リンの双子の兄は、静岡の猛獣に振り回される 作:ロシアよ永遠に
「よしっ」
12月29日 東京都多摩区
肩掛けのバッグを掛けて、電気の始末を終えたなでしこは、自身の部屋を後にする。
今日は午前中で仕事納めとなり、昼からはオフ。それに合わせて南部町へ帰郷するのだ。
バッグをジムニーのトランクに積んで、いざ車に乗り込もうとした時、その頬に冷たい物がふわりと舞い降りる。
見上げれば、黒目の雲からひらりひらりと舞い降りる白い雪。
「寒いわけだ〜」
今年もいよいよあと数日。
今回は雪が積もるだろうか?と少しだけ期待をしながら、なでしこは山梨を目指して車を発進させた。
なでしこ『皆お疲れ様!今山梨に向けて帰ってる途中です!談合坂でちょっと遅いお昼休憩!』
リン『お疲れ、私はさっきまで高下で作業して名古屋帰ってる。今八ヶ岳で休憩中』
あおい『年末は身延やないの?』
リン『年明けすぐに取材があって……』
なでしこ『そっかぁ……じゃあ次は年明けだね』
恵那『お疲れ〜、私は今家に着いたよ』
千明『おう、お疲れ〜。アタシももうちょっとで納めだからよ〜』
恵那『大体リン以外皆、今日辺りで仕事納めなのかな?』
なでしこ『うん、ケン君も仕事納めって言ってたよ。午前中で終わるって』
千明『の割に返信遅くね?』
ケン『俺の可愛い恋人の写真欲しいな〜』
一同『!?!?』
千明『どうしたシマケン!?』
あおい『頭でも打ったんか?』
リン『さり気なくひどいな、二人共……』
時は遡り数分前
「お?志摩君、ラインかい?」
「え、えぇまぁ。高校の時からの友人で」
先日の居酒屋で、今度はケンの職場で仕事納めの後、忘年会が行われていた。
前回は残業などで参加できない社員もいたが、今回は全員参加で、居酒屋が貸し切り状態になっていた。
誰も彼もが酒が入り、無礼講とばかりに上司に絡み、ある程度節度はあるがどんちゃん騒ぎになっている。
仕事の後に忘年会というのは前もって説明を受けていたため、今日ばかりは電車で通勤したケンは、チューハイをちびちびととやっており、その頬は少し赤みを帯びていた。
「なんだよ!てっきり彼女さんからかと思ってたわ!」
「いや、そのグループに彼女からもありましたけど」
『……ダニィ!?』
しまった、とケンは口を滑らせたことを後悔する。
先日のリンの写真への食いつきを考えればこれは失言だ。酔ったことで迂闊になっているのだろうか?
「ちょっと失礼〜!」
「ちょっ!班長!!」
ケンのスマホを取り上げた班長は、異様な速さでグループにとんでもないメッセージを投下した!
ケン『俺の可愛い恋人の写真欲しいな〜』
こんなメッセージを。
「な、何やってんだ既婚者!?」
「え〜?皆も志摩君の恋人見たいよな〜?」
『見たい!!』
「こ、この酔っぱらいども……!」
酒が入るとこうも面倒くさくなるのかコイツラは。
「お!返ってきたぞ」
なでしこ『こ、こんな写真でいいかな?』つ写真
そこに映っていたのは、照れくさそうにはにかむなでしこの自撮り写真だった。食事の途中なのか、写真の端に食べかけのうどんが写っている。
『……………………』
そして写真を見た皆が固まる。
まるで時が止まったかのように。
「お〜い、スマホ返してくださいよ〜」
そして時は動き出す……
「志摩君!」
「おぅふ!?」
急に復活した班長が怒涛の勢いで迫りくる。
近い
「こ、こんな可愛い彼女さんいたのか!?い、一体いつから……!?」
「え、と、高校の時からの付き合いで……」
「じ、十年近く!?じゃあそろそろ結婚か!?」
「そ、それも視野に入れてます」
『おおぉおぉぉ!!』
「初チューは!?」
「初デートはどこ!?」
やばい、とケンは顔を引き攣らせる。
コイツら、恰好の酒の肴を見つけたと言わんばかりに迫ってきている。
とても捌ききれない。
てかチューって、おっさんか!?
