コイツ……!」
無邪気で満面の笑みで手を出すあかり。
邪気がない分、余計に質が悪い要求である。あったらあったでどうかと思うが。
そして四人を乗せたハスラーは、身延山へと。
麓からロープウェイに乗り、その先にある久遠寺で先に初詣を済ませることにした。
と、その前に腹拵え。
「お前、二本もよく食うな……」
「腹が減っては戦はできんのやで、アキちゃん」
「どこへカチコミに行くんだお前は……」
そして腹を満たした一行は、混み始める前に初詣を済ませる。
拝殿に設けられたウッド賽銭箱にお賽銭を放り入れ、願いを……
「アキちゃんがたくさんお年玉くれますように……!」
「!?」
「にひひ……!」
将来大物になりそうな予感のあかりである。
拝殿を後にする頃には、時刻は6:45となっていた。
「日の出まであと10分てとこやな」
「じゃあそろそろ展望台に行きましょうか?」
『は〜い!』
「リンもケンも、今頃海で日の出待ってんのかな〜」
遠い空の下で年越しキャンプをしている友人たち。きっと同じ様に寒さに耐えながら初日の出を待っているのだろう。
「アキちゃんアキちゃん!!」
「なんだよちびイヌコ」
「ケン君て誰!?」
リンに食いつかないあたり、男の存在が気になって仕方ないのか。
そう言えば凄くマセてたことを忘れていた千明は、追及を続けるあかりに説明しながら展望台への道を歩いていった。
「ちなみにケンて名前やけど、女の子ねんで〜」
「ホンマなん!?あおいちゃん!」
「うそやで〜?」
「そろそろだな」
「んむ」
東の水平線を見れば、ほんの僅かに紺から色が変わり始めている。
誰かがそちらを見始めれば、初日の出を見に来ていた人々は次々とそちらへ視線を向けていく。
「出てくるで……!」
「うん……!」
山の陰が少し明るんでくる。
その時が近付いてきた。
山頂展望台には、その時を見ようと参拝客が集まってくる。
早めに来ていたことで、最前列を確保できていた四人は、手すり越しに東の山に視線を集中させる。
静かな波と焚き火が爆ぜる音だけがあたりを支配している。
人々の喧騒もなく、ただただ誰もが東の空を静かに見つめて。
徐々に徐々に空の色は紺から橙へと変わりゆく。
「来た……!」
リンが、そして遠く離れた身延山では千明がスマホを構える。
新しい一年の始まり、その瞬間を収め、そしてその目に焼き付けるために。
東の山の向こうが明るく照らされているのが見えたとき、年賀状配達に勤しむなでしこのスマホが振動した。
せめて配達の途中でも初日の出を見ようと自転車を停めていた時のことだった。
見慣れたキャンプ仲間のグループメッセージ。そこに二人の友人から送られてきたニ枚の写真。
「わぁぁ……!」
浜辺の鳥居の中から差し込む福田海岸の初日の出と、
身延山山頂の展望台から撮った、富士山を傍らに撮った山から昇る初日の出。
「ダブル初日の出だぁ……!」
正月早々バイトに勤しむなでしこにとって、極上の御褒美だ。
少し疲れてきていた身体に力が湧いてくる感覚がある。
リン『あけおめ』
千明『あけおめ〜!』
ケン『皆の衆!あけおめ〜!』
あおい『あけましておめでと〜!』
約1名返事がないのはまだ寝ているということだろう。
皆に元気をもらったなでしこは返信後にスマホをポケットに仕舞うと、先程よりもより強く自転車をペダルを漕ぎ出す。
「年賀状配達!がん!ばる!ぞ〜!」
なでしこ『初日の出ありがと〜!みんな、今年もよろしくね〜っ!!』
「お、返ってきた。自転車で年賀状配達、大変だろうな」
「体力有り余ってるから大丈夫じゃないか?というか免許持ってたら、原付で配達できるのかな?」
「やったことないからわからん」
「……初日の出見れたし、とりあえず戻って温かいものでも飲むか」
「さんせ〜い」
踵を返し、駐車場へと進み行く二人。
だが耳に入る賑やかな喧騒が足を止めさせた。
「なんだ……?」
「餅投げやってる……」
視線を移せば、紅白の足場から町内会の人だろうか?ビニールに包まれた紅白の餅が大量に撒かれている。
『岸通り発展会』の横断幕。そして新年を祝うくす玉が割れ、まるで地方の秋祭りを彷彿とさせる光景だ。
「…………」
「どした?」
「……(ウズウズ)」
「……拾うか!」
「うん」
そこから始まる餅の争奪戦。
年配の方々の執念に押されながら、餅に食らいつく身延の兄妹の姿がそこにあった。
「大量だな!」
「思ったよりたくさん取れてしまった……」
戦果は上々。両手に抱えるほどの量の餅を手に入れた二人。これはしばらく餅に困らないだろう。
「朝飯に餅食う?」
「いや……ここは我慢だ。帰りに磐田の名物のおもろカレー食べなきゃ……」
「ぐ……カレー……!なんて魅惑的な響き……!」
「ま、チェックアウトまで薪燃やしてのんびりしよう」
「そうだな。あとお土産も買って帰らなきゃな。メガネに約束したし」
「豚足カレーのレトルトとか?」
「悪くないな」
帰り道の予定を立てていく最中、何処からか二人の鼻孔を擽り、空腹を刺激する芳しい香りが漂ってくる。
「……なんだろう、この匂い……」
「あれかな?」
ケンが言う先には、移動販売車。
上りには焼き立てピザというパワーワード。さらにさらにメニューのボードには温かいポトフまで。
『ゴクッ……!』
どちらからともなくつばを呑み込んでしまう。
空腹がビッグウェーブとなって襲い来る。
焼きたてのマルゲリータ。しっかり焼かれたピザ生地に塗られたトマトたっぷりのピザソース。そこに散りばめられたバジルのスパイシーな風味に、こってりととろけるチーズ……そしてそれを頬張って、温かいポトフで追っかけて……!
