リンの双子の兄は、静岡の猛獣に振り回される 作:ロシアよ永遠に
「………む」
妙にしっかりとした意識の浮上に、ケンはムクリとシュラフごと起き上がる。
見渡せば、使い慣れたシュラフに見慣れたテントの内装。枕元には自身のスマホ。
「俺のテントの中……あれ?昨日……どうやってテントに戻ったんだ?」
妙にハッキリしない記憶を探れども答えは見つからず。
とりあえずもそりと外へ出てみる。
しかし、
「……まだ結構暗いじゃん」
日が未だ昇っておらず、東の空がほんの僅かに白んでいるくらい。スマホを見ればまだ6時だ。
「……早く起きすぎたか」
少しボサついた頭をガシガシしながら、近くの水道シンクへ向かい、顔をパシャパシャと洗う。春先とはいえ、まだまだ朝が寒いこの時期の水道水は冷たく、脳を一気に覚醒させるには十分だ。
「くぁっ!冷てぇ!」
急ぎ洗い終えてタオルで水気を拭き取る。冷ややかながらもスッと澄んだ空気が妙に心地よく、勢いそのままに深呼吸をすれば、それはまるで……
「これが所謂、『スゲーッ爽やかな気分だぜ。新しいパンツをはいたばかりの正月元旦元旦の朝のよーによォ〜〜〜〜〜ッ』て心境なんだろな」
もっとも、正月元旦は3か月前だが、そうでなくとも早起きした早朝の空気というものはここまで心地良いものなのかと、改めて体感する。今までの早起きといえば、こうして朝の空気をじっくり味わうことなく、バイクを走らせていたことばかりなのだから。
「よし!んじゃま、みんなが起きてくる前に、朝御飯の下ごしらえ始めますか!」
今日の朝はケンの当番。このために先日の干物屋で買っておいたものの実力を存分に発揮しようと画策していたのだ。
自身のテントに戻り、持参した保冷バッグの中から、干物屋のロゴが書かれたナイロン部を取り出す。
「クックックッ……犬山妹よ……!貴様に干物の新世界を見せてやるぜぇ……!」
とても、とてもあくどい笑みを浮かべる本作の主人公。なでしこのみならず、他の面々にも見られればドン引き間違いなしである。
そして始まるはケンズクッキング
まずにんにくを粗みじんにし、玉ねぎは薄くスライスして水にさらしておく。
洗ったレタスは水気を切り、程よい大きさに千切っておく。
次にフライパン……否、スキレットにオリーブオイルとにんにくを熱していく。……昨日のニンニクとオリーブオイル尽くしと若干被ったが、ここは割愛。
程よくにんにくの香りが立ったら、ここでメイン食材の登場だ。
「サバの干物!!コイツで……!」
下処理で骨を取り除いたコレをスキレットのオリーブオイルとニンニクでじっくり焼き、しっかりと焼き色を付けていく。その間にバケットを取り出して切り分け、横から切れ込みを入れてバターを塗り、先日のガーリックトーストのようにバーナーの上の網で熱する。
「こっちも頃合いか?」
表面がパリッと焼き上がったサバの干物。
焼き上がったバケットに、粒マスタード、レタス、焼いたサバ、水気を切ったスライス玉ねぎ、マヨネーズを乗せてはさみ、食前に絞り掛けるレモンを添えれば……!
「サバサンド……もとい、トルコのパルックサンドイッチの完成だ!」
「え〜!?サバのサンドイッチ〜!?」
とまぁ起きてメニューを知るなりこんな声を上げるのはあかりだ。
先日の干物屋でも、朝ごはんに干物という案に突っ込んできていたが、事実として和食以外での朝食に干物と聞いてこんな声を発したわけだ。
「まぁ百聞は一見にしかず。一口食えばわかるよ」
「あかり?せっかくケン君が作ってくれたんやから、な?」
「そうだよ〜?食べたらきっとあかりちゃん、気にいるよ!ケン君の料理って、簡単だけど美味しいんだから!」
「すっかり胃袋掴まれてんな」
「むむ〜……!!」
皆が勧める中、唸り声のようなものを出しながらも、自分に割り当てられたサバサンドを掴むあかり。
「じゃ、伊豆キャン二日目を祝して……」
『いただきま〜す』
ケンの音頭で皆一斉にパルックサンドイッチに齧り付く。あかりも恐る恐るながら一口。
「うんま!なんだこれ!これが干物!?」
「パリパリのサバとシャキシャキの玉ねぎとレタスが合うねぃ……!」
「うむ……!サバの塩気を野菜、それにレモンとマヨネーズが上手く受け止めてる……!」
「粒マスタードのピリッとしたのがええアクセントやな〜!」
「昨日の金目鯛バーガーとは違った美味しさで、これ癖になりそうだよ〜」
「これはきっと、ラクを水で割ったアスラン・ストゥが合いそうねぇ……!」
