ダキア大公家三男に転生したので帝国を理解らせに行く話 作:舞葉
そして13巻発売決定やったぜ
追記
lucky lucianoさん、誤字報告ありがとうございます
第八話
国家改造計画がどうにか軌道に乗り、軍民共にダキアが順調な成長を遂げ始めた1914年の十月の終わり頃、ブールクレストから七十キロほど離れたプロシュティ市にミハイはいた。
彼の腰掛ける賓客席の右斜め前、合州国帰りの技術者達が照れ臭げに話すスピーチは、トラブルらしいトラブルを起こす事もなく順調に設立まで漕ぎ着けた国営企業、ダキア油田公社の創設記念式典のものである。ミハイ肝入りのプロジェクトの一つが、ようやく実現した瞬間であった。
会場の後ろ、既に稼動をしている油井施設は、綿密な試掘の甲斐あって既にかなりの生産量を叩き出している。帝国への輸出分の貯蔵も着々と進められており、今日は記念すべき帝国への輸出第一便の出発日だ。耳の早いイルドアや南ルメリア、さらにはトルキアからのオファーも舞い込んでいる。来年度のダキア経済は、間違いなく石油貿易がトレンドになるだろう。
他方、既存の産業に対する配慮も彼は忘れていない。農業用地の比率は工業化政策が始まる前よりも増加しているし、トラクターなどの機材の導入には国家から補助金が出る。周囲に大国や農業生産国が多い為、輸出による収入が期待できないのが厄介だが、社会保障制度の一環として、余剰収穫分は国家が買い上げ、貧困層への支給用として各都市で貯蔵、分配を行っている。地中海を跨ぐ古代帝国の制度に倣ったものだが、世論の受けは上々だ。少なくとも、農業人口の工業への流出はしっかりと防げている。
議会と財務省から向けられる恨みがましい目――何せ開発独裁も良いところな状況に加え、三割程度は先代軍事局長の溜め込んだヘソクリで賄っているとはいえ膨大な額の国家予算の濫用である――を除けば、特にこれといった反対運動も無い。石油産業という名の金蔓は、ダキアを経済面で大きく支えることになった。
さて、早々に式典を終えたミハイは、来た時と同じように車上の人となっていた。ただし、乗っているのはダキアで今まで走った列車の中でも最長となる、十六両編成の貨物列車である。
これまた二か月前に到着したばかりの牽引機に大量に連結されているのは、ダキア語の印字が入った大型石油タンク車両。彼自身の強い希望により、ミハイはアラデアまで貨物列車に乗っていくことになったのだ。
経由地はウラショフ、トムクルシェフ、そしてクールジュ・ナポカの三都市。石油本線と俗称される、ブールクレストから帝国との国境部までを繋ぐ、七割以上の区間が複線化された大動脈のうちの一本だ。
一部の区間は複線どころか複々線で整備されている線路を勢いよく突っ走るのは、連合王国が製造した大型のガーラット式蒸気機関車。連結器を従来のネジ式連結器から国産の自動連結器に換装し、連結に要する時間を短縮した車両だ。大陸列強とは異なり、ダキア大公国で製造される鉄道車両は全てこれを装備している。他国との互換性はないが、もとよりダキアから帝国南部都市まで運べればそれで問題無いのだ。また、後々になって判明する事だが、自動連結器は帝国軍による車両の鹵獲を防ぐのにも一役買うことになる。
持ち前の登坂能力で難なく山間部を抜けた列車は、停車する事なくブラショフを通過。坂路で押さえつけられていた出力を遺憾なく発揮し、山越えルートを迂回するように敷設された複線を勢いよく駆け抜ける。
ブラショフ付近に住む沿線の人々は、初めて見る長大な貨物列車を駅に詰めかけるようにして眺めていた。中には大胆にも馬やトラックを持ち出して追いかけようとする者もいたが、生憎と新品の鉄道路線とは違い、ダキアの道路網は未整備だ。これから石油増産のおかげで好きなだけアスファルトを作れるとはいえ、流石に全土の整備は国力的にしんどいものがあり、せいぜい太めの幹線道路を何本か伸ばすだけだろうとミハイは踏んでいる。
