ダキア大公家三男に転生したので帝国を理解らせに行く話   作:舞葉

12 / 48
今回結構な難産でした。脳内で飛躍しだすゼートゥーア(娘)の設定を落とし込むのは結構しんどかったですね…

2023/8/26 アンネリーゼ(裏)の口調を修正しました


第十話

一年間を通して涼しいダキアだが、その気候はカルパティア山脈を境にして西部と東部で大きく異なる。全体的に冬は氷点下を下回るが、西部の山岳地帯が零下となる日数はブールクレストをはじめとする平野部と比べてかなり多い。とは言え首都が暖かいかと言われれば断じてそのようなことはなく、冬季は氷点下二桁に突入する事も珍しくない。転生後に初めてダキアで迎えた二年目の冬は、ミハイも苦労したものだ。駅までわざわざ回させた車の中とは言え、空調が無いこの時代である。中だろうが外だろうが、寒さは五十歩百歩だった。

 

特にこの年は本格的な秋の訪れが九月の頭と、例年より一月以上早いため、ダキアより北に位置する癖して僅かに温暖なプロイツェン地方から来たアンネリーゼ・フォン・ゼートゥーアはそれはそれは寒そうにしていた。秋津洲戦役の戦利品であるコサック騎兵の軍服を仕立て直したミハイとは違い、彼女が羽織っているのは帝国の秋物、薄手の女物のロングコートである。普通ならミハイが自分の上着を彼女に貸すところだが、あいにくとミハイはそこまで紳士ではない。

厄介な客にわざわざ自分の上着を渡して寒い思いをする義理はないという心情的な面もあるが、事実上ダキアのトップを担う彼が風邪を拗らせて死のうものなら、ここまで積み上げた全ては水泡に帰してしまうのだ。最近の大規模な国土開発で忘れられがちだが、ここはダキア大公国。未だに鉄道と石油インフラ以外においては、欧州きっての後進国なのである。

 

喋る者もいない車の中、気まずさに耐えかねて口火を切ったのは、ハンドルを握るミハイだった。

 

「それで、ゼートゥーア嬢は何故このような辺鄙な国家にいらしたので?避寒地としては我が国よりもイルドアの方が向いておりましょうに」

「これと言った目当てはありませんわ。父が旅行に行きたいと言っていたので、強いて言えばその下見というところですわね。特に、黒海の方は()()()()だと聞いております」

 

(いきなり爆弾をぶち込んできやがったな)

 

黒海方面は現在ダキアのトップシークレットが存在するエリアであり、何度となく帝国をはじめとする各国の諜報員が忍び込んでは、その尽くがダキア内務省の網にかかって人知れず鮮血を晒している地域である。

 

「黒海沿岸ですか。あそこはリゾート地も多いですからね…ただ、最近はどこも廃業していますよ。旅行先としてはあまり向いていないと思われます」

 

嘘である。確かに国家を挙げての情報保全政策に基づいて、保全区域の内側に位置していた一部のリゾートは閉鎖されているが、それは外国人向けだった施設の話。隣国南ルメリアに近い一帯は、国内向けのリゾート地として毎年のように夏場に荒稼ぎをしている。

 

「それよりも、私は東の山岳地帯をお勧めします。カルパティア山脈にコテージがあるんですが、あそこは良い。一度滞在すれば、二月くらいは帰りたくなくなりますよ」

 

これは本当。帝国とダキアの国境にある丘陵地帯のリゾートから見下ろすパンノニア大平原は絶景である。夏になるたび、何かにつけてミハイはお気に入りのコテージに引っ込みたがる。ミハイの魔力量と連合王国製の比較的快速な演算宝珠なら首都からコテージまで半日とかからないため、まとまった仕事が舞い込んだ時に執務室のベランダからトランク片手に飛び立っていくミハイは、もはや宮廷軍事局庁舎の夏の風物詩だ。

 

(私…ね。どうも、まともな手段では『鉄のカーテン』をくぐることは難しそうだな)

 

