リンの双子の兄は、静岡の猛獣に振り回される 作:ロシアよ永遠に
「うぉ……眩し……!」
バイザー越しに差し込む日の出が、6時間近く、疲れがある中夜通しぶっ通しで走り続けてショボショボになった目に容赦なく突き刺さる。
彼は既に山梨県の中部横断自動車道を抜けて増穂インターチェンジから下道に降りたところだ。降りて数分の所にコンビニがあったので、少し休憩がてらコーヒーを飲んでいた。強く寒い走行風を長時間受けて冷えた身体に、温かい缶コーヒーがじんわりと染み渡ってくる。なにか軽く食べようかとも思ったが、きっとここで腹を満たせば、疲労感と満腹感の相乗効果で眠気が襲い来るであろう事を危惧し、落ち着けるまで……最悪家に帰るまでは我慢することにした。
「千明の言う場所まで後二十分弱か……」
地元とはいえ、行ったことがない場所なのでスマホの地図アプリで調べれば、あと僅かと言った距離だ。
何だかんだ夜通し走って大阪から山梨までなどと、夜のテンションとはいえアホなことをしたものだ。
が、まぁ帰省次いでにヤツのノリに乗るのも悪くはないだろう。
「後もうひと踏ん張り、頑張っていきますか」
バイクに跨り、エンジンに火を入れる。
ようやくゴールが見えてきた。
そして走ること15分
住宅街から420号線の山間の道を抜け、その先の集落を走ることしばし。
「この辺……だよな?」
集落特有のやや狭めのグニャグニャと曲がりくねった坂を登り、スマホに送られてきた写真に記された場所であろう箇所に近付いていく。
記された場所には、『富士川町青少年自然センター』という寂れた看板と、コレまた遠巻きに見ても寂れた建物がぽつんと建っていた。
「なんだ……ここ?アイツ、こんなとこに呼びつけて、今度は何を企んでんだ?」
バイクを停め、空気が少し籠もったヘルメットを脱ぎ、乱れた髪を首を振ってリセットする。
やはり山梨の晩秋は寒いものだと、数週間とはいえど離れていた懐かしい故郷の空気を胸いっぱいに吸い込む。
「ぁ……!」
ほんの少しだけノスタルジックな気分に浸っていたとき。
何かを見つけたかのような女性の声が静かに響く。
自分以外の誰かがいることに少し驚きながらも、声のする方へと視線を移す。
そこには、長らく会うことが出来なかった愛しい人の姿。
気付いたときには彼女はこちらに向けて駆け出していた。昔と変わらぬフィジカルそのままに。
その勢い、正しく猪突猛進、全力疾走。
昔より幾分背も伸び、その質量たるや推して知るべし。
「ケン君!ケン君だぁっ!!」
「ぐふぅうっっっ!?」
アメフトやラグビーもかくやと言わんばかりの強烈な抱き着きタックルを受け、夜通し走って疲労満開の男性……ケンの体は、物の見事に一瞬宙を浮いた。
その勢いのまま落下して砂利を砂埃をあげて数メートル突き進んでようやく止まるに至る。
一瞬、衝撃で意識が飛んだケン。気付いた時には自身の胸に顔を埋めて抱き着いている桃髪の女性。
「……久しぶり、なでしこ」
「うん!久しぶり!」
髪は十年前よりも少し短くなっているが、目の前には昔と変わらぬ眩しい笑顔。
連絡ができず数週間。直接顔を見れず最後に会ったのは二ヶ月と少し前。社会人となって多忙極める立場となって、頻繁に会うことが難しくなった。
だが会えない寂しさを、この笑顔が全て帳消しにしてくれると思うほどに大切で。
つられて思わずケンも笑顔が浮かんでしまう。
「最近連絡なくて心配したんだよ?」
「あ、あぁ……それな。仕事関係で忙殺されてて……連絡出来ず仕舞だったんだ。ごめんな」
「いいよ!こうして久しぶりに会えたんだもん!髪伸びた?」
「切りに行く暇がなくてさ。伸び伸びで不格好だな」
「うぅん!何かイメチェンしたみたい!なかなか似合ってるよ!」
会えなかった時間を埋めるかのように再び胸元に顔を埋め、掛け替えのない存在を確かめてくるなでしこ。そんな彼女の髪を、ケンは優しく撫で……
「「ん゛っん゛ん゛!!」」
ようとした所で、わざとらしい二重の咳払い。
「お〜お〜。朝っぱらからイチャコラしてるな〜お前ら」
「私達もいるんだけどな?」
「お、おぉ、リンと千明も久しぶりだな」
「聞いたか千明?実の妹をついでみたいに言ったぞ?」
「ほ〜ん……これは野クル会議ものだな」
「えぇ〜……」
容赦ない口撃にタジタジのケン。
そんな彼の表情を見て満足したのか、二人もそこまでへそを曲げてなかったらしく、苦笑いを浮かべる。
「ホント、久しぶりだなシマケン」
「大阪に行く時からだから……三週間ぶりだね、お兄ちゃん」
「だな。千明に至っては数年ぶりか」
「おうよ。……で?もしかしてシマケンも、あのメッセージを見て来たのか?」
「あぁ。おかげで徹夜走行して大阪からぶっ飛ばして来たんだ」
「ぁ〜…………」
なでしこは昨晩から南部町の実家に帰ってきていることは本人から説明を受けている。
だが彼に至っては、あのメッセージによってガチで急いでやって来てしまったのだ。ある意味一番の千明の酔っ払いの被害者とも言える。
「スマン、シマケン!アタシの酔いの勢いであんなメッセージ送って……!」
「いや、良いよ。どうせ今日帰ってくる予定だったんだし、遅いか早いかの違いだ。気にすんな」
「シマケン……!お前って奴は……!」
長年の友情
それを再認識した千明
異性の友情は無いと言われるが、ここには確かに性別の垣根を越えた友情が……
グゥゥゥゥゥゥ!!!
