ダキア大公家三男に転生したので帝国を理解らせに行く話 作:舞葉
戦車、小銃、機関銃とくれば、次に来るのは野戦砲と相場が決まっている。ダキア陸軍における大口径砲開発は、粛清を逃れるべく遠路はるばる亡命してきた、ルーシー人の技術者の指揮の元で行われていた。
急速な拡大を続けるダキア軍に足りないものは何かと問われれば、それはまともな野砲である。歩兵銃に関しては比較的まともな武装を擁する新式軍制の歩兵師団でも、保有しているのは統一歴1880年代に作られた帝国製の、西暦世界でいうところの一次大戦前後に相当する時代の野砲やカノン砲がせいぜいだ。近衛師団に至っては、駐退機すらついていない後装式なだけの野砲を装備している部隊も少なくない。
師団火力の肝がこれでは、帝国軍はおろか、内戦、大規模な粛清、そして将官クラスのダキアへの亡命でボロボロになった連邦軍にすら頭を押さえられかねない。小銃の刷新が済んだ今、火砲の開発は喫緊の課題だった。
開発にあたって、ミハイは厳しいノルマを技術者たちに課した。
・口径は榴弾砲を105mm、カノン砲を150mmとすること
どちらも当時の帝国軍で主力とみなされていた砲の口径と共通である。火砲口径の多様化は補給線に凄まじい負荷をかける上に、大口径砲の生産は国力にも深刻な影響を及ぼしかねない。火砲生産を乗り越えても、まだ航空機と汎用機関銃が残っているのだ。ここでリソースをドカスカつぎ込む余裕はない。
・榴弾砲の射程は十二キロ以上、カノン砲は十七キロ以上とすること
火砲の開発経験がないダキア軍技術開発部門にはかなりきつい条件だが、国際競争力を保持するためには、最低でもこの程度は必須である。欲を言えばカノン砲は二十キロに達してほしかったミハイだが、現時点では現実的ではないと他ならないルーシー人技術者に抗議され、やむなく十七キロに妥協している。
・ダキア軍の保有する車両で牽引可能な重量に留めること
いかに強力な火砲であろうと、牽引できなければ意味がない。ダキア軍の用意できた半軌走型牽引車両のプロトタイプの牽引能力は七トンちょっとであり、必然的にその重量に収める必要があった。
「…どうだ?」
「うーむ、届きませんなぁ。十六キロの壁がなかなかに越え難い。榴弾砲の方はなんとかなったんですがねぇ…」
案の定、火砲の開発は難航した。なにしろ、過去に開発した砲らしきものといえば長砲身化しただけの戦車砲か、でなければ数世紀は前の前装式の青銅砲程度だ。ルーシー人技術者を迎えてなお、技術的なディスアドは埋め難い。
砲身の素材の調整や発射機構の改良など色々やってはみているのだが、あっちを立てればこっちが立たずといった具合で、なかなか最大射程十六キロの壁が越えられないのだ。
下手に砲身長を伸ばせば信頼性と砲身耐久度が犠牲になり、かと言って堅牢さを上げようとすれば今度は動かすことすらままならない糞重たいだけのデカブツの完成である。
結局、かなりの数の野戦・参謀将校を交えてあーでもないこーでもないと唸っていたところに救いをもたらしたのは、ユクレイニアからダキアに亡命し、そのままダキア軍において統合参謀本部の兵站総監の地位を与えられた、ピョートル・ウーランゲーリ現ダキア陸軍中将と、その元麾下である自由クリミア共和国軍が保有していた各種重装備であった。
ダキア軍にあって貴重な熟練教官として働いていた彼らの装備を、ダキア軍技研の技術者たちはガラス細工を触るかのように慎重に分解し、コピー品をいくつか製造したうえで、徹底的な射撃試験を行った。結果として射程十六キロを超えるカノン砲は見つからなかったものの、リバースエンジニアリングの過程で培われた技術は、ダキア軍技研の『砲』というものへの理解を大きく深めた。
1918年の冬、改めて行われた射撃試験にて、技研謹製のK328試作150mm野戦砲は、最大射程十八キロを叩き出し、無事に基準をクリアした。ルーシー帝国製の152mm野戦砲の砲身をベースに製造された30口径砲身を、最大仰角六十五度の新型開脚式砲架に搭載した最終試作型は、性能、耐久の両面において、要求された水準を完全に満たしていた。
