リンの双子の兄は、静岡の猛獣に振り回される 作:ロシアよ永遠に
一行が辿り着いた三筋山山頂に程近い駐車場。
ここからは徒歩で登り歩き、十五分程で山頂に辿り着けるとの立て札。
「プチ登山だね」
「うむ」
それぞれ座りっぱなしの状態が続いていたため、丁度良い運動にもなるだろう。これからしばらく歩きになるため、それぞれが軽く準備運動している時だ。
「なでしこちゃん!頂上まで競争せぇへん?」
「お!いいね!受けて立つよ!」
元気者二人であるなでしことあかりだ。
ただの勝負ではつまらない、ということで、負けた側がジュース奢りということになったのだが。
「まてまてまて。その勝負、アタシもやってやんよ!」
上着を脱ぎ捨てて、本気?モードになった千明だ。その自信はどこから来るのかわからないが、とにかく自信満々である。
「元気な奴らだぜ」
「ふっ……まだまだお子ちゃまよのぅ……」
「ケン君も参加するんやで!」
何故か外野に徹していたケンに、あかりから参加要請が入った。
「……なんで?疲れるからやだ」
「え〜?もしかしてケン君、負けるの怖いん〜?」
「なぬ?」
「まぁそうイジってやるなチビイヌコ。シマイヌは長い運転で少ない体力が尽きかけてるんだ。ここは休ませてやろうじゃあねぇか」
千明は千明で気遣ってるのか、はたまた皮肉なのか。どちらにしたとしてもケンの沸点が低くなる『シマイヌ』呼び。
こうなってしまえば結果は火を見るより明らかで……
「やってやろうじゃねぇか!」
元ハム選手ばりのノリで勝負に乗ったケン。
こうして、不毛な争いがここに始まったわけだが……
「なぁアキ。大丈夫なん?相手はあのなでしこちゃんやで?ケン君も結構運動神経ええって聞くし……」
「大丈夫だって、心配すんな」
心配するあおいを余所に軽く足をほぐして、自信満々に三人の待つ登山階段入口へ軽快な足取りで駆けていく千明。
そう、千明には自覚があった。
笛吹公園の坂道にノックアウトされてから早5ヶ月。あの後から酒屋のバイトに勤しみ、他のメンバーが年末年始をゆっくりする中、ひたすらにバイトを熟していた。酒屋というのは重い荷物運びが多い。ダンボールの箱詰めされた一升瓶を運び、品出しを繰り返すのだ。それをひたすら行ってきた千明。そのフィジカルは重量物をひたすら運び続けたことにより鍛えられ、ちょっとやそっとじゃへこたれない。
(クックックッ……!いつまでもあの頃の私と思うなよ……!この半年で覚醒イベントを終えた私はムテキ!そう!かの直江兼続のように……!)
位置についた。
スターターはリンが務めることになり、位置について、の掛け声で全員が片足を一歩引き、スタンディングスタートの体制に入る。
(ここでアタシはこいつらに勝って、なでしことシマケンには部長としての、チビイヌコには年上の威厳を認識させてやるぜ……!)
用意、の声で姿勢を低く、踏み出す足に力を込めて飛び出せるように構える。
(今こそ見せてやる……!苦難を越え、全てを超える力を得たアタシの力を!)
ドン!
瞬間、三人を出し抜き、千明は『全速力で』登山道を駆け抜けていった。
勝負を始めて数分後。
トップはなでしこ。
次いですぐ2位にケン。
さらに少し遅れて3位にあかりといった順位だった。
ペース配分を考えなかったやつは途中でくたばってたのは言うまでもないが。
「あぁ〜くそぅ!やっぱなでしこ速ぇよ!」
「ふっふっふっ!恋人の面目躍如といったところだねぃ!」
それが恋人の面目躍如かどうかはともかくとして。
ゴールし、バテて頂上で座り込むケン。対しなでしこは息が殆ど上がっていない。とんだ体力オバケである。
ケンが息を整えていると、遅れて登頂してきたあかり。
「はぁ!はぁ!もー二人共手加減してぇな!こちとらか弱い小学五年生やで!」
「ライオンはウサギを狩るのにも全力を出すんだよ!あかりちゃん!」
「まぁ俺にはともかく、なでしこと運動勝負はやめといたほうがいいって教訓になった」
「狙うはアキちゃんやね!」
「うむ!」
外道である。
「まぁ他の奴らはのんびり来るだろうし、こっちものんびり待つとしますか」
「「さんせ〜い!」」
頂上から高原を見下ろせる坂を選んで、のんびりと座る三人。眼下に見える細野高原と、遥か遠くの太平洋が一望でき、ほんのり疲れた身体に癒やしを与えてくれる。
「いい景色だねぃ……」
「うむ、頑張って登った甲斐があったな」
「ちょっと風寒いけどな〜」
「あかりちゃん、手袋してきたら良かったのに〜」
そういうなでしこの手には、クリスマスでケンからもらったピンクの手袋だ。なんだかんだで春先になった今も、こうした旅行先で付けてきてくれる彼女に、どこかしらうれしいやら恥ずかしいやらのケン。かくいう彼も、現在進行系でマフラーをしているのだが。
「あ、その手袋って色違いやけどあおいちゃんも持ってた!なんなん?お揃いで買うたん?」
「ふっふっふ〜!いい子にしてた人に、クリキャンで配ってくれたサンタさんがいたのだよ〜!ね?ケン君?」
「ソウダネ」
「なんでケン君が目ぇ反らすん?サンタさんが配ったんやろ?」
