ダキア大公家三男に転生したので帝国を理解らせに行く話   作:舞葉

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第十二話

kbpsp.1914の第二次性能試験とそれによる問題点のさらなる洗い出しが行われ、オーウェンが自分に与えられた予算の多さにひっくり返っているころ、ミハイはブールクレスト市街のホテルの最上階のレストランのカウンター席に腰掛け、待ち合わせの時間をゆっくりと葉巻を燻らせながら待っていた。

 

「あら、お待たせしてしまいましたか?」

「いや、私も今来た所ですよ。このレストランに来たご経験は?」

「生憎とありませんわ。ルームサービスで済ませていたもので」

「なら丁度いい。ここのイルドア料理は絶品ですよ」

 

 

ミハイは慣れた手つきで革装丁のメニューを手に取ると、顔馴染みのウェイターにボロネーゼとモルドーヴァ産の赤ワインを注文し、アンネリーゼは何となくダキアまで来てイルドア飯を頼むのも癪だったため、無難に子羊のステーキをオーダーした。

 

「おや、アルコール類はよろしいので?」

「お父様や閣下ほどお酒には強くないんですの、私」

 

ミハイがゼートゥーアと同程度にザルだと言うことも、彼女は父から絶対に飲み比べをするなという忠告とともに聞き及んでいた。

 

それは残念と微かに笑ったミハイは、まずは当たり障りのない話から始めることにした。

 

「どうです、ブールクレストは。いい街でしょう?ベルンやロンディニウムほどの規模はありませんが、賑わいなら負けませんよ」

「なんと言いましょうか…私の故郷に似ているのですよね、ここは。街の皆さんも大らかで、居心地が良い。叶うならば、このままここに住みたいくらいですわ」

 

お世辞半分、本音半分のアンネリーゼの賞賛は、ミハイにとっては単なる社交辞令と受け取られたようだ。彼はザラザラとした無精髭を撫でたのみで、それには答えなかった。

 

ホテル最上階、全面ガラス張りの近代的なレストランから覗くブールクレスト上空の空は、雪こそ降っていないものの相変わらず曇っており、まだ十一月にもなっていないというのに現在の気温はマイナス4度。そこかしこで暖炉や暖房器具が動いているにもかかわらず、アンネリーゼがそのたおやかで雪のように白い指で触れた窓ガラスは氷のように凍て付いている。

 

ホテルからおよそ五百メートル、いまだ定時前にもかかわらず活発に厚着姿の建築作業員が往来する一角を認めた彼女は、素直に疑問を目の前の男にぶつけることにした。

 

「あそこの工事現場は何を建ててらっしゃるので?このような寒冷期、しかも終業前の時間から工事をやるなど、少なくとも私は寡聞にして聞いたことがないのですが…」

「あぁ、あれですか」

 

ミハイは痛いところを突かれたような苦笑を浮かべ、恥ずかし気に続ける。

 

「あれは私の職場、宮廷軍事局ですよ。最近かなり人員が増えたせいで、結構手狭になってきましてね…ちょうど繁忙期も過ぎ去ったことですし、一気に拡張しようかと」

 

現状ダキア軍で新規師団の編成・編制や新規装備の選定会は、近衛師団関連の人事整理などを除けば絶対的な防諜網を誇るモルドーヴァの各種軍事施設と、それを一括で管理する宮廷軍事局ヤッシー支部の管轄で、ブールクレストの軍事局ではほとんど定例業務しか行われていない。

ゆったりとした雰囲気が流れているのを感じ取ったミハイは、これ幸いと大幅な拡張工事に踏み切ったのだ。

 

敷地面積こそ増えないが、もともとあった閲兵場などはことごとくが廃止され、跡地には大量の新品の煉瓦やコンクリートの布袋の山が出来ている。一キロ四方の広大な閲兵場の半分は鉄道課に回され、残りの敷地は既存の庁舎の拡張に使われる予定だ。閲兵場の廃止に関してはかなりの不満も出たが、『武勇は戦場で示すものだ』というミハイの適当な言い訳と、真意をくみ取ったうえでそれに乗っかる軍事貴族らの重苦しい顔での首肯で一刀両断された。実際、機密保持の観点からみても、いずれ新式軍制の師団が利用するであろう閲兵場を、外国人が訪れる首都に置いておくのはよろしくない。閲兵場は東部に移され、代わりに首都近辺には大量の7.92×57mmモーゼル弾の製造工場がやってくる予定である。

