ダキア大公家三男に転生したので帝国を理解らせに行く話   作:舞葉

11 / 48
お気に入り450件到達しました。本当にありがとうございます!


2023/07/27 くらぱーと様、誤字報告ありがとうございます


第九話

一夜を経て思わぬゲストを伴ってブールクレスト駅に降り立ったミハイは、数日前とは別人に見えるほどにげっそりとやつれていた。主な原因は、その隣で物珍し気にきょろきょろとあたりを見渡すフロイライン・ゼートゥーアである。

 

ゼートゥーアがミハイの正体に気が付いた最初のきっかけは、何を隠そうミハイ自身の失言である。

 

『以前の帝国陸軍公開軍事演習でもお見掛けしました』

 

二年前、秋津洲に向かう連合王国客船のデッキの上で、ミハイはゼートゥーアにそう言った。その一言が頭の隅に引っ掛かった彼は、暇を見つけては直近五年間の帝国軍公開軍事演習の軍人出席者リストを虱潰しに調べたのである。

 

するとどうだ、ダキアからの出席者リストにはミハイ・ゲオルゲなんて人間は一人もいないではないか。しかし、当のミハイ・ゲオルゲは二人の経歴どころか軍大学内の二つ名まで知っていた。ますます謎は深まっていく。

そこで彼が思いだしたのは、胸にぶら下げる勲五等金鵄勲章にまつわる一件。ゼートゥーアのそれは大手を振って渡され、両国の友誼を強調しようとする在秋津洲帝国大使館の人間も交えてしこたま写真も撮られたのに対し、なぜかミハイの時はどことなくそそくさと列席者の殆どが『さっさと済ませよう』という意思を感じさせるように振舞っていた。記念撮影の類すら二、三枚、それも付き合い程度である。その姿は、お偉いさんの来訪時に可及的速やかにご退出願おうと奮闘するゼートゥーア含む戦務課の中堅将校たちのそれによく似ていた。

 

「こいつは、クサいな」

 

ゼートゥーアは、今度は文民まで含めて徹底的に参加者を洗った。すると、一人の人間が浮かび上がってきたのである。

何を隠そう、われらがミハイ・エムロエイ・シュルフリンゲンその人だ。

 

彼はゼートゥーアとルーデルドルフが作戦参謀として参加した、大陸歴1911年度の帝国軍公開軍事演習にダキア側代表として出席していた。ちょうど、二人の『軍大学の二羽烏』という異名が、参謀本部に広まり始めた頃である。彼に伝わっていてもおかしくはない。

 

さらに決定的だったのは、その数日後の新聞だ。ダキア大公国の大公逝去のニュースを伝える新聞の片隅には、新大公の写真と合わせて大公家の末息子にあたるミハイの顔写真も載っていた。ダキア国内の新聞は適度に検閲しているミハイだが、さすがに即位式典に招かれたすべてのメディアを捕まえることはままならなかったのだ。

なんとなく流し読みしていたゼートゥーアは、今度こそひっくり返った。大公家三男とキャプションのついた写真の中でぎこちなく笑っているのは、よくよく見なくても一年少し前に秋津洲で肩を並べた戦友の顔じゃないか。

 

1913年の中盤に勃発し、日増しに激化するルーシー内戦に警戒のリソースを割いていたおかげで、今この男が何をしているのかを帝国の情報部門は完全に見逃していた。

 

ただ単に飛ばされただけの哀れな軍務官僚なら、彼とて心のメモ帳に書き留めるだけに留まっただろう。しかし彼がダキアという、合州国の原油価格値上げに伴って将来的に帝国が国内消費の数割分を頼る羽目になるであろう石油産出国の重鎮であり、なおかつ一当たりした感触として相当に有能とあらば、これを放置しておく手立てはない。

さらにマズいことに、苦労してダキア語の新聞を紐解いてみれば、彼はダキアの宮廷軍事局長、帝国でいうところの参謀総長のポストにしれっと納まっていた。とっさに情報部の人間を銃殺したい衝動にかられたゼートゥーアだが、『ミハイ・ゲオルゲ』を知るのは今の帝国ではルーデルドルフと彼自身のみ。無理やり書斎に引っ張り込んだルーデルドルフに事情を説明するとともに、どうにかならないかと彼は善後策を探し始めた。

 

『帝国の脇腹に、鋭いとげを持つ木が芽を出した』という一報は、しかしそこまで帝国参謀本部を揺るがさずに終わる。当たり前といえば当たり前だが、帝国の上級参謀たちはプラン315で十分に対処可能だと踏んだのである。

 

「「戦列歩兵が、そう簡単に機甲師団に化けられるわけもなかろう」」

 

