リンの双子の兄は、静岡の猛獣に振り回される 作:ロシアよ永遠に
翌日 正午過ぎ 志摩家
「ごちそうさま」
「お粗末様」
午前中のバイトを終え、家で昼食を終えたケン。使い終えた食器を流しに運び、食器用洗剤で手際よく洗っていく。
さて、昼からは特に予定がなく、手持ち無沙汰な状態だった。以前なら、バイトのシフトに合わせてバイク講習を入れていたため、いざ免許をとってしまえば暇な時間が出来てしまうわけで。
「あ、そうだ。ケン、ショップのおじさんが、今日のお昼から届けられそうだって、お昼前に電話があったわよ」
「え?マジ?」
「えぇ。中古だからその分早く諸々出来たそうよ。メンテもバッチリしとくって」
「お、おぉ……!」
興奮が止まらない。
待ちに待ったときが来たのだ……
講習とバイトが無駄でなかったことの証のために……!
長年の夢成就のために……!
「バイクよ!俺は待っていたぁ!!」
「近所迷惑よ」
そう、注文したバイクが、いよいよ今日届くのだ。
実は前の日曜、教習所卒業の目処が立った時点でバイクショップに赴き、購入を済ませていた。長年貯めたお年玉と、放課後や休日、夏休みも費やして貯めたバイト代を総動員。流石に新車とはならなかったが、新品同様に大事に使われていた250ccバイクを購入に至ったのである。この排気量なら車検こそないが、それでも不具合が出ないようにしっかりメンテナンスをしてから納車してくれるとのことで、今か今かとソワソワして待っていたのだ。
「で、納車したら早速乗り回しに行くの?」
「ふっ……!愚問だな、母よ。わかりきったことではないか!」
「あんた、興奮しすぎてキャラがぶれまくってるわよ。……全く、バイク好きなんて誰に似たんだか」
「間違いなく先祖代々受け継がれてきた遺伝子だよ、きっと」
「血は争えないわね」
「父さんの血もあるけど、俺的には新城家の血が濃厚だと思ってるんだよな」
「えっ!?」
「父さん曰く、母さんのほうが上手く乗り回してたって?」
「ど……どこでそれを……!?」
「蛇の道は蛇だよ、母さん」
「……リンには内緒よ?」
「いずれバレると思うけどな」
咲にとってバイクを乗り回していた事は黒歴史なのか。別段珍走団でなかったのなら、そんなに恥ずかしがることも無いだろうにと思うケン。
彼は知らない。
こっそりと隠されているアルバムの中に、カスタムされたSR400に跨った咲が、ドヤ顔で写った写真が収められていることを。
そして咲も知らない。約4ヶ月後、父と夫によってその存在が暴露されてしまうことを……。
そして、
「ちわー!バイクお届けに来ましたー!」
「はーい!!」
今日ここに、新しいバイカーが誕生した。
シートに跨ってスタンドを収納。キーを回し、ハンドル右側に備えられた赤いボタン……キルスイッチを入れ、次にその下のセルスイッチを押さえる。
瞬間、独特の起動音、そして軽い振動とともに、バイクの心臓部に火が入った。
「ふぉぉぉっ!!」
スズキGSX250R。その水冷2気筒エンジンから伝わる息吹が、興奮を更に跳ね上げる。
早く走りたい。
その衝動に駆られながらも、それを理性で抑え込み、ミラーの調整や、ニュートラルでアクセルを回し、エンジン音のチェックを行う。
いい音だ。
買ってよかった。
夢に見たバイクが、とうとう自分の物になった事実に、笑みを隠さずには居られない。
そんなケンを見て、咲は苦笑いを浮かべる。
「あんまり遠くへ行ったら駄目よ?」
「わかってるって。軽くじいちゃんの家あたりまで行ってくるよ」
「全然軽くないわよ。……ホント、気を付けて。転ばないように無理なワインディングはしたらだめだからね」
「流石に初っ端からコケたくないから無理はしないよ。とりあえず、教習で習った内容を思い出しながら慣らしてくる」
「わかればよろしい」
各種プロテクターを付けたし、グローブを着用。準備万端。上げていたヘルメットのバイザー下ろし、右へウインカーを出す。
「じゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃい。遅くならないようにね」
