ダキア大公家三男に転生したので帝国を理解らせに行く話 作:舞葉
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アンネリーゼとの夕食の約束が翌日に迫った十月の二十七日、ミハイは大慌てで私用の為の一張羅を仕立て直させる傍ら、ヤッシーで行われる歩兵装備の選定会議に出席していた。
ルーシー人亡命技術者の受け入れによってさらにブーストされ、実用段階にこぎつけた半自動小銃の採用は既定路線だが、何も兵士の装備は銃だけではない。ミハイを筆頭とする将校らの前には、ズラリと各種歩兵装具が並んでいた。
まずはスコップ。これに関してはすでに統一歴1850年代に最適解であるリンデマン式円匙が旧ノルデン王国の技術者によって開発されている為、パテント料をとってそのまま生産ラインに投入される。帝国をはじめとする列強諸国で採用されている実績のあるものであり、採用されるにあたってライバルもほとんど存在しなかった。
しかし、問題はここから始まった。これ以降に選定にかけられた品は、その半分以上において最低でも二つ以上に意見が割れたのである。
まずは拳銃。これは帝国のルーゲルP08と、フランドル地方に本社を置くFN社が製造しているFN ベローニングM1894、それに合州国のM1895が候補に上がった。P08とM1894が使用する弾薬は9mm弾、M1895が使用するのは11.5mm弾である。前者二つは後述する採用予定の短機関銃と使用する弾薬が共通だと言う利点が存在するが、大口径かつ高い信頼性を誇る後者もまた魅力的だ。
しかし、11.5mm弾にはダキア特有の制約が存在する。主な鹵獲先である帝国軍の使用する拳銃弾が9mmパラペラム弾を使用している為、弾薬を完全自国供給、ないし大規模な輸入で賄わなければならないのだ。
さらに遅れて根強い支持を誇るリボルバー拳銃派閥が参戦したことで、論争はさらに過熱した。1800年代前半に開発され、帝国がいまだに使用しているライヒスリボルバーの弾丸を使用でき、さらに生産ラインごと購入できるフランソワ製のMAS M1857リボルバーの採用を彼らは提唱したのだ。自動拳銃ほどの発射速度はないが、数多くの植民地紛争で耐久性や威力、汎用性が確立されている拳銃を、採用後すぐに量産体制に移行させられるというのはこの上ない魅力だった。
最終的にはM1895の9mm弾モデルの設計をコルト社に依頼することで決着がついたが、この時に生まれた軍内の確執は、将校らのプライベートな面でこれより四半世紀の間数多くの乱闘を発生させることになった。
次に大規模な乱闘が発生したのは近接武器。ナイフの材質や形状で割れたのはもちろんだが、それを上回る勢いで斧か鉈かで大論争に発展したのである。
兵士の仕事は銃を手にしての射撃戦や塹壕掘りだけではない。彼らは人間であり、ゆえに飯を食わねば屍を晒す。ジャックナイフ程度では肉は切れても、薪を割って焚き付けを作ることなど不可能だ。ゆえに、ダキア軍の野戦将校らは使い勝手のいい中型の刃物を求めたのだが…
「やはりここは斧だろうな。近接武器としても優秀だし、焚き付けづくりにも向いている。それに、ハチェット*1程度なら軽量なうえに背嚢に吊り下げての持ち歩きも簡単だろう」
「重量はあれだが、汎用性なら鉈のほうがいいに決まってる。塹壕戦では片刃のショートソードとしても使えるし、ナイフの仕事もかなり代行できるぞ。柄に穴をあければ携行性も大して変わらん」
「生産コストを考えろ!刃さえ頑丈に作れば、斧は柄を選ばず使えるんだぞ!それこそ、そこらの木の枝でも変わらん!」
「ぬぐっ…しかし、細かい刃仕事や包丁代わりに使えるのは鉈だけだ!料理兵に持たせる刃物を別に製造する場合の割り振りコストを考えろ!それに、斧の鞘は製造がかなり面倒なのを忘れるなよ」