グゥゥゥ……!
腹の虫が鳴き出した。
「ハーフでいいかな……」
ふらふら〜……っと行列に吸い込まれそうになるケンの腕を掴み、リンは必死に引き止める。
「だ!駄目だぞお兄ちゃん!呑まれるな!ここで腹を満たしてどうする!?」
「ハッ!?そうだな!豚足カレー!!」
「そう……!ここで我慢したぶん、豚足カレーは何倍も美味しくいただけるんや!」
「そうだな!我慢だ!我慢!」
「我慢!我慢!!」
出来ませんでした。
「んまぁ……!」
「ポトフもたまらん……!」
空腹がブーストをかけ、あっという間にピザとポトフを平らげた二人。
そして最後の一人からようやく新年の挨拶が。
恵那『あけおめ〜、私も初日の出撮ったよ!』
既に高く登った太陽を背に、未だ夢の中にいるチクワとのツーショットだった。
リン『ようやく起きたか、あけおめ』
相変わらずな恵那に笑っていると、次は母からの電話がリンのスマホに着信する。
「もしもし?」
『リン?あけましておめでとう』
「うん、あけましておめでとう」
『ケンもそこにいる?』
「居るよ」
『じゃぁスピーカーにしてもらってもいいかしら?』
「わかった」
言われるがまま、スピーカーのスイッチを押すリン。今までこんなことなかったので二人になにか変わった用事なのかと首を傾げる。
『ケンもあけましておめでとう』
「あけましておめでとう、母さん」
『そっち、寒くない?』
「身延より全然温かいけど……どうしたの?」
『二人共、今日帰るって言ってたわよね?』
「うん、おじいちゃんくるって言ってたし」
『それが昨日こっち雪降ってね』
「みたいだね。写真送られてきた」
『この辺一帯の道凍結しちゃって、バイクやスクーターじゃ通れないのよ』
「「えぇっ!?」」
二輪車にとって冬の凍結は天敵だ。カーブを曲がる際のワインディングにおいてタイヤのグリップ力が物を言うのだが、道路が凍結しているとタイヤのグリップ力がほとんど無くなる。そんな状態でバイクを傾けたら、タイヤが滑ってバイクを支えきれず、転倒に繋がってしまうのだ。
『しばらく溶けそうにないわね』
「マジで……?」
『で、その話おじいちゃんにしたら、明後日こっちに来る途中にバンでリンのスクーター拾っていくって。ケンはバイクで凍結区域手前まで一緒に走って。私の方からショップのおじさんにかけ合って、トラックで運んでもらうよう頼んでみるわ』
「……凍結クソくらえだな」
『そういうことだから、3日の朝までそっちでゆっくりしてなさい』
未だ飲み込みきれないうちに電話は切れてしまい、残されるは二人の静寂。
二日間も予定が空いてしまったことが、喜んでいいのか悪いのか……。
「どうする……?」
「とりあえず……今日のキャンプ場探すか?安いとこ」
「だな……」
思わぬ棚ぼたキャンプに二人は戸惑うばかりだった。
リン『雪の影響で3日まで静岡にいることになったよ』
ケン『ウソダードンドコドーン!』
そんな二人に助け舟が現れようとは、今の二人には想像もつかなかった。
番外編を書くにあたり、こーゆーのを読みたい!っていうリクエストを募集します!
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