リンの双子の兄は、静岡の猛獣に振り回される   作:ロシアよ永遠に

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第二十一話『伊豆キャンの始まりと、わさび丼』

翌日 午前三時

未だ誰もが眠りに就く最中、リンとケン、二人のアラームが部屋に鳴り響く。

今日は伊豆キャンの出発日。原付の速度で身延から伊豆半島南端に程近い下田に昼辺りに行かねばならないのだから、これくらいに起きて出発しなければならない。

互いに欠伸を噛み殺しながらモーニングケアを終えて防寒着を着込んで、いざ!と玄関へ向かえば、一人の老人も出発の支度をしていた。

 

「あれ?おじいちゃん、今から帰るの?」

 

リンの問いに口元を釣り上げた肇。ヘルメットを抱えて玄関から出ていく彼に続くように、二人もブーツを着用して外へ繰り出す。

 

「ケン、リン。途中まで一緒に走らないか?」

 

肇からの意外な誘いに二人は目を丸くする。断る理由もなく、ただただ肇の誘いに乗って、彼のリードで出発する三人。

トライアンフの赤いテールランプを追い、ビーノとGSXが身延の道を走り出していく。

目の前を走る大型バイク。それを操る祖父の後ろ姿はタンデムしたときや普段とは違ってて。

その背は大きく、そして……

 

「なんか、かっこいいな……」

 

『だな』

 

インカム越しに応えるリンも同じ想いのようで、孫の二人はいつになく緊張し、そして得も知れぬ高揚感があった。

ただ静かな、ビーノの速度に合わせた孫と祖父のツーリング。

 

「まさかこうやってお前達と一緒に走れる日が来るとは……思っても見なかったよ」

 

一時間ほど一緒に走った先のコンビニで休憩した三人。コーヒーを飲み干した肇は孫とのツーリングに、いつもは見せない満面の笑みを浮かべた。

彼本人もこうして走れることが予想外だったのか、もしくは望めども叶わないことだと思っていたのか。

なんにせよ、表情から肇にとって僥倖であったことは想像に難くない。

 

「伊豆は広いが、気をつけて走るんだよ」

 

「ありがとう、おじいちゃん」

 

「じいちゃんも気を付けて」

 

「あぁ。土産話、期待してるよ」

 

そう言い残してトライアンフに跨った肇はコンビニ駐車場を後にした。

赤いテールランプが尾を引いて走り去っていくその姿に、二人はどこか満足感に浸っていた。

だがここで終わりではない、始まりだ。

ここから始まるのは伊豆キャン。おそらくは高1最後の盛大なキャンプになる。そのために今まで色んなことを我慢して、そして頑張ってきたのだから。

 

「……そろそろ行くか」

 

「だな」

 

言葉少なくも、二人の意思は一つだ。

これから長い時間を掛けて下田へ走らねばならない。

だが未知の土地を走ることに対して不思議と二人に不安はなく、ただただ旅ができることへの期待と高揚感が満ちている。

未だ雪の残る駐車場を駆け、二人は出発する。

身延の遥か南、伊豆を目指して。

もうすぐ訪れる春の夜を切って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

身延を出発して7時間。

流石にぶっ通しというわけではないが、休み休みで走らせて時刻は10時過ぎ。

軽く5時くらいにコンビニのファストフードを食べたが、疲れもあって空腹感が二人を襲ってきた。

合流は昼を少しすぎるだろうし、どこかで本格的に朝食を食べたくなってきた二人。

場所は伊豆市を抜けて河津町の山間部へ突入したあたり。

少し民家も市内に比べれば疎らで、軽いごはん処など希望が少し希望が薄くなってきていた時だった。

 

「『わさび園……?』」

 

インカム越しと発した声は同時だった。

お土産屋のようにこじんまりとしたその建物は、その名の通りわさびのイメージカラーの緑の屋根。そこにデカデカとわさびの絵が描かれている。

そう言えば、天城はわさびの名産地だ。ともすれば、お土産にわさびをというのも納得だろう。

お食事処、という何故か踊り子さんが描かれた看板もあり、空腹の限界に近付いていた二人は、ここで少し遅い朝食と少し早い昼食を、ということで立ち寄ることにした。

 