事実おっさんだった。
「こらこら、目出度い話でもプライベートなんだからあんまり食いついたらいけないよ?」
そんな彼らを制したのは海津だった。
「志摩君の結婚が近いかもしれんのは良いことだ。が、根掘り葉掘り聞くのはイカンよ?それは本人の問題なんだから」
結構酒が入っているはずなのに、こうやって理性的な判断を下せるのは流石というべきか。
「無礼講も限度があるからな。そのへんは弁えて楽しむようにしろ。折角の年末だ。遺恨は残すのも嫌だろう?」
白川も白川で静かに場を諌めてくれる。かと言って雰囲気が白ける、というよりも、冷静さを取り戻した社員の、オーバーヒートしていた熱が少しずつ落ち着いて来ている状態だ。
「ま、志摩に目出度い報告を期待して楽しみに待つのも一興だろう。それがあるとわかっただけでも儲けもんだ」
「わ、悪いな志摩君。勝手に盛り上がって」
「いえ……。でも結婚の報告、必ず挙げられるようにしますので、皆様には見守って頂ければ」
「そうだね。やることは沢山だ。その中で機を見逃さず、しっかりとやりなさい」
なでしこのこと、自分の思いを知られてしまった事は仕方ない。だがそれを後押ししてくれるのなら、前に進むしか無い。
また一つ、周囲の人が背を押してくれた。それに応えるべく、ケンはその日をいつにするかを考え始めるに至った。
ケン『ごめん。会社の先輩がスマホで勝手に変なメッセージ送ってた』
千明『なんだよ〜びっくりさせるなよな』
あおい『でもケン君たまにクサい事言うから、ちょっと本人やと思うてたけどな』
ケン『あれ?俺、クサいこと言ったことあるっけ?』
あおい『三筋山』
恵那『なでしこちゃん窒息未遂』
リン『抱きしめて耳元でクサいセリフ』
ケン『もうやめろ、思い出した。思い出したから……!』
なでしこ『ね、ねぇケン君!さっきの私の写真、会社の人見た!?』
ケン『ご、ごめん!そんなつもり無かったんだけど!』
なでしこ『変な顔してなかった!?笑われてない!?』
ケン『あ、いや。皆可愛いって言ってたし……俺も正直キました』
なでしこ『うぅ〜〜!!それはそれで恥ずかしいっ』
千明『はいはいご馳走様』
恵那『相変わらずですな〜』
あおい『あんまりイチャイチャしとったら、リンちゃんアラート鳴るで〜』
リン『なんだその妙ちくりんなアラート……』
ケン『リン、気を付けて帰れよ?良いお年を!』
リン『ん、お兄ちゃんも皆も良いお年を。あと飲み過ぎるなよ?』
ケン『うぃ〜』
仕事納めが終わり、年末の掃除をしたり正月の準備をしていればあっという間に大晦日。
自身の部屋の掃除も既に終え、門松や注連縄、鏡餅等などの正月飾りも付け終えて、まったりと過ごしている三十一日の午後。年賀状も各方面に出したし、後は年越し蕎麦を食べるくらいだろう。
さて、今年もあと半日を切り、ベッドでゴロゴロしながら年始の予定を確認していた時だった。
なでしこ『ケン君、今大丈夫?』
不意になでしこからのメッセージを受信した。
ケン『うん、大丈夫。どうかした?』
なでしこ『えっとね?明日の早朝なんだけど、皆で身延山の久遠寺から初日の出見ない?って思って』
ケン『いいね。明日の朝は特に予定入ってないし、行こうか。初詣も兼ねてさ』
なでしこ『うんっ!じゃあ朝の4時でも大丈夫かな?』
ケン『了解〜。寝坊するなよ〜?』
なでしこ『あ!ケン君ひどいよぅ!私だって社会人になってから寝坊は治ったんだからね!』
ケン『と、彼女は申しておりますが?』
桜『実家にいる時は結構ぐうたらしてるわよ』
なでしこ『おおおおお姉ちゃん!?』
桜『アンタ、ケン君に良い格好すんのもいいけど、あんまりだらし無かったら見放されちゃっても知らないからね』
なでしこ『え……?け、ケン君……?見放しちゃうの……?』
ケン『桜さん、俺はそういうとこも含めてなでしこが大切ですので、そこは安心してください』
桜『だって?よかったわね、なでしこ』
なでしこ『うぅ……うれしいような、イジられただけのような……』
ケン『それに、だらけられる、ということは、それだけそこに安心感を持っているということです。俺の隣もそうあれるように頑張るつもりですので』
桜『あらあら、ご馳走さま』
二人をいじるだけいじって、桜はグループメッセージを抜けていってしまった。
嵐が過ぎ去った後に残るのは、何とも言えない空気のみ。
ややあって
ケン『なでしこ』
なでしこ『は、はいっ』
ケン『その、さ』
なでしこ『うん』
ケン『えっと……』
中々上手く言葉を表現できず、詰まり気味の、ただ場を繋ぐだけのメッセージのみ。
なでしこ『ケン君』
ケン『は、はいっ』
いつの間にか緊張感がさっきと逆になっていた。
なでしこ『私、待ってるよ。ケン君の言葉。だから、きかせてほしいな?』
いつかのクリスマス。
思いを伝えるための言葉を詰まらせていたかつての少年に、少女は優しく促した。
二人が始まったあの日、あの時と同じ言葉。
ケン『来年』
なでしこ『うん』
ケン『来年……待ってて欲しい。絶対……伝えるから』
なでしこ『うんっ、待ってるよっ』
ケン『じゃ、なでしこ。良いお年を』
なでしこ『うん。ケン君も良いお年を!』
こういうのは直接話して、声にして伝えるものなのかもしれない。
けど声に出そうとすれば、きっと緊張で詰まってしまって、どうしようもなくなってしまうかもしれないから。
だからこそメッセージで待っててほしいと伝える。
恋人から更に前へ、
もっと近くで、
ずっと一緒に。
そんな2人になるための言葉を伝えたくて。
随分彼女を待たせただろう。
こいつも机の中に仕舞われたまま燻っていたに違いない。
引き出しから取り出した小さな黒い箱。
開けばそこに収められた小さな指輪。
あしらわれたアクアマリンが部屋の明かりに照らされて淡い輝きを放っていた。
番外編を書くにあたり、こーゆーのを読みたい!っていうリクエストを募集します!
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