リンの双子の兄は、静岡の猛獣に振り回される 作:ロシアよ永遠に
炭火で焼いた餅を食べ、キャンプご飯の魅力の片鱗に触れた綾乃。何個か餅を繰り返し焼いて食べ(無論とある少女は何個かでは済まなかったが)、満足気な四人は、中に戻ってこたつに当たりながらゆっくりとした時間を過ごす。
年始恒例のお笑いやバラエティー番組を見たり、人生ゲーム的なもので遊んだり、リンの買ってきた『苺のきらめき』と、再びケンの淹れた玉露のダブルパンチでまったりしたり……
楽しい時間はあっという間に過ぎ去っていくもので、気付いて窓から浜名湖を見れば、既に夕日が沈んだ時間だった。
「じゃあなでしこ、帰ってくるときはまた言えよ」
玄関先では、エイプに跨った綾乃がグローブとヘルメットを装着し、帰り支度を終えていた。
「むぅ〜……もうちょっと遊びたかったのにな〜」
「しょうがないよ、コンビニバイトに正月は関係ないんだもん」
「気をつけてな、バイト頑張って」
「ケン君もリンちゃんも、また静岡に来たら遊びに誘ってよね〜」
「ん、その時はよろしく」
さて、名残惜しいがいざ出発かと言うとき、なでしこがふと思い出したように声を上げる。
「あ……!アヤちゃん!今夜バイトが終わってから展望台行かない?」
「……展望台?」
その後、おばあちゃん作の夕飯を頂き、順を追って入浴を済ませた。ちなみに、なでしこはリンと風呂に入ったようで、風呂場から常に……主になでしこのはしゃぎ声が木霊していたとか。
そして……夜も更け、日付が変わった時間。
「リンちゃん、ケン君、そろそろ行くよ?」
「ん〜……」
先に起きたのはリンだった。しかし身体を起こしたは良いものの、なかなか覚醒が出来ずにぼ〜っとして、目が虚ろな状態でいる。
「大丈夫……?」
「いや……3日ぶりの布団だったから……快適すぎて」
変わってケンは未だに起きない。
やはりシュラフでよく寝れるとはいえ、知らず識らずの内に疲労が蓄積していたのだろう。
「ケン君、起きてよ〜」
「あと5分……」
「典型的だな」
「起きないと……ヨゾラが悪戯するよ〜?」
「…………ジー」
やってきたヨゾラがケンの頬にペシペシと猫パンチを繰り出す。
思いの外鋭い一撃が立て続けに入り、ようやくケンも目を覚ますに至った。
祖母の自転車を駆るなでしこの先導で、リンとケンがバイクで追う形で展望台へと山道を登っていく。
街頭も殆ど無く、真っ暗に近い道を、自転車のベッドライトのみで迷うことなく先を征く。
「この辺真っ暗だけど平気なの?」
「うん!うちの庭みたいなものだから!」
そして上り坂であるにも関わらず、特に減速もバテもせず、ラクラクと登っていく彼女のスタミナは、やはり特筆すべきところがあった。
程なくして開けたところへと辿り着く。
休憩用のあずま屋の傍らに、見覚えのあるバイクが一台停車している。
ライトに照らされれば、その側に立っていた目的の人物が歩み寄ってきた。
「お〜い」
「アヤちゃ〜ん!」
「遅いぞ三人共〜」
「ごめんごめん!バイトおつかれ〜」
「ケンがのんびり寝てたから遅くなった」
「ちょっ!リンもそんなに変わらん時間まで寝てたろ!」
「どっちもよく寝てたよね〜。あ、アヤちゃん、写真撮ったけど見る?」
「どれどれ?やっぱ双子だね〜、そっくりな寝顔だわ」
「それはちょっとフクザツな心境」
「どういう意味だ……」
などと駄弁りながら公園の展望台へと上り、手すりに身を預けながら夜景を楽しむ。
手前は奥浜名から、奥は弁天浜の辺りまで、夜景が夜空のように綺羅びやかに輝いており、一種のアートのようだった。
その明かりが何のものなのか、なでしこはしっかりと覚えていて、初めて浜名湖を見下ろす二人に案内していた。
「ここから見える浜名湖が大好きで、よく自転車で来てたんだぁ……ね?アヤちゃん」
「私は疲れるからあんま来なかったけどね」
「えへへ……まぁ良く来始めたのは痩せてからなんだけどねぃ」
「流石にあの坂をチャリは普通じゃキツいよな……」
「さすが、南部町から本栖湖までチャリで行くだけのことはある」
「なになに?どういうこと?」
「えっとね……」
未だ綾乃に話していなかった最初のキャンプの思い出。
あの時感じたもの、見たもの、食べたものすべてが鮮明で、新鮮で、刺激的だった。
忘れたくても忘れられない、なでしこの原点だ。
「それでお姉ちゃんに迎えに来てもらったら、出会い頭にゲンコツ3発も……」
「そりゃ桜さんも心配になるよ。そんな状況だったらさ」
「でも……後悔はなかったよ。アレがあったからリンちゃんやケン君、アキちゃんやあおいちゃん、恵那ちゃんとこんなに仲良くなって……。みんなとキャンプして、こんなワクワクする毎日になるなんて思わなかったもん」
「そっか」
「あ、そうだ。ケン君とリンちゃん、今回のキャンプどうだった?」
「ん……そうだな。色々あったけど良かったよ」
「だな、まさか2日も延泊になるなんて予想できなかったけど」
「それにさ……クリキャンもそうだけど、今回二人でキャンプして……改めて思ったよ。やっぱり私はソロキャンプも好きなんだって。同じキャンプでも、見たものとか、食べたものとか、一人でゆっくり物思いに耽ったり……。なんていうか、ソロキャンは寂しさも楽しむものなんだって」
