リンの双子の兄は、静岡の猛獣に振り回される 作:ロシアよ永遠に
ホントにこの暑さでやられて、仕事終わったら寝てる状態でした。
2月14日
本栖高校
今この学校は殺気と緊張感に満ち溢れていた。
否、ここだけではない。
全国学校共通で。
それは主に男子から発せられるもの。
持つものを妬み、羨み、そして怨嗟の籠もった目で睨む。
バレンタインデー
それはまさに、独り身の連中にとってはクリスマスに次いで地獄と言うに差し支えないイベントであった。
時は遡り朝 志摩家
いつものようにもさもさと眠気が取り切れない頭を無理矢理覚醒させながらトーストを貪るリンとケン。
リンはイチゴ、ケンはブルーベリーのジャムがお気に入り。一糸乱れぬ同じ動きでトースト、スープ、サニーサイドエッグを口へ運んでいく。
『今日は2月14日バレンタイン!皆さんは誰かに心の籠もったチョコを渡しますか?私は渡す相手がいなくてぴえんなわけですが……』
「ふ〜ん……バレンタインか」
トーストの残り一口を放り込むと、スープで流し込んでコーヒーで〆る。
どこか余裕のある強者のように聞き流すケンを、同じく食べ終わったリンがジト目で睨み付ける。
「去年までブルーになってたくせにな」
「いやそれはまぁ……男として少し憧れはあるものだと思うけど……」
「ま、今年は確実に本命が貰えるからその余裕なんだろうけどな」
「期待してるってのは……確かにあるけどな」
「ま、甘ったるい空間は二人だけでしろよ。見せられてる側からしたら堪らん」
「わ、わかってるよ」
今年はいつもと違うバレンタイン。
昨年までは『ワンチャンもらえるかも?』という淡い期待と、一日が終わって貰えなかった時の絶望を味わう日だった。
だが今年からは……
少しはやる気持ちを抑えながら、ケンは登校準備を進めた。
「おはよう!ケン君!」
「お、おはようなでしこ!」
「今日も寒いねぃ!」
ケンの登校から少し経ち、その桃色の髪を揺らしながらなでしこは隣の席に着く。
バレンタイン、ということもあってか、いつも以上にドキドキする気がしなくもない。
チラチラと横目でなでしこを見るが、特に変わった様子もなく、いつもどおりに教科書やらノートを机の引き出しに移している。
「……?どうしたのケン君。チラチラ見てるけど?」
「あ、いや、何でもないよ、何でも」
妙に挙動不審な返事になってしまった。
これでは『何があります!』『期待してます!』って言ってるようなものだ。
「変なケン君」
(落ち着け……今日はまだ始まったばかりなんだ……!変にソワソワしてたら駄目だ!)
きっと放課後までに……!
そうだ、短気はいけない。
ここは余裕のある恋人というものを見せ付けてやろうじゃないか。
「俺が変?ふっ……なでしこも変なことを言うものだ。俺はいつもどおり、至って普通だよ」
平静を装い、ドヤッとキザ極まりない顔でそんなことを言うものだから、なでしこが怪訝な顔を浮かべてこう言い放った。
「熱でもあるのケン君?保健室行く?」
微妙になでしこの気遣いがケンの心に突き刺さった。
「ケン君、野クル行こっ!」
「ソウダネ」(カリブー君並感)
あっという間に放課後。
結論から言えば貰えなかった。
休み時間に、ややもすれば昼休みに、
そんな彼の淡い期待は見事に霧散してしまった。
そんなケンの心境を知らずか、軽い足取りで先ゆくなでしこ。
(ま、別に貰えなくて関係が変わるわけでもないし、いいかな?)
