リンの双子の兄は、静岡の猛獣に振り回される 作:ロシアよ永遠に
「ごちそうさまでした!」
コーヒーを飲み終えて数十分間ほどゆっくり過ごしたあと、会計を済ませて帰宅準備をすすめる。流石に長居し続けていては迷惑だろうし、そろそろなでしこの休憩時間も終わる頃合いだった。
「ありがとうございました!ケン君、また来てね!」
「うん、なでしこもバイト頑張ってな」
「頑張っちゃうよぅ!気を付けて帰ってね!」
「あぁ。また週明けに」
外に出れば、寒い風が吹き荒ぶ。
未だ15時といえど少し日が傾けば寒さが身を刺してくる。
「今日の夜は冷えそうだな……」
愛用のマフラーを巻き、バイクに跨ってエンジンに火を入れて走り出す。
本格的に寒くなる前に帰るとしよう。
……そう言えば、あいつら大丈夫だろうか?と、少し心配してしまうケン。
帰ったらメッセージでも送って状況を聞いてみよう。
そんな考えを浮かべながら、ケンは家路を急いだ。
走り始めて15分。
家の前でおそらくはメタル賽銭箱の煤落としをしていたリンが、スマホとにらめっこして神妙そうな顔をしている。
「どした?リン」
「あ……お兄ちゃん、おかえり。ちょっとした心配事があって、鳥羽先生に連絡してたんだ」
「鳥羽先生に?」
リンが言うには、先程送られてきた写真が山中湖で撮影されたことが気になり、天候を調べたところ、最低気温が−15℃まで下がる可能性があると出たとのこと。いくら冬用シュラフを持参しているとはいえ、朝霧高原とは標高が違う。おそらくあの装備ではこの気温に耐えきれないのでは?と思い、電話してみても繋がらず、結果鳥羽先生に連絡を入れたのだという。
「確かに朝霧高原は標高600メートル……山中湖は1000メートル……その分気温が低いのは当然だよな……!鳥羽先生はなんて?」
「今すぐ様子を見に行くって連絡があったよ」
「……そうか。今は先生を信じるしかないな」
「うん……」
未だ晴れない妹の表情に苦笑いしながら、ケンはシニヨンで纏められたその頭をそっと撫でる。
「大丈夫。鳥羽先生なら何とかしてくれる。な?」
「そう……だな」
「しっかしリンも友達思いだな。こんなに心配する優しい妹を持って、お兄ちゃんは嬉しいぞ」
「ち、違うし!なんかあったら夢見が悪いだけだし!」
「はいはい、照れ隠ししなくていいから〜」
「い、いつまで撫でてるんだこのバカ兄!」
「ぐふっ!!」
リンの鋭いエルボーがケンの鳩尾へモロに入ったことで、蹲って悶絶する。
そんな兄を他所に、クリーナーに漬けていたことで、浮いてきた焚き火グリルの煤を洗い落とし始める。
「……ありがと、元気付けてくれて」
「……おう」
「私にできることはもう無いから、後は報告を待つことにするよ」
「そうしとけ。……俺も出来ることはないしな」
かくいうケンも、キャンプ経験が野クルの中でも長い方なのに、何のアドバイスや注意喚起も出来なかったことが歯痒い。今はただ、3人の無事を祈り、鳥羽先生からの報告を待つことしかできないのが現状でしかなかった。
そして、
寒さに凍える3人を助けた飯田さん親子と共に鍋パーティーへ参加し、振る舞われた酒でべろんべろんに酔っ払った鳥羽先生からの電話を受けたのは、夕飯時の事だった。
安定のグビ姉である。
その電話を受けて、リンの表情から完全に陰りが抜け、兄としても一安心だったと後にケンは語る。
翌朝
鳥羽先生のハスラーの中で車中泊をして寒さを凌いだ3人から、シガーソケットで充電したスマホからワカサギの天ぷらの朝ご飯を食べる写真が送られてきた。
とにかく無事で良かった。
変わらぬ笑顔を鳥羽先生と浮かべる三人に、口元が緩むリン。
恵那『無事に夜を越せたよ。リン、心配してくれてありがとね』
あおい『ほんまにありがとなー』
千明『この恩は一生忘れないぜ!!』
無事を確認し、ビーノ洗車の準備のためにスマホを置いて一旦席を外すリン。
リン『山中湖みやげ、よろしくな』
そんなメッセージを送って。
私もリンちゃんみたいにひとりキャンプやってみたい
そんななでしこからの電話が洗車をするリンへ掛かってきた。
