リンの双子の兄は、静岡の猛獣に振り回される 作:ロシアよ永遠に
アラームのやかましい音が、深い眠りから意識を現実へと引き戻してくる。覚醒する頭と共にゆっくりと眼を開ければ、未だ真っ暗な天井が視界に飛び込んでくる。
それがテントの屋根であることを認識するのに数秒。
そして高下で自身らが作り上げたキャンプ場での完成初キャンプをした事を思い出すのにさらに数秒。
そして
「ん〜……すぅ……すぅ……」
ケンの手を握りながら隣で安らかな寝息を立てるなでしこの姿。彼女と昨日、婚約したことを思い出すのに更に数秒時間を要する事となる。
彼女と一歩進んだ関係になれたことに改めてこみ上げる幸せに、笑みを抑えることが出来ずに自然と口元が緩んでしまうのは不可抗力だろう。
「このまま眺めているのもいいか」
幸せそうな寝顔を崩すのも憚られる。そっと頬を撫でてやれば、小動物の如くにくすぐったそうに身を捩らせた。
幸せな時間ではあるが、何時までもこうしては居られないのが現実。二人にはやらねばならないことがあるのだから。
「なでしこ、朝だぞ。起きろ〜」
「ん〜……起きてるよ〜……起きてる〜……」
などと言いつつも、目を開ける気配など全く感じられない。
柔らかいほっぺたを少し引っ張っても効果なし。
「やれやれ、結局コレか」
ため息とともに抜き取るのは伝家の宝刀。
すぴすぴと空気が通る音が鳴る可愛らしい鼻。それを指でキュッと摘み、鼻呼吸を遮る。
ふが……!とおおよそ乙女の発してはならない声と共に目が薄っすらと開いてくるなでしこ。寝坊助さんが目覚めた所で朝ごはんの準備をしなければ。
「ん〜……ケン君……」
「おはよ、なでしこ」
「あけましておめでとうございます……」
「だから早ぇって!」
「はい、ケン君」
「お、ありがとうなでしこ」
朝は手早く手堅くホットサンド。
という事で、ベーコンやトマト、レタスを挟んだ、名付けてBLTホットサンドだ。ケンがゆっくりと火入れをしてパンに焦げ目をつける最中、なでしこは隣で湯を沸かしてコーヒーを入れて渡してくれた。
「ケン君、ホントにブラックでいいの?」
「うん。なんか、最近ブラックにハマっててさ」
「オトナですなぁ……あたしゃまだまだ砂糖とミルクが欠かせんのじゃよ」
「一番美味いと思う飲み方で良いんじゃないか?飲み方の押しつけなんてナンセンスだしさ」
一口コーヒーを啜れば、苦味の奥に酸味、そしてその更に奥に僅かな甘みが鼻に抜け、冷えた空気と相まって爽やかな朝を演出してくれる。
「ほら、なでしこ。熱いから気を付けて」
「うん!ありがとうケン君」
2等分にして更に盛られた、ホクホクと湯気が立ちって程よい焦げ目がつけられたホットサンド。断面の野菜の鮮やかな色がなんとも食欲を掻き立ててくれる。
「コーンスープもできたよ?って言ってもインスタントだけど」
「十分十分!インスタントでも美味いんだし」
「そだね、このインスタントのやつ、私も好きだよ」
食べ物が行き渡った所でいざ、と言うとき、暗がりだったキャンプ場にゆっくりと、朝の日差しがサイトを照らし始めた。
「あっ!日の出だ!」
不意打ちの容赦ない明るさに目を細めながら、富士山の山麓から差し込む朝日を身体一杯に浴びて、朝という一日の始まりをホットサンドを味わう。
新しい二人の初めての夜明け。
願わくば、この朝日のように明るく、そして眩しい日々が始まるように。
そんな思いを願って止まなかった。
そして月日は流れ、
時は12月24日。
雪が時折その姿をチラつかせ始めたクリスマスイヴ。
今日のノルマを終えてもなお、未だデスクに齧りついてタイピングを続けるケン。
少しずつ年の瀬の忙しさが見え始めたので、この作業を仕上げに取り掛かっていた。
写真も、
記事も、
総ては自身の持ちうる最高の内容。
何度も推敲を重ね、消しては打ち込み、そして自身が納得できる物がようやく出来上がった。キャンプ場作りもあったが、それでもなお時間を掛けてようやくの完成だ。
「支店長、広報の記事、完成いたしました!」
執筆内容をUSBメモリーに保存し、海津支店長の元へ。その差し出されたメモリーを感慨深げに見つめ、ゆっくりとそれを受け取る。
「確かに受け取ったよ。これは責任待って本社へと提出しておく。ご苦労だったね」
「いえ、期日ギリギリで申し訳ありません」
「志摩、今謝るのは支店長ではないぞ?」
頭を下げていたケンの肩をそっと叩くのは白川次長。嗜めるようで、しかし怒ってはいない。どちらかと言えば苦笑い気味だ。
どういう意味なのかと疑問符を浮かべるケンに、白川は背中越しに親指で会社玄関の方をクイッと指差す。
なんだろうと白川の横から覗けば……
「な、なでしこ……?」
玄関のガラス越しに笑顔で手を振ってくれる彼女がそこにはいたのだ。
「やれやれ、今日日恋人がひしめくこの日に残業とは……志摩、一度女心というものを学んでこい」
「おや、白川君の口から女心という言葉が飛び出すとはねぇ……まぁせっかくのクリスマスイヴだ。もう上がりなさい。恋人……いや、もう婚約者だったね。彼女を待たせてはいけないよ?」
「……わかりました、お先に失礼させていただきます!」
一礼し、急ぎバタバタと帰り支度を始めるケンを、海津支店長も白川次長も、どこか微笑ましく眺めていた。
「フッ……慌ただしいものですね」
「若い頃ってのはあれくらいでいいもんだよ。歳を重ねて、年季とともに落ち着きを持ってくるくらいが丁度なんだ」
「そうですね。これからあいつは家庭を持つ。それもまた責任を持つ大人へと変えていくでしょう」
タイムカードを押して急ぎ退社する彼は、まだ若くも成し遂げる事を経験した。これからの彼が楽しみで仕方ない二人は、再びデスクワークへと戻る。
おそらく、近いうちに挙げられる二人の門出を待ち侘びながら。
「そうだ白川君、年末なんだけど、高下のキャンプ場に家族と行かないかい?」
「えぇ、無論そのつもりです。年に一度のダイヤモンド富士を家族に見せてやりたいもので」
「なんなら鍋でも作って一緒につつかないかい?薪ストーブも買ったから寒さ対策は万全だよ?」
「良いですね。楽しみにしています」
なんだかんだであのキャンプ以来、その沼にどっぷりハマった二人だった。
そして……
『バイクと共に楽しむキャンプへ』
そんな見出しの記事が本社公式サイトに掲載され、審査の結果で入賞となったのは、数ヶ月後のお話。
次はクリスマスデート……の予定
番外編を書くにあたり、こーゆーのを読みたい!っていうリクエストを募集します!
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