「うい〜」
クラッチを握り、ギアを一速に入れる。後方確認を終えて、ゆっくりとクラッチを戻し、半クラッチに入った時、ゆっくりとバイクが進み始める。
初めて祖父のタンデムをさせてもらったときの興奮が蘇ってくる。
「じゃ……出発!」
走り出したバイクは、独特の排気音を残して、あっという間に志摩家の先のカーブを曲がっていってしまった。
「行っちゃったか……」
そんな息子を見送った母親は、苦笑いしながら溜息を一つ。
「なんだか久しぶりに私も乗りたくなってきちゃったなぁ」
もう開き直って父と夫、自分と息子、そして近々乗るだろう娘、一家五人でツーリングも悪くないのではないか?などという考えが浮かんでしまった咲だった。
一方、
自身を巻き込んだ母のちょっとした野望など露知らず。
娘であるリンは、昨日ケンと話してた通り、自転車で富士宮市の麓キャンプ場へと赴いていた。
利用料金2000円と、学生にはちょっと厳しい懐事情なのだが、それを補って余りある広々とした芝生の敷地が、リンに得もしれぬ開放感を与えていた。
ただ……
「寒……!」
直火NGという規則によりリンは寒さに苛まれる。芝生に燃え移らないよう、焚き火をする際は焚き火台が必須だ。しかし、リンは焚き火台を持っていない。レンタルもしているようだが、追加で1000円…そして更にそれに薪代が追加されるわけで……
「……最悪シュラフに入って過ごすか」
そんな虚しい懐事情の中、本を読んだり、今目を覚ました恵那に(チャット内で)けしかけられた刺客にブチ殺されたり、あと散歩したら鹿の糞を踏みそうになったり、二匹の
(……あの時、すっごい無愛想で素っ気なくアイツの誘い断っちゃったな)
思い出すのは月曜日のこと。
再会したなでしこがグループキャンプに誘ってくれたのに、あんな断り方をしてしまった。いくらソロキャンプが好きで、グループキャンプよりもこっちがいいにしても、もう少し良い断り方があっただろうに。
(……何となく、自己嫌悪……)
もう少し愛想よくなれないものか。兄はそこそこコミュニケーションを取りやすい性格だ。アホだが。あそこまでとはいかなくても、少しくらいコミュ力が欲しい。そんなジレンマに苛まれ始めた。
「ハァ……」
つい出てしまった溜息は、寒空の下、すぐに霧散していく。
目を閉じ、一度なでしこにこのことを謝ろう。でもどうやって謝ろう?
そんな考えが浮かび始めたとき、
(リンちゃ〜ん!!)
(……わかったよ)
幻聴が聞こえてきた。あの元気な声。コミュ力。もはやオバケの領域だ。だからあのバカ兄と仲良くなれてるんだろうなぁ。
「リンちゃ〜ん!!」
「あ〜もう、わかったって」
「やっぱりリンちゃんだ!見つけた!」
「ほぁっ!?」
目を開ければ、目の前にそのなでしこが、なんか色々山のように入った籠を抱えて立っていた。
「なななな!?なんで!?なんでここに!?」
「えへへ……斎藤さんがね、リンちゃん今日はここでキャンプしてるよって教えてくれたんだ。」
「……またあいつ経由か」
確かにチャット内でどこに出掛けているのか尋ねられ、ホイホイ正直に答えたが、まさかこうして悩みの種であるなでしこに情報漏洩させるとは思ってもみなかった。
「で……?後ろにいるアヤシイヘルメットの人は?なんかじっと立ってるだけなんだけど」
「あ……この人はね!」
紹介しようとしたなでしこを制しながら、フルフェイスヘルメットでジャケットを羽織った輩は一歩前へ出る。
「……何だよ?」
警戒心を剥き出しにするリン。
そんな緊張感漂う中、そいつはこう答えた。
「通りすがりの仮面ラ○ダーだ!覚えておけ!」
遡り10分前
「受け付け行ってくるね!」
麓キャンプ場駐車場。
友達と遊ぶために富士宮市へ繰り出す姉である桜に頼み、大量の食材を入れた抱え込むほどの大きさのかごと共に送ってもらったなでしこ。管理棟に受け付けを済ませるために助手席を降りたなでしこと入れ替わるように、ラシーン右隣数メートル開けて、一台の中型バイクが停車した。黒のフルカウルのボディが夕日に反射して眩しい。
