ダキア大公家三男に転生したので帝国を理解らせに行く話   作:舞葉

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ご要望に添えるかは分かりませんが、番外編の日常回です。時系列的にはアンネリーゼがダキアに来るちょっと前、1914年の9月ごろの話です


幕間集
幕間 ドレイク少佐の一日


ダキア陸軍に飛ばされた軍事顧問達の朝は早い。

 

「…んぐぉ、朝か」

 

ブールクレストから三十キロほど離れた、大公家の所有する丘上の小さな城の一室で、連合王国のドレイク海兵魔導少佐は、午前六時少し前に目を覚ました。

 

建てられてから数世紀は経つこの城だが、水道や電気の類はしっかりと通っている。備え付けのバスルームでシャワーを浴び、髭剃りや顔洗いなどを一通り終えたドレイクは、手早く軍服に着替えて下層階の食堂へ向かった。

 

「食事が終わりましたら、そちらのテーブルに食器類をまとめて置いておいてください」

「分かりました。…ハァ、やはり慣れないな、賓客待遇というものは」

 

ダキア大公国でのドレイクの待遇は、他国の外交官や高級将官のそれに相当するほどのもので、軍隊式のぞんざいな扱いに慣れているドレイクにしてみれば、やり難いことこの上ない。

なるほど確かにドレイク一門は連合王国有数の名家だが、軍人家系ということもあり家風は質実剛健。身の回りの事柄全てを一定以上の水準でこなせる様に幼少期から叩き込まれたドレイクは、今まで上流階級の文民貴族のような扱いを受けたことがなく、故に現状にどうにも戸惑いを隠せないのだった。

 

とはいえ、一度城を出てしまえばドレイクは一人だ。30キロの距離とはいえ、ドレイクほどの魔導師にとっては指呼の距離に等しい。ひとっ飛びで演習場に降り立ったドレイクは、毎日のように整然と踵をそろえて整列する訓練中の魔導部隊の前に、アンソン少佐と共に並び立つ。

 

ミハイが手ずから選抜しただけのことはあり、志願組も徴兵組も関係なく候補生達はダイヤの原石揃い。二人が教えたことをスポンジのように吸収し、三日もすれば当然のようにそれを使って模擬戦を挑んでくる秀才ばかりだ。

既存のダキア軍魔導師育成過程をゴミと笑い飛ばしたミハイの言い分は、一切間違ってはいなかった。彼らのような逸材を見出せなかった時点で、教育課程としては落第以下。彼らならば、きっと忌々しい帝国のネームド魔導師どもとも渡り合える猛者集団に成長するに違いない。その教育に携われたことを、今のドレイクとアンソンは誇りに思っている。

戦技と戦術を教えれば教えるだけ、貪欲に更なる知識と技術を求めてくるのだ。教える側も張り合いが出ると言うものである。大戦後に教育者として名を馳せるドレイクの才能を芽吹かせたのは、連合王国のライミーでも合州国のヤンキーどもでもなく、他ならぬダキアの吸血鬼だった。

 

座学においてはチョークを手に大講堂で声を張り上げ、実技においては慣れ親しんだ演算宝珠とライフルを手に、直撃コーススレスレも珍しくなくなった候補生達の攻撃を喰らいかけながらも、なんとか彼らを演習場の地面に叩き落としていると、やがて昼飯の時間がやってくる。

祖国のそれと異なり、ダキアの飯は大変に美味だ。士官学校の食事ひとつとっても、連合王国のそれとは味が段違い。道理で候補生達の頭の回転が速い上に性格も素直な訳だ。やはり元来が農業国なだけあって、支給されている白パンも程よく牛肉が入ったシチューも、連合王国の士官学校の飯とは比べ物にならない。これだけ美味いものを毎日のように食っていれば、そりゃ頭も性根もまともなものに出来上がると言うものである。連合王国軍人の捻くれ曲がった心根は、不味い飯から来るのではないかと近頃彼は本気で思い始めた。

 

飯が終われば、また訓練。この日は定期的にローテーションで回ってくる、アンソン考案の長距離地上襲撃訓練と任意参加型の教官との個人戦だった。

 

往復七十キロほどの首都郊外の平原上空に定められたコースを、地上に提示される的を爆撃しながら飛ぶと言う一見簡単な訓練なのだが、その実余裕をぶっこいていたドレイクが終わる頃には立ち上がれなくなり、座学過程が一日キャンセルになる程ハードな訓練であった。

 

と言うのも、この訓練はほとんど常時フルスロットルと言って良いほどに前進しかしない。道中ランダムに提示されるターゲットに対地襲撃突撃を行い、離脱し、少し飛んだところでまた提示されるターゲットを叩く。これを繰り返すだけのシンプルな訓練だが、これを制限時間内に規定飛行距離に達するまで、休憩なしでひたすら繰り返すのである。

