リンの双子の兄は、静岡の猛獣に振り回される 作:ロシアよ永遠に
商品のバーコードをレジスターで読み取り、精算に取り掛かっていく。
その様を見て、なでしこは思わず固唾を呑む。
待ちに待ったときが来た。
去年の暮れから欲していたソレが、いよいよ手に入る。
これのために年末年始はバイトに励み、お金を得てきたのだ……!
「2点で7370円になります」
「じゃ、一万円でお願いします!」
お釣りを受け取り、念願のガスランプが入った袋をキラキラとした目で見つめる。
初めての自分で働いたお金で買ったものだ。その喜びも一入だろう。
「ついに手に入れたな!なでしこちゃん!」
「うん!」
「よし!記念に写真撮影しようぜ!」
千明がパシャリと一枚取れば、ベルサイユの何とかに出てきそうな顔で喜びを顕にするなでしこ。
まさにお貴族様と言わんばかりの顔がツボに入ったのか、あおいと千明は吹き出してしまう。
「ガラス製品ですので取り扱いに注意してくださいね」
「わかりました〜」
そして退店しようと出口へ向かう三人。
だがなでしこは浮足立っているわけで、足元がお留守になっていた……。
進路の床に置かれていた商品に気付かす、思いっ切り引っかかってしまう。
「ふぉっ!?」
思いっきり仰け反り天を仰ぐなでしこ。
その勢いで袋から飛び出すガスランプ!
大きく宙を舞うソレを、誰しもが目を見開いて注視する。
この高さから落ちれば、ガラス部分が割れてしまうのは必至!そうなればなでしこの先月からの我慢と、数日間の苦労が水泡に帰してしまう!
あわや誰もが起こりうる惨事が脳裏に過ぎったとき。
「…………え、えへへ?」
なでしこ本人が既のところでキャッチした。
見ていて妙な緊張感に包まれていた誰もが、肩の力が抜けて大きなため息を一つ吐き出した。
「これでオシャレキャンパーに一歩近付いたな!」
「うん!」
「なでしこちゃん、ちらっと見えたけど、もう一個何買うたん?」
「むふふ!それは秘密です!」
「え〜?なんで秘密なんよ〜?」
「教えろよ〜?」
「秘密だってば〜!!」
手が冷えると悩んでいた。
自分で買った、大好きな人へのささやかな恩返し。
なんだかんだ言いながら、お願いを聞いてくれる優しい人。
そんな姉へ……。
千明『野郎ども!次の休み、キャンプに行きたいかー!!』
あおい『おー!って野郎一人しかおらんわ』
なでしこ『私バイトだよぅ!』
ケン『上に同じく』
千明『クックックッ!今度はお前達が働いている間にアタシがまったりとする番だぜ……!』
なでしこ『むー!』
ケン『ちくしょう、この極悪人メガネをが……!』
あおい『まぁ沢山写真撮って送るから、バイト頑張ってな〜』
なでしこ『押忍!誠心誠意励みます!』
ケン『で?どこ行くの?』
千明『それは秘密です!』
なでしこ『それ、私の真似だよぅ』
千明『写真送るから、それ見て推理したまえ!諸君!』
あおい『私にも秘密かいな』
なでしこ『ふっふっふっ……名探偵なでしこの出番みたいだね!どんな難問もどんと来い!だよ!』
ケン『髪いじられた俺とリンの見分けつかなかったのに?』
なでしこ『そ、それは……各務原なでしこ、一生の不覚……!』
あおい『でも二人だけで行くのも寂しいしな……恵那ちゃんやリンちゃんも誘わん?あと先生にも声掛けよう?』
千明『だな。あとでメッセージ送っとくわ』
そしてあっという間に週末
あれからリンと恵那を誘った千明。リンはパスで、恵那は快く参加し、千明とあおいを加えた3人でのキャンプとなった。
千明『クックックッ!では一枚目の写真だ!これでどこに行ってるか解けたら貴様らは誇っても良いのだぞ?』
出発した千明から送られてきた一発目の写真は駅の出口に赤鳥居のある所で、あおいと、そして呼びかけに応じた恵那を撮っている。ここから推理しろとのことだが……
ケン・なでしこ『富士山駅』
千明『な、なぜわかったのだ!?』
ケン『お前、アホだろ?』
なでしこ『鳥居に書いてあるよ?富士山駅って』
なでしこの言うように、鳥居の額束にあたる場所にしっかりと『富士山駅』と書いてある。
更には鳥居の影になっているが、駅の壁にも同様に記されており、推理にすらなっていなかった。
千明『これで勝ったと思うなよ〜!!』
ケン『テンプレな捨て台詞だなオイ。……ま、それはさておいても、気を付けて楽しんでこいよ。風邪引かないようにな』
千明『おうよ。帰ったらしっかり土産話聞かせてやんよ〜』
ケン『あ、そろそろバイトの時間だから、またな〜』
なでしこ『私もそろそろ準備しなきゃ。アキちゃん、写真たくさん送ってね!』
千明『バイト頑張るヅラ〜』
こうして何ら変わりない、バイトする組とキャンプする組とがそれぞれの土曜日を過ごすことになった。
しかしこれが後に、ちょっとしたハプニングになろうとは、まだ誰もわからずにいた。
「志摩くんお疲れ様。今日は上がっていいよ!」
「はい!お疲れ様でした!」
「悪いねぇ、少しシフトが延びて」
「いえ!大丈夫です!」
他の職員が少し遅れるとのことで、人数が少ないその間、上がり時間を遅らせることになったケン。
昼少し過ぎに上がる予定だったので、昼食の時間がずれ込んでしまった。
「腹が……減った……!」
おかげで腹の虫が鳴きっぱなしである。
このまま家まで保たないのは火を見るよりも明らか。
「よし、店を探そう」
そうと決まればバイクに跨がり発進させる。このあたりで食事ができる店……といえば身延駅の近くまで行かなければ無い。
「焦るんじゃない、俺は腹が減っているだけだ……」
それほど身延駅まで遠くないので問題ない。商店街に当たる道を走らせていくと、丁度いいところに蕎麦処が。
「少し遅めの飯だし、あんまりガッツリ食べたら夕食に支障が出る。そばあたりで少し控えめにしよう」
そして掛けられた暖簾が何とも言えない味を出している。
少し掠れ掛けた店名『藤本』の文字が、この店が正解だと教えてくれているようなものだ。
時刻は14:00
昼の繁忙期を過ぎた店内へ、暖簾を潜って入っていく。
「いらっしゃいませ!」
「一人ですけど、いいですか?」
「こちらへ……ってケン君だ!」
「あれ?なでしこ?……バイト先ってここか!」
「そうだよ!どうぞこちらへ!」
店員のなでしこに導かれるままに、二人用の席へ案内される。
昼時を過ぎた店内は客はおらず、ケンだけが来客としてやってきているようだ。
「お冷やとおしぼりをどうぞ!」
「ありがとう」
「ご注文はお決まりですか?」
「とり南そばを一つ、お願いします」
「かしこまりました〜!」
なんというか、客としてなでしこを見るのはなんだか新鮮だ。
着物とズボンを合わせたような制服に、三角巾で長い髪を結い上げて、そこから覗くうなじがなんだか色っぽくすら感じる。
(いかんいかん!なでしこを変な目で見るなど言語道断だ!)