 

「そんなに人がいらっしゃるんですの?あの規模の建物でも収めきれないなんて…いったい何人くらいいらっしゃるのかしら」

「軍機に触れるので詳しいことは言えませんが…ここ数年で、おおよそ五、六倍にはなりましたね」

「あら、そんなに」

 

累計六十六人だった参謀が人が兵站、立案、軍需、技術の四部門に独立し、それぞれが好き放題人員を集めた結果、参謀モールを軍服に括り付けた人間の数は増えも増えたり三百六十人。参謀将校だけでこれであり、頻繁に出入りする新設第六歩兵師団(六話参照)の野戦将校を含めれば、その数は四桁に届く。

 

「腐っても二百年以上の歴史を持つ建物です。キャパオーバーでも壊すには忍びなく、ゆえに仕方なく拡張の形をとりましてね。おかげで久しく仕事のなかった宮廷大工らは大喜びですよ」

 

歴史ある建物の修繕・拡張工事がもたらす、思わぬ利益であった。普段は限られたリソースと給料の中での宮殿修繕に追われる彼らにとって、頼めば頼むだけ供給される潤沢な建築資材と、気前よくばらまかれた報酬は、常日頃斜に構える彼らをして一念発起させるのに十分だった。

 

そうこうしているうちに、気を利かせたウェーターが二人分の料理を同時に持ってきた。ホットワインと炭酸水のグラスを二人はカチンと突き合わせ、ミハイはフォークを、アンネリーゼはナイフとフォークを手に、ブールクレスト最高峰のホテルの味に舌鼓を打つのだった。

 

 

 

 

 

 

一方そのころ、ここは二人の話題に上がったダキア軍宮廷軍事局南側の窓。正面から見て左側に位置する翼廊の突き当たりでは、地上七階建てのホテルの最上階に向かって、わざわざ呼び寄せられた狙撃兵一個小隊が、暇を持て余した連中の期待に満ちた視線を受けながら、ずらりとスナイパーライフルを構えて向ける異様な光景が広がっていた。

 

「どうだ、見えるか?」

「少々お待ちを…よし、ばっちりです。閣下らが窓際のカウンター席に座っていてくれて助かりました」

 

セーフティを掛けた上でさらに弾薬を抜き、唯の高級な望遠鏡と化した狙撃銃の狙いは、言わずもがなミハイとアンネリーゼ。なにせ、ここ数年間彼女やフィアンセの類の気配が一切無かった上司が、唐突に女、それも帝国の名門貴族令嬢サマに誘われて高級レストランに行ったのである。ブールクレストの軍事局内は、『局長閣下に春来たる』の噂で持ちきりだった。

 

「大丈夫ですかね、閣下は。あの人に会食なんて荷が重いんじゃないですか?」

「大丈夫だろ。閣下は人使い荒いし」

「機密保持にやたらとうるさいし」

「組織人としては性格最悪だし」

「給料も上げてくれないし」

「コンスタントに残業案件持ってくるけど」

「「「「「顔と個人としての性格だけは良いし」」」」」

 

「そういう問題じゃなくてですねぇ…」

 

参謀達のミハイへの評価がなんとなく透けたところで、それでも歯切れが悪そうに異論を唱える魔導大尉に、不思議に思った准将が問いただす。

 

「一体閣下のどこがそんなに心配なのかね、大尉?閣下ほどの方なら、令嬢一人落としてくるのも簡単だと思うのだがな」

「いや、そもそも論点が違くてですね」

 

そう前置きした彼女は、絶対に不敬罪で自分を殴り飛ばされないように確認を取りつつ、こう続けた。

 

「やたら庶民くさいじゃないですか、閣下って。名門の方と食事なんて、大丈夫なのかなぁ、と」

「「「「「「あー…」」」」」」

 