アンネリーゼはミハイを閣下と尊称で呼ぶのに対し、ミハイは丁寧な口調で話してはいるものの、彼女に対してこれまで様一つつけたことがない。名門とはいえ所詮彼女は貴族、それに対してミハイはいわば帝国における皇族に相当する。何なれば、有する権力だってダキアに限れば参謀総長を上回る。大統領も首相もいないダキアにおいて、彼女の左斜め前の席でハンドルを握っている男は、まぎれもなく国家ダキアの事実上の最高権力者だ。従って、彼女は究極的にはミハイに逆らえない。

 

歯痒い思いと共に視線をやった車窓を流れる景色は、帝都ベルンには劣るものの、それでも近代国家の首都にふさわしい整然とした街並み。降り頻る雪にぼやける街灯の灯りも相まって、都市は幻想的な雰囲気を醸し出していた。

 

「っと、到着です。一応これでも私の車なので、忘れ物だけはしないようにお願いします」

「お送りいただきありがとうございますわ、閣下。明後日を楽しみにしております。それでは、また」

 

降りしきる雪の上からチェーン付きタイヤの轍とともに、ミハイの車は折からの吹雪の中に消えてゆき、後にはアンネリーゼだけがポツンと残される。

音もなく轍が消えていくのを背景に、彼女はホテルのロビーへと吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

 

「……と、こんなところでしょうか。お荷物はすべてお部屋の方に運ばせていただきました。お食事の際は一階下のレストランフロアか、内線電話にてご用命いただければルームサービスもご利用いただけます。鍵はこちらと、お部屋の中に予備がございます。何か不備がございましたらフロントまでお申し付けください。それでは、ごゆっくり」

「何から何までありがとうございます。それでは、いい夜を」

 

チェックイン手続きを終え、流れるような段取りで鍵を手渡された彼女は、エレベーターのボタンを押し、予約しておいたスイートルームの位置する七階へと向かう。設置されて間もないのだろう、少しばかり動作の堅いボタンを押すと、カチリという音とともにボタンに仕込まれた柔らかな白熱灯の光がともった。

 

七階の、足が沈み込むような上等のカーペットを廊下の突き当りまで踏みしめて重厚な黒檀のドアの前に立ち、部屋番号と同じ709の刻印がされたドアを押し開ければ、ダキア最高峰のホテル、その最上級のスイートルームが彼女を出迎えた。

 

広々としたリビングのローテーブルに肩下げカバンと上着を放り出し、トランクケースの一つから引っ張り出した部屋着を身に纏うと、しつこく小物類や柱などをチェックしたのちに、もう一つのやたらと重量のあるケースを軽々と持ち上げ、どっかりと窓からできる限り離れたテーブルに設置した。

ただの一人旅だったら素直に喜べたであろうリビングスペースの全面ガラス張りの壁に忌々しげな舌打ちを寄越しつつ、彼女はトランクケースを開き、中身を――小型長距離通信機を操作し、ごそごそと作業を終えると、糸が切れたかのようにぐったりとだらしなく備え付けの椅子に座りこんだ。

 

「はぁ…終わった。まったく、ミハイ閣下の言うとおり。なんで私がこんなところまで飛ばされなきゃならないの…」

 

部屋に入るまで漂わせていた、いかにもいいとこの箱入り令嬢といった雰囲気を一気に弛緩させると、何をするでもなくボンヤリと窓の方に彼女は目をやる。分厚い雲に覆われた夜空の星は一等星の一つですら見ることは能わないが、代わりに社畜の星は吹雪にも負けず、眼下で煌々と輝いていた。燃料発電のテストベッドとして、ブールクレストでは現在進行形で市内の電化計画が進行中だ。軍艦のマストにも似た形状の電柱の腕に、分厚く雪が降り積もっている。

帝都と比べてしまえば娯楽も少なく、さらにその上この雪である。おちおち外も出歩けやしない。生来の面倒臭がりが首をもたげた彼女は、一切の躊躇なく内線電話を手に取ると、小洒落たルームサービスメニューのパンフレットを眺めながら、グリグリとダイヤルを回し始めた。

 

 

 

 