また、提示されるターゲットにも様々な種類が存在し、それに対応する術式を使わなければ減点される。ただし、残魔力量が十分でない場合や、その時々で設定されるちょっとしたシナリオ(敵空軍基地に駐機中の爆撃機部隊に攻撃を加えよ、敵都市部に潜伏するスナイパーを排除せよなど)の達成にそぐわない場合には、あえてターゲットを見逃すことも求められる。そうした適切な判断は加点となり、要した時間と合わせて全員が終わったところで順位が張り出される仕組みだ。長距離襲撃をこなす肉体だけでなく、疲れ切った脳髄で適切な判断を下さねばならない頭にも相当の負担が掛かるのである。

 

経験の薄い対地攻撃任務という事も相まって、物は試しと挑んでみたドレイクは、二時間弱後に候補生達がギョッとするほどのボロボロ具合で帰投した。何せ、一切の着陸・休憩が許されない状態での時間制限付きの長距離飛行な上に、地上攻撃用の術式は派手な分魔力の使用量も大きい。規定飛行距離に達したかは宝珠が判断するため、誤魔化しも効かないのだ。

歴戦の海兵魔導少佐であるドレイクでそれだ。ダキア軍がテストユーザーも兼ねて購入、配備しているブルドッグ演算宝珠にようやく慣れたばかりの候補生達にとって、この訓練はあまりに苛烈だった。

 

訓練の延期も何度か進言されたが、アンソンは決して首を縦に振ろうとしなかった。彼曰く、なるべく早いうちに激烈な訓練を受けさせる事で、なるべく早く彼らをエース部隊や優秀な教導部隊にするための土壌を作りたいのだとか。それにしたってやりすぎではないかとドレイクは訝しんだが、その結果は今日この日の朝、1 on 1で真正面からドレイクに向かってくる候補生達の技量が証明していた。

 

「勝負あり!ドレイク少佐の腹部貫通判定を以て、アントネスク候補生の勝利とする!」

「嘘だろ…とうとう負かされたか…」

 

しばらく対戦していなかったこともあり、所詮は促成栽培組と侮ったのが運の尽き。ハンデとして候補生には新型の半自動小銃が支給されていたとはいえ、ドレイクは候補生にギリギリのところで敗れたのである。

 

「ボルトアクション同士なら、間違いなく少佐殿の勝ちでした。…小官もまだまだです」

「謙遜はよせ、アントネスク。私がいたたまれなくなってしまう」

 

発射速度の差こそあれど、wz.1914pセミオートライフルと連合王国のエインスフィールドボルトアクション小銃の装弾数は同じなのである。砂埃に塗れた野戦服を手早く払い、ドレイクは自分を叩き落とした候補生を褒め称えた。

 

大幅に話がずれたが、とにかく候補生達はすっかり慣れた手つきで対地訓練を終了させて、各々思い思いの方向へと三々五々に散って行った。基本、現行のダキア軍魔導師訓練過程ではこの訓練を最後のメニューと定めており、ケリを付けた瞬間から彼らはアントネスクらのように教官達に個人戦を挑むもよし、はたまた何も考えずに自室のベットに沈没するもよしの自由時間である。

最後の候補生が飛び終えたのを確かめたドレイクは、演算宝珠に魔力を込めなおすと、ゆったりとした軌道を描き、心なしか楽しげな雰囲気をまとって飛び立っていった。今日は金曜日で、当直者を除けばダキア軍の教官職は完全週休二日制である。

 

ウッキウキで天守屋上に降り立ったドレイクだが、服こそ夜を見越して暖かい服装に着替えたものの、なぜか演算宝珠を手放す気配はない。と言うのも、彼の行き先はブールクレスト市街ではないからだ。連合王国本国勤務だったドレイクからすれば、ダキア大公国での顧問職は、事実上の僻地勤務に等しい。自然こそ雄大なものの、ロンディニウムと比べれば娯楽も少なく、何よりドレイクはダキア語をあまり上手く話せない。軍内の公用語が連合王国語故に勤務は問題ないが、一人で都市をぶらつくとなると少々不安が残ってしまうのだ

 

軍服の癖にやたらと着心地がいい為普段から愛用しているダキア軍服の生成り色のワイシャツの上から冬季用のフィールドグレーのコートを羽織り、頭には連合王国軍の制帽を引っ掛けたドレイクが、背嚢を背に飛び立って行くのは西方向。いつもなら文句を垂れるだけのずっしりとした背嚢の重さが、今日だけは心地よい。

 