「あら、貴女は……」
そのライダーがヘルメットを取れば、先週の土曜日になでしこを助けてくれた女の子そっくりの顔だ。
「……???」
話し掛けられても、全くの初対面なので首を傾げるライダーことケン。ケンとリンが双子であることは知っている桜だが、彼とは初対面。なでしこがリンに会うために講じて送ってきたにもかかわらず、何でここにいるのかがわからない状態だった。
「お姉ちゃん、お金いるんだって」
「でしょうね。って、そのリンちゃん、ここに居るわよ?」
「え?……あぁ!!ケン君だ!!」
「あれ?各務原?」
妙な巡り合せが、ここにあった。
「へぇ、じゃあ貴方がリンちゃんの双子のお兄さんのケン君なのね」
「はい、志摩ケンです。妹がお世話になってます」
「むしろウチのなでしこの方がリンちゃんにお世話になってんだけどね」
「ほぉぉ!!ケン君、バイクに乗ってるの!?」
「うん、今日納車されて初乗り」
「かっこいいですなぁ!!」
バイクに興味津々な様子のなでしこだったが、直ぐに姉の桜に首根っこを掴まれる。
「ほら、さっさと受付済ませるわよ」
「ぐぇ……!お、お姉ちゃん、首、首ぃ……!」
「あ、俺も受付しないと」
「ケン君も泊まるのかしら?」
「いや、俺はただ寄っただけです。慣らし運転がてら、ちょっとリンにサプライズで。なので用事が終わったら帰る予定なんで、扱いはデイキャンプですね」
管理棟内部で割とスムーズに受付を終え、利用料金を払い終えるのを見届けて、桜はラシーンに乗り込む。
「じゃ、また夜に迎えに来るから」
「うん、お姉ちゃんありがとう!気をつけてね!」
「そうそう、ケン君」
ちょいちょい、と手招きする桜に、何だろうと近付くケン。
1メートルくらいまで距離が寄ったとき、桜が顔を寄せて小声で言った。
「なでしこから貴方のこと聞いてるから信用してるけど……万一手を出したら責任、取りなさいよね」
「はぁっ!?」
目を丸くして距離を離す。
なにを言ってるのかこの人は?
別にそういう間柄でもなく、ただの異性の友人なだけだ。
少し慌てるケンを見て満足したのか、ニッコリと微笑む桜。
「冗談よ。ケン君、夜には帰るんでしょ?夜道、気を付けてね?」
「あ……は、はい。御心配痛み入ります」
「じゃぁね、二人共」
言うだけ言って、桜はラシーンを発進させ、市街へ向けて去っていった。
「ケン君。お姉ちゃんと何話してたの?」
「いや……、なでしことこれからも仲良くしてやってくれってだけだよ」
「ふぅん、別に私達、普通に仲良しなのにね〜。変なお姉ちゃん」
よもや馬鹿正直にありのまま言うわけにもいかない訳だが…かと言って変な受け答えをすれば勘繰られるので、当たり障りなく返すのが無難だ。
別段、変な気持ちはないのだから。
「じゃ、早速リンちゃん探しに行こっか!」
「そうだな、じゃ、行くとしますか」
歩き始める二人。どこにテントを構えているのかわからないので、手当り次第歩き探す。
途中、なでしこが二匹の
「……にしてもすごい荷物だな。重くないか?なんか土鍋も見えるし」
「ん〜ん、大丈夫だよ。あ、そだ。ケン君も、一緒にお鍋しよ?」
「鍋?キャンプで?」
「うん!」
「いや、リンと二人でするんじゃ……」
「一人より二人、二人より三人で食べた方がお鍋って美味しいよ、きっと!……もしかして、夕飯の約束とかある?」
「いや、帰って家で食べる予定だから無いけど……」
「帰りは寒いから、お鍋食べて、温まって帰ったほうがいいよ!ね?」
「わかったよ、じゃ、御馳走になろうかな」
そんなこんなで、なでしこお誘いのもと、なべキャンのご相伴に預かる形となった。
そして、驚かせるためにフルフェイスヘルメットを被り、リンの元へと辿り着いたわけである。
番外編を書くにあたり、こーゆーのを読みたい!っていうリクエストを募集します!
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