「呑気なもんですなぁ。領主様の財産をギリギリまで搾り上げた人間がここにいるとも知らずに」
「人聞きが悪いな。正当な罰金を巻き上…徴収しただけのことじゃないか」
陸軍出身で顔馴染みの機関士がちくりと腐すのをミハイは鼻で笑い飛ばすが、この鉄道が貴族から毟り取った金で出来ているのはれっきとした事実だ。国家予算だけでは到底足りずに頓挫しかけた計画を救ったのは、皮肉にも貴族連中の腐敗であった。
今期の士官学校受験者でも相変わらず貴族出身者はかなりの割合を占めており、軍の先鋭化に伴い合格ラインが大幅に引き上げられた事も相まって、裏口入学の希望者は過去最大数を記録した。そういう連中からミハイは黙って賄賂を受け取り、それを物的証拠として片っ端から不正の摘発を行ったのである。
有罪とまではいかずとも、公表されれば貴族の名誉はズタボロだ。それだけは避けたい貴族の性にミハイは付け込み、家が傾かないギリギリのラインを見極め、安全マージン以上は動産・不動産の区別なく徹底的に毟り取ったのだった。余波を喰らって失業者となった人間には、優先的に収入の安定する国営企業での仕事を斡旋したおかげで、不満も最小限に抑え込めている。
中には憤慨し、真正面から反乱を企てた骨のある貴族もいるにはいたが、所詮は貴族の私兵である。鎮圧に派遣された近衛師団に幾らかの損害は出たが、虎の子である新規編成師団と錬成途中の若い魔導師の卵らを守るためとミハイは割り切った。何せ、もとよりデコイとして使い潰す予定の部隊である。冷徹な計算の上に、ミハイは犠牲を許容した。
野越え山越え河川越え、都市から都市へと列車は進んでゆく。ゴタゴタを避けるためにできる限り貴族領の境界に沿ってレールは敷かれているが、地形や距離の関係上どうしても遠回りになる部分に関しては、ミハイは容赦なく札束の暴力に物を言わせ、真っ二つに領地を切り裂いた。既存の大規模な都市やリソース生産拠点を経由するために支線を作ることはあったが、それとて路線から数十キロ圏内のものだけであり、本線から離れているものはバイパス路線として二つの本線を繋ぐ別の路線を、これまた政治的都合に一切斟酌せずに建設した。
一年間カネとモノと人に物を言わせて突貫工事で整備を完了させた結果、ダキアは欧州有数の鉄道網を持つにまで至ったのだ。まぁ、国土が他国に比べて狭いのだから比べるのは少々微妙というものだが…
そうこうしていると、太陽が地平線に擦るか擦らないかと言った時間になって、ようやく貨物列車はアラデアに到着した。ここからは帝国国鉄の保有する蒸気機関車にバトンタッチされ、自動連結器とネジ式連結器のアダプター車両を兼任するダキア製の車掌車が貨物車両の先頭に連結される。世界最高峰を自負する帝国の鉄道といえど、流石に自動連結器は標準装備していないのだ。
黒いボディと所々に差し込まれた赤い意匠、そして目を引く運転室横に大きくペイントされた鉄十字と帝国の国章――演算宝珠と剣を掴む双頭の龍――が目を引く帝国の蒸気機関車に引かれ、長い長い貨車の群れは、すっかり暗くなった西の地平へと消えていった。帰って来るのは帝国側担当者曰く一週間後だとか。時間に正確な帝国のことだ、間違いなく定刻通りに帰ってくるだろう。
ここで貨物列車の牽引機と別れたミハイは、今度はアラデアを経由するロンディニウム発パリースィス、ベルン経由ブールクレスト行の急行列車に乗り込んだ。