思い当たる節のある人間が、こぞって曖昧な音声を口から吐き出す。言われてみればといった表情の彼らには、思い当たる節しかなかった。

 

「どこに行くにもくたびれた軍服姿、出先のご飯は大抵カフェの安っぽいサンドイッチ、家だって持ってらっしゃいますけどペンペン草だらけのせせこましい一軒家ですし、第一ほとんど帰ってないじゃないですか」

 

前世がしがない貧乏ミリオタサラリーマンだった弊害である。軍服姿の参謀連が、ドヤドヤと狭いカフェを占領しては上司に倣って安っぽい金属スツールの上でモサモサとハムサンドをむさぼる光景はダキア東部の名物だ。

吸っている葉巻とて、尉官にとってはそこそこ値の張るものだが、彼の地位は将軍クラスのさらに上。給料の大半を研究開発に放り込まずに全額自分の懐に入れていればもっとランクが上の物を好き放題吸えるはずなのだが、普段はそれすらケチって一山いくらの兵隊タバコで済ませる始末だ。いったい自分がどの立場にいるつもりなのかと問いただしたい。

乗っている車は本人のあずかり知らぬところで防弾改造が施されているとはいえ、元々は本人がなけなしの給料で購入した、合州国はジェネラルモービル社の大衆車だし、三食は外回りでもなければ、庁舎の食堂か執務室備え付けのキッチンでの自炊である。アルコール類にだけはかなりうるさいが、ボトルを開けるのは月に一度で、たいてい近場の局員もお相伴にあずかれる。

そういった出身を感じさせない気さくさと庶民臭さ、それに給料の安さに見合わぬ気前の良さが、普段は人望の高さにつながっているのだが、この時ばかりはマイナスに働く。

 

「テーブルマナーこそ完璧ですが…閣下はダンスがド下手ですからねぇ。詩吟の類のセンスは悪くないですし、やろうと思えば歌だって歌えなくはないんですよ?」

「そういや酒の席で閣下の歌を聴いた事があるとかほざいてたやつがいたな。結構上手かったらしいぞ」

「あ、料理が運ばれてきましたよ。アンネリーゼ嬢の方は…ステーキですね。さて、肝心の閣下h…」

「おい、どうした?」

 

突如として観測役の狙撃兵らが上げたうめき声に、何事かと反応した参謀たちに返ってきたのは、頭を抱えさせるような答え。

 

「……閣下の晩飯の定番、ボロネーゼとホットワインですね。ほんっとうに軍事以外のセンスがないな、あの人は!?」

 

その場にいた全員が、『もうちょっと小洒落たものを頼めアホ』と脳内でミハイを罵倒した。

 

「わざわざダキアくんだりまでやってきたやんごとなき方に、なんでまたイルドア料理を薦めるんですかねぇ…」

「あーもー、アンネリーゼ様困惑してるじゃん…准将閣下、後でガツンと言ってやってくれませんか?」

「無茶を言うな、大尉。第一、閣下がそんな話題に興味を示すとでも?口を開けばやれ戦車だのライフルだのわけのわからん秋津洲料理のことだの…聞き流されるのが関の山だ」

 

その後三十分ほど粘ったものの、狙撃銃に映るのはゆったりと料理を突きながら談笑する二人の姿のみ。途中アンネリーゼが間違えてミハイのワインを口にしてしまうハプニングがあったもの、残念ながらその後二人は何事もなかったかのように再び話し始めた。

こうなると、さすがにゴシップに飢えている彼らとて馬鹿馬鹿しくなってくる。すでに定時はとっくに過ぎており、一人、また一人と愛想をつかし始め、最終的に三々五々に散っていく参謀らと同じように、閣下の春は遠そうだなぁとしぶしぶ銃狙撃兵らはスコープをしまい始める。

 

その時だった。

 

「あ、閣下がアンネリーゼ様に肩貸しながら奥に向かっていきますよ」

「「「「なんだって!?」」」」

 

参謀たちは今度こそ大騒ぎをはじめ、軍事局庁舎南翼の窓は押し合いへし合いの大混乱に陥った。




ご期待に答えられず申し訳ありませんが、別にやましい事にはならないです。なるとしてももっと後です。
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