お察しだと思うが、帝国貴族令嬢アンネリーゼ・フォン・ゼートゥーアの本性は、何を隠そう生粋の引き篭もりである。帝国北部のゼートゥーア伯爵邸にあって日がな一日広々とした書庫で本を読み漁るその様は動かざることニートの如し。咎めるべき父も祖父も揃って学究肌故になお質が悪い。遺伝子の問題かは知らないが、彼女の頭脳は年の離れた兄たちとは異なり、祖父であるゼートゥーア大将や、父親であるゼートゥーア大佐*1と並び立つほどに英邁だった。たとえ二人が引っ張り出そうとしても、次の瞬間には三人揃って書庫の床に胡座をかいているのである。ミイラ取りがミイラになるとはこの事だ。おかげでこのゼートゥーア嬢、ミハイと同じく御歳二十三歳でなお未婚である。帝国貴族としては、十分行き遅れの部類だ。

 

彼女の名誉の為に一つ補足するとすれば、彼女の性格は育った環境に起因するものである。

ゼートゥーア家の末娘として生まれたアンネリーゼがまだ幼い時分に、母親と祖母が流行り病で相次いでこの世を去った。男所帯のゼートゥーア家で、彼女はたった一人の女性になってしまったのである。

 

歳の離れた兄達は皆士官学校か幼年学校で忙しくしており、当時大尉として帝都の連隊に所属していた父親は、能う限りの全ての手段を持って休暇を申請するも失敗。結果、彼女は広大な屋敷にポツンと取り残されてしまった。

 

そんな彼女が懐いたのが、唯一と言っていいほど家に残っていた家族、ゼートゥーア家当主にして帝国軍営門大将、アウグスト・フォン・ゼートゥーアである。毎日毎日虚な目で空を眺めてばかりの彼女に、ゼートゥーア邸の大書庫の鍵を渡したのが彼だった。

 

箱入り娘だった彼女にとって、大書庫はもはや別世界に等しかった。幾世代にもわたって溜め込まれた莫大な蔵書を片っ端からジャンルを問わず読み漁り、たまの休日には父や祖父、兄たちや時には来客などの歴戦の軍人達の武勇伝を聞きながら、多感な十代を過ごしたのである。侍女達が向ける不安げな眼差しなど、彼らは知る由もなかった。

 

侍女たちの不安は的中し、十数年の熟成を経て出来上がったのが、今はホテルの一室で馬鹿みたいに分厚い擦り切れたプロツィアン・ブルーの革表紙の本を捲る、超がつくほどマイペースなダウナー気味お嬢様である。タチの悪いことに彼女はかなりの天才肌で、帝国貴族婦女子に求められる内職の類や儀礼のルールをあっさりマスターしており、外面だけならケチのつけようがないほどに立派であった。銀幕の女優でもやっていけるだろうなと兄たちは冗談混じりに言い合っていたが、父親たるゼートゥーアとしては果たしてこの調子で嫁ぎ先が見つかるのだろうか、そして仮に嫁いだとしてこの帝国上流階級きっての自由人が貴族社会に馴染めるのだろうかと不安もひとしおである。まぁ、罪悪感からさんざっぱら彼女を甘やかした彼自身にも責任の一端が存在するのだが。

 

ゼートゥーアが彼女をダキアに送り出したのは、もちろん密偵やメッセンジャーとしての役割もある。しかし、それと同時に多少の親心があった事は否めなかった。僅か二十三歳で事実上のダキア大公国最高権力者の地位にあり、しかもそれをほとんど実力で毟り取っている。オマケに血筋も文句無しの最高峰だ。たとえダキアと帝国が袂を分かつことになろうとも、訳の分からん有象無象の貴族連中に愛娘を嫁がせるくらいならば、敵であろうと勝手知ったる戦友の隣に立っていてくれた方が幾分心も安らぐというものである。

彼の労働環境が薄給+時間外労働のオンパレードな超絶ブラック企業、もとい宮廷軍事局なことなど、ゼートゥーアは知る由もなかった。このことが発覚するのはおよそ二十年後、総白髪となったゼートゥーアが、のんびり屋で優男に育った孫と戯れているときのことである。

 

 

*1
1914年九月付で昇進




次回の更新は原型が出来上がってるちょっとした番外編になると思います
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。