まぁ『忘れてた!』って慌てふためくのもなでしこらしいと言えばらしい。
いつもと変わらない彼女に苦笑いを浮かべながらついていくケン。
いつもどおりの一日、ただそれだけなのだから。
野クルの部室の扉を開けば、まだ千明とあおいは来ておらず、ただ静かなうなぎの寝床だった。
「まだ誰もいないな」
「アキちゃんもあおいちゃんも掃除当番だから遅れるって言ってたよ」
「なら中で待ってるか?それともリンの所へ冷やかしに行く?」
「冷やかしたら駄目だよ〜」
ケンの提案に苦笑いしながら、なでしこはトテトテと部室に入り、ちょこんと棚の上に腰掛ける。
「ほら、ケン君も座り給え。二人をゆっくりここで待とうではないか」
「キャラがおかしなことになってないか?……まぁここで待つのは悪くないかな」
なでしこに続いて棚に腰掛ける。
二人並び、ケンはボーッとしていると、隣でゴソゴソとなでしこがバックを探っているのが横目に入った。
スマホでも探しているのか?と思っていた矢先
「はい、ケン君」
「ん?むぉっ!?」
振り向けば、なでしこが丸く茶色い何かを口に押し込んできた。
とっさのことにされるがままにそれを咀嚼すれば、ほろ苦さの中に甘さが口いっぱいに広がってくる。少しすれば、腔内の温度でゆっくり溶けていく。
「……チョコ?」
「うん!トリュフチョコだよ!どう、かな?手作りしてみたんだけど……」
カバンから取り出したのは、クリア袋でラッピングされたトリュフチョコ。どうやら手作りしたはいいが、少し自信が無かったようで、声が徐々に尻すぼみになってきていた。
「いや、美味いよ。店売りかと思ったくらいに口当たりも良かったし」
「ホント?良かった〜!」
「味見、しなかったのか?」
「だ、だって初めての手作りチョコをケン君に食べてほしかったんだよぅ」
「……そっか。なんか嬉しいやら恥ずかしいやらだな」
よもや放課後にこんなサプライズがあるなどと、もはや諦めかけていただけにその喜びもひとしおで、照れ臭さもそれ相応に大きかったりして。
「もっと食べる?」
「え?そだな、貰おうかな」
「じゃ、はい!あ〜ん!」
なんの迷いもなくトリュフを手に取ると、ケンの目先にそれを差し出してくるなでしこ。これは所謂、恋人同士の『あ〜ん』というやつか……!
こんな嬉し恥ずかしなスキンシップはケンにとってはオーバーキルだ。
だが、世にはこんな言葉がある。
『据え膳食わぬは男の恥』と。
「い、いただきます……!」
パクっとなでしこの指からトリュフを頬張る。
なぜだろうか?さっきのようなチョコ然としたチョコの味がせず、感じるのは口の中でナニかが溶ける食感だけ。
正直、緊張で味がしなかった。
「え、えへへ……なんだか恥ずかしいねっ」
自覚はあったのか、苦笑いを浮かべるなでしこの頬は紅潮していた。
そんななでしこに、ケンの中でちょっとした悪戯心が芽生える。
「そうだ、なでしこも食べてみたらどうだ?」
「えっ!?」
「自分で作ったチョコっていうのも味わい深いと思うからさ」
なでしこの持つラッピングされたトリュフを一つ手早く手に取り、なでしこがやったように差し出す。
まさかやり返されるとは思わず、なでしこの顔はさらに赤く染まっていく。
ケン曰く、『あ〜ん、していいのは、あ〜ん、される覚悟のあるやつだけだ』
「え、えと、ケン君……?」
「よもや人を辱めといて、自分は大丈夫なんて思ってないよなぁ?」
「へ、変な言い方しないでよ〜!」
トリュフを摘んだままジリジリ寄ってくるケンに圧され、棚を降りてジリジリと奥へと後退するなでしこ。ケンも追い詰めるべくジリジリとにじみ寄っていく。
とうとううなぎの寝床の最奥に背を預けるまでに追い詰められたなでしこ。
そして彼女を逃すまいと、左手を壁に添えて接近するケン。
図らずも、所謂『壁ドン』の形となった。
「ほら、なでしこ。口開けて。受け入れたら後は楽だから」
「え……えぅ……」
「あ〜ん……」
「あ……あぁ……ん」
至近距離のケンの顔に顔を真っ赤にしつつも、意を決して口を開けたなでしこの口にトリュフチョコを放り込む。
口を閉じて腔内で溶けゆくチョコから広がる苦味と甘味。
「お、美味しい……」
「だろ?なでしこ、スイーツ作りも上手いんだな」
「え、えへへ……じゃあまた作ってこようかなぁ」
「期待しとく」
「で、でも!今みたいなのはナシだよ!」
「今みたいなの?」
「あ、ああやって迫ってくるの!……正直、心臓に悪いよ……!」
「何が何なのかわからんけど……わかった」
壁ドンは無自覚からの行動だったのか。変なとこで鈍感なケンに、少しなでしこは内心で小さな溜息をついた。
そんな野クルの部室を扉の隙間から覗く二人の視線。
「なぁイヌコ……」
「なんや……?アキ……」
「アタシらは……何見せられてんだろな……?」
「掃除終わって部室に来て覗いたら甘々熱々空間が出来上がっとった……そういうことや……」
「今からアイスのブラック買ってくるけど……イヌコも飲むか……?」
「飲むわ……人生初のブラックがこんな形になるやなんて……心外や……」
自販機へ向かう二人の足取りは、笛吹公園へ向かうときよりも重く感じた。
え?ただでさえ暑いのに、熱々の二人を書くな?
番外編を書くにあたり、こーゆーのを読みたい!っていうリクエストを募集します!
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