…とまぁ、こんな調子である。議論の末、とりあえず長距離行軍演習過程をこなす士官学校生に両方持たせてフィードバックを得ようという結論に達し、この問題は棚上げになった。何をするにも現場にぶん投げて評価を得ようとするあたり、ずいぶんとダキア軍も風通しが良くなったものである。
その後もチェストリグ、手榴弾、さらには炊事用具に水筒、背嚢に至るまで、徹底的な議論が行われた。いちいち取り上げていたのではキリがないので、最後に一番良くも悪くも盛り上がったものを取り上げよう。ずばり、レーションだ。
他国の軍の例にもれず、当時のダキア軍のレーションの味はお察しである。これまで参謀本部の旨い飯を食ってきた上級将校は、久方ぶりの保存食の味にそろって顔を顰める羽目になった。
列強諸国が新兵器開発にリソースと人員を割き続け、肝心の飯が疎かになる中、兵器開発のステージをすでに通り抜けたダキア軍は、どこまでも泥臭く戦場で食えるまともなレーションを求めていた。椅子の上住まいの貴族出身将軍ならいざ知らず、ここにいる連中は誰しもが一度は塹壕戦で泥んこにまみれながら、ミハイほどではないにせよ多少なりとも戦争をやってのけた連中だ。皆一人くらいはやむにやまれず兵士を殺しているし、苛烈な戦闘と砲声、銃声、それに爆発音がもたらす凄まじいプレッシャーを経験した後に出されるクソマズい飯が、いかに兵士の士気を削り取るかを知っていた。
こういう時にあてになるのはやはり大正義アメリカ、もとい合州国である。かの国ほどの生産力なら何かしらまともなものを作っているだろうという何とも言えない将校たちの信頼感に、ミハイ自身の前世知識が合体する。三顧の礼と外交努力によるごり押しの結果が、競合のダキア各社の製品と並んで比較対象として机の上に載っている合州国のCレーションだ。
しばし出席者がもそもそと無言でレーションを頬張る時間が続いたのちに、最終的に採用が決定されたのは合州国のCレーション。味は少々他の候補に劣るが、いかんせんダキア製レーションでは保存期間が短すぎた。
「いくらコッヘルひとつで作れる上に美味いとは言え、個人用携行レーションの保存期間が3週間ちょっとじゃなぁ…」
ミハイの名残惜しげなボヤキは、その場の人間の総意だった。
一方その頃、赤狩りを終えて再び海外に伸び始めたダキアの長い手は、半年以上の準備期間を経て少しずつ動き出した。例えば、ここはダキアから一万キロ以上離れた連合王国の事実上の属国である南洋のオーストラル連邦。周囲をぐるりと海に囲まれ、雄大な自然と特徴的な動植物環境、それに弾圧され続ける原住民以外にこれと言って記すところのない建国から十数年の若い国家に、一人の夢敗れたガンマニアがいた。
その名は、エイヴリル・オーウェン。つい先ほど自慢のホームメイドサブマシンガンをオースティン国防軍に持ち込んだものの、性能不足と上層部の短機関銃に対する不理解からけんもほろろに断られ、折からの雨の中を傘も指さずにトボトボと歩き出そうとしていた所である。
そんな彼に、横合いからぬるりと現れた男が自らの傘の半分を分け与え、元気付けるようにぽんぽんと背中を叩いた。エイヴリルがどこのどいつだと訝しげに右側を見やれば、そこに立っていたのはヒョロヒョロと背ばかりが伸びた棒のような男だった。連合王国のブランドの外套を纏ってはいるが、その顔立ちは明らかに東欧系である。
「東欧人が、俺に何の用だ」
「ふむ、流石閣下の見込んだ男というところか。エイヴリル・オーウェンで相違ないな?」
「そうだが。いいとこの貴族サマが、俺みたいな一般庶民に一体なんだってんだ?食い扶持も無くなって、軍に入隊するしかなくなった俺を笑いにでも来たか?」
斜に構えながら突っかかるエイヴリルに、苦笑しながら雰囲気を一気に弛緩させた男は、一枚のメモ用紙を差し出した。
「なら、コッチの話し方の方が良さそうだな。どうせお前、ホントは入隊なんてしたくもねぇんだろう?気が向いたらココに来い。コーヒーと儲け話の一つくらいはしてやるさ」