先に製造が完了していたK309試作105mm榴弾砲と合わせ、それぞれ10.5cmK18、および15cmK18として量産が決定。直ちに生産ラインに乗せられた本砲は、この先改良を重ねられつつ、二十年にわたってダキア軍の歩兵火力を担うことになる。
防盾を廃止したことにより水平射角も申し分なく、その気になれば榴弾砲どころか対空砲弾を装填して限定的な高射砲としても機能しうる本砲は、歩兵師団から絶大な支持でもって受け入れられた。
ハードの開発が進むかたわらで、ソフト面の更新も着々と進められている。先ほどちらりとウーランゲーリ将軍の地位で触れたとおり、1918年の秋をもって、ダキア軍宮廷軍事局は宮廷の下位組織から、国家の軍事組織として独立した。ダキア軍統合参謀本部の夜明けである。
改称と独立にあたり、軍内では大規模な組織の改変が行われた。
まず、全軍の最高司令官を務める参謀総長に就任したミハイには、正式にペリカンの尾羽と月桂冠、それにWz.1916小銃をあしらった専用の紋章を掲げる元帥号が与えられた。この元帥号は他国のそれと異なり常設の地位のような扱いで、ダキア軍における一般将官らの最高階級は上級大将と定められた。
ただしこれには但し書きがあり、元帥号を所持できるのはダキア軍内においては後にも先にもミハイただ一人と、これまた新しく制定された軍法規典範に明記された。ミハイ亡き後の軍部の暴走を避けるためである。ミハイ亡き後、ダキア軍の公式書類の発行者には必ず空欄の元帥がその名を連ねることになる。
参謀総長の下で、参謀は大まかに作戦総監部と兵站総監部、そして人事総監部の三つに大別され、作戦と兵站にはそれぞれ一人の総監と二人の次長が制定された。
作戦総監部は外征部門と防衛部門に二分されており、ダキア軍が武術を納めたニート化する事を防いでいる。幸いなことに、連邦戦線に比べて帝国正面はかなり狭く、その上最悪の場合カルパティア山脈が最終防衛ラインの役割を果たしてくれる。現在ダキア軍内で主流となっている反転攻勢案は、帝国包囲網諸国による航空支援をベースにしたものや、アドリア海経由での後方上陸案など千差万別。いずれも実用段階には至っていない。
方や兵站総監部はいわば後方の何でも屋であり、実際の物動や補給管理から鉄道の車両整備にダイヤ調整、軍民間の折衝、生産力の割り振りなど、その職分は多岐にわたる。当然、割り当てられたリソースは膨大であり、作戦総監部の二倍弱の人員、二倍の予算、そして各部門ごとに専用の建物が存在する。首都近郊の古城や離宮などがそれであり、各庁舎と参謀本部の間には網の目のような通信網が構築された。合州国のARPANETより数十年早い、世界初の軍用ネットワークの誕生である。通信にあたっては通常の無線の他に帝国から特許権を取得したヘルシュライバー*1が導入され、足自慢の参謀がダッシュで書類を届けることも無くなった。
そして最後に人事総監部。これは読んで字の如くダキア軍の人事を司る場所であり、ミハイの直轄組織でもある。軍内の人事の公平性を保つために独立させた組織であり、作戦畑と兵站畑出身の人間が半々で構成されていた。参謀本部内では最少の組織であり、ダキア陸軍の最盛期においても、その人員は百五十人ほどであった。
改変にあたって参謀将校はさらに増員され、今やその規模は千人弱。旧第六師団の将校を軸に、各方面から新しい血を集めた形になる。これからのさらなる軍拡と、欧州にいずれ起こる動乱を見越しての拡大だった。
師団編制の改変も急務だった。現在ダキア軍の保有する部隊は、宮廷経由でまとまっている近衛師団を除けば、師団以上のまともな編制単位が存在しない。じわじわと効果の出始めたプロパガンダや軍内の待遇改善によって増え続ける志願兵を抱え込むために、これからさらに師団は増設されるだろう。その全てを参謀本部直轄で運用するのは無理があった。