あっという間に市街地が見えなくなり、山間部の村落の明かりがチラつくようになってもまだドレイクは飛び続ける。やがて月明かりに照らし出されたカルパティア山脈最高峰のモルダーヴェアナ山が間近に迫ったところで、ようやくドレイクは足を止め、何かを探すようにキョロキョロと辺りを見回した。

 

「っかしいな、天測航法だとここが集合場所の筈なんだが…」

「こっちですよ少佐!上です、上」

 

降ってきた声の主を求めて上を見上げれば、すでに高度4000フィート(メートルにして1200mちょい)まで上がっているドレイクのさらに上、演算宝珠の実用高度ギリギリである高度5400に待ち人たちは――アンソンとミハイは居た。歴戦の魔導将校であるアンソンはさておき、かなり特殊にせよ魔導適性持ち*1の軍人とはいえ魔導師としてはぺーぺーもいいところなミハイまでもこの高度に居られるのは、さすが連合王国最新鋭の宝珠といった所か。ドレイクは宝珠に魔力を込めなおすと、高度順応を兼ねてゆっくりと高度を上げていった。

 

 

 

 

 

「こうして三人で集まるのはいつぶりだろうな?」

「閣下はお忙しいですからね…二か月ぶりくらいにはなるんじゃないですか?」

「だから閣下呼ばわりは…はぁ、もういいです。それより、乾杯と行きましょうや」

 

ダキアを見下ろす巨峰を背に、ぽつんと空に浮かぶ影が三人分。限界まで魔力をセーブしつつ、ふわふわと空に浮かぶ三人の手には、各々右手に一本の瓶、そして左手に琥珀色のグラスが握られている。

 

「戦友に」

「コスケンコルヴァに」

「われらが親愛なるジャガイモ共に」

 

それぞれが思い思いの対象にグラスをささげ、飲み干すは連合王国北部産の正真正銘のスコッチウィスキー。ほぼ同じタイミングでグビリと喉を鳴らして飲み込まれたそれは、強烈なアルコールでもって彼らの喉を焼いてゆく。かなりの高度を維持しながら飛んできたため、薄っぺらい背嚢に入っていた瓶はコルクのてっぺんから瓶底までキンキンに冷えていた。

 

「くぁ~、沁みるっ!っぱ疲れた体にゃよく冷えた酒だよ…出来ることなら、国産のビールでも作らせたいもんですねぇ」

「宮廷暮らしの癖によくわかってるじゃないですか、閣下。…いや、そういえばもう宮廷には住んでおられないんでしたっけ?」

「はい、そりゃもう。今はもうお二人と同じ、立派な軍機構の歯車にして残業と薄給に喘ぐ社畜ですよ」

 

職場への愚痴から始まった馬鹿話は、アルコールの力でブレーキを壊されたかのようにエスカレートしていく。ドレイクとアンソンがいかに自国の制式ライフルが優れているかをアルコールで惚けた言葉を尽くして議論する上で、半自動小銃持ちのミハイが勝者の余裕を漂わせたり、好みの女性のタイプで性癖が真正面からぶつかったミハイとドレイクがリアルファイトに発展しそうになったり、その後諌めようとしてさらに火に油を注いだアンソンの嫁自慢に、今度は彼らの僻みやっかみの対象がアンソンに向く様は、まるでハイスクールを卒業したばかりの連中のようだった。

 

真っ白に輝く三日月と、地上の明かりが存在しないがゆえに煌々と輝く星たち、そして運良く雪雲が晴れた眼下に広がる広大なダキア東部のブールクレストをはじめとする工業地帯のオレンジ色の明かりは、絶景という言葉では表しきれない。天空の星と社畜の星、どちらも実際に輝かせる者はともかく、見る者にとっては甲乙つけがたいものだ。今までこんなに悠々自適に空を飛んだ経験が無いドレイクとアンソンは、ちまちまと度数の強い蒸留酒の合間にミハイ持参の宮廷から盗んできたワインを傾けながら、ゆったりとそれに見入っている。常日頃は静かなカルパティア山脈の奥地に、男三人の馬鹿笑いは夜が明けるまで響いていた。

*1
ふざけた魔力量を持っているが、肝心の放出量がカスレベル。300ℓくらいの巨大タンクに手のひらサイズの蛇口がついているイメージ




ミハイの魔導適性についてもう少し補足するならば、術式展開そのものは可能ですが、負荷の高い攻撃系術式の威力は豆鉄砲レベル。とは言え魔力量自体は多いので、長距離列車並みのスピードしか出せないものの、ブールクレストからベルン程度の距離だったら往復ノンストップで飛行可能ですし、防御膜と防殻はアホみたいに硬いです。
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