ケンとて健全な男子だ。女の子の色気というのに少し敏感でもある。かといって場所を問わずに反応していては理性も何もあったものではない。
ここは禅の心。
お冷を飲んで頭を冷やして心を落ち着かせればいい。
「おまたせしました!とり南そばです!」
「ありがとう……?あれ?丼2つ?」
「うん!お店の人がお昼休み入って食べてきていいって!」
「それでまかないを持ってきた、と」
「うん!だからケン君、一緒に食べよう?」
「そうだな、せっかくだし」
運ばれてきたとり南そば。ごろごろと鶏肉が蕎麦と出汁に浮かんでおり、そこそこのボリュームだ。
向かいの席に座ったなでしこが前掛けと三角巾を外すと、纏められていた髪がふわりと舞い、得も言われぬ衝動がケンを襲う。
「…………」
「どうしたの?ケン君。ボーッとして」
「あ、いや……何でもないよ?伸びないうちに食べよっか?」
「うん!」
「「いただきます!!」」
まずは蕎麦をすする。太めの十割蕎麦を一口噛めば、口の中に広がる蕎麦の香り、そして蕎麦に絡んだ出汁の旨味だ。少し辛めに感じる出汁だが、バイト終わりに疲れた身体にはありがたい。
「おいしいねぃケン君」
「うん、バイト終わりにこいつはありがたい」
向かいでニコニコと蕎麦を美味そうにすするなでしこを見て、さらに食欲が湧く。彼女の食べっぷりは食欲増進剤か何かのように感じてきたケンは、鶏肉を頬張る。
しっとり柔らかく、甘辛い出汁で煮込まれたそれは実に美味で、追っかけて蕎麦をすすってしまうほど。
「ご馳走様でした!」
「早っ!?」
ケンが半分も食べないうちになでしこは完食していた。やっぱり静岡の猛獣は一味違うようだ。
「めちゃくちゃ美味しかった」
「でしょ〜?」
なでしこに遅れること数分後。蕎麦を完食したケンは、満足感に浸っていた。
「今日は遅いお昼だったね?」
「あぁ。交代のシフトの人が遅れるから、それまで代打でな」
「そっかぁ、大変だったね」
「まぁおかげでこうしてなでしことご飯が食べれたんだから、結果オーライだ」
「うん!私もケン君とご飯食べれてよかったよ!」
まったり談笑していると、二人のスマホにバイブが走る。
「あ、アキちゃんからだ」
千明『冬キャンプin山中湖』
富士山と山中湖をバックに、千明、恵那、あおいの三人で撮った写真が添付されており、これに反応しないわけがないのが……
「ほぉぉ!!山中湖だって!すっごい綺麗!」
「てかアイツら、雪降ったあとで寒いだろうに、よく行くな〜……」
「抗えない衝動がキャンプにはあるんじゃよ」
「そういうもんかねぇ」
「はい、これサービスね!」
駄弁っていたら、女将さんがコーヒーを2つ運んできてくれた。
「いいんですか?」
「えぇ、なでしこちゃんの友達だからね!ゆっくりしていってね?」
「ありがとうございます!」
「すいません。ご馳走になります」
「いいのよ、なでしこちゃんも、少しゆっくり休憩していいからね?」
「はい!ありがとうございます!」
一口啜れば、程よい苦味が口に広がり、頭をスッキリさせてくれる。これは本当にありがたい。
「ケン君、ブラックでも行けるんだ?」
「たまにはね。基本的にはカフェオレとかにするけど」
「私、苦いの苦手なんだよねぃ……」
「こればっかりは好みの問題だからな〜」
自分のコーヒーに砂糖とクリームを入れるなでしこ。
考えてみればキャンプデートは行けなかったけれども。
こうして二人でゆっくりできる時間が過ごせたのなら、まぁそれも良いかと満足してしまうケンは、きっと単純なだけなのだろう。
それでもこの時間が何よりもありがたいものに変わりはなかった。
毎朝7時投稿を常としていますが、明後日から少し環境が変わってそれが叶わなくなるかもです。出来るだけ頑張りますが……
番外編を書くにあたり、こーゆーのを読みたい!っていうリクエストを募集します!
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