ダキアが抱え込む長大な戦線は、ミハイの差配によって四分割された。十二個の歩兵師団は四分され、それぞれ帝国方面を担当する西部軍、ダキアの頭上を抑える北部軍、モルドーヴァと黒海沿岸を守る東部軍、そしてルメリア国境に張り付く南部軍に平等に割り振られた。機甲部隊と魔導師団は、参謀本部隷下の戦略予備である。帝国国境に張り付かせた近衛師団とは異なり、四軍は東部軍を除いて全て国境部から一歩引いたところに駐屯している。現状それぞれ二個軍団からなる四軍は参謀本部が管理しているが、師団の増強とともにおいおい軍集団、方面軍と拡大していく予定である。
一個師団につき二個中隊が所属していた砲兵は、新型砲の量産体制が整ったことで大幅にその規模が拡充された。三個連隊からなる歩兵司令部の隷下にはカノン砲中隊と榴弾砲中隊が一個づつ、2:3の比率で合計十五門。師団司令部直轄の師団砲兵も編成され、こちらはカノン砲と榴弾砲の比率が1:1の合計二十四門の砲が割り当てられた。一個師団当たり三十九門が配置される形になる。
これら主戦力以外にも各種の補助大隊が各種配属されているのは他国と同じだが、特筆すべきことは歩兵連隊一個につき、通信兵中隊、偵察兵中隊、それに測量兵中隊が所属していることだろう。あと三年もすれば全兵士が最低でも半自動小銃を装備し、それ以外にも短機関銃、汎用機関銃に重機関銃を擁するのがダキア軍の歩兵である。いまだ各国がボルトアクション小銃を主力小銃の座に据える時代において、その火力は一個連隊で他国の旅団を制圧しうるほどだ。機甲師団と歩兵師団を組み合わせた諸兵科合同攻勢がメインの戦術になるとにらんだ作戦参謀らは、歩兵による連隊単位での有機的な部隊運用を目指したのである。さんざん小難しいことを話したが、要するに、
『平均時速○○kmで南南西に三時間進んで、そのあと西に△△時間進んだから、それを天測とすり合わせて…』
という、まるで高等数学の問題かと言いたくなるような芸当を常時行うことを要求したのだ。戦力に余裕のないダキア軍である。広域機動戦の最中の友軍誤射だけは、可能な限り避けねばならなかった。99%誤射の起きないであろう旧式の軍服とは異なり、十三年式軍服は他国と比べてもオーソドックスなそれなのだから。
一応、電波航法を応用した戦域管制の実験も進められている。ダキア最高峰モルダーヴェアナ山の山頂に巨大な電波塔を設置し、高度差と伝達速度から三角測量の要領で部隊の現在地を割り出すというものであり、平地での実験ではそれなりの成果は出している。…まぁ、丘陵地帯と山岳地帯のオンパレードであるダキア中西部で通用するかは、少々疑問ではあるのだが。
一方そのころ、ここは世界のどこでもないどこか。
≪まったく、あの男も余計な真似をしてくれたものだな≫
≪然り、然り。しかもかの者は、信仰の欠片も持たないと聞く≫
≪聖遺物の一つでも授ければ、多少のなりとも目覚めるのではないか?≫
≪無理だろうな。奴のそれは筋金入りだ。そうであろう?モルペウスよ≫
口許から血を流しぐったりとその身を横たえる老爺は、声音の身を青年のそれに戻し、彼の遣わした使途のごとく獰猛に笑う。
『…その通りだ、セラフィムよ。あの男は、貴様ら程度に、下されるような輩では、ない。私が見込んだ、私の切り札だ。貴様ら程度に、彼の性根が、叩き直せると、思うなよ』
ミハイのいわば後ろ盾である彼を――モルペウスを配下の天使らに連行させると同時に、苛立たし気な熾天使は、彼の配下であり裏切り者たるゼーロスを呼びつけた。
≪要件は、分かっておろうな≫
≪はっ。必ずや、かの者の野望を打ち砕いて御覧に入れましょう≫
ゼーロスの赤いオーラを放つ背中が雲海の下に消えていくのを、セラフィムは満足げに見守っていた。
モルペウス:夢の神
セラフィム:熾天使
ゼーロス:競争心の神格
ギリシャ神話とキリスト教がごっちゃになってるって?
こ ま け ぇ こ た ぁ い い ん だ よ(めんどくさくなった)