バンドリ短編集 作:匿名スタッフくん
「帰してください! ねえ帰して! 俺は、俺なんかは湊さんとカラオケに行っていいような人間じゃないんです!」
都内某所のカラオケボックスの一室にて。俺は以前から大ファンであるガールズバンド、Roseliaのボーカルである湊友希那さんと「二人きり」で向き合っていた。
あのRoseliaの湊さんとカラオケ……普通ならワクワクせざるを得ない状況だが、俺にとっては恐ろしくてたまらなかった。
「だから、俺の歌なんて聴くに耐えませんって! 考え直して、湊さん!」
「いいえ、私は貴方の歌声にとても興味があるの。その余りの歌唱力によって、観客を失神させるほどの天使の歌声……そう聞いたわ」
「違うんです! 音痴すぎてみんながぶっ倒れてる悪魔の歌声なんです!」
……そう。なんでかわからないけど、俺、なんでか湊さんになんかすごい歌うまに思われてるみたいで。
違うんだ、普通に! むしろ上手いどころか音痴! 某ガキ大将が泣いて逃げるレベルの音痴!
そんな俺があの湊さんの前で歌っていいわけがない。俺が一フレーズ歌ったが最後、湊さんはもう二度と目を覚まさないかもしれない。
嫌だよ大好きなアーティストの死因が俺の歌声なんて! だからこそ、なんとかして俺は歌わずにこの場を乗り切りたい、のだが。
「……ダメかしら?」
んんんんん〜〜〜〜〜!!!!! 推しぴ、ビックバンかわE〜〜〜〜〜!!!!! ちゅきちゅきハリケーン〜〜〜〜〜!!!!!
……失礼、取り乱してしまった。でも、だからこそこの尊い推しを守り抜くために俺は覚悟を決めなければならない。
ってあれ、湊さん、しれっとフードメニュー頼んでる? しかもこれ、確か子猫ちゃん大乱闘のコラボメニュー……
あ”あああああああ!!!!! なんですか!!!!! 湊さんったら、にゃーんちゃん!? にゃーんちゃんのコラボメニュー頼んじゃうの!? あらやだギャップがすごすぎてもっと好きになっちゃう〜〜〜〜〜ん!!!!! ダメ、ダメ、好き〜〜〜〜〜!!!!!
……ごめんなさい、ベリベリキュート湊さんに心奪われていました。ダメだよやっぱ! 早くこの場を解散しないと尊さで俺が死ぬか俺の歌声で湊さんが死ぬかの二択!
ああ、どうしたら、どうしたら……! 俺は必死にスマホでカラオケ情報を調べる。すると、そこにはとある文字があった。そう、“子猫ちゃん大乱闘アフレコカラオケ”の文字が。
それを見た瞬間、俺は勝利を確信した。これなら音程もクソもない。高らかに歌い上げよう、子猫ちゃん大乱闘の世界を──! と思ったら。このカラオケの機種が古すぎたのか、そんな曲はなかった。
もう、終わりだ。何もなす術はない。もうこのまま、終わりゆく世界で思考を放棄することしかできない。ごめんなさい、こんな俺で。そんな時、湊さんの声がカラオケ内に響く。
「もし貴方が一歩踏み出せずに悩んでいるのなら、私が何度でも背中を押すわ。私は、貴方の歌声に全てを賭けてみたいの」
「しゅ、しゅきっ……!!!」
もう乙女になった俺に恐れるものはない。湊さんと一緒に歌うんだ、俺を救ってくれたあの曲、BLACK SHOUTを。
無理だと嘆くよりも、もしかしての可能性に全てを賭けてみたい、そう思ったから。
大好きな曲の、大好きな前奏が鳴り響く。俺はマイクを握りしめ、最初の一音を──。
ちなみに俺が歌い終わった時、湊さんがそこで笑っていた気がする。気がした。気がして欲しかった。
それはそれとして、失神した湊さんも……ス・テ・キ♡じゃないや、死のう。今から遺書を書きます。