「いらっしゃいませ〜!」

 

女性定員の元気な声に迎えられ、お食事処に足を踏み入れた二人。

少し洋風かと思われたが、お座敷の机や障子などの和風テイストな中身に、どこか安心感を覚える二人。

 

「二人ですけど、大丈夫ですか?」

 

「大丈夫ですよ!お座敷、よければどうぞ!」

 

店員さんに導かれるままに座敷へと上がる二人。程よく柔らかな座布団に、どこかホッとしてしまう二人。長時間走ってきただけあって身体中クタクタな二人にはとてもありがたい。

 

「はい!お茶どうぞ!寒かったでしょ?」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「確かに結構冷えました……」

 

「ゆっくり食べて休んでいってくださいね!」

 

店員さんの暖かな言葉と温かなお茶が、凍えた二人にとても有難く、一口啜れば掛川の時のように蕩けそうになる。

だが今回はお茶が目的ではない。腹を満たさねば。

 

「さて、何するかな……」

 

壁に貼られたメニューに目を通せば、やはりわさび園と銘打つだけあり、あらゆるメニューにわさび、わさび、わさびの羅列。挙げ句に焼酎までにわさび。美味しいのだろうか?

 

「どうする?」

 

「ある程度懐に余裕を持って来てるとはいえ……初っ端からあんまり散財するのは幸先良くないかもしれない」

 

「伊豆キャンで散財するって宣ってたやつがよく言うよ」

 

「かと言って控え目にするのもなんだかなぁ……」

 

「よし、お兄ちゃん、ここは掛川と同じでいこう!」

 

「うむ、アレだな」

 

「「すいませ〜ん」」

 

初見の店でメニューに困ったとき。

その一番の解決策、それは……

 

「お決まりですか?」

 

「あの……オススメってあります?」

 

店員さんに聞くのが早い、という答えだった。

 

「そうですね〜、シンプルにわさびを味わう方向で行くなら、生わさび付きわさび丼がオススメですね」

 

「生わさび付き……」

 

「わさび丼……」

 

メニューの中で素材をダブらせた丼。聞いたことがない。

だがしかし、どんなものなのだろうと興味がそそられるのもまた事実。

値段ととてもお手頃だ。

 

「それにするか?」

 

「うむ、何か惹かれるものがあるな」

 

「じゃあわさび丼二つで」

 

「かしこまりました!わさび丼二つ〜!」

 

注文が通ったところで一息ついて、ふたたびお茶で一息つく。

山奥のお食事処という空気が、運転疲れが出てきた二人にとてもぶっ刺さっており、マッタリとしたひと時が流れてくる。

ふと、ケンはテーブルの隅に置かれた土器か何かの形をした容器が気になって手に取る。

どうやら一回百円で引ける御神籤のようだ。

だらけていた彼は回らない思考で百円を投入。おみくじを引いてみる。ここで伊豆キャンの幸先を占うのも悪くはない。

転がり出てきた小さな容器に入れられている御神籤を取り出して一読。

 

「何か書いてあった?」

 

「……まぁ無難な感じだった」

 

書いてあったのは『贈り物は焦らずに渡せ』とある。言われずとも、なでしこへの誕プレはしっかりとタイミングを見極めるつもりだ。

 

「私も引いてみるか〜」

 

自分も伊豆キャン占い、ということでリンも引いてみることに。

 

「無理は厳禁、程々に……だって」

 

「運転のことかもな〜。こうして少し休み休み行けってことかも」

 

「……確かに、疲れが溜まらないようにするか」

 

と、参考までに運勢がわかったところで、店員さんが何かを運んできた。

わさび丸々一本と、木のおろし金のようだ。

 

「はい、こちら生わさびね」

 

「……わさびだけ?」

 

「はい!こちら生わさびを擦り下ろすのはセルフサービスになってますので」

 

「へぇ……なんか新鮮かも」

 

「茎の方を折って、そちらからまぁるく擦り下ろしてくださいね」

 

「「まぁるく……」」

 

「はい!まぁるく!」

 