口を揃える将軍たちを相手にするうちに、ゼートゥーア自身ミハイを過大評価しているのではないかという疑問が根を張りだす。いくらボナパルトがいたところで、元帥がグルーシーでは意味がないのだ。ダヴーやベルティエに値する副官を伴ってはじめて、司令官個人の優秀さは軍全体の悪辣さに昇華されるのである。

しかし、彼は用心深かった。同じくミハイの厄介さを知るルーデルドルフや、脇腹に芽生えたバラの花の脅威を理解する一部の将官たちの助けを借り、ゼートゥーアはメッセンジャーを送り込むことにしたのである。ちょうど石油企業の設立にひと段落が付き、ミハイが没落しかけた貴族の保有する農地を文字通り一山いくらで買い叩き、国有地にしたうえで元小作農に無期限貸与という形で良心的な価格で売り飛ばし、彼らの自作農化を推し進めていた頃であった。

 

その結果が、今ミハイの横に立っている女性である。一人娘を送り出すにあたって、ゼートゥーアは以下のことを彼女に言い含めた。

 

・可及的速やかに自らの身分を明かすこと

 

多少無礼に値しようと、メッセンジャーとしての価値を見出させるのが先決だと彼は判断した。

 

 

・帝国側がミハイの素性を調べ上げたことを、どんな手を使ってでも理解させる事

 

上に同じくである。後方においては岩のように固い軍用ハードビスケットを共にかじり、最前線壕では秋津洲兵たちと共にルーシー騎兵の外套を死体から剥ぎ取り、中隊司令部のボロい一つ屋根の下で寒さを凌いだ仲である。多少なりとも性格を理解しているゼートゥーアは、ミハイにとって貴族的な礼儀をもって接するのは、かえって逆効果だと彼は判断した。

 

 

・可能な限りダキアの現状を見、聞き、感じ取ってくること

 

腐ってもゼートゥーア家は数世紀単位の歴史を持っている。旧ブロイツェン王国時代どころか、元をたどれば神聖レムニア帝国のころまで遡れるほどに由緒正しいにもほどがある伯爵家であり、そんじょそこらのダキア貴族とは比べ物にならないほど格式も高い。その一人娘が『見たい』と言い出せば、いくら現在進行形でズタボロにされているとはいえ、それでも色濃く貴族制の残るダキアである。参謀将校の同類であるミハイはともかく、それ以外にNOを言い出せるクソ度胸を持つ人間はダキアにはあまりいない。

 

だからと言ってミハイの『要請』でホテルのスイートなりなんなりに押し込みでもすれば、それはダキアの帝国に対する敵対的行動として受け取られる。帝国の国力を持ってすれば容易く石油奴隷にされるダキアにとって、それは最悪以外の何物でもない。

それに、うまく利用すればダキアにとって大切なメッセージを確実に届けてくれるのだ。ここまで軍拡だの固守だのと宣って置いてなんだが、実際のところミハイにとっての最良とは『局外中立』。イルドアとは志を同じくする蝙蝠仲間であり、両国の外務省は実際に武装中立同盟を真剣に検討し始めている。お互い未回収の係争地を併合すれば隣国になる国家同士、仲良くしようぜという奴だ。彼女を通して帝国に中立の意図を伝えれば、連合王国とフランソワにとっては貴重な懐刀に、帝国にとっては戦時の石油供給源になる。おまけに殴ろうものなら係争地の奪還に燃えるイルドアがついて来るのだ

 

故に、ダキア側がフロイライン・ゼートゥーアに対して取れる対応はただ一つ。程よく数年前に比べてだいぶ進化した国力を見せつけつつのライン引きと、国家理性の意向を匂わせることだ。

例えば、現行のVz.13ボルトアクション歩兵銃の製造工場は見学させるが、Kbpsp.1914試作型半自動小銃や国産戦車の開発現場は絶対に見せてはならない。要するに、ヤッシーに入れるとマズいのだ。

 

最後にミハイのスケジュールがダダ漏れになっていた件だが、これに関しては内務、外務両省の外局の人手不足が祟った故のことである。事の発端はルーシー帝政派に送った観戦武官らが帰国した頃、明らかに社会主義勢力有利に傾き始めたルーシー内戦の推移を鑑みて、ミハイはかねてより内務省と共同で練っていた予備計画『赤色作戦』を発動した。