「それはだね〜!サンタさんのshむぐぅ!?」
クリキャンのサンタさんの正体がケン。そう言いかけたなでしこの口を急ぎ塞ぐケン。なにやらなでしこがモガモガ言ってるが、それはさて置くとして……。
「い、いや〜!サンタさんてすげぇな!喜ぶもんわかってくれてるんだもんな!犬山妹もそう思うだろ!?」
「せやね!毎年サンタさん、私が欲しいもんくれるんやからね!」
キラキラと目を輝かせて熱弁するあかり。どうやら彼女はサンタクロースと言う名の伝説の人物を、未だ信じているクチのようで。夢を壊すまいとするのは彼なりの優しさか。
「やっと着いたわ〜長い階段やで〜……」
「だね、登山なんて久しぶりだよ〜」
「うむ、登山と言っていいのかわからんが……ってケン!何してんだ!?」
「お、ようやく上がってきたか、お疲れ〜」
「お疲れ〜、じゃなくて!なでしこ!」
「なでしこ?」
「顔真っ青だぞ!?」
どうやら口とともに鼻を塞いでたようで。ケンの懐で酸欠で顔を真っ青にしたなでしこがもがもがと藻掻いているのにようやく気付いたのである。
「もうっ!ひどいよケン君!」
「わ、悪かったって!」
正常に戻ったなでしこは、案の定激おこぷんぷん丸だった。
平謝りするケンに、プイッとそっぽを向くなでしこ。正直やりすぎが原因だった。
「修羅場やな」
「痴話喧嘩だろ」
「いやいや、これも愛の形なんだよきっと」
「趣味悪いで、3人とも」
離れて様子を見守る3人とあおいの構図。
だが前者3人は心配しているようではなく、ただただカップルの少し拗れた風景を見物しているだけのようで。
「ここはしばらくなでしこちゃんの機嫌が戻らへんに1キャップ」
「私はケンがなでしこちゃんを食べ物で釣ってご機嫌取るに1キャップ。リンは?」
「……そうだな。ケンの性格上……らしくないクサイセリフを吐いて、真に受けたなでしこがドギマギするに1キャップ」
「世紀末的な金銭での賭博やめえや」
訳のわからない単位の賭け事の対象にされてしまった2人。だがそんなことはつゆ知らず、ケンは必死である。楽しみにしていた伊豆キャンが、こんな形で気分がお釈迦になっては、最悪の思い出になってしまう。ましてや人一倍楽しみにしていた恋人のなでしこだからこそ。故に自分の持てる全てを総動員して打開策を模索していく。
「なでしこ……」
「………」
「その、さ」
「………」
未だそっぽを向くなでしこに、ケンはそっと近付いて優しく包み込むように抱き締める。
いきなり始まる甘ったるい展開に、外野は静かな黄色い悲鳴を上げたり、恥ずかしさで顔を手で隠しながらも指の隙間から覗いたり、いいぞもっとやれと言わんばかりにガッツポーズしたり、さまざまなリアクション。
そして当のなでしこはと言うと、いきなりの抱擁に目を見開いて、顔を真っ赤に染めて成すがままになっていた。
「あ、あぁの……っ」
「こうしたら……許してくれるかな?どうしたらなでしこを大切に思ってるって、伝わる?」
「ひぃうっ!?」
そして回した手で頭を撫でられ、変な悲鳴が飛び出すなでしこ。対するケンも、なでしこからは見えないが、慣れないセリフと行動に顔が真っ赤である。
「どうしたらいい?なでしこ」
「はひぃっ!?」
耳元でそっと囁かれ、耳に掛かる吐息のこそばゆさに、びっくぅ!と身体を跳ね上げるなでしこ。
「ゆるす……ゆるすからぁ……もうゆるしへぇ……」
ふにゃふにゃと、顔を真っ赤にしたまま目を回してへたり込むなでしこ。どうやらキャパシティと羞恥心がオーバーしたようで、頭から湯気が出ているようにも見える。
「ったく……俺もなれないセリフを吐くもんじゃないな……」
そういう彼の顔も、なでしこに負けぬほどに紅く染まっていたのに、誰も気づかず……
「「「「…………」」」」
そして外野も顔を真っ赤にしてその様子を眺めていた。
男性経験のない彼女達にとって、目の前のやり取りは刺激が強すぎたらしく、ものの見事に固まっていた。
「こ……これはリンちゃんの勝ちで……えぇんかな?」
そして言葉を絞り出したのはあおいだ。3人の賭博を嗜めながらも、なんだかんだで色恋沙汰には興味がお有りだったらしく、彼女も硬直から逃れられなかったようだ。
「う、うむ……そうなる、のか……」
冗談で言ったつもりが、よもや目の前で、しかも兄の甘い口説き文句?を聞かされた実妹の心境たるや。だが身内の恥ずかしさ以外の感情も含まれていたことに気づかぬリン。
「わ、私もリンの一人勝ちでいいと思うな」
「私も……」
いつもはマイペースな恵那や小学生のあかりでさえ、目の前のやり取りは刺激的だったようで、二人共先程の野次馬根性はどこへやら。一気にしおらしくなっていた。
4人が4人とも、恥ずかしさに身悶えしながらも、恋人に迫られるなでしこへのほんの少しの羨望を含ませながら、くたばってた千明が来るまで見事な静寂が細野高原を支配していた。
番外編を書くにあたり、こーゆーのを読みたい!っていうリクエストを募集します!
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