とりあえずおしぼりで手を拭いて、言われたとおりに茎を折って外して、茎側からおろし金で擦り下ろして行く二人。

 

「「まぁるく、まぁるく……」」

 

スリスリスリスリ……

 

「「まぁるく、まぁるく……」」

 

ショリショリショリショリ……

 

「「まぁるく、まぁるく……」」

 

少しずつ、少しずつ短くなるわさび。そしてそれに比例して擦り下ろされたわさびがおろし金にどんどん溜まっていき、わさび特有のスッと鼻を抜ける風味が漂ってくる。

 

「「まぁるく、まぁるく……」」

 

だが二人は、まるで呪文を唱えるか、はたまた取り憑かれたかのように同じ言葉を繰り返しながらわさびを擦り下ろしている。

その目はどこか虚ろであり、精神的に病んでいるように見えなくもない。

 

「あ、写真撮らなきゃ」

 

ふと思い出したかのようにスマホを取り出したケンは、変わらず虚ろな目でわさびを擦り下ろすリンをパシャリ。なんだかヤバい絵面になった。

ケンもふたたび擦り下ろしを再開することしばし。

 

「はいはい!わさび丼、お待ち遠様!」

 

運ばれてきた2つのお盆。

そこに乗せられていたのは、丼に盛られた白米を埋め尽くさんばかりの熱で踊る鰹節。そして箸休めに添えられた四種の盛り上げ要員だった。

 

「擦ったわさびを真ん中に置いて、その周りの鰹節に醤油を垂らして、よく混ぜて食べてくださいね」

 

言われたとおり、おろし金に擦り下ろされた鮮やかな緑のわさびを鰹節のど真ん中に半分ほど落とし、醤油を周りに回し掛ける。流石に全部となれば辛くなりかねないので、まずは様子見だ。しっかりと写真に収めるのも忘れない。

二人共準備ができたところでしっかりとご飯、わさび、醤油、鰹節を混ぜ合わせていく。

まるで男飯か何かのようになったそれを見て、ゴクリと固唾を飲み込む二人。

だが不思議と美味そうなのだ。

 

「「い、いただきます」」

 

意を決して一口箸で掬って頬張る。

 

「「う、うまい……!」」

 

素材は実にシンプル。

ご飯と、鰹節と、わさびと、醤油。

それだけなのに。

鰹節の風味はもとより、鼻をスッと抜けるわさびの爽やかな風味。辛味などはほとんど感じられず、なんだかミントか何かのようで。

不思議と箸が止まらずに食べ進める二人。

小鉢に箸を伸ばせば、それぞれわさび海苔、わさびの茎の酢漬け、わさび味噌、わさび漬と、どれもこれもわさび尽くし。だがどれも今まで食べたわさびとは違う、まさにわさびの新大陸と言わんばかりにものだ。箸休めなどとは言わせない。どれもこれもがご飯のお供として際立っている。

半分ほど食べ進めたところで、もう少しわさびを追加してもいいのでは?と考えて残り全てを投下。更に混ぜ合わせて一口含めば、より強くなった爽快感と、主張してきたわさびの辛味に、お馴染みの鼻に来るツーンが来て涙目に。だがそれでも止まらぬ食指に、二人はあっという間に丼一杯のご飯を平らげてしまった。

 

「「御馳走様でした……!」」

 

今までにない丼。

だがシンプルイズベスト。

その言葉が当てはまる丼だった。

それでいて高くなく……

浜松の鰻重とは違う旨さの方向性だ

 

「また食べたくなるな」

 

「次はなでしこ連れてくる?」

 

「タンデムできるようになったらな」

 

彼女と行きたいところがまた一つ増えた。

11月になれば、二人で行けるところが広がる。

リンとわさび園を後にするケンの心のメモに、また一つ栞が追加された。




井之頭五郎さんは出ませんでした……

番外編を書くにあたり、こーゆーのを読みたい!っていうリクエストを募集します!

  • 未来の子供達のほのぼの生活
  • ケンとなでしこのいちゃいちゃ
  • お兄ちゃんはおしまい!(意味深)
  • いつメンのキャンプ
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