ロンディニウムを出発し、リヴァプールから鉄道フェリー伝いにブレストから大陸に入るこの急行は、まだ国内鉄道が本線一本しかできていない頃のダキア国鉄主導で開通した新路線である。内海航路や各国での乗り換えを面倒くさがったミハイが鉄道一本で連合王国へ行けるようなプランを提案し、それに近年増長する帝国への対抗政策の一環として結びつきを強めたい連合王国とフランソワが乗っかった形だ。ゆくゆくはフランソワ共和国への石油輸出にも使用される予定である。
ダキア国鉄で旅客、貨物問わず大々的に採用されるガーラット式とは異なり、この急行を引っ張るのはごく普通のテンダー式蒸気機関車。赤い塗装と四対の巨大な動輪が目印だ。
車窓に映る風景は、ミハイにとっては旅慣れたダキアの風景だが、他国からの旅行客には珍しいものなのだろう。そもそもダキア自体、この急行ができるまでは旅行先のチョイスとしては非常にマイナーだった国である。
軍の礼装を脱ぎ、当世風の紳士服を身に付ければ、ここだけは一切変わっていない焦茶色の擦り切れた陸軍将校の制式トランクケースを手に紫煙を燻らせるミハイは大変に絵になる。どれだけ軍事局や官僚らの前で泥臭く振る舞ったとて、肉体が持って生まれた貴族としての威厳やオーラまでは消しようがない。たとえトランクケースに無造作に放り込まれているのがセーフティーの掛かった試作型の短機関銃で、遠くを見ているような顔は単純にお気に入りの銘柄と間違えて持ってきた兵隊煙草の味に顔を顰めているのだとしても、周囲にそれと悟らせないだけの度量が、精神年齢だけならそろそろ四十を数えるミハイにはあった。
それは、食堂車の中での出来事だった。
サーブされた上等のビーフシチューとフランソワのバゲット、それに帝国の薫り高いコーヒーにミハイが舌鼓を打っていると、すでに席がかなり埋まっていた食堂車に、二人の客が現れた。
「申し訳ありません、ただいま食堂車は満席でして…相席で宜しければお座りいただけますが」
「あら、そうなの…それならば、あの殿方の隣でもよろしくて?」
帝国人らしき貴婦人に対応していたダキア人のボーイは、大慌てでミハイに駆け寄ると、周囲に響かぬよう声を潜めて耳打ちした。
「お食事中申し訳ありません、閣下。あちらのお二方が、閣下と相席がしたいとおっしゃられて…」
「可能ならば断わってくれないか?本来私はここにはいないのだが」
「それは少し難しいです。詳細な身分は言葉を左右にしていらっしゃいますが、どうも帝国貴族、それもかなり上流のフロイラインの模様です」
食堂車の入り口を見やれば、立っているのは侍従らしき初老の男性と、ミハイと年頃を同じくする若い女性。片方は執事服に身を包んではいるが、身のこなしが明らかに軍人、それもかなりベテランのそれである。もう片方のほうは質素な旅装に身を包んではいるが、曲がりなりにも二年間宮廷で暮らしたミハイの勘が、彼女を自分と同格かそれ以上だと警鐘を鳴らしてやまない。こいつは訳アリだなと彼は察し、やむなく相席を受け入れることにした。
「ありがとうございます、ええと…」
「ミハイ・ゲオルゲと申します。そちらは?見たところ、名のあるお方とお見受けしますが」
ミハイの名乗った偽名に、目の前の彼女はなぜかわずかに息を吞んだ…様に見えたが、彼女はあっさりとそれを覆い隠し、代わりにどこか妖しさのある笑みを浮かべ、自らをこう名乗った。
「私はアンネリーゼ・フォン・ゼートゥーア、御存じだとは思いますが、帝国陸軍参謀本部、戦務課に所属するハンス・フォン・ゼートゥーア大佐の娘で、ゼートゥーア伯爵家の末席に名を連ねています。………お父様からお話はかねがね伺っておりますよ、ミハイ・エムロエイ・シュルフリンゲン閣下?」
(やっべバレてる)
ミハイの背中を、一筋の冷や汗が伝った。