いきなりの希望というか宣誓と言うか、そんな彼女の言葉に驚き、また学校で話を聞くということでその場は収まった。
「へぇ……なでしこがソロキャンしたいねぇ……」
バイトが終わり、帰ってきたケンにリンは相談を持ちかけた。
予想だにしなかったなでしこのここまでのキャンプ熱。よもやソロキャンまでやってみたいと言い出すとは……。
「良いんじゃないの?」
リンに続いてバイクを洗車しながら、ケンはさっぱりとした答えを返した。
「……結構軽いなぁ。心配じゃないの?」
「そりゃ心配だけどさ。なでしこが挑戦したいって言うのを無碍にして止めるのはちょっと違うかなって」
「まぁ、チャレンジしたいのは良いことだけど」
「それに、行くのはなでしこ一人だけど準備は手伝ってやっても問題ないんじゃないか?ソロキャン経験豊富なリン先輩がさ?」
「え?私?」
「キャンプ場の選び方とか、ソロキャンするに至って準備しておくこと、調べておくこと。なでしこの為にしてあげられる事、結構あるんじゃない?」
「それはそうだけど……」
「だからさ、友達として、キャンプ仲間として、サポートしてやろう。俺も手伝うからさ。明日、しっかりアドバイスしてやれ」
「うん、そうする」
かくして、なでしこのソロキャンチャレンジに際して、各方面からのサポート体勢……『なでしこソロキャン支援作戦(ケン命名)』が設立された。
翌日 放課後 図書室
相変わらずストーブがごうごうと焚かれて得も言われぬのんびり空間を生成するこの部屋は、ある意味溜まり場になりつつあった。
「これ、鍋しこ……じゃないや、なでしこちゃんから教えてもらったごま豆乳きりたんぽ鍋」
「おぉ!美味しそうに出来てるねぃ!」
恵那のスマホに収められた山中湖キャンプの写真を、なでしことケンが見せてもらっていた。
何だかんだで良くも悪くも三人にとってはいい経験となったようである。
「きりたんぽって、食感が焼き餅と焼きおにぎりの中間くらいなんだよね〜」
「旨いの?」
「うん、予めゴマ油で軽く表面を焼いてるから、香ばしさと少しサクッとした食感がすごく良かったよ!あ、ゴマ油で焼くのも、鍋しこ……じゃなくて、なでしこちゃんのアドバイスなんだよ」
「えへへ……」
「なんだ……?さっきから言い間違えてる鍋しこって……」
更にスワイプさせると、でっかいトナカイだか鹿の人形こと、カリブー君に抱きつく千明が映されていたが、『あ、これは違う写真か』とスルー。どうしてこうなったのか気になるところではあるが。
「で、この人達が寒さに凍える私達を助けてくれた飯田さん親子。伊東の人なんだって」
「あ、鳥羽先生もいる。べろんべろんだ〜」
「リンが先生に連絡してくれたからだよ〜。でなきゃどうなってたことか……」
「私もそうだよ!本栖湖でリンちゃんに助けられたもん!」
同じくリンに助けられた境遇の者として、なでしこは興奮が隠せない!
「これからは尊敬と感謝と畏怖と愛情を込めて、シマリン様って呼ばなきゃ!」
「そうだね!恵那ちゃん!!」
そして何故かカウンターの上に設置されているメタル賽銭箱に十円玉二枚がお賽銭として投げ入れられ、シマリン様に命を救われた二人は目を閉じて手を擦り合わせる……。
「シマリン様。どうかお納めください!」
「ありがたや〜ありがたや〜」
「拝むな。あと図書室だから静かにしろ」
「現人神になれてよかったな〜」
「そんなもんになりたくないわ」
「そう言えばなでしこちゃんもケンも部活は?」
「千明とあおいがバイトだから休み〜」
「私も最近バイトのシフトで休みがちなんだよねぃ……ちょっとさみしいよぅ」
なんだかんだで野クルのメンバー全員がバイトをしているということもあり、シフトによっては全員が部活休み……ということもこれからは多くなってくるだろう。部活仲間とのふれあいが少なくなるというのは、バイト学生の性か……。
「あっ!そうだ!ここにいる四人で臨時野クルやろう!」
「おっ!いいね!」
「しれっと私を入れるな」
「嬉しいくせに〜」
「なんか言ったか?」
「と思ったけど、私これから用事なんだ〜。じゃあね〜3人とも〜」
「えぇ〜っ!?」
場を盛り上げといてこの仕打ち……斉藤恵那……恐ろしい子!