感動シーンを思いっきりブチ壊す腹の虫が盛大に鳴り響いた。
その元凶は……
「あ……悪ぃ。半日以上、コーヒー以外何も食ってなくて……!あ、どうせなら今から喫茶店でも行くか?ここで話し込むのもナンだろ?」
「お前、自己管理ぐらいしろよな……」
「あ!ケン君!それなんだけどさ」
胸に顔を埋めていたなでしこが顔を上げ、満面の笑顔を浮かべる。
「ケン君も一緒に、お鍋食べない?」
「鍋……?」
それは空腹とともに冷えた身体のケンにとって、断りようもないほどに魅力的なお誘いだった。
南部町 各務原邸
何だかんだ、ここに来るのはなでしこを除き、各々数年ぶりだった。
高校時代は時折遊びに来る事があったが、なでしこが一人暮らしを初めて以来、ここを訪ねることはほぼなくなったに等しく、どこか懐かしさすら覚える。
「ただいま〜!」
そんな我が家へ久しぶりに帰郷しているなでしこは、玄関を潜ることなく裏口の方へと回り込んでいく。
角を回って見れば、アウトドア用簡易テーブルの上に、カセットコンロ、土鍋、切られた野菜を並べた皿と取皿が配膳されている。どうやら寒空の下での鍋という、何ともマッチポンプな食べ方をするらしい。
「おかえりなさい、なでしこ。3人もいらっしゃい。ひさしぶりね〜」
「ど、どうも」
「お久しぶりっす!」
「ご無沙汰しています」
鍋の拵えをしていた静花が、昔と変わらぬ笑顔で皆を暖かく出迎えてくれる。そして容姿すらも昔と変わらず、まさに美魔女だ。
「おぉ!ケン君、久しぶりだな!元気にしてたかい?」
「修一郎さん、お久しぶりです。ボチボチとですが」
「ハッハッハッ!本当に久しぶりだ!そろそろ私をお義父さんと呼ぶようにならないのかい?」
「えぇっ!?それもまぁ……ボチボチと」
「あらあら、じゃあ私はお義母さんと呼んでもらおうかしら?」
「それなら私はお義姉さんで」
「えぇ……」
「もぅ、お父さんもお母さんも、お姉ちゃんまで!ケン君困ってるでしょ?」
「あら、でもなでしこ。そう呼ぶようになったら、アンタも満更じゃないんじゃないの?」
「そ、それは……嬉しいケド……」
桜の指摘に指をもじもじさせて顔を伏せるなでしこ。どうやら桜の言うこともあながち間違いではないらしく、なでしこの耳はほんのり朱に染まっている。
「もう外堀、コンクリートでガッチガチに固められてるな?シマケン」
肘で突きながら、千明が小声で茶化してくる。いいネタを見つけたと言わんばかりである。
「……他人事だと思って……!」
「でもよ、そろそろでもいいんじゃないのか?」
「…………」
そんな彼女の問いに当の本人はというと、視線をそらしてどこか気まずさを感じている。
「ま、なでしこに呆れられない内に腹括れよな〜?」
「うっさいっての……」
わかってる。
わかっているつもりだ。
だがそれでもまだ、踏み出す力が、勇気が出てこない。
彼には『自信』がなかった。
それは自身の答えをなでしこに断られるかもしれない、というものではなく、また別の苦悩と不安。
無論、なでしこが大切であることには変わりない。
だがそれ故に苦しむ。
『その理由』こそが先へ進むことへの不安で彼を雁字搦めにし、踏み出すことを恐れさせていた。
「さ!そろそろ出来たわよ!遠慮なくいっぱい食べてね!」
そんな気まずい空気を断つべく土鍋の蓋を静花が開ければ、そこにあるのは湯気とともに広がる豊かな香りの出汁に煮られる野菜、豆腐、そして……
『蟹だーっ!!』
北海道に住む桜の土産で、真っ赤に火が通った蟹の姿だった。
番外編を書くにあたり、こーゆーのを読みたい!っていうリクエストを募集します!
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