「寂しさか……」
「別に、皆とのキャンプも……別に嫌いってわけじゃないんだ。それだけは、確かに言える。ソロキャンもグルキャンも、どっちも私は楽しいって思えるから……」
あれだけソロが大好きだったリンが、グルキャンも楽しいと思える心境の変化。それはきっと……
「多分、なでしこのおかげなんだろうな。リンも俺も、キャンプの思いが変わったの」
「え?私?」
「なでしこが俺が野クルに入ってキャンプを本格的に始めるきっかけを作って、なでしこがリンにグルキャンも悪くないって思い始めるきっかけを作って。なでしこに会わなかったら、きっと変わらない日々になってたと思うよ」
「そ、そうなのかな……?」
「そうだよ、なでしこって知らないうちに色んな人にいっぱい影響与えてるんだから、自覚しろよな」
「それって褒めてるの?それとも呆れてるの?」
「どっちも」
「なんか複雑だなぁ……」
怒っていいのか喜んでいいのか。
志摩兄妹から影響を受けただけでなく、逆もまたあったわけで。
二人の表情を見るに、やっぱり悪いことではないらしい。
「そうだ、アヤちゃんココア飲む?」
「うん」
「ラーメンもあるよ?あるよ〜?」
「寝る前に食べたら絶対に太るじゃん、それ〜」
「てか何処から出した?どこに隠してた?」
「それは乙女の秘密なのじゃよ、ケン君」
寒々とした空のもと、三人はココアを啜り、一人は麺をすする。
無言で、穏やかな時間がゆっくりと四人に流れていく。
「私さ」
そんな静寂を破ったのは綾乃だった。
「なでしこが山梨でキャンプ始めたって聞いたとき、ホントはさ、こんな寒い時期にわざわざキャンプって何やってんだよって思ってたんだけど……。今日みんなと話して、ちょっとわかった気がする」
ほんの少しでも楽しかったと思えるのなら、
そこからきっと『好き』って思えるようになるのは簡単なこと。
ここに一人また、キャンプへのほんの小さな想いが生まれた。
「あ、そうだ!ケン君となでしこの好きになり始めた馴れ初め聞きたいな〜。幼馴染として」
「「え゛?」」
「だってあの食欲魔神のなでしこが色恋沙汰だよ?どうやってケン君が射止めたのか知りたいんだよね」
「そ、それは!国家機密です!!」
「なんだそれ」
「黙秘権を行使する!」
「なんでだよ〜減るもんでもないし」
「減るんだよ!俺達のメンタルが!」
真夜中の展望台に、四人のにぎやかな声が何時までも木霊していた。
「じゃあねみんな、風邪引くなよ〜?」
「うん!アヤちゃんも気を付けてね!」
「はいよ〜。あ、ケン君、リンちゃん。あったかくなったら今度は私が山梨に遊びに行くよ。頑張って相棒と一緒にさ。そん時はツーリングでもしよっか」
「ん、楽しみにしてる」
「絶好に攻めれる峠、ピックアップしとくからな」
「おいやめろ」
「あはは……じゃ、気を付けて山梨へ帰れよ〜」
そんな言葉を残して帰路に就く綾乃を見送る。
なんだかんだで本当に予想外予定外ばかりだったけど、
こんなハプニングも含めて、充実した正月キャンプになったと、妙な充足感に満たされたケンとリンだった。
「じゃあ気をつけてね、二人共」
「うん、また休み明けに」
翌朝。
肇が運転するバンの後部座席にビーノを固定し、その車を追う形でバイクにて出発となったケン。こればかりは仕方ないので、ケンも特に思うところはなかった。
「なでしこ、おばあさん。お世話になりました」
「またいつでもいらっしゃいね」
「はい!ありがとうございます」
「じゃあケン、そろそろ出発するか」
「いつでもいいよ、じいちゃん」
その合図を待ってか、バンを発進させ、それを追いバイクも前進していく。
左サイドミラーにはまだ手を振ってくれているなでしこが見えたので、左手を上げて挨拶を残して。
『おじいちゃん、迎えに来てくれてありがとう』
『あぁ。ケンは悪いな……流石に二台は難しいからな』
「いいよ、走るの好きだからさ」
リンのインカムをスピーカーモードにして、バンの中と会話しながら帰ることにした。なんだかんだ多機能なやつである。
『今回は二人だけだったけど、楽しめたかい?』
『うん』
「ハプニングが多かったけど、それもまたよし!」
『そう言えば、御前崎走ったときものすごい風で寒くて大変だったよ』
『だろうな。この辺りは冬になると遠州の空っ風っていう強い西風が吹くんだ。長距離を走るなら、スクリーンを付けておいたほうがいいかもしれん』
「確かにビーノは直だから余計に寒いだろな」
『ウチに使っていないやつが転がっでいた筈だ。ほしいのなら、今度持っていこう』
「へぇ……よかったな、リン」
『うん。ありがとう、おじいちゃん』
『ケンは寒くないのかい?スクリーンは付いているとは言っても小さいだろう?』
「大丈夫、最高のマフラーがあるから!」
『そ、そうかい、ならいいんだが』
『やっぱりバカップルだ』
そのスクリーンが今後どのような形で役立つのか、
それは3月までお楽しみとなる。
番外編を書くにあたり、こーゆーのを読みたい!っていうリクエストを募集します!
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