唐突に聞き慣れたスラング混じりの英語を操り出した男は、エイヴリルの興味を強く引いた。どこからともなく取り出した2本目の傘を指し、ひらひらと後ろ手に手を振りながら去っていった男の後ろ姿を彼はしばらく眺めていたが、やがて我に帰ると、カサカサと乾いたメモ用紙をさすり、裏側に何かしらがひっついていることに程なくして気がついた。
『ダキア宮廷軍事局人事課 ルドヴィク・ナスターセ大尉』
「ダキア宮廷軍事局?ダキアって…あのダキアか?東欧の中小国の」
名刺の入っていた封筒に同封されていた金額は300オースティンポンド、一等車で実家に帰り、多少パブで酒を煽った後に荷物を纏めて再びセントラルへ戻れる金額だった。このままパブで一日飲み明かすというのも手だったが、彼はどうにもそんな気にはならなかった。
「ひとつ、乗ってみるか。俺みたいなのが居なくなっても、どうせ困る奴なんかいねぇだろ」
着替えと銃の入ったトランクケースをゴトリと持ち上げ、その足で徒歩数分の距離にあるセルドニー市セントラル・ステーションで一等車のチケットを買うと、夜行列車に揺られて故郷のウォロンゴング駅に翌朝に降り立った。
実家に戻り、持ち合わせの中で一番質のいいコートを選んで袖を通すと、彼は飲んだくれの両親の目を盗み、なけなしの全財産(といっても、衣類以外には多少のはした金とガラクタ程度である)を、両親が買ったものの今まで一度として使われたことのない大型トランクケースに放り込んだ。そのまま二日酔いに苦しむ親たちに冷徹な一瞥をくれると、彼は慣れ親しんだ自宅の敷居を跨ぎ、なじみのパブの店主に挨拶に行くことにした。基本、銃さえ絡まなければエイヴリルは結構まともである。
「んおやぁ、そんな格好してどこ行くんだ、エイヴリル?つい昨日セルドニーから帰ってきたばっかりだろ?」
「セルドニーよりももっと遠いところに行くんだよ。たぶんもうここには一生帰ってこねぇな」
「そいつぁ残念。お前の銃を見るの、結構楽しみにしてたんだぞ?」
「安心しろバッカス、たぶんそう遠くない未来に、銃だけなら見れるかもしれねぇぜ。そんじゃ、また運があればいつか会おう」
ひらひらと手を振って、ウォロンゴングに唯一あるさびれた鉄道駅に向かっていく彼の後ろ姿を、バッカスと呼ばれた店主はしばし眺めていたが、やがて何もなかったかのように階下に戻っていった。ああして出稼ぎに出ていく若者の九割は、たいてい失敗して故郷に帰ってくるのだ。
「一年、二年もすりゃ帰ってくんだろ」
埃っぽいタオルでグラスを磨きながら、彼はエイヴリル出奔の話をパブの連中に言いふらし、どこか嘲笑の混ざった笑いで若きガンマニアの門出を祝いながら、そのままの勢いでいったい何年で音を上げて帰ってくるか、そして一体どこに行ったのかの賭けを始めていた。彼らも、そうやって夢破れた若者の内の一人である。不退転の覚悟で鉄道に揺られ、一旗揚げようと必死であがき、そして夢破れてこっちに戻ってきた負け犬だ。嘲笑の中には、同情と嘲りこそあれど、期待や希望など一欠片も入ってはいなかった。
彼が足かけ四年をかけて遠く離れた東欧の中小国で財産と家族と栄誉を掴み取り、国籍すら捨てて本当に一生帰ってこないことなど、この時の彼らには知る由もなかった。
ちょっと元ネタありの物・人が多いのでまとめて書き出します
ルーゲルP08→ルガーP08
リンデマン式円匙→リンネマン式円匙
FN ベローニングM1894→FN ブローニングM1910
M1895→M1911ガバメント
MAS M1857→MAS M1873リボルバー
エイヴリル・オーウェン→エヴリン・オーウェン(連合王国製鉄パイプどころかトンプソンすらしのぐ秘かな名銃、オーストラリア軍のオーウェン・マシンカービンを設計した技術者)
エイヴリルの家族に関しては完全な創作であり、現実とは一切関係ありませんのであしからず