なんだか嵐のような奴が帰ったことで、変に力が抜けたのか、リンは大きくため息を一つ。
「そう言えばなでしこ、ソロキャンしたいって話なんだけど……本気なの?」
「うん!来週バイト休みだから行ってみようと思うんだ!」
「でも結構いきなりだよな。俺もリンから話聞いてちょっと驚いたかも」
「えへへ……実はね、お正月から少し頭の片隅でいつかやってみたいなって考えてたことなんだ〜」
「正月?」
「うん!展望台に行ったときの!」
「「……あぁ。あのときの」」
綾乃と四人で登った奥浜名の展望台。
そこでリンが言ったソロキャンの魅力。
寂しさも楽しむソロキャン。
その言葉がなでしこの中にソロキャンへの憧れとして残っていたらしい。
このなでしこという猛獣は、キャンプというジャンルを骨までしゃぶって楽しむ勢いだ。
(知らない間に焚き付けてたのか、私)
「だから今日は、ソロキャンの大先輩のリンちゃんにじっくり聞きたいなって!いつもどんなふうにキャンプ場決めてるの?」
「そうだな……私は基本的にはグルグルマップで目星つけてる。後は口コミとか、評価とか、ユーザーからのコメントからも参考にして決めてる」
「グルグルマップかぁ……」
早速自身のスマホを取り出し、グルグルマップで周辺のキャンプ場を検索し始めるなでしこ。
「あとキャンパーさんのブログとかインスタとかも参考になるからオススメかな」
「へぇ……あ、ここ良さそう!だけど……山の方で駅から結構歩くねぃ」
「あれ?桜さんに送ってもらうんじゃないの?」
「うぅん。今回は私一人で電車やバスを使ったり、歩いて行って帰って来ようと思ってるんだ。それに……お姉ちゃんに一人でキャンプするって言ったら絶対反対されると思うんだ……」
リンは桜が鋭い目つきでなでしこを阻止する姿がありありと想像できた。確かに心配性なあの桜なら、反対する可能性もなくはないが……
「う〜ん……そうかな?」
そこに異を唱えるのがケンだった。
「なんとなくだけど存外桜さんてそこまでダメ出しはしないような気がするんだよなぁ」
「そうかなぁ?」
「なんだかんだで桜さんて、なでしこがどうしてもやりたいって思うことを止めはしないと思うんだ。じゃなきゃ、イーストウッドや四尾連湖みたいに学生だけのキャンプなんて行かせないだろ?」
「それはそうだけど……」
「多分、しっかり計画立てて熱意を見せれば快諾してくれると思うぞ?……まぁ2ヶ月ほどの付き合いの俺がいうのもアレだけどな」
厳しそうに見えて、存外甘々な桜……というのが、これまでの付き合いでケンが抱いた彼女のイメージだった。
「そっか……うん!そうだよね!思い切って言ってみる!当たって砕けろ〜!」
「砕けたら駄目なやつだからな」
きっと心配しながらも送り出してくれるだろうと、妙な確信があるケン。なんだかんだで妹に弱いのは全国共通の兄姉の共通事項である。
「あとはなにか気をつけたりしたほうがいいことある?」
「そうだな……」
リンが提示した気を付けるべきこと
1、電波が通じるキャンプ場を選ぶこと
万一何かあったときに助けも呼べないし、知りたいことも調べられなくなるから。
2、家族や知人に行き先を言っておく
一人だと尚更である。
3、しっかり下調べする
水道の冬季停止やトイレの状態など想定外の状況がないようにする。
4、天気予報を確認しておく
天気だけでなく、どの時間に何℃になるのか?どれだけ冷え込むのかを調べておくこと。
5、キャンプ場でやることを決めておく
ソロキャンは暇を持て余すので、何か暇を潰せる事を考えておく。
「……とまぁ、こんな感じかな」
「なるほど……!ありがとう!ソロキャンの始め方、なんとなくだけどわかったよ!」
「そ、そう……ならよかった」
「よ〜し!週末までじっくり下調べして計画立てて!ソロキャンデビューするぞー!!」
「あと、桜さんの許可な」
「が、頑張りまっす!……じゃあ私、そろそろ帰るね!」
「う、うん」
「また明日!ケン君もばいばい!」
「気をつけて帰れよ〜」
なでしこが帰ってしまい、静けさを取り戻した図書室。
先程まで騒がしかったのが急に静かになり、少し寂しさがリンの心に刺さる。
静かな方が好きだったのに。
なでしこが来てから、少し騒がしいのも悪くなくなってきていた。
「今週なでしこはソロキャンか……やれやれ。……私も週末、バイト休みだったんだけどな……」
「お?寂しい?寂しい?」
「うるさいバカ兄」
一緒にキャンプに行かないか誘おうとしたのだが……リンのそのほのかな希望は、今回叶わなかったようである。
番外編を書くにあたり、こーゆーのを読みたい!っていうリクエストを募集します!
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