一人朝から酒を飲もうとしているが、実際に行動に起こさないだけ一安心といったところか。
ちなみにラクと言うのは、トルコのポピュラーなお酒で、ブドウにアニスというハーブで香り付けした、アルコール度四十度以上の蒸留酒だ。アルコール度数の通り、かなり強いお酒なので、通常水割りで飲むのだが、不思議とこの無色透明なお酒に水を混ぜれば、白濁した色合いとなる。その色からトルコでは『アスラン・ストゥ』=『ライオンのミルク』と呼ばれる。
「むむむ…………!」
一方、怪訝な表情でもしゃもしゃとパルックサンドイッチを咀嚼するあかり。口に合わないのかと思いきや、飲み込んでは次に齧り付いてるあたり、食べられないわけではないらしい。
「ま、まぁまぁなんとちゃう?」
なんとも素直になれないお年頃なのか。
先入観で合わないと思っていたサバの干物が存外美味かったことに驚きながらも、それが認められないらしい。
「ん、じゃあ成功ってことで万々歳だな」
「うむ、大変美味であった。褒めてつかわす」
「へへ〜!ありがたき幸せ!」
伊豆キャン二日目
朝御飯もバッチリ食べ終え、今日一日を乗り越える活力を満たした一行だった。
「今日は堂ヶ島のトンボロ見終わったら、キャンプ場に直行だっけ?」
「おぉ、だから今日は余裕があるんだが……」
「が……?」
「今から出るとちょっと余裕ありすぎんだよな〜……」
鳥羽先生がチェックアウトの手続きに行っている中、今日の予定を確認し合う生徒達。トンボロで一番潮が引くのは昼過ぎ。今の時刻が十時なので、ここからゆっくり行っても堂ヶ島まで一時間。結構余裕がある。
「ん〜、途中で寄れる他のジオスポットは……お?これはこれは……」
グルグルマップで調べてた恵那がとあるスポットを見つけて、なにやら意味深な笑みを浮かべる。
「なになに?恵那ちゃん、どうしたの?」
「待て、なでしこ」
釣られたなでしこが尋ねる中、ケンが重苦しい声で彼女を制止する。
「コイツのこの笑みは、何かしら人をイジれるネタを見つけたときの笑いだ。下手に突付けば藪蛇だぞ」
「ほほぅ……ケン、君も成長しましたなぁ?だが私はッ!君達をッ!巻き込むことをッ!止めないッ!ということで、じゃん!」
ケンの制止も虚しく、恵那は半ば強引にネタに引きずり込んできた。
グルグルマップのとあるスポットのホームページ。それは……
『恋人岬?』
皆が異口同音に、口を揃えて読み上げて首を傾げる。
「ホームページにはね〜?『展望台にある愛の鐘【ラブコールベル】を3回鳴らして好きな人の名前を呼ぶと愛が実る』って書いてあるんだよね〜」
「へ〜……?で?」
「ケンとなでしこちゃんにピッタリじゃない?」
「却下」
「え〜?なんで〜?面白そうなのに〜?」
「他にもあるだろ?ホラ、黄金崎とか馬ロックとか!」
「ケンてばロマンスがないね〜?こんなロマンチックでプラグマチックなスポットなのに?」
「???プラスチック?」
「プラグマチック……まぁ実用的、実利的なって意味や」
「それで、その恋人岬に何の実用的な要素があるんだよ?」
なんだかんだで恵那の思わせぶりな言い回しに、千明とあおいも食い付いてきた。
「ここで鐘を鳴らして、ステラハウスで恋人宣言証明書を発行してもらって、めでたくゴールインするとね?結婚式で祝電とか貰えるらしいんだよ。これ、結構ロマンチックだと思わない?」
「そんな嬉し恥ずかしな実用性かよ」
「結婚……祝電……プシュ〜……!」
ポワポワと髪と同じくピンク色空間に突入したなでしこは、ぼんやりとその様相を思い浮かべて一気に沸騰する。想像力が豊かなようで何よりである。
「だから行ってみない?」
「だから却下」
「連れないなぁ〜」
「今回はジオスポット巡りが主軸だろ?俺らの都合でそれをブレさせたら元も子もないじゃんか」
「そりゃまぁ……そうだな」
「だから、他のジオスポットを回って堂ヶ島に行く!これで決まりだろ」
「仕方ないなぁ……」
ケンのキッパリとした決断に、恵那も引かざるを得ず、改めて千明やあおいとプランを練るためにスマホ画面に集中し始めた。
「行くなら、二人きりで行くっつ〜の……」
そんな一人のつぶやきを、そばで聞いていたリン。なんだかんだで彼なりに恥ずかしかったらしい。変なとこでシャイな兄に苦笑いを浮かべながら、リンもジオスポット検索に混ざりに行った。
番外編を書くにあたり、こーゆーのを読みたい!っていうリクエストを募集します!
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