外務省局員まで動員したこの計画により、ダキアには現在進行形で粛清の嵐が吹き荒れている。左派シンパとして知られていた議員は元より、その支持基盤となっている政治的団体や軍内の共産勢力、はたまたフランソワ共産党系の活動家に至るまで、彼は徹底的に弾圧した。万一モロトフ・リッベントロップなんてされた日にダキアが真っ赤に染まっていようものなら、即刻併合待ったなしである。流石に帝国がそこまで狂っているとは思えないが、何せダキアは貧弱な産油国だ。保険を打っておくに越した事はない。

 

と、言うわけで、進行中のレッドパージに情報関連の人材が忙殺されている為、どうしても他の警戒は疎かになる。流石に現在試作一号車が製造中のT-3戦車を始めとする帝国戦を見据えての決戦兵器達や、そろそろ錬成が完了する第六歩兵師団に関しては厳重に防諜がなされているが、言ってしまえばそれまでである。対外諜報政策は開店休業状態だし、要人のスケジュール防護も多少雑になる。頼みの綱の宮廷とて、ジョンブル共の弟子達ほど強くはない。そこをゼートゥーアに突かれたのが、今回の惨状というわけだ。

 

(まぁ…いいか。設計図は渡したんだ。連中に任せても大丈夫だろう)

 

誕生日のプレゼントを受け取った時のような無邪気な顔で製図机に齧り付く軍の技術者達の顔を思い浮かべ、ミハイは頭を接待モードに切り替えるのだった。

 

 

 

 

「ぶえっくしゅん!…あークソ、風邪か?」

「知るかんなもん。ンな事より早くこっちに来い、ウチは人手が足りねぇんだからな」

 

一方その頃、ここはダキア東部の工業都市ヤッシーにあるダキア国軍統合技術開発廠。国籍を問わずヘッドハンティングされた技術者達が日々潤沢に回される予算とリソースをバックに大暴れするMAD共の巣窟は、今まさに一つのマイルストーンに達しようとしていた。

 

「もうちょい左…よしそこだ!降ろしてくれ」

「エンジンはどうだ、ちゃんと複製できたか?テスト中に吹っ飛んだら大事だぞ」

「問題ありません。昨日のテストでも所定の性能を達成しましたよ」

 

彼らの目の前で最終組み立て工程に入っているのは、設計から一年の時を経てようやくここまで漕ぎ着けたT-3『ゲオルゲ』中戦車の試作一号車。鉄鋼生産の安定化と鉄道敷設騒動の収束により、軍需産業に回される鉄鋼の割り当てが増加したことで、ようやく製造できた試作車だ。

 

慎重に慎重を重ねて砲塔とエンジンが搭載され、プロシュティから掘り出された精製したてのハイオクタンガソリンが惜しげもなく燃料タンクに注ぎ込まれる。帝国航空エンジン技術の結晶を正々堂々横からパクった戦車仕様のJumo210が、軽快な起動音に続いて勢いよく重厚な唸りを上げた。ガタゴトと騒がしい音を立てて開いたシャッターから、興奮で顔を赤らめた技術廠所属の兵士たちの手で、まだ塗装もなされていない新品の戦車は勢いよく練兵場に飛び出して行く。彼らは日が暮れるまでひたすらに一号車を乗り回した。どこぞの極東の島国が見れば、卒倒しそうなほど贅沢な石油の使い方である。

 

その後に行われた射撃試験や耐久試験の結果はかなり良好。搭載されたフランソワ製野砲をベースとするM1913戦車砲は、1000m以上の距離からIII号戦車の装甲をやすやすと貫通し、その装甲はIII号戦車の現行型である3.7cm砲のみならず、列強諸国から輸入した対戦車砲の直撃弾も、かなりあっさりと跳ね返して見せた。現状の列強では対戦車砲としては完全にオーバー火力に値する75mm野砲を搭載し、それに耐えられるように設計しているのだから、当然といえば当然である。

 

大馬力が災いし、車内の静音性は目も当てられない状況になったが、戦車に搭載するにあたっての適切なデチューンを経てなおエンジン出力は500馬力オーバー。足回りに合衆国案の堅実なリーフ式サスペンションを採用した影響で速度は現設計のIII号とほとんど変わっていないが、実際の製造段階で判明した不備を修正していくうちに車体はなんやかんやと大型化してゆき、最終的な車体幅は3メートル、全長に至っては8メートルに達した。このサイズの戦車がこの時代に整地巡航速度時速四十キロを叩き出すとかもう悪夢の類いである。III号戦車の原型などカケラも残っていない。なんなんだコイツは。

 

膨れ上がったコストを削減せねばならない為に量産ラインに乗るのはまだまだ先になるが、そこに関しては技術者達の預かり知らぬところである。目一杯新しいおもちゃを楽しんだ彼らは、その後始末を軍需に丸投げし、再び研究室に引き篭もり出すのだった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。