バンドリ短編集 作:匿名スタッフくん
今日、親と喧嘩した。
きっかけは、すごくくだらないことだ。父さんと母さんから「お兄ちゃん」と呼ばれるのが嫌だった、ただ、それだけ。
思春期特有の反抗と言われてもしょうがない。だけど、それが俺にとってはどうしても許せなくて。
どこにも行き場のない気持ちを抱えたまま家を飛び出し、ひとり街を彷徨っていた。
気づけば空は暗く染まり、時計も十時を回っている。その時、ようやく俺は気づく。
「お金、ない……」
感情に身を任せた行動は、こういう結果を招くとわかっていたし、習っていたはずなのに。
その瞬間、俺の血の気はみるみるうちに引いていく。このまま家に帰れなかったら、俺、このまま。
──このまま、死んじゃうのかな。
父さんや母さんと仲直りできないまま、弟たちに謝れないまま、俺は死ぬのかな。
「こんな夜遅くにどうしたの〜? 少年! 困りごとならさ、お姉さんに話してみてよ」
そんな時だった。まさにギャルと言わんばかりの派手な見た目をしながらもどこか優しい表情をした女性が、俺に話しかけてきたのは。
「……実は、親と喧嘩して。すごくくだらない理由なんですけど」
「そうだったんだね。どうして親御さんと喧嘩しちゃったの?」
「実はその、父さんと母さ……いや、両親から「お兄ちゃん」って呼ばれるのが嫌で」
「お兄ちゃん、か……」
途方に暮れていた俺に話しかけてくれた女性……リサさんがくれたココアを飲みながら、こうなった経緯を話す。
リサさんからもらったココアは温かくて、優しい味がして。見ず知らずの子供にこんなに優しくできるなんて、リサさんはすごい人だな。
俺もこんな人みたいな素敵なお兄ちゃんになれてたら、こんなことにならなかったのかな。
「でも、わかってるんです。これは俺が悪いって。俺はお兄ちゃんなんだから、お兄ちゃんである自覚とか、お兄ちゃんだからこその振る舞いとか、ちゃんとしないとダメなんだと思います。でも、俺はただ、お兄ちゃんじゃなくて、昔みたいに“アキラ”って名前で呼んでほしかった」
「……そっか」
「父さんや母さんだけじゃなくて何も悪くない弟たちにも当たっちゃって、ほんとに恥ずかしいです」
わかってるんだ。俺はお兄ちゃんなんだから、ちゃんとしなきゃって。わがままなんて言っちゃダメだって。
でも、羨ましかった。二人に素直に甘えられる弟たちが。名前で呼んでもらえる弟たちが。
きっと、リサさんもカッコ悪いお兄ちゃんだって思うよね。ひどいお兄ちゃんだって、思うよね。
「アキラは、偉いんだね」
「え?」
「お父さんやお母さん、弟くんたちのために「お兄ちゃん」を頑張ってる。アキラは、すごく真面目で家族想いな子なんだって、すごく伝わってきたよ」
「そんなこと……! 俺は、わがまま言って、弟たちに当たったんです!」
びっくりした。カッコ悪い、お兄ちゃん失格だ、って言われると思った。それでも、リサさんは俺に優しい言葉をかけてくれて。
だけど、そんなことない。俺は偉くないし、真面目でもないし、家族に八つ当たりしたんだ。
こんなわがままなお兄ちゃん、絶対にダメだ──
「アキラ」
そんな時、俺の名前が呼ばれて。ぽん、と頭に手を置かれる。
リサさんは俺の頭を撫でると、優しい声でこう言った。
「わがまま言ったっていいじゃん☆」
「え?」
「アキラは我慢しすぎ! お兄ちゃんだからとか関係なく、周りにもっと甘えていいんだよ」
「でも、俺が甘えたらみんなに迷惑──」
「そんなことない。むしろ、甘えてくれた方がお父さんもお母さんも喜んでくれると思うよ。アキラは子供なんだから、大人ぶらないでもっと自分の気持ちを出さないと!」
そう言われて、はっとした。俺は今まで、お兄ちゃんらしくあることを気にしすぎて、自分の気持ちを出せていなくて。
本当は俺も褒めてほしくて。構ってほしくて。でも、お兄ちゃんだからそう言えなかった。
俺の、アキラの気持ちは、お兄ちゃんとしてふさわしくなかったから。
いいのかな、甘えても。いいのかな、本当の気持ちを伝えても。
不安になる俺の背中を押すように、リサさんはこう言った。
「お兄ちゃんじゃなくて、アキラの気持ちを伝えてみて」
〜
その日は、リサさんに家まで送ってもらって。リサさんは、俺の家には入らずそのまま帰ってしまった。
でも、別れ際にリサさんが俺の背中を優しく叩いて、「大丈夫」と言ってくれたから。俺は勇気を出して、家のインターホンを押す。
